CGプロダクションをはじめとするデジタルコンテンツ産業は、長らく首都圏に集中してきた。しかし近年、地方自治体による企業・クリエイター誘致の動きが加速している。
静岡市はその最前線に立つ自治体のひとつだ。2024年から、CGクリエイター・CGプロダクションの誘致を精力的に推進しており、その施策のひとつとして「静岡市視察ツアー」を実施している。主に首都圏のデジタルコンテンツ企業を対象に、静岡ホビーショーの視察や地元関係者との交流会を通じて静岡市の魅力を発信する取り組みだ。(個別視察ツアー参加者募集中)
昨年(2025年)の視察ツアーを契機として、この1年でA440とCafeGroupの2社が静岡市への進出を決定した。視察から進出決定まで、なぜこれほどスピーディーな意思決定が生まれたのか。この2社を含め、首都圏から静岡市へと活動の場を移した4社に、今年の視察ツアーの中で話をうかがった。
【A440】本社ごと移転、決断を後押ししたのは「VIRTUAL SHIZUOKA構想」と「模型産業」の存在
まず最初に紹介するのは、A440の本社移転事例だ。同社は社員数15名と少数精鋭のXR開発会社であり、様々なジャンルで活動を展開してきた。近年の実績としては、プレイヤーが獣医となるシミュレーションゲーム『WILDLIFE DOCTOR』の開発、大手飲料メーカーや自動車メーカーのAR広告制作、『金沢ミュージアム+』という、金沢市所蔵の美術品をデジタルスキャンし、AR技術によって様々な角度から見ることができるWebサイトの開発などが挙げられる。同社の強みは高精度スキャン、アバターやモーションキャプチャーの制作、AR技術を用いたVPS(Visual Positioning System)などの分野における高い技術力だ。
同社は東京の西麻布に本社を構えていたが、昨年度に開催された静岡市視察ツアーを機に、静岡市への本社移転という大きな決断を下した。
同社代表の金丸氏は、静岡市への本社移転を決定した大きな理由として、まず静岡県が点群データの活用を推進していることを挙げた。
静岡県は県を挙げて「VIRTUAL SHIZUOKA構想」を推進しており、静岡県を丸ごとスキャンして、三次元点群データによって仮想空間を構築しデジタルアーカイブ化し、さらにそのデータを無償公開している。このような自治体の方針が、同社の事業内容と親和性があるということが移転に際しての大きな後押しになったという。
さらに、静岡市も3DGSによる都市スキャンデータの作成・公開を予定しており、静岡市での「デジタルアーカイブ化」の流れは益々進みそうだ。
2つ目の理由としては、自社が得意とするXR(AR/VR)技術と、静岡市に根付いた地場産業とのシナジーによって、新たな価値創造ができるはずだという期待感があったからだという。静岡市は模型産業の老舗であるタミヤの本社をはじめ、世界的な模型メーカーが多数集積しており、全国でも特異な地場産業として模型産業が根付いている。ホビーショーで地元企業と接した経験なども合わせて、模型のデータをAR技術を通じてユーザーに届ける取り組みの発想が生まれたそうだ。
3つ目の理由は、広いスタジオスペースを確保しやすい賃料の安さだ。東京では家賃の高騰により、モーションキャプチャや高精度スキャンといった同社の事業に必要な広大なスタジオスペースの確保が難しかった。静岡市であれば、同じ予算ではるかに広い空間を確保できる。これが移転を決めた大きな要因のひとつだったという。
この賃料の安さを活かし、同社は静岡市内に役割の異なる2つの拠点を構える計画だ。ひとつは静岡市中心部に設ける「ラボ」。ここは地元企業や教育機関との交流・共同制作のハブとなる事業所だ。
もうひとつは海岸沿いの用宗に建設する本社で、広い敷地を活かした「XRスタジオ」を併設する。このように空間を贅沢に活用するような施策は、東京ではなかなか難しいが、賃料の安い静岡市だからこそ可能になったのだ。
さらに、ただでさえ賃料相場が安い上に、社員の移住に関しては、静岡市が提供している、県外からの移住者を対象とした「移住者向け住まい提供事業」を活用することで、初期費用を抑えての移住が可能となったという。
また移転後の事業計画としては、同社は「産業支援」と「人材育成」の二本柱を掲げている。模型産業での例を挙げたように、地元企業へのCG・XR技術の提供や、AR技術を活用したデジタルスタンプラリー事業、CG講座ワークショップの開催など、様々な面で、静岡の官民と連携して新たな事業を次々と進行中だ。
「現在、地元産業の方々と連携しながら様々なコンテンツを作っていますので、今年はその成果を皆様にお披露目できるように頑張っていきます」と金丸氏は意気込みを語った。
【CafeGroup】サテライトオフィスから始める進出——決め手は静岡市職員の熱意
続いては、サテライトオフィスという形で静岡市に進出したCafeGroupの事例を紹介する。約200名の社員を擁し、ゲーム・映像・Webアプリ・IP開発など多岐にわたる分野で活躍するクリエイティブ企業だ。
「ModelingCafe」として2012年に創業し、CG・アニメーション制作を中心とした映像制作分野で存在感を発揮してきた同社は、2025年に「AnimationCafe」と経営統合して「CafeGroup」に。近年ではTOYOTAの依頼で「ジャパンモビリティショー」向けのインタラクティブコンテンツ(CG制作からアプリ開発まで)を手掛け、日本テレビと共同でドラマ連動型の体感ミステリーゲームの企画・システム開発・運用・カスタマーサポートまでを担った実績を持つ。
静岡市進出の背景にあるのは、国内外のCG業界全体における市況の厳しさだ。生き残りをかけて従来の得意領域を超えた事業展開が必要と判断した同社が、自社のCGやテックのノウハウを活かせる他業種、そしてその業種が盛んな土地として選んだのが静岡市だった。
選定理由は大きく2点。東京から気軽に行き来できる距離感と、自社技術とシナジーが見込める製造業が盛んな土地であることだ。
ただし、最大の決め手は静岡市の自治体職員による誘致への熱意だったと、同社の橋本氏は振り返る。「この人たちとだったら一緒に仕事をしていけると感じました」(橋本氏)
今後は「地方 × 産業エンタメ」と「AI等の先端技術の地域実装」の2軸で展開。地元企業との連携による新産業創出と、デジタル基盤整備が進んでいない地元企業への技術サポートを推進していく。
「我々の培ってきたエンタメやテクノロジーのノウハウを地元の企業様と掛け算することによって、想像もしていなかったような新しい産業が生まれる余地が十分にあると感じました。また我々は製造業などの知見がないものですから、逆に地元企業様の課題をお伺いする中で、色々な化学反応が生まれることを期待しています」(橋本氏)
【モグ】「AI時代の働き方に適している場所」生活・知・環境のバランスが整っている静岡市
3社目は、アニメ・ゲーム・広告・映画など多分野で活躍してきたCGクリエイター、渡辺一基氏が設立したモグだ。
同社は現在、3つの事業を展開している。中でも近年注力しているのが新規事業へのハンズオン支援だ。具体的な事例としては、Skyarts内に生成AIを活用した映像制作チームを設立し、Amazon Prime用の30秒CMを制作した。
そんな渡辺氏が独立の場所として静岡市を選んだ理由とは何なのだろうか。「静岡市は次の産業モデルとして適した場所だと思っています。生活・知・環境のバランスが整っていて、AI時代の働き方に適していると考えました」と渡辺氏は語る。
また、静岡市は大企業がテストマーケティングの場として選ぶ都市でもあり、「静岡市で成功すれば全国展開できる」という評価が定着しているという。さらに制作・人材育成・地域連携が同時に成立しうる稀有な環境であることに加え、「お茶」に代表される静岡市の素材が世界的な抹茶ブームを追い風に国際的な注目度を高めており、清水港へのインバウンドも増加傾向にあるなど、海外からの視点でも魅力が増している。
静岡市に進出した企業同士の交流も、自然と広がりつつある。個別に連絡を取り合う機会も増え、新たな結びつきが生まれているという。「今後は、静岡市に進出した企業様に対して新規事業への支援や、コミュニケーションのきっかけになれるように動いていきたい」と渡辺氏は今後の展望を語った。
【テックチャオ】1人創業から5年で35名へ――静岡市での急成長を支えた4つのメリット
4社目はテックチャオだ。静岡市で創業して約5年、スマートフォン向けゲームやWeb系基幹システム、メタバース開発などを手がけるシステム開発会社で、現在は35名規模にまで成長している。代表の五十嵐氏は埼玉県出身。フリーランスとして東京・八王子で活動していたが、結婚を機に静岡市へ移住し、新静岡駅前のシェアオフィスでひとりテックチャオを立ち上げた。わずか5年でその規模を築いた同氏に、静岡市で事業展開するメリットを改めて聞いた。
五十嵐氏は静岡市で事業を続けるメリットとして、まずひとつめに、東京へのアクセスの良さを挙げた。同社のクライアントは、五十嵐氏のフリーランス時代から付き合いのあった都内の企業が大半を占めるが、静岡市であれば必要に応じて東京まで気軽に行き来でき、日帰りもできる距離感だ。
第2のメリットは、オフィス賃料の圧倒的な安さだという。坪単価で1〜1.5万円と、東京の数分の一の賃料であり、駅前の便利な立地に広々としたオフィスを構えることができ、事業開始時の初期投資やランニングコストを大幅に抑えることが可能となっている。
第3のメリットは、住環境の良さだ。静岡市は海や山といった自然環境に恵まれており、五十嵐氏も、農園を借りて家庭菜園を楽しむなど、東京では難しい自然に囲まれた暮らしを楽しんでいるという。
そして4つ目のメリットは、人材確保のしやすさだという。多くの企業が人材獲得に頭を悩ませる中、テックチャオには、市内の大学や専門学校のトップレベルの学生が数多く応募してくるという。静岡市内には東京に比べてまだデジタル、エンタメ関係の企業が少なく、そのため「デジタル、エンタメ関係でクリエイティブな仕事はしたいが、東京まで行かずに地元静岡で働きたい」と考える学生のニーズを満たす受け皿としてテックチャオが選ばれているそうだ。現在は県外と県内で採用比率は半々ほどで、就職後の定着率も非常に高いという。
個別ツアー参加企業募集中
静岡市はかつて徳川家康が晩年を過ごした場所でもある
今回ご紹介した4社は、事業領域も規模も異なるが、いずれも静岡という都市に確かな可能性を見出して進出を決めた企業だ。その理由を整理すると、デジタルコンテンツ企業にとっての静岡市の魅力が浮かび上がってくる。
東京に比べてはるかに安いオフィス賃料でありながら日帰りが可能な立地新幹線で1時間)、デジタル産業と高いシナジーが期待できる地場産業の集積、地元志向の優秀な若手人材の豊富さ、豊かな自然と世界から注目を集める都市としての魅力、そして誘致に情熱を持って取り組む自治体職員の存在——。
本記事を読んで静岡市での仕事や移住に興味を持ったなら、ぜひ一度現地を訪れ、その魅力を肌で感じてほしい。
個別視察ツアーへのお申し込みはこちら(まずは話を聞いてみたい・相談したいという場合もご回答いただけます)
TEXT_オムライス駆
PHOTO_大沼洋平
EDIT_中川裕介(CGWORLD)