新興スタジオのGAZEN(ガゼン)は、30年以上にわたりゲームムービーやCGアニメーションの制作に携わってきた森泉仁智氏によって2022年4月に設立された。順調に実績を重ね、2024年6月にはマンションの一室からオフィスビルへ移転した同社で、今後のビジョンや募集中の職種について話を聞いた。
絵コンテがなくても進めるし、つくり方や演出の相談にものる
CGWORLD(以下、CGW):森泉さんのキャリアについては、 CGWORLD vol.306(2024年2月号)掲載の「編集長が聞く~作り手たちの物語~」で深掘りさせていただきました。その際にも思ったのですが、「プリプロと演出に注力する」という経営方針は珍しいですね。
森泉仁智氏(以下、森泉):「3DCGのプリプロの会社をやってみないか?」というジェンコの真木太郎さん(代表取締役社長)の後押しが起業の発端でした。ジェンコはプロデューサー集団で、すでにスタジオM2というアニメのプリプロと制作を得意とする関連会社をもっていたのです。そこにGAZENが加われば、投資家向けのパイロットをつくれるので、営業がやりやすくなるというメリットがありました。実際、この3社間で進めているものを含め、当社では現在5本以上の企画が動いています。アニメは企画から完成までに年単位の期間を要するし、企画半ばで中止になる場合もあるので、まだまだ詳細はお話できないのですけどね。
CGW:9月20日に『機動警察パトレイバー EZY(イズィー)』のプロジェクト開始が発表され、CG監督として森泉さんのお名前も公表されましたね。これは進行中の企画のひとつでしょうか?
森泉:そうです。出渕 裕監督から直接お声がけいただき、参加することになりました。鋭意制作中なので、楽しみにお待ちください。
CGW:既に公開されている作品だと、Netflixで配信中の『PLUTO』(2023)はGAZENがオープニングアニメーションとCGパートの一部を担当し、アニメーション制作はスタジオM2、制作プロデュースはジェンコが担っていますね。
森泉:『PLUTO』の企画はGAZENの設立前から動いていたので、当社は途中から参加しました。2024年1月に公開された『ショコラカタブラ』MVの場合は、アニメーション制作を担っていたTRIGGERさんがCGパートを任せられる会社を探していて、「GAZENなら引き受けてくれるかも」というNetflixさんからの口コミがきっかけで参加が決まりました。
CGW:仕事を通して得た信頼が、次の仕事につながったわけですね。とても良いながれだと思います。
森泉:絵コンテがなくても進められる点と、つくり方や演出の相談にものれる点が当社の強みで、そういう柔軟さがクライアントには重宝がられているみたいです(笑)。例えば「脚本と設定しかないんですけど......」という場合には、私が字コンテで大まかな画面構成を指定し、大前にMaya上でラフなデータをつくってもらいます。そのデータを私が調整した後、それをアタリにして絵コンテを描き、2人で相談しながら調整していきます。私は作画のアニメーターのようにスラスラと絵を描けるわけではないし、後日プリビズやレイアウトをつくる際には、そのデータを流用して時間を節約できるというメリットもあるので、臨機応変にCGを活用しています。
大前登志樹氏(以下、大前):絵コンテがあったとしても、「無視して良いので、自由にやってください」と言われることすらありますね(笑)
森泉:作画出身の演出さんは、CGをどう使えば良いのか判断がつかない場合も多いので、「ここはCG先行でレイアウトをつくった方が良いです」、「ここは作画先行レイアウトで構いません。CGはギリギリまで待ちますから」といった提案も、打ち合わせの場でするようにしています。
CGW:そういうコンサルティングをしてくれる人は貴重ですね。CG先行でレイアウトを発注したら、演出意図とはちがうものが上がってきて、CGに対する不信感だけが増大していったという話を各所で聞いています。
森泉:当社はそういう展開を望んでいないので、必ず打ち合わせの場で「どうしたいですか?」と聞くようにしています。『山中貞雄に捧げる漫画映画「鼠小僧次郎吉」』(2023)のCGパートを担当したときにも、りんたろう監督がやりたい表現を聞き出して、それを実現できる方法を提案するように努めました。そういうアプローチを続けていると、「CGって、こんなこともやってもらえるんだね」という信頼が得られ、次の依頼につながるのだと思います。
CGW:GAZENでは、主に作画アニメのCGパートを手がけていく方針なのでしょうか?
森泉:すでにゲームのカットシーンのプリビズも手がけていますし、いずれはフルCGアニメーションもやりたいと思っています。CGの良さを活かしつつ、観客にCGであることを意識させない短編アニメーションを監督することが、私の夢なのです。それが成功すれば、CGに対する世間の認識も変わるんじゃないかなと思っています。加えて、そこで再現性のあるつくり方が確立されれば、当社がプリプロを手がけ、他社さんにプロダクションワークを依頼することで、長編制作や量産も可能になると思います。
パイプライン担当が常駐し、自動化できることは極力自動化
CGW:現在のGAZENのスタッフは何人ですか?
森泉:常駐は4人で、必要なときだけ入っていただく業務委託は2〜4人です。プリビズ・レイアウト担当の大前や、リグ・パイプライン担当の久保に加え、ほかの工程を担うスタッフも1人ずつはいますが、さすがに人手が足りなくなってきたので、数年かけて17人まで増やしたいと考えています。それを見越して、今年の6月に広いオフィスビルへ移転しました。
CGW:スタッフが8人しかいないのに、すでにパイプライン担当が常駐しているのは珍しいですね。
久保圭之氏(以下、久保):森泉も、大前も、私も、しっかりとパイプラインが構築された大規模スタジオで働いてきたので、パイプラインがないことがどれだけ危険か理解しているのです。人は絶対にミスをするし、自動化できることは極力自動化した方が表現に集中できるので、たとえスタッフが私ひとりであったとしても、「めんどくさい。リグだけやっていたい」とぼやきながら、パイプラインのツールをつくっていると思います(笑)
森泉:GAZEN設立当初はパイプラインについて話し合うミーティングを毎週実施して、段階的にブラッシュアップしてきました。加えて久保は、作業中の大前や私の後ろを通るときにモニタをチェックして、「さっきから同じ作業をくり返していますよね? 自動化しませんか?」と小まめに提案してくれるので(笑)、日を追うごとにパイプラインが洗練されていったのです。
久保:何かの修行のように同じ作業をくり返している人を見ていると、「辛くない? メンタル大丈夫?」と思ってしまうし、時間も勿体ないので、極力自動化するように働きかけています。例えばFlow Production Tracking(以下、Flow PT)にレビューを投稿する際に、タスク・件名・宛先などを毎回手入力していたら、時間もかかるし、10回に1回くらいは入力ミスも発生しますよね。1回の入力時間は1分だったとしても、30カットなら30分に上ります。だったら5秒くらいで入力できるツールをつくった方が、皆の心に余裕ができると思うのです。
CGW:これまでに久保さんが開発したツールは、何個あるのでしょうか?
久保:パイプライン関連のツールだけで10個くらい。リグやレイアウト、ライティングなどの専用ツールまで含めると20個以上あると思います。専用ツールは、それを一番使う人の意見をふまえてカスタマイズしてあります。
大前:新たに専用ツールをつくる際には、既存のパイプラインとの間で不具合が起きないように調整してくれるし、お願いすればさらに機能を追加したりもしてくれるので、今は仕事がすごく楽しいです。
久保:最初に森泉が言っていた話にも通じることですが、ツール開発の場合も「どうしたいですか?」と聞くことが大事です。ツールはあくまで手段であって、目的にはなりません。そこを見誤ると、「ツールをつくったのに、全然楽にならない」といった事態が起こります。広い視野と、常に現状に疑問をもつ姿勢が不可欠だと思います。
大前:以前、私がつくったプレイブラストを外部の会社の指定フォーマットに変換した上で、Flow PTにアップロードする作業が発生したことがあって、久保が変換を自動化するツールをつくってくれました。そのとき、「そもそも、この変換は必要なんですか?」と久保に聞かれて、森泉も私も「たしかに、そこから疑う必要があるな」と気づかされました(笑)
森泉:実際、外部の会社に改めて相談してみたら、「変換は必要ない」という結論になって、久保がつくった変換ツールは早々に不要になりました。ツールが目的になっている人なら、「せっかくつくったのに」と不満に思ってしまうでしょうが、久保の目的は皆の負担を減らすことなので、「良かったですね」と言ってもらえて心強かったです。
臨機応変に、ゼネラリストのような動きをしてくれる人を募集
CGW:現在募集中の職種についてもお聞かせください。
森泉:募集中の職種は、ルックデベロップメントアーティスト(以下、ルックデヴ)、ハードサーフェスモデラー、アニメーター、テクニカルアーティスト(以下、TA)の4職種です。ただし、どの職種も完全なスペシャリストは求めておらず、臨機応変にゼネラリストのような動きをしてくれる人を探しています。例えば大前の専門はプリビズとレイアウトですが、人手が足りないときにはアニメーションやライティングを手伝ってもらっています。当社は最大でも17人程度までしか増員する予定がないので、スペシャリストの枠から出たくない人を揃えても、作品の品質が上がらず、人も会社も成長できません。
その上でルックデヴに関しては、私の代わりを担ってくださる人を探しています。現在のGAZENでは、私がルックデブ・ライティング・コンポジットと、社長業を兼任しているのです。
CGW:新興スタジオではよくあることですが、プロデューサー的な役割と、ディレクター的な役割をひとりで兼任するのは、良い状態ではないですね。
森泉:そうなんです。モデル・UV・シェーダ・ライティング・レンダリング・コンポジットなどの知識があって、複数カットを通しての色や雰囲気の統一感にも目を配れる人に、ご応募いただきたいです。全部を完璧にできなくても、成長意欲がある人なら、私の弟子のような立場で仕事を通して学んでいただきたいとも思っています。
ハードサーフェスのモデリングに関しては、現在はスタッフの中にできる人がいないので、社外のスタジオに発注しています。そこを担ってくださる人を募集していますが、常にハードサーフェスモデリングの仕事が社内にあるわけではないので、モデリングが得意なゼネラリストを探しています。
アニメーターに関しては、ディズニースタイルのアニメーションではなく、日本の作画アニメが好きな人を募集しています。私は金田伊功さんやりんたろう監督との仕事を通して、2コマ打ち、3コマ打ちの日本の作画アニメの動きに魅力を感じてきたので、CGの良さも活かしたコマ抜きの動きを追求したいのです。その思いに共感してくださる人に来ていただきたいです。
TAに関しては、今は久保がひとりで担っているパイプラインの整備を、一緒に担当してくださる人を募集しています。久保はもっとリグに注力したいという思いがあるので、彼の負担を減らせる人に来ていただけると有り難いです。
CGW:新卒採用は考えていますか?
森泉:現時点では新卒を採用する余裕はありませんが、2年後くらいには採用したいです。そのためにも、まずは経験者を採用し、当社の基盤を固めたいと思っています。
CGW:インタビューの最後に、GAZENの仕事のやりがいを教えてください。
久保:少人数の会社なので、意志決定が早く、意見が通りやすい点が良いですね。先程も言ったように、「そもそも、このタスクは不要じゃないですか?」といった意見に対して、ちゃんと耳を傾けてもらえます。
大前:プリプロは映像制作の最初の工程なので、監督から演出意図を直接説明していただける点が一番の魅力です。私たちの提案を受けて、監督が脚本や絵コンテを変えてくださる場合もあるので、作品づくりの根幹に参加しているという実感を得られます。
森泉:「仕事は楽しくやらないと」というのが私の基本姿勢だし、作品愛をもって仕事に臨んでほしいので、GAZENで仕事を受ける際には、それをやりたいと思うかどうか、久保や大前などのスタッフに必ず確認するようにしています。もし「やりたくない」という人が多ければ、たとえグループ会社からの依頼であっても断ると、社内外に宣言もしています。受け身の姿勢ではなく、興味をもって作品に向き合ってほしいので、経営者として、そこは特に気をつけています。
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota