『正解するカド』を象徴するキャラクターで、キービジュアルにも登場するヤハクィザシュニナ(以降、ザシュニナ)。身体にフィットした黒のスーツ、白のマント、白髪、赤眼など、印象的な特徴をもつ美少年は、VOCALOIDのイラストなどで知られる有坂あこ氏によってデザインされた。アニメのキャラクターデザインを担当するのは初めてだった有坂氏の絵が、どのような過程を経て3D化されたのか、東映アニメーションの加藤康弘氏と岩本千尋氏に話を伺った。
TVアニメシリーズ『正解するカド』
2015年3月に本格始動し、現在も放映に向けて制作中の東映アニメーションによるオリジナルTVシリーズ。本作の映像は、セルルックのフル3Dと作画のハイブリッドで表現される。
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©TOEI ANIMATION,KINOSHITA GROUP,TOEI
加藤康弘氏(シニアデザイナー)
東映アニメーション株式会社
2000年代初頭から現在まで3D制作に従事。『聖闘士星矢Legend of Sanctuary』ではアニメーション・スーパーバイザーを担当。本作ではCGディレクターを務める。
岩本千尋氏(チーフデザイナー)
東映アニメーション株式会社
3Dスクールを卒業後2010年に入社。撮影、背景モデリングなどを経て、キャラクターモデリングに転向。本作ではメインキャラクターのベースモデリングを担当。
3Dの向き不向きより、世界観を優先
ザシュニナのモデリングに当たっては、有坂氏が描いたデザイン画を基に、プロダクションデザイナーの真庭秀明氏が作成した設定画が参照された。「本作のキャラクターは、カットに応じて3Dと作画を使い分けることが当初から決まっていました。そのため、作画で必要とされるレベルの詳細な画を真庭さんに依頼したのです」とCGディレクターの加藤康弘氏は語る。
ザシュニナの第一印象は、『東映アニメーションらしくないキャラクター』だったと加藤氏は続ける。「セルルックを意識したデザイン画ではなかったのに加え、頭身も高く、今までにない造形が期待されていることは明らかでした。さらに、大きなマント、長い飾り紐など、3Dで表現しづらい要素が多く、非常にやりがいがあるなと感じました(苦笑)」。3Dの向き不向きではなく、作品の世界観に合っているデザインが優先されたためだという。「結果として、多くの人が避けてきたデザインや表現に挑戦することになりました。それだけ、制作陣が本作にかける意気込みは強いのだと思います」。
そんな本作で、ザシュニナをはじめとするメインキャラクターのベースモデリングを任されているのが入社7年目の岩本千尋氏だ。抜擢の背景には、キャラクター・スーパーバイザーの宮本浩史氏の推薦があったという。「当社のモデラーたちは、誰が見ても破綻のない3Dモデルを造形できる高い基礎力をもっています。その中でも、岩本の力は際だっているというのが宮本の評価でした」(加藤氏)。
線1本のニュアンスも見逃さない
本作ではTVシリーズに先立ちTrailerが制作された。岩本氏の本作における初仕事は、このTrailer内に登場するザシュニナの3Dモデルをつくることだった。「どういう方向性のビジュアルを打ち出すか試行錯誤することがTrailer制作の目的のひとつでした。私自身、初めて設定画を見た段階では画のゴールを明確にイメージできなかったので、色々な方に意見を伺いました」(岩本氏)。有坂氏からは、『ザシュニナはあくまで男性だけれども、やや中性的な雰囲気にしたい』などの要望をもらったという。
設定画を読み解き立体化するときには、描き手が何を考えて描いたのか、注意深く観察し、想像するよう心がけていると岩本氏は語る。「すごく細かいディテールまで見極め、繊細な造形をする点が岩本の長所ですね。例えば正面図と側面図で線のニュアンスが微妙にちがう場合、どの線を選ぶべきか真剣に悩んでくれます」(加藤氏)。岩本氏がつくったザシュニナの3Dモデルは、宮本氏によるブラッシュアップを経てTrailer制作に使われた。『すごく再現性が高い』と有坂氏からも好評だったそうだ。
ザシュニナの3Dモデルは、TVシリーズ制作に向け現在も改良中だ。「初代と最新のモデルを見比べても、形はほとんど変わりがないように見えますが、データ自体は全く別物に置き換わっています。TVシリーズのスケジュールで量産するため、できる限りの表現の自動化を目指し調整を続けています」(加藤氏)。
2D WORK:有坂氏のデザインを読み解く
Point:読み解ききれない情報は、追加の解説を依頼
岩本氏をはじめとするモデラーが設定画を手にした後、最初にすることは情報の読み解きだという。「モデリング作業を始める前に、解釈に悩んだ箇所を整理し、色々な方に質問させていただきました」(岩本氏)。質問によって初めて判明することも多く、追加の画や解説も提供してもらったそうだ。「例えばザシュニナの左眼を囲むように流れる髪は、前髪と左サイドの髪がたまたま重なっているだけだろうと思ったのです。ところが有坂さんに確認したら『つながっています』という予想外の返答をいただきました(笑)」(加藤氏)。
3D WORK:作画となじむ3Dの探求
Point01:セルルックで見映えのするポリゴン分割を意識
セルルックで見映えのするラインやハイライトを表現するため、モデリング時にはポリゴン分割に気を配ったと岩本氏は語る。「厚みを付けると、ラインが二重になったり、ハイライトが入りやすくなったりします。加えてラインとハイライトが混じると、見映えが良くありません。どのパーツに、どの程度の厚みを付けるかの見極めが重要になります」。なお、ラインとカラーを分けてレンダリングしておくと、撮影(コンポジット)時にラインをなじませやすくなる。本作は3Dと作画のハイブリッドなので、なじませるための調整は必須だ。そこでラインだけの素材を分けて出力するため、テクスチャを使わずラインを描画できるようにしている。
Point02:立体として成立する、理想的な落としどころを探る
ザシュニナの顔の設定画は、アイレベル(目高)に加え、俯瞰(ふかん)、あおりの画も作成された。ただし2Dの設定画を忠実になぞったからといって、破綻のない3Dモデルを造形できるとは限らない。モデリングに際しては、設定画に引っ張られすぎないよう、立体として成立する骨格を意識したと岩本氏は語る。「2Dの画と3Dは別物なので、厳密に合わせることはできません。2Dの特徴をしっかり拾いつつ、360度、どこから見ても成立する3Dモデルをつくる必要があります」。以降で紹介するような投影図の場合、描き手が強く望んで描いた線と、そうではない線が混在している。それらを選り分け、最も理想的な落としどころを見つけることが1番大切だという。
Point03:量産に向け、自動化の仕組みを構築
TVシリーズ制作に向け、ザシュニナの3Dモデルは現在も改良中だ。Point01で紹介したMELスクリプトによるラインやハイライトなどの調整以外にも、様々な自動化の仕組みを構築中だという。「自動化自体にも相応の時間がかかるうえ、今後どのような表現が求められるのか、今から全てを予測することはできません。全部を自動化することは現実的ではないので、自動化で得られるメリットと、かかるコストを天秤にかけ、自動化した方が良い部分と、する必要のない部分を見極めることが大切です」(加藤氏)
TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
PHOTO_弘田充