静岡市が「クリエイティブ人材養成講座」を市民に届ける理由とは? 静岡市 × プロクリエイターで育てる次世代クリエイティブ人材!
静岡市が主催した「クリエイティブ人材養成講座」は、単なる市民講座の枠組みを超え、CGやゲーム業界で即戦力となる人材の育成を目的に、2025年の6月から2026年の3月まで開講された。講師陣として第一線で活躍するプロクリエイターを迎え、実践的なスキルから制作現場でのマインドまでを伝える3講座には、地方都市でもデジタルスキルを身に付け、クリエイターを目指したいという熱意を持つ多くの受講生が集まった。
なぜ静岡市という地方自治体が、デジタル人材の育成に乗り出したのか。そこには、単に人材育成や企業誘致にとどまらず、最先端のクリエイティブ技術を学ぶことを通じて、産業の集積と文化醸成を見据えた壮大なビジョンがあった。
本記事では「クリエイティブ人材養成講座」を担当した静岡市の職員と、実際に講座を受け持ったクリエイター講師陣へのインタビューを通じ、地方発の新たな人材育成モデルと、静岡市が描く未来像に迫る。
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なぜ静岡市はクリエイティブ人材育成講座を実施したのか
――本日はよろしくお願いいたします。今回は静岡市が主催した「クリエイティブ人材養成講座」について、行政の皆様、そして実際に講師を務められたクリエイターの皆様にお話を伺います。まずは、静岡市が本講座を実施した背景から教えていただけますでしょうか。
企業の静岡市内への新規進出や市内企業の規模拡大に係る助成、サポートなどを行う
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静岡市 恒川文栄氏(以下、恒川):産業基盤強化本部の恒川です。私たちの部署では、昨年の秋頃からデジタルエンタテインメント分野の企業様を対象に、静岡市への誘致活動を始めていました。その中で、静岡市内にもCGやゲーム制作といったデジタル技術を学んでいる学生が数多くいることが分かってきました。企業を誘致して就職先を確保して終わりではなく、最終的にはこの地域にCG、ゲーム制作といったデジタル技術を使ったコンテンツ制作や既に地域に根付いている地場産業に活用していく文化を醸成し、産業として集積させたいという思いがありました。そのためにも、まずは市としてそこの裾野を広げていくべきだと考え、「クリエイティブ人材養成講座」の開講に至りました。
――現在、静岡でデジタルコンテンツの制作を学べる環境はどうなっているのでしょうか。また、静岡市には、企業様目線ではどういったポテンシャルがありそうでしょうか?
静岡市 大池駿介氏(以下、大池):同じく産業基盤強化本部の大池です。現状、市内でクリエイティブ分野やデジタル技術を学べる学校として、専門学校が4校、大学が4校あり、ゲームやCG制作といった技術を学ぶ学生は全体で約3,000人の規模になっています 。
ゲーム分野で言えば、「UNITY」、CGの分野では「Maya」、「Unreal Engine」といった業界で需要の高いソフトウェアを高いレベルで習得している学生がいます。
CG分野では、静岡デザイン専門学校様が、業界ニーズの高いモーションデザインやエフェクトデザインに注力した教育を行っています。またいずれの学校でも、市内外の企業様との連携については前向きで、産学連携の取り組みにも積極的です。
――静岡市の取り組みは、プロの現場とかなり近い視点で取り組んでいらっしゃる点と、教育機関の皆様がそういった共通した認識を持って取り組んでらっしゃる点が印象的です。そういった姿勢があれば、学生の親御さんたちも、お子様の進路について安心できると思います。ちなみに、今回のCGデザインの2講座では、受講対象を、ソフトウェアの使用経験者に設定されていました。この点は、どういった意図があったのでしょうか。
恒川:最初は初心者向けに行おうという考えもありました 。しかし、実践的に使えるスキルを身につけ、企業で即戦力として活躍できる人材を育成するという目標を考えた時、やはり一定の経験がある方々を対象とした方が効果的だと判断したんです 。静岡市には高いレベルでCGを学べる環境がまだ少なく、東京へ出向く方も一定数います。
また、講師の先生方をお招きするにあたり、人材のスキルだけでなく、学生の雰囲気、意欲を感じ取っていただくためにも、一定の線引きが有効だと判断しました。ただ、裾野を広げることも大事だと思っているので、今後は、もっと若年層、幼い子どもたちにも技術を学んでもらえる場があると面白いと思っています。
大池:初心者向けの裾野を広げる取り組みについては、株式会社江﨑新聞店様がデジタルハリウッドSTUDIO様を誘致されており、すでに市内の企業様が展開し始めています 。行政としてはそうした民間の取り組みと差別化をしたいという意図もあり、より専門的なステップアップの場として今回の講座を位置付けました。
出典:行政と地域が動く、静岡市。新興スタジオ進出にも優しい次世代制作拠点の可能性とは?
https://cgworld.jp/special-feature/2504-shizuoka.html
最前線で活躍するクリエイターが教える講座の内容と狙い
――続いて、実際に講師を担当された皆様にもお話をうかがいたいと思います。今回は、どのようなスキル習得を目的として、どのようなカリキュラムを設計されたのでしょうか。それぞれご自身が担当された講座についてお答えください。
北田:Cafe Group 取締役、及び制作事業本部の事業部長を兼任しています、北田です。背景モデリング講座を担当しました。今回は公募による無償講座ということで、私が普段教えている専門学校などよりも、ハードルを下げなければいけなかったということがありました。その一方で、クリエイター養成講座と銘打っていましたので、より現場に近いようなプロセスをそれぞれの方にお願いして講座を進めて、3ヶ月で1作品をつくるようなタイムスケジュールで進めていきました。
www.city.shizuoka.lg.jp/s2433/s009204.html
www.city.shizuoka.lg.jp/s2433/s009205.html
岡林真友加(以下、岡林):A440の岡林真友加です。キャラクターモデリング講座を担当しました。今回の講座は、3DCGの経験者を対象とした講座であったため、基本的な3DCGに対する概念を理解していることを前提に、しっかりとモデルを最後まで完成させる、一連の制作体験が得られるよう講座を設計しました。
五十嵐:テックチャオの五十嵐です。今回の講座は、ゲームアプリ開発の入り口として、ゲーム制作全般に関する基礎的なスキルの習得を目的に設計しました。プログラミング技術だけではなく、ゲーム制作において重要となる企画やデザインの考え方についても理解していただくことを重視しました。
www.city.shizuoka.lg.jp/s2433/s009206.html
――講座で使用したソフトウェアやツールについて教えてください。
北田:人によって、Blender、Maya、unity、Unreal Engineと様々でした。
岡林:モデリングからテクスチャ制作までをBlender内で完結できる構成にしました。
五十嵐:本講座では、ゲーム開発環境としてUnityとC#を採用しました。
――今回の講座で、実務レベルを意識して特に重視されたポイントがあれば教えてください。
北田:課題の最初に説明したんですが、ツールの使い方などは事前に分からなければ自分たちで調べて、それでもどうしても解決できない場合は、隔週でやっている講座で直接聞いてください、というかたちでやっていました。手取り足取りというより、まずは自分達で考えてもらうというところが前提になっていました。
岡林:実務では、求められたビジュアルを3Dとして再現する力が重要になりますが、それと同時に制作上の制約の中でどのように表現するかを考える力も非常に大切だと考えています。今回の講座では、モバイル環境でも動作するようなキャラクターモデルを想定し、少ないポリゴン数を意識しながら、制作を進めてもらうことを重視しました。
五十嵐:今回の講座では、実務に携わるゲーム開発会社の立場だからこそ伝えられる内容を重視しました。インターネットで検索すれば得られる一般的な知識だけでなく、現場で実際に開発に関わっているからこそ分かる視点や考え方をお伝えすることで、受講生の皆さんにより実践的な理解を深めていただければと考えていました。
――実務で求められるスキルとの接続を意識した点や、受講生に特に身につけてほしいと考えた能力について教えてください。
北田:みんなで作品を見せ合う際に、「バイトが忙しくて……」といったかたちで、ある種の保険をかけてから作品を見せる人もいました。ただ、今回の講座はプロ養成講座と銘打っていたので、プロとしてのスタンスはそうではない、という話はかなりしました。
その気持ちは痛いほどわかりますが、プロとして作品づくりにどう向き合うのかという心構えやスタンスは、技術と同じくらい大切な前提だと思っています。だからこそ、その点については私も真摯にお伝えしました。
岡林:モデリングの手順は1つではないため、教えられた通りにつくるだけでなく、「もっと効率的な方法はないか」を常に考えながら作業してもらいました。
また、自分のアイデアを言語化して相手に伝える力や、分からないことを自分で調べながら技術を高めていく姿勢も大切だと考えています。制作の現場では、そうした主体的な学び方がとても重要になるからです。
五十嵐:今回の講座の時間だけで、すべてを習得することは難しいと思っています。だからこそ、その後も受講生自身が継続して学び続けるための「足掛かり」になることを意識しました。
講座を通じてゲーム制作の基本的な流れを一度体験し、「自分でもできる」という感覚を持ってもらうことを重視しています。
そのため、すべてを細かく教えるというよりは、今後自分で学びを広げていくために必要な最低限の内容を中心に進めました。「一度はやったことがある」という経験をつくることが、その後の学習を大きく後押しすると思っています。
――仮に採用選考の観点で見た場合、今回の講座課題はどの程度のスキルレベルを測る内容だったとお考えでしょうか。
北田:課題に関しては、弊社で行ってるインターン課題に近いようなかたちでした。
岡林:新卒や未経験から採用する際の、基礎力とポテンシャルを測るに十分な内容だと考えています。今回の講座で、2Dの画から立体としての整合性をどれだけ想像できるかが問われる中で、この課題をクリアできるということは、入社後にフィードバックを受けた際にも、意図を理解し、自分で考えて修正できる、伸びしろがあることの証明になります。
五十嵐:今回の講座課題は、ゲーム開発会社やシステム開発会社の採用選考において、応募者が選考の土俵に立つために必要となるポートフォリオ制作の基礎的なスキルを身に付けていただくことを意識した内容でした。
――講座を通じて、特に成長を感じた瞬間や印象的だった受講生の変化があれば教えてください。
北田:僕は講義の時間以外にメールでの質問を随時受け付けていたのですが、やはり成長が早い方は、とにかくメールでの壁打ちの回数をこなしていた方々でした。
岡林:受講生の皆さんが、回を追うごとに自分なりにステップアップしていく姿を見られたことが何より印象的でした。中には、途中で少し授業についていくのが難しくなってしまった方もいたのですが、少しサポートしてからは、ご自身で内容を解釈し、追いついてきてくれました。また、授業後に積極的に質問に来てくれたり、作業中にも「このやり方でもいいですか?」と確認してくれたりと、皆さんのモチベーションの高さに驚かされました。 当初は同じ足並みでスタートしたにもかかわらず、終盤には授業のペースよりも先に進んでしまう方もいて、それぞれが確実に自分で考える力を身につけて成長していく過程を間近で見られたのは、講師として非常に嬉しい経験でした。
五十嵐:講座の最初の段階では、Unityのセットアップや基本的な操作の場面で戸惑っている受講生も多く、開発ツールを扱うこと自体に不安を感じている様子も見受けられました。
しかし講座が進むにつれて、操作に慣れていき、後半になる頃には多くの受講生が自然にUnityを扱えるようになっていた点に、大きな成長を感じました。
――本講座の講師を担当されて、全体を通してどのような手応えや成果を感じられましたか。
北田:途中では、お互いのレビューでも、進んでいる人と遅れている人で明確な差がついてきていたんですが、後半になると皆さんの中に切磋琢磨していこうという雰囲気が生まれ、最終的にはかなり現場に近い意識に変わったなと思います。
岡林:最大の成果は、受講生の皆さんに、ただ教えられた通りに作るのではなく、自分で考えながら形にする、という実務に近いマインドセットを伝えられたことだと感じています。自ら効率的なアプローチを探り、前のめりに質問を重ねて成長していく皆さんの姿を見られたことは、私自身にとっても大きな手応えであり、講師として非常に実りある時間でした。
五十嵐:受講生の皆さんと直接やり取りをする中で、どのような部分に興味を持ちやすいのか、またどのような点でつまずきやすいのかといった点について多くの学びがありました。こうした経験は、今後の講座設計や人材育成の取り組みにも活かしていきたいと考えています。
――講師を務められた皆様、ありがとうございました。
講座の成果と参加者の反応
――それでは再び、静岡市のお二方にお話を伺います。今回の講座に参加された方々の属性の割合はどのようになっていましたか。
大池:CGデザインの2つの講座はいずれも受講者20名程度のうち7〜8割が学生でした。ゲームの講座については、受講者10名程度のうち学生と社会人の方が5割ずつといった割合でしたね。社会人の方々については年齢層が幅広く、20代で現在は別の業界で働きながらキャリアアップを目指して受講された方もいれば、60歳を過ぎて一度仕事を退かれているものの、再びこうした技術を身に付けて復帰したいという思いで参加された方もいらっしゃいました。
――実際に開催された講座の様子をご覧になって、いかがでしたか?また、講師の方々からの反応はいかがでしたか?
恒川:受講生の皆さんの学ぶ姿勢が前のめりだったという印象です。無料の市民講座で、間口も広くて回数も多いので、脱落者がけっこういるんじゃないかと心配していたんですが、そのようなこともなく、また受講者同士のコミュニケーションも取っていらっしゃったようでした。皆さん、学ぶ場を求めていたんだな、と感じましたね。
大池:講師の方々からは、「とても飲み込みが早い方が多かった」、「素直で真面目な方が多かった」と聞いています。また、「クリエイティブに触れる人が増えるこういった試みは凄くいい」と評価していただきました。こういった講座を通して、地道に人を育てていくことが、将来的には産業の集積というところにも繋がるかもしれませんね。
またCGやゲーム制作の技術は、エンターテインメント以外の分野にも応用の利く技術なので、そのような業界以外の分野にも波及していく可能性を秘めているのではないか、それが街づくりに繋がるのではないか、そういったお声もいただきました。
静岡市の今後の人材育成施策と展望
――今回のような講座を続けていくにあたって、今後の予定や長期的な展望はありますか?
大池:来年度については、今年度から2講座拡充し、5講座実施する予定です。そのうち4講座はクリエイティブ分野の内容にする見込みです。ゲームとCGの講座は引き続き実施しつつ、ゲームについては対象をより経験者に絞った実践的なかたちにしていくことを検討しています。
CGに関しては、モーションデザインやエフェクトデザインといったより業界で求められている職種にフォーカスした講座にしていきたいと考えています。加えて、2Dデジタル作画についても新たに講座として補充できればと考えています。
長期的な展望としては、行政だけで進めるのではなく、市内外の企業様や学校様と意見交換をしながら進めていきたいと思っています。AIをはじめ、これから技術や環境は急速に変化していくと思いますので、企業誘致という目的を前提としつつも、その時々で市民の方々に求められていることに柔軟に取り組んでいきたいと考えています。
――最後に、読者の方々にメッセージをお願いします。
大池:今後さらにクリエイティブ関連の企業様やクリエイターの方々が集まり、クリエイティブなコンテンツが自然と生まれてくるような街を目指していきたいと思っています。街として、誰もがコンテンツを生み出せる文化が根付いていくといいですね。静岡市は海、山(もちろん富士山も!)、川といった自然環境が非常に豊かで、そんな中で都市機能もある程度整っており、とても住みやすい街です。東京と名古屋の中間に位置し、どちらからも1時間ほどで行き来できます。それでいて人が多すぎないので、創作に集中できる環境でもあります。
https://cgworld.jp/special-feature/2509-shizuoka-tour.html
大池:新たな制作拠点として、また企業様にとっては人材を発掘する場所として、ぜひ注目していただければと思います。
恒川:静岡市は、たとえばプラモデルメーカーのタミヤ様のように、エンターテインメントコンテンツを世界に発信する企業が生まれている街です。歴史をさかのぼれば、徳川家康が全国から優れた職人を集め、その職人たちが静岡に定住したという背景もあり、長いものづくりの歴史があります。
そうしたアナログのものづくりの伝統に加えて、これからはデジタル技術を持つクリエイターの方々が集まってくることで、さらに新しい可能性が広がっていくと思います。また地元企業にも3DCGなどの新しい技術を活用していただければ、これまでとは異なる世界が見えてくるのではないでしょうか。
――今回はありがとうございました。
TEXT_オムライス駆
EDIT_中川裕介(CGWORLD)