日本のアニメーション表現における 3DCG の活用領域を切り開いてきた、統合型 CG ソフト Autodesk 3ds Max とセルシェーディング・プラグイン PSOFT Pencil+ 。この短期連載では両ツールのレビューを通して、最新の日本アニメにおけるCG表現を紐解いてきた。最終回となる今回は、Pencil+ 3 で実装された新機能の中でも特に画期的である[パース変形モディファイヤ]について詳細に解説する。加えて、サンジゲンが昨年参加した『劇場版 機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer- 』と『ラブライブ!』という 2 つの制作事例についても紹介しよう。
パース変形モディファイヤ
PSOFT Pencil+の登場によって、セル CG の線と質感に関しては、それ以前と比べて飛躍的に自由度の高い表現が実現できるようになった。手描きのセルと並べても殆ど違和感を感じさせることなく作業をできるようになったと自負する。しかし、セル質感の 3DCG を画面の中で動かす上で、大きな課題となっていたのが「形の変形」だ。そして、この状況を打破したのが、Pencil+ 3 で新たに搭載された パース変形モディファイヤ である。
セル質感の 3DCG を実際に手で描かれたセルアニメと絡めた場合に一番気になるのが「表情や動きが"硬い"」ということだが、セルアニメであれば描き手の意図に応じてキャラの顔は崩れないように、手前の拳は思い切りパースを利かせて迫力を出すといった、「 1 画面内に様々なレンズ画角が同居する」という手描き独特の画面をペンが赴くまま自由に作り出せるし、それが魅力であったりもする。特にカメラ前スレスレをキャラクターの拳や蹴り等が大きくよぎる印象的なカットの代名詞でもある 金田パース を 3DCG で表現しようとする場合、画面に映るもののカメラレンズのミリ数は一定であるがゆえに不得意であった。単純にカメラのレンズを広角に振ってカメラをキャラに寄せてしまえば、手前と奥の距離感がでてパースも利いてくるので一見問題ないように思えるが、画面全体が一様に歪んでしまい、意図した画にならない。これまでは歪みの少ないレンズでカメラを据えた後、主にカメラ越しに変形させたい箇所のみを様々なモディファイヤに頼りつつ、さらにコマ単位でアニメーションを作っていたのだが、しかしこの方法は経験ある CG アニメーターの経験値に依る所も多く、敷居の高いのも事実。この自由な画づくりをモディファイヤベースで可能にしたのが、パース変形モディファイヤ というわけだ。
image courtesy of SANZIGEN, Inc.
<A1>キャラクターがハンマーを持って振りかぶり、それを振り下ろしてカメラ前で止めている動画を一部抜粋したものだが、使用レンズは 35mm フィルム換算で 50mm 。標準的な画角設定ゆえ手前に来たハンマーとキャラの対比もあまり変わらず、いまひとつ迫力にかける画面になってしまっている
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<A2>カメラのレンズを広角の23ミリにしてみた。<A1>と比較して、特に「キメ部分」でキャラクターとハンマーの距離が出た上に、手前のハンマーの大きさが強調されて一気に迫力が出た。しかし同時にカメラに近いところほどレンズによる歪みが出てしまっているで、出来ればこれを緩和したい。従来ならばこれをモディファイヤをオブジェクト単位で駆使して、モデルを変形し、歪みを直すしかなかった
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<A3>パース変形モディファイヤを使用した例。同様のシーケンスを、カメラに近い部分は 200mm 相当、カメラから離れるほど 16mm 相当に変形するように仕込んでみた。広角レンズのみのカメラと違い、近くに寄った時の画面の歪みをさほど気にする必要がないため、カメラをキャラに目いっぱい寄せることが可能。少々判りづらいかもしれないが、手前に来たハンマーの歪みが大分緩和されているカットになった筈だ
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<A4>同じくパース変形モディファイヤを使用した例。ただ今度は<A3>とは逆で、カメラに近い部分は 16mm 相当、遠いところは 200mm 相当と、モディファイヤの変形条件を変えてみた。こうすると手前に来たハンマーは迫力が、遠くに居るキャラの顔はあまり崩れない、理想的な構図になった。カット担当者がどのように構図を決めたいかによっては、単純に手前広角/奥望遠といったセッティングまま固定せずに、シーンの流れの中で自由に画角とモディファイヤの影響範囲にもアニメーションを付けてやるのが最も有効な使い方である
次は、パース変形モディファイヤの効果をもう少し判り易く説明する。
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<B1>キャラがカメラに向かって手をかざし、奥でハンマーを持っている構図。この構図でもっと迫力を出そうとするならばもっと画角を広くして手前と奥の距離を強調するのが良い
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<B2>そこで広角にした構図。手前奥の距離が出て、非常に迫力のある画となったが......。今度はレンズの歪みによってキャラの顔が少し崩れて、後髪も見えにくくなり、キャラの印象が変わってしまった。従来ならばこれはどうしようもないと諦めていたところだ
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<B3>パース変形モディファイヤで手前と奥の広角パースは活かしつつ、キャラの顔付近は望遠パースになるように調整
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<B4>パース変形モディファイヤの影響範囲を判り易く説明するための模式図。Z 深度で赤く塗られている部分がレンズ 16mm 相当の変形、黄色で塗られている部分が 50mm 相当の変形。従来ではこのような見せ方はほぼ不可能だった
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<B5>パース変形をかける前の作業画面。向かって左上が作業用カメラ、左下は比較用に 50mm 相当の画面を表示してある。向かって右側はキャラとカメラの位置関係
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<B6>パース変形をかけた後の作業画面。左上の画面が図5-cのレンダリング画面だ。ここで注目してほしいのが、左下の画面。前の図の画面と比べ、キャラの後髪が異様に大きく変形している。つまりパース変形モディファイヤというのは、あくまでもカメラから見たときの印象をどう見せたいかに重きを置いているアニメ CG にはもってこいのツールである。見回した時にどんな無茶な変形をしていても、カメラ越しの画さえ成立していれば問題ないのだ
パース変形モディファイヤには、スイッチポイントというものがあり、カメラから見た距離に応じて自由にパース変形の度合いを変えることができる。ここではポイントが 3 つ用意されており、カメラから顔面前、顔面前から後頭部まで、後頭部からハンマーまでの間で画角が16mm → 50mm →16mm と、切り替わっている。 スイッチポイントもアニメーションさせることができるので操作しだいでより自由な構図を作ることができるだろう。
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レンズディストーションの効果。適用前のシーン<C1>(上)に対して、レンズディストーションをかけたものが<C2>(中)である。こういった変形ならばAfter Effetsなどのソフトウェアを使っても<C3>(下)のようにできてしまうが、これでは多少画像の荒れが出てしまう。パース変形のレンズディトーションを使えば、ポリゴンの分割の許す限り画像荒れのないきれいなレンダリング画像が得られる
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ツイスト、オフセット効果を使用した例。<D1>(下)の画像に<C3>と同様の効果をかけたものが<D2>(中)。これでも問題ないのだが、ツイスト、オフセットを使ってもう少し構図とポーズを調整して<D3>(下)のようにしてみた。画面に対する収まりが改善され、腕には通常のボーンでは出来ないひねりが加わり、より面白味のある構図になった
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ツイスト、オフセット効果を判りやすいように作業画面で見てみる。この<D4>は、<D1>の3ds Max作業画面。この時点ではまだパース変形はかけていない
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<D5>パース変形を ON にして、各スイッチポイントでツイスト/オフセットを調整した。注目してほしいのが、カメラの位置はまったく変わっていないこと。カメラ位置そのままで右腕より向こうの上半身が画面に向かって右にズレ、軽くひねりが入っていることが判る。上の<D4>と比較してみると判りやすい。このツールは最終的な構図/ポーズの修正に使うと有効だ
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始点オフセットとオフセットを併用した例。キャラの左手の先を中心にカメラが回っているだけに見えるが、実は違う。キャラの各部分の動線を追ってもらえば判るかと思うが、カメラなら少なからず起きるであろうパースによる歪みがまったくない
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ツイスト、オフセット効果を使用した例。<Frame 1>(上)の画像に<D3>と同様の効果をかけたものが<Frame 3>(中)。これでも問題ないのだが、ツイスト、オフセットを使ってもう少し構図とポーズを調整して<Frame 5>(下)のようにしてみた。画面に対する収まりが改善され、腕には通常のボーンでは出来ないひねりが加わり、より面白味のある構図になった
いかがだろう? Pencil+ 3 の新機能、パース変形モディファイヤ の登場によって、従来では困難と思われていた構図が容易に実現するようになった。このプラグインは日本のアニメーションの特徴をいかに 3DCG に落とし込むかという発想の元に生まれた世界でも非常に稀なツールだ。アニメ的構図を作ることに苦心していた人(自分もそのうちの一人なのだが.......)にとっては待望のツールと言えよう。「 3DCG は固くて、セルとの馴染みが悪い」という言葉が過去の物になる日もそう遠くないと確信している。(文:サンジゲン・名倉晋作)
導入事例1
『劇場版 機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer- 』
2010年9月18日に公開された、映画『劇場版 機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-』(アニメーション制作:サンライズ )では、テレビシリーズに引き続き、PSOFT Pencil+ 3 の機能を大いに活用した。このビックタイトルへの挑戦は、「 2D の画面に、違和感なく調和する 3DCG 」という、当時からの要求に加え、広大な宇宙で繰り広げられた、総勢 40 隻を超える艦隊と、何百何万と数え切れないほどの無数の エルス(ELS/Extraterrestrial Livingmetal Shapeshifter =劇中に登場する地球外生命体)群という、「数」との戦いでもあった。作中メインで Pencil+ 3 を使用していたのは、やはり戦艦で、細かいディティールの入った戦艦のラインを、ただそのまま出すのでは、いかにも CG らしく仕上がってしまうので、従来同様それは避けた。手描きの味である、線の入りと抜きを Pencil+ の"減衰"で表現することで、CG くさい硬さを取り除き、2D 画面に馴染む画を表現した。さらには、Pencil+ マテリアルのゾーンカラーの合成方法で、セルルックの質感に、汚しの画像を、"乗算"であったり"オーバーレイ"で重ねることで、単一なセルではなく、ブラシの特殊効果を拭いたような、+αの質感を加えることに成功した。このように作りたい質感を直観的に加味できるのも Pencil+ のならではの機能とも言える。
もちろん、戦艦だけではなく、エルスでも同様の機能を用いて、アンビエントオクルージョン(モノとモノの隙間に落ちる影)素材を、焼き込んで使用した。こうすることで、シンプルなモデルでもグッと存在感が増すのである。今回は、物凄い数のモデルが、同一画面上に登場するということで、通常使っているハイモデルだけではなく、ミドルモデル(中距離)、ローモデル(遠距離)と、距離に合わせた数パターンのモデルを作成した。しかし、ただ準備したという訳ではなく、中距離以降のモデルは、より軽く、という点を求めて作成されたため、実は Pencil+ のラインを活かしつつ、ラインの計算と出力すらしていない。キーとなるPencil+ ラインの情報ごと、テクスチャとして貼り込んでしまっているのだ。こうすることで、同じ見た目を保ちつつ、ポリゴン数を減らし、膨大な数のモデルを同一画面上に表示することに成功した。テレビシリーズでは、忘れもしない水柱のカットがあったが、今作の劇場版では、エルスが戦艦を侵食していくというまた、新たな表現に挑んだ作品でもある。是非 Blu-ray・DVD 等でご覧になって頂ければ幸いだ。(文:サンジゲン・川端玲奈)
© 創通・サンライズ・毎日放送
導入事例2
『ラブライブ!』2nd シングル「 Snow halation 」MV
2010年12月に発売された、『ラブライブ!』 の 2nd シングル『 Snow halation』MV(アニメーション制作:サンライズ )は、1st シングル『ぼくらのLIVE 君とのLIFE 』MV に引き続き、作画のキャラと CG キャラクターが混在したプロジェクトだ。マテリアル設定から、ラインの出力まで、Pencil+ を余すことなく使用したキャラクターアニメーション作品のひとつである。メカがメインの作品とは違って、キャラクターの表現に適した表現が求められた。また、作画と CG との境目をなくすこともコンセプトの 1 つであったため、Pencil+ のノウハウが大いに活きた作品でもある。2 作目となった今回は、より作画監督の絵に近づけるためにモデリングから修正している。前回は Pencil+ 2 での作業となったが、モデルを再度修正するにあったってPencil+ 3 に変更した次第。
© プロジェクト ラブライブ!
2nd シングル「 Snow halation 」MV
ラインの基本設定が、オブジェクト単位ではなく、マテリアル単位でも細かく設定ができるというのはpencil+2よりお馴染みの機能ではあるが、Pencil+ 3 では、より強化された、ラインの RenderElements 出力機能を使用し、欲しいラインセットごとの、出力が可能となった。花飾り等の小物で使用している。作画アニメでは少し贅沢な色トレス線が、盛り込めるだけではなく、後からその部分だけ、色の変更が効くという大変便利な機能だ。また、年々求められる表現が増す中で、自ずと複雑化してくる、モデリングや、それに付随した Pencil+ の設定だが、この細かい設定を[シーン状態を管理]ひとつで復元できるところも、複雑なシーンを扱う上でとても役立った。
© プロジェクト ラブライブ!
2nd シングル「 Snow halation 」MV
また新たな試みとして、版権画像の制作を行なっている。これまでは作画でキャラクターを起こすのが当たり前であったが、『ラブライブ!』に関しては CG で制作している。先日のバレンタインデーに Web で公開された画像がそれである。是非公式ホームページをチェックしてみてほしい。今後もこの様なキャラクターアニメーションの表現は追究していきたい。そのことがアニメ CG の未来に繋がると確信している。(文:サンジゲン・川端玲奈)
© プロジェクト ラブライブ!
今年のバレンタインデーに特別公開されたμ's(ミューズ)の "バレンタインデー"スペシャルポートレート
TEXT_サンジゲン
▼About Company
株式会社サンジゲン
3DCGによる日本的なリミテッド・アニメーション表現を得意とするCGプロダクション。アニメーション作品を中心に、モデリング・テクスチャ・リギング・アニメーション・コンポジットに至るまでトータルでプロデュースを行なっている。
<近年の代表作>
『機動戦士ガンダム00』シリーズ、『映画ハートキャッチプリキュア! 花の都でファッションショー...ですか!?』、『パンティ&ストッキング with ガーターベルト』、『マルドゥック・スクランブル』、『とある魔術の禁書目録Ⅱ』、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』、『ラブライブ!』、『アマガミSS』ほか多数
Autodesk 3ds Max 2011
価格:409,500円(通常版スタンドアロン、NetShop.Too価格)ほか
問:Tooデジタルメディアシステム部
TEL:03-5752-2855
3ds Max 2011×Pencil+ 3
サンジゲン「アニメCG制作マニュアル」
プレゼントキャンペーン実施中!
CGWORLD.jp 限定、3/31(木)まで延長!
現在 Too.では、サンジゲンが実際に社内教育向けに使用している「3ds Maxアニメ制作マニュアル」(右の画像)を、対象製品1ライセンス購入につき1冊提供するというキャンペーンを実施中だ。3DCGによる日本アニメ表現について興味のある方は、利用してみてはいかがだろうか(詳細は下記キャンペーンサイトを参照)。
<対象製品>
1:3ds Max 2011通常版新規ライセンス
2:3ds Maxサブスクリプション新規または更新&Pencil+ 3新規またはアップグレード
3: 3ds Max教育機関版新規ライセンス&Pencil+ 3
※すべて3ds MaxはEntertainment Creation Suiteでも可
キャンペーン期間 :〜2011年3月31日(木)まで
ご好評につき、CGWORLD.jp読者限定で特別にキャンペーン延長です!
※お申し込みの際は、必ず「CGWORLD.jpの記事を読みました」と、お伝えください
サンジゲン特製「3ds Max アニメCG制作マニュアル」プレゼントキャンペーン特設ページ