若杉 遼編集長退任:3年間の挑戦をふり返る

2022年1月にCGWORLDの編集長に就任した若杉 遼が、約3年間の任期を終え退任することになった。若杉編集長は在職期間中、数々の特集や記事を通じて業界への深い洞察を発信し、読者に新たな刺激を届けてくれた。その功績や編集長としての思い出をふり返ると共に、これからの日本のCG業界への期待、次世代に託すメッセージを語ってもらう。聞き手は、次期編集長の池田大樹が務める。
同じアーティストの視点があるから、話題を深掘りできた
池田大樹(以下、池田):若杉さんはカナダのバンクーバーにあるソニー・ピクチャーズ・イメージワークス(以下、SPI)、およびウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ(以下、ディズニー)でアニメーターやレイアウトアーティストを務めつつ、CGWORLDの編集長を担ってくださいました。さらにオンラインスクールのアニメーションエイド(以下、エイド)で講師をしたり、ランナーとしてフルマラソンに挑戦したりもしていたので、常に多忙だったと思います。今日は3年間の挑戦のふり返りや、次世代に託すメッセージなどをお聞かせください。

池田大樹
2007年入社。CGWORLDのプロモーションの企画営業を担当。「業界人口を増やす・3DCGの価値を世間に広める」ことを目的にCGWORLD EntryやCGWORLD JAM ONLINE、コンテスト企画をプロデュースしてきた。2025年4月より、CGWORLD編集長に就任
若杉 遼(以下、若杉):CGWORLD事業部のマネジメント層の方々から編集長を打診されたとき、「読者との距離が近いCGWORLDにしたい」という目標を掲げました。雑誌編集経験のない僕が編集長を任された意味を考え、編集者になるのではなく、自分だからできることをやろうと思ったのです。僕の1番の強みは、カナダ在住のアーティストとしての実務経験です。だからこそインタビューに同席する際には、自分の視点を大事にしました。実際に現場で働いている僕が「知りたい」と思うことを、直接質問させてもらったのです。「僕が気になることは、きっと読者も気になるはず。僕も読者のひとりだ」という気持ちでインタビューに臨んでいました。ただし僕の視点だけでは偏りがあるので、僕が教えているエイドの受講生が知りたいであろう話題も取り上げることを意識していました。

若杉 遼
2022年1月にCGWORLD編集長に就任。ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスを経て、現在はウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオにて、リードレイアウトアーティストを務める。『モアナと伝説の海2』(2024)にはレイアウトアーティストとして参加
池田:若杉さんにインタビューしてもらえることを喜んでいる現場のアーティストは本当に多くて、「嬉しかった!」という声を何度も聞きました。若杉さんがインタビューに同席することで、日本とカナダのワークフローのちがいがすごくクリアになったし、アーティスト視点で深掘りする、現場に寄り添った記事をつくれるようになったと思います。
若杉:インタビューを通して、CGWORLDをもっと身近に感じてほしいと思っていました。実際、現場の方々と話していると、カナダで働いてきた僕の経験に興味をもってくださることが多かったです。「海外のCGスタジオのワークフローは、ものすごく洗練されているんだろうな」と思っている方々に、「実際にはやり直しもあるし、全てがスムーズに進行するわけではないのですよ」と伝えると、すごく安心なさっていたのが印象的でした(笑)。同じアーティストの視点があるから話題を深掘りできたし、相手もリラックスして話してくれたんじゃないかなと感じています。僕だから引き出せたエピソードもあったんじゃないでしょうか。
池田:在職中、若杉さんは4つの特集の企画とインタビューに参加しています。印象に残っているエピソードを教えてください。
若杉:僕が初めて企画から参加したvol.285の「特集:CGアニメーションのワークフロー」は、「アニメーションの教科書にしたい」という思いで構成を考えました。発売後、エイドの受講生や日本の専門学校の先生などから「読みました」、「勉強になった」といった感想をいただけて嬉しかったです。

池田:CGアニメーターのための用語集まで入っていて、初心者が読みやすい構成になっていたと思います。
若杉:僕は日本のCG業界で働いた経験がないし、ゲーム開発も未経験だったので、vol.296の「特集:とことん深掘り! ゲームのアニメーション」のインタビューは知らないことばかりで勉強になりました。特に驚いたのは、スタジオや作品ごとにワークフローが全然ちがうことです。例えば『ウマ娘 プリティーダービー』はモーションキャプチャを使っているけど、『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』は全て手付けアニメーションなので、求められるスキルもまったくちがいました。加えてゲーム開発では内製のツールやゲームエンジンを使う場合が多く、アニメーターには、ツールをより使いやすくしたり、ゲームをより面白くしたりするための工夫やアイデアも求められていました。僕の知る海外のCGスタジオではMayaが使えれば大半の仕事に対応できるし、求められるスキルにも大きな差はないので、僕がゲーム会社で働いたら、「今日は全然アニメーションを付けられなかった......」って文句ばっかり言いそうだなと思いました(笑)

池田:ゲーム会社のアーティストは、どの職種であっても、面白いゲームをつくることを1番大事にしていますよね。
若杉:そうです。そのために学び続ける姿勢を全員がもっていた点が印象的でした。vol.311の「特集:とことん深掘り! アニメの3Dレイアウト」のインタビューも、僕にとっては新鮮なことばかりでした。日本のアニメの3Dレイアウトでは作画や美術との連携が求められるし、3Dのレイアウトとアニメーションを分業しないケースが大半なので、僕が経験してきたワークフローとは大きくちがいました。Book、バンク、撮影など、僕の知らない専門用語も数多くあって、インタビュー中に教えてもらうこともありました。そんな中でも、サブリメイションは3Dレイアウトの専門チームをつくっていて、『鬼武者』では3Dレイアウトの段階からキャラクターの演技付けにも力を入れていた点が印象的でした。

池田:スタジオや作品ごとに重視する点がちがうので、ゲームと同じく、紹介されるワークフローもちがっていて面白かったです。
若杉:インタビューを通して、「面白いゲームをつくりたい」、「良いアニメをつくりたい」という情熱が伝わってきて、本当に良い刺激を受けました。しっかり準備をして聞いていないことまで積極的に話してくださる方が多かったので、そのパッションに引っ張られ、「僕もがんばらなきゃ」と思わされました。毎回2〜2.5時間のインタビュー時間を設けていたのに、それでも足りないくらいで、「もっと聞きたい!」と思いつつ、時間切れで終わることがほとんどでした。
自分の視点で、自分が本当に興味のあるキャリアの話を聞いた
池田:若杉さんが感じた、日本とカナダのアーティストのちがいも教えてください。
若杉:日本のアーティストは、限られたリソースの中で、どう工夫すればより良いものがつくれるかを常に考えている人が多いです。加えて日本のアニメ制作は、個人の才能やセンスに委ねられている部分が多いので、各カットの担当者の作家性が色濃く反映されます。作画なら「あの人の絵だ」とわかるし、CGもそのながれを受け継いでいるように思います。一方でカナダやアメリカのアニメーション制作は、高品質なショットを安定してつくるためのパイプラインや管理体制がしっかりしているので、スタイルを統一しやすく、アーティストの負担が少ないです。だからこそ、尖った作品や、「この人だからできる」というショットは生まれにくいと思います。実際、僕がこれまでに担当したショットも、仮にほかの人がやったとしても、似たような仕上がりになっていたと思います。
池田:vol.300で特集した『ONI ~ 神々山のおなり』は、アニー賞で2部門、エミー賞で個人賞3部門を受賞するなど話題になりました。本特集の思い出もお聞かせください。

若杉:『ONI』はディズニーやピクサー・アニメーション・スタジオ(以下、ピクサー)と比べても遜色がないクオリティなのに、エンドロールにながれる名前のほとんどが日本人だったことに一番感動しました。アニメーション業界にとって大きな転換点になる作品だと感じたからこそ、vol.300で特集する価値があると思ったのです。特に印象に残ったのは、アニメーションをクリーンナップする、Fixアニメーターというポジションを設けていたことでした。ピクサーには類似のポジションがありますが、業界全体を俯瞰すると一般的な役割ではありません。堤 大介監督は以前から、日本のキャラクターアニメーションのアクティングや表情付けの弱さを気にしていました。Fixアニメーターのポジションを設けた背景には、「アニメーションのレベルを上げたい」という堤監督の強い思いがあったのだろうと想像しています。
池田:連載「編集長が聞く~作り手たちの物語~」(以下、「編集長が聞く」)では、全20回のインタビューを通して、多彩な作品と作り手にスポットを当てました。特にアーティストのキャリアに関するインタビューは反響が大きかったです。
連載 「編集長が聞く~作り手たちの物語~」のバックナンバー

若杉:キャリアに関する記事は、「どうすれば新卒で大手のゲーム会社に入れるか?」といった、若手向けの話題が多いです。でも僕は、自分の視点で、自分が本当に興味のあるキャリアの話を聞くことにしました。例えば、「自分が最初に掲げた目標に向けて邁進するのと、その時々の興味や状況に応じてフレキシブルに対応するのとでは、どちらが正しいと思うか?」、「1番の転換点になった経験は何か?」といったことに、すごく興味がありました。僕自身の今後のキャリアも見据えながら、いろいろな方の話を聞いて、参考にしたいという思いがありました。
池田:自分が壁にぶつかったときのヒントになる、示唆に富んだ連載だと感じました。
若杉:多くのアーティストは、少なくとも2つの壁にぶつかると思います。第1の壁は、最初の就職先を探すときの壁です。僕自身、サンフランシスコのアカデミー・オブ・アート大学を卒業した後、日本に帰るのか、海外で就労ビザを取得してがんばるのか、すごく悩みました。でもこの壁は「就職」という明確なゴールがあるので、乗り越えやすいと思います。本当に難しいのは、仕事が安定した後に直面する第2の壁です。「このままで大丈夫なのか? この先どうなるんだろう?」という不安が生じて、スーパーバイザーを目指すのか、転職するのか、結婚するのか、海外で働くのか、あるいは日本に帰国するのかといった多種多様な選択肢を前に、悶々と頭を悩ますことになります。
池田:どの選択が最適かは当事者によってちがうから、判断が難しいですよね。
若杉:キャリアって、当初の計画通りに真っ直ぐ進むものではないのです。実際、僕もディズニーで働くことになる未来はまったく想像していなかったし、インタビューを受けてくださった方々の中にも、思い描いたゴールまで一直線にたどり着いた方は1人もいませんでした。だからこそ、いろいろな方の選択の過程を聞いて、連載としてまとめたことはすごく有意義だったと思います。どの記事が響くかは読者によってちがったと思いますが、いずれにせよ「キャリアに正解はない」ということは伝わったんじゃないでしょうか。
海外進出の間口が広がり、より多くの人にチャンスが到来する時代になった
池田:編集長としてCG業界の動向を見つめてきた中で、この3年間で特に大きな変化や進展を感じた部分はどこですか?
若杉:Blenderの普及による、個人クリエイターの台頭ですね。かつては大手スタジオに入ることがキャリアの主流だったし、CGWORLDでも大手スタジオの作品にスポットを当てることが多かったです。でも最近は個人の作品に興味をもつ人がどんどん増えていて、「どんな作品をつくりたいか」という根本的な問いに立ち返るながれになっているように思います。以前はエイドの受講生に「ディズニーでこんな作品をつくっています」と言えば、「すごい!」という反応が返ってきましたが、ここ数年はそこまで刺さらないことが増えてきました(笑)。最近は中学生や高校生がすごい作品をつくってXに投稿していたりもするので、良いプレッシャーを与えてもらっています。僕も自主制作にもっと力を入れたいと思うようになりました。僕のように、個人クリエイターからの刺激を受けて鼓舞される人が増えれば、日本のCG業界全体の底上げにもつながると思います。
池田:vol.320の特集では、海外進出する日本のクリエイターやCGスタジオにスポットを当てています。海外進出に挑戦中、あるいは準備中の読者に向けて、アドバイスやメッセージをお願いします。
若杉:日本のCGスタジオやクリエイターの知名度が、世界各国でどんどん上がってきています。例えば、『スパイダーマン:スパイダーバース』は日本の作品にインスパイアされていたし、白組の『ゴジラ-1.0』のアカデミー賞受賞は大きな話題になりました。かつての白組は海外ではほとんど知られていませんでしたが、今では「アカデミー賞を受賞したスタジオ」として世界的に認知されています。こうしたながれもあって日本の作品やCGスタジオの存在感が高まっているからこそ、個人のクリエイターにとっても、CGスタジオにとっても、海外に進出するチャンスは確実に広がっていると思います。もちろん以前から可能性はありましたが、さらに間口が広がり、より多くの人にチャンスが到来する時代になりました。日本のCG業界にとって、まさに今が勝負のタイミングだと思います。
池田:次世代のクリエイターに向けて、伝えたいことや期待していることはありますか?
若杉:最近のエイドの受講生は、海外に興味をもつ人が以前より少なくなっています。多くの人が「日本のスタジオで働きたい」、「日本の作品に関わりたい」と考えているのです。でも日本のCG業界をもっと発展させていくためには、海外にも目を向けるクリエイターが増えることが重要だと思います。海外が正しいとか、日本が正しいとか、そういう話ではなくて、選択肢を増やすことが大事なのです。日本だけを見ていると視野が狭くなりますが、広い視野をもっていれば、海外の良い部分を吸収しつつ、日本ならではの強みを活かせます。そうすれば、「日本で働きたい」という海外のクリエイターも増え、日本のCG業界のグローバル化が進み、より世界に認められる存在になるでしょう。若い世代が海外に出ることは、本人にとってもCG業界にとっても大きなプラスになります。最終的には日本のスタジオに戻るとしても、海外に出て、異なる文化や価値観に触れた経験は、グローバルに通用する作品づくりをする上で必ず役に立ちます。実際、連載「編集長が聞く」でも、「海外で働いてみたけど、日本の方が性に合うから戻ることにした」というエピソードを紹介しています。そういう判断も、経験して初めてくだせることなのです。とにかく、行動してみることが大事だと思います。
新しいつながりを生み出すことも、CGWORLDの役割のひとつ
池田:CGWORLDの編集者に期待することもお聞かせください。
若杉:僕で力になれることがあれば、またいつでも呼んでください! それから、編集者の皆さんには「クリエイターが読みたい記事をつくる」ことを大事にしてほしいと思っています。今後も様々なクリエイターを巻き込んで、僕がやってきたように、インタビューへの参加をお願いしてみてほしい。そうすれば、より多くのクリエイターの読者に共感してもらえる記事がつくれるはずです。僕が読みたくなるようなCGWORLDを、これからもつくっていってください。
池田:退任後に予定している活動や、今後取り組みたいことについても教えてください。
若杉:何よりも、ディズニーでの仕事に集中したいと思っています。編集長を打診されたとき、僕はSPIで働いていて、自分のポジションにかなり満足していました。仕事が安定していたから「ちがうことをやってみよう」と思い、引き受けることにしたのです。そしてインタビューを通して日本のクリエイターの話を聞く中で、その情熱に圧倒されました。カナダでは、アーティストは仕事とプライベートをしっかり分けていて、18時になったらみんなサッと帰ります。それはそれで健全な業界ですが、限界までベストを尽くす日本のクリエイターの熱量を目の当たりにして、僕自身も「やりきってみたい」と強く思うようになりました。連載「編集長が聞く」で話を伺った、森泉仁智さん、成田昌隆さん、中村 創さん、行弘 進さん、鈴木卓矢さんなども、全員僕より年上ですが、ものづくりへの情熱とチャレンジ精神にあふれていました。若手も負けておらず、中学生がBlenderですごいものをつくっていたりします。その熱量を感じて、僕も「もっとやりたい」という気持ちが湧いてきたのです。だから自分のスキルアップにも改めて力を入れようと思い、新しくシネマトグラフィのクラスを受講したりもしています。CGが上手くなるためには、ツールやテクニックの情報も大事ですが、それ以上に、人からもらう情熱こそが人の行動を変えるのだと実感しました。
池田:若杉さんが掲げた「読者との距離が近いCGWORLDにしたい」という方針を、僕も引き継いでいきたいと考えています。メディアは、単に情報を発信するものではなく、一種のコミュニティのようなものだと思っています。人と人をつなぎ、新しいつながりを生み出すことも、CGWORLDの役割のひとつです。教育機関、CGスタジオ、個人クリエイターが交わる場をさらに広げ、CG業界全体のうねりをもっと大きくするメディアにしていきたいと考えています。近年、3DCGの技術は急速に一般化しており、製造、建築、ファッションなど、様々な分野で活用されるようになっています。国土交通省が3D都市モデルのPLATEAUを公開したり、地方自治体からの「CGスタジオを誘致したい」といった相談が増えたりしていることも、このながれの一環です。こうした広がりを後押しするために、CGWORLDは「3DCGの技術を解放するメディア」になっていきたいです。フリーペーパーの「CGWORLD Entry」や、オンラインイベントの「CGWORLD JAM ONLINE」などを通じて、新しいプレイヤーを迎え入れ、業界全体をさらに盛り上げていける場をつくります。お祭りのように賑やかで、皆が気軽に参加して、楽しみながらつながれるメディアを目指します。海外の情報も積極的に取り上げていきたいので、若杉さんも、ぜひ協力してください!
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota、蟹 由香/Yuka Kani