教科書にも掲載されている昭和の風刺画『成金栄華時代』。香川県の灸まん美術館と吉本アートファクトリーで販売しているこの絵画を元にしたキャラクターフィギュアが、SNSを経由して多方面で話題となっている。
「成金おじさん」フィギュアのスピーディーな量産を可能にしているのが、ミマキエンジニアリングのフルカラー3Dプリンタ「3DUJ-2207」。ここでは、本フィギュアの企画から製造までを手がける商業原型師・3Dモデラーの吉本大輝氏に、「成金おじさん」の制作秘話から3DUJ-2207の活用ポイントまで幅広く伺った。
フルカラー3Dプリンタによるフィギュア量産に対応
神戸に造形・デザイン事務所の吉本アートファクトリー、高知に生産拠点の吉本3Dファクトリーを構える吉本大輝氏。3Dフィギュアのデザインから3Dデータ作成、3Dプリンタによる出力、彩色までをワンストップで行う商業原型師・3Dモデラーである。
吉本大輝/Daiki Yoshimoto
合同会社吉本アートファクトリー 代表/株式会社吉本3Dファクトリー 代表取締役/一般社団法人日本3D教育協会 代表理事
3D技術を用いた造形・設計・映像・XRなどのデザイン・ソフトウェア開発を得意としている。1,000万色以上の色を扱うことのできるフルカラー3Dプリンタを用いた、在庫を持たないフィギュアの開発に力を入れており、企画からデザイン・モデリング・販売に至るまでの工程を全て自社で行うワンストップサービスを構築。
合同会社吉本アートファクトリー
y-artfactory.jp
株式会社吉本3Dファクトリー
y3d.y-artfactory.jp
吉本氏はワンダーフェスティバルを契機に3Dプリンタの魅力に取り憑かれたクリエイターのひとり。「3Dプリンタでつくった高品質なフィギュア原型の数々に衝撃を受けました。次の日にはZBrushを買って3Dの造形を始めたんです」と当時をふり返る。
吉本氏の制作・製造を支えるのは、ミマキエンジニアリングのフルカラー3Dプリンタ「3DUJ-2207」。神戸拠点には1台、高知拠点には3台導入されている。また、高知拠点には同社大型3Dプリンタの「3DUJ-553」も導入し、小規模ながら量産体制を敷いている。
ミマキエンジニアリング 3DUJ-2207
UV硬化インクジェット方式で1,000万色以上のフルカラー造形を実現する小型3Dプリンタ。従来の石膏方式に比べて約2倍の高精細な色表現を可能とする。造形後の色付けでは難しかった微細な色彩の再現、フィギュアやグッズの開発・生産をはじめ、質感を求められる工業デザインの分野で活用できる。
japan.mimaki.comproduct/3d/3d-inkjet/3duj-2207
「成金おじさん」立体化の取り組み
運命を感じた「成金おじさん」フィギュア化企画
吉本氏が直近で手がけた作品といえば、やはりSNSを発端に話題を呼んでいる「成金おじさん」のフィギュア。香川県出身の画家・和田邦坊氏が描いた著名な風刺画に登場するキャラクターを立体造形物として再現したものだ。
「和田さんの漫画がすごく印象に残っていたこともあって、フィギュア化のアイデアのひとつとしてメモしていたんです。そして偶然、和田さんのことを調べているときに、僕の祖父と同郷で、しかもそこに灸まん美術館という和田さんの作品を常設する美術館があることを知って。運命的なものを感じましたよ。すぐに美術館に企画を持ち込みました。2022年の6月中旬に企画を立ち上げ、7月中旬には学芸員の方にご提案をしました」(吉本氏)。
Information
灸まん美術館/和田邦坊画業館
〒765-0052 香川県善通寺市大麻町338
TEL:0877-75-3000
休館日:火曜日・水曜日(※和田邦坊画業館は、展示替え期間閉室となる。企画展の開催についてはホームページで告知される)
香川県出身の画家・和田邦坊の作品を紹介する私設美術館。館内では邦坊がプロデュースした琴平の名菓「灸まん」も販売されている。
kyuman.art
和田邦坊(1899-1992)
時事漫画家、小説家、商業プロデューサー、讃岐民芸館館長、デザイナー、画家として活躍した人物。代表作は、お札を燃やしている船成金の風刺漫画、小説『うちの女房にゃ髭がある』など。戦後は、香川県民であれば誰もが知る物産品の数々をデザインし「香川のデザインは邦坊のデザイン」と謳われる時代をつくり上げた。
企画の提案時には、企画書だけでなく、3Dプリンタで出力した提案用のサンプルも持参。学芸員からのフィードバックをふまえてモデルのブラッシュアップを先行で進めながら、7月下旬には許諾も下り、許諾が正式に下りた時点では既にマスターデータもほぼ完成していたという。3Dプリンタを活用しているからこそのすさまじいスピード感で、企画が前進していった。
「金型からフィギュアを量産する場合はだいたい1年、長ければ2年がかり。どんなに急いでも半年はかかります。だから3Dプリンタのスピード感は本当に大きな武器だと思います」と吉本氏。
学芸員と二人三脚で原型のクオリティを高める
原型制作は吉本氏のメインツールであるZBrushで進められ、台座の制作にはテキストのアウトラインパスデータの扱いが行いやすいRhinocerosを活用。制作期間は短かったが、その過程で学芸員と密に連絡を取り、毎日のように話し合いを重ねてブラッシュアップを進めたという。
原作に描かれているのは、第一次世界大戦後の大正時代。そのため、「おじさん」が着用するスーツの時代考証なども行なった。「当時市場に出回っているスーツや、富裕層が着ているスーツはどんなものなのかを調べてフィギュアに反映しました。他にも、鼻の赤みで酔っ払っている印象をちゃんと出すこととか、おでこのシワなんかを漫画からフィギュアに落とし込んだときに違和感のないようにすることとか、学芸員さんからはクリエイティブなご意見もたくさんいただきました」(吉本氏)。
3Dプリンタを使ったフィギュア制作で、特に注意が必要な“強度”についても余念がない。3DUJ-2207で使うアクリル樹脂素材の強度を熟知している吉本氏は、「成金おじさん」のお札の部分をできるだけ厚く設計し、強度を担保した。なお、フィギュア背景のアクリルスタンド(「どうだ 明るくなつた ろう」の台詞が印字されている)にはミマキエンジニアリングのUVプリンタが使われたそうだ。
「成金おじさん」フィギュアは全高54mm。3DUJ-2207で9〜12体を同時に3Dプリントすることができ、15時間程度で完成するという。
フィギュア製造のワンストップワークフローを中小規模で実現
吉本氏は「大規模のフィギュアメーカーと同じことをコンパクトにやっているところが、吉本アートファクトリーの面白い部分」と話す。
一例として“箱”がある。フィギュアの製造・販売においては「ちょうど良いサイズの箱を使うのが重要」と吉本氏は話す。箱が大きすぎると破損の原因となったり、梱包材のコストが高くなったりするためだ。しかし、箱を外注すると最低ロットが100個単位からとなり、社内に箱の在庫を持たなくてはならなくなる。せっかくフルカラー3Dプリンタによってオンデマンドでフィギュア製造ができても、箱で在庫を抱えるのでは本末転倒だ。
そこで吉本氏は、箱を製造する機械を社内に導入した。「箱をつくるところから社内でやっているというのは、中小規模のフィギュアメーカーとしては強みになっていると思います。幸い、僕はグラフィックデザインの仕事もしていますから、箱のデザインも社内でやっています」(吉本氏)。このように、企画から梱包までをワンストップで完結できる体制を備えているからこそ、スピーディーな対応ができるのだ。
このワークフローを実現するために、ミマキエンジニアリングの3Dプリンタが果たす役割は大きいと吉本氏は考えている。「まず、3DUJ-2207はフルカラーのプリンタなので、塗装の工程とそれに伴う人材確保の必要がないですよね。そしてこのプリンタは基本的に、定期的なメンテナンスをしっかり行なっておけば、常時プリンタの前に張り付いている必要がありません。他の作業を並行してできるので、ワークフロー全体のスピードアップに繋がります」。
こうして、3DUJ-2207を活用してスピーディーにフィギュアを量産できる体制を整えている吉本アートファクトリーだが、クオリティコントロールはどのように行なっているのだろうか。
「印刷ってノウハウがとても大事なんです。その点当社は、福永さん(福永 進氏)の力もあり安定したクオリティを保てている状態です。福永さんは業界40年超のベテランで、確かなノウハウを持っているプロフェッショナルです」と吉本氏は話す。
クオリティチェックは福永氏が作成したクオリティチェックシートに沿って行われる。プリント後、サポート材の除去後、乾燥後、梱包前と工程ごとに念入りに、2人体制でチェックしている。
また、出荷できない品質の出力が続いた際には、速やかにミマキエンジニアリングと相談。同社のサポートチームが現場で3Dプリンタの調整を行い、解決に至ったという。
小ロットとスピード感で期待に応える
吉本氏は、こうして築いたスピーディーなワンストップワークフローが、ミュージアムショップをはじめとした様々な場所でのオリジナル商品の展開を可能にすると考えている。
「私は博物館や水族館のミュージアムショップに行くのが好きなのですが、売られている商品の大半が既存のグッズの仕入れ販売で、オリジナル商品がとても少ない。水族館なら、特に人気な子、例えばイルカやジンベイザメなどがいるはずです。そういった、その施設ならではのコンテンツを活かすお手伝いができたらとても嬉しいですね。大量生産せずに受注生産でやれる当社のような会社が、企画から商品の納品まで請け負うことでその課題を解決できるのではないかと思っています」(吉本氏)。
また吉本氏は、フルカラー3Dプリンタを活かして、スピード感の求められる製品化案件のニーズに応えたいとも考えている。
「例えば、放送前にはフィギュア販売の予定がなかった新クールのTVアニメ作品があって、第1話の放映後にすごく話題になったとしましょう。3Dプリンタでフィギュアを制作するのであれば、1クールの放送期間である3ヶ月以内に企画からリリースまで進めることができます。フィギュアを商品として展開する上での、新たな選択肢になるのではないでしょうか」と吉本氏は期待をにじませた。
3Dプリントをもっと身近なものにするために
現在、多種多様な家庭用3Dプリンタが手ごろな価格で市場に出回っている。しかし吉本氏は、3DUJ-2207のような工業用のフルカラー3Dプリンタこそ、もっとたくさんのクリエイターに触ってほしいと考えている。
「フルカラー3Dプリンタに興味があっても、そのデータをつくれる人がどこにいるのか、データはどういう形式でどこに送ったらいいのか、どのくらいのコストでできるのか、といった情報がまだ少ない。この情報不足が、ハードルになっているのだと思います」と吉本氏。
そこで吉本氏は、ユーザーが作成したデータをチェックして3Dプリンタ用にデータを最適化するためのアドバイスを行なったり、材料費の見積を作成したりするWebサービスを開発中だ。提供時期は2024年中を目指しているという。
「こういうサービスは、紙の印刷ではもうできてますよね。手元で見積まで出せて、入稿データを機械的にチェックしてエラーを教えてくれるというものです。それを3Dプリントでも実現したいと考えています」(吉本氏)。
「成金おじさん」フィギュア化企画を掘り下げることで見えてきた、ミマキエンジニアリングの3Dプリンタ 3DUJ-2207を活用した吉本アートファクトリーの取り組み。趣味趣向が多様化する現代にピッタリの、製造・流通の未来が垣間見えた。
「3Dプリントを身近なものにしていきたい」と語る吉本氏の背中に、今後も注目していきたい。
お問い合わせ
株式会社ミマキエンジニアリング
japan.mimaki.com
3Dプリンタに関するお問い合わせはこちら
japan.mimaki.com/inquiry/3dprinter
TEXT__kagaya(ハリんち)harinchi.com
EDIT_Mana Okubo(CGWORLD)