コンピュータグラフィックスとインタラクティブ技術に関する世界最大の学会・展示会である「SIGGRAPH Asia 2021」が、2021年12月14日(火)から17日(金)の4日間、東京国際フォーラム(有楽町)で行われた。今回はさらに、2021年12月6日(月)から2022年3月11日(金)までオンライン配信されるというハイブリッド形式での開催となった。テーマは 「LIVE」。新型コロナウイルス蔓延の前から決まっていた同テーマだが、こういった状況だからこそ「LIVE」の良さや、大切さ、また大変さを実感するカンファレンスとなった。

開催直前に政府からの通達で海外からの渡航者受け入れが全面的に停止したため、発表者や参加者が日本国内在住者限定となり、メイン会場での発表も含めてオンライン配信が最大限に活用された。また展示会やVR/AR、アート作品などは会場にて実際に体験することができ、東京都の新型コロナウイルス対策の指針にしたがって行われた。

コロナ禍となってから北米で開催されたSIGGRAPHも、アジアで開催されたSIGGRAPH Asiaも全てオンラインのみで開催されてきた。そんな中、開催された「SIGGRAPH Asia 2021」は、初めてオンラインと会場でハイブリッド開催されたSIGGRAPHであり、新しいカンファレンスのかたちを見ることができた。

本稿では、SIGGRAPH Asiaで開催された様々なプログラムの中から、注目度の高いものをいくつかピックアップして紹介しよう。

記事の目次

    <1>「Computer Animation Festival」受賞作

    SIGGRAPHで毎年注目されるComputer Animation Festival(以下、CAF)。CGを最大限に活用しつつも、素晴らしいストーリーの短編作品を観ることができる。今回、501本の投稿作品から選ばれた受賞作は4作品。会場では常時、CAFの上位作品が上映されるとともに、1日に1回、メインホールで厳選された16作品が上映される「Electronic Theater」も行われた。「Electronic Theater」の作品は、ノーカット版のオンライン配信も行われた。

    CAF受賞作は次のとおり。

    CAFダイジェスト動画(約2分)

    最優秀賞 BEST IN SHOW:“Twenty Something"

    監督:Aphton Corbin
    制作:Pixar Animation Studios
    ※本編は Disney+ の配信にて邦題『誕生日シンドローム』として視聴可能
    © 2021 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

    Pixarの中で若手監督や若手アーティストを育てるための草の根プロジェクト「SparkShorts」からの短編作品。早く大人になりたい、大人になりきれない子供、大人になる不安や葛藤を描いた微笑ましい内容となっている。他にも「Pixar SparkShorts」からは、プロレス好きのおばあちゃんと孫を描いた『おばあちゃんの特別な日(Nona)』も上映され、会場の笑いを誘っていた。

    SparkShorts: Twenty Something & Nona | Official Trailer | Disney+

    学生奨励賞:Best Student Project (同点2作品): Le Retour des Vagues(シャルロの帰還)

    監督:Manon Cansell, Alejandra Guevara Cervera, Edward Kurchevsky, Francisco Moutinho de Magalhães, Hortense Mariano
    所属学校:Gobelins, L'École de L'Image

    過去との再会を求めて故郷に戻ってきた青年が、時が止まっている場所に遭遇しながら過去の記憶と向き合う。もともとアニメーションの背景は動かないものを描く場合が多い中で、時間が進んでいるシーンと時間が止まっているシーンをうまく描き分けている、不思議な時間感覚をもった作品だ。

    LE RETOUR DES VAGUES - Animated Short Film 2020

    学生奨励賞:Best Student Project(同点2作品): Les larmes de la Seine(セーヌ川の涙)

    監督:Yanis Belaid、Eliott Benard、Nicolas Mayeur、Etienne Moulin、Hadrien Pinot、Lisa Vicente、Philippine Singer、Alice Letailleur
    所属学校:Pôle 3D
    本編は現時点で未公開

    1962年にパリ起こったアルジェリア人労働者によるデモの様子を描いた作品。独特の質感と、報道風の手持ちカメラを模した表現など、独特の工夫がなされている。群衆の表現や独特のライティングなど、制作の様子はメイキング映像が参考になる。

    Les Larmes de la Seine | 5th year | Trailer | 2021
    LES LARMES DE LA SEINE | 2021 | MAKING OF

    審査員特別賞:Only a Child(まだ子ども)

    監督:Simone Giampaolo
    制作:Amka Films, RSI Radiotelevisione svizzera, SRG SSR | U.K., Switzerland

    映像詩と呼ばれるジャンルの映像作品。1992年にリオで開催された国連環境サミットでセヴァン・カリス=スズキが語った伝説のスピーチに映像を当てはめている。20人のアーティストが分担し独特のテイストが集結したオムニバス作品風の映像。

    Short film on a powerful call to save the planet | "Only a Child" - by Simone Giampaolo

    <2>砂漠が舞台の『DUNE』ならではのVFX、『DUNE』における砂の表現とは?

    左上:Brian Connor氏 (VFX Supervisor)、右上:Robyn Luckham氏(Global Head of Animation)、下:Tristan Myles氏(VFX Supervisor)

    SIGGRAPH/SIGGRAPH Asiaの醍醐味のひとつは、最近の大作映画のメイキング、それも CG/VFX に関する最新の事例が惜しみなく共有されることにある。今回のSIGGRAPH Asia 2021でもFeatured Sessionsというカテゴリで数多くのメイキングが披露された。中でも最注目は10月に公開されたばかりの映画『DUNE/デューン 砂の惑星(以下、DUNE)』に関するDNEG(ダブルネガティブ)のメンバーによるセッション「The VFX of Dune」だった。

    『DUNE』は、『ブレードランナー2049』(2017)の監督としても知られるドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の作品。原作はSF作家フランク・ハーバートによって1960年代に書かれた著名なSF長編小説だ。1994年にもデイヴィッド・リンチ監督のもと映画化されたが、評価はあまり高くなかった。さらにその前にも映像化が企画されており、結局、未完となったホドロフスキー版の『DUNE』もある。その顛末を描いたドキュメンタリー映画『ホドロフスキーのDUNE』でも語られているが、映像化が困難だと言われていた曰く付きの作品である。今回の『DUNE』では小説の冒頭の部分をヴィルヌーヴ監督ならではの表現で映像化したと言われており、続編も予定されているそうだ。本セッションの解説で驚いたのは、特に2点、砂の表現と映像合成の工夫についてだった。

    『DUNE』の舞台は砂漠で覆われた惑星であり、砂や砂嵐、流砂といった映像表現が多数使われている。砂を表現する場合、砂の動きや量などを自由にコントロールするために「砂」をCGで作成し実写合成するのが一般的なアプローチだ。しかし本作では、ヴィルヌーヴ監督の映像制作に対する考え、表現についての意向で、実写の砂埃とVFXの砂埃の両方を合成して使ったという。実写撮影時にも砂の量や動きに十分に注意を払った上で撮影し、さらにその映像に加えてCG/VFXで砂を加えるという困難な手法をとったことで、結果的にリアルな映像になったとのことだ。

    例えば本作に登場するOrnithopterというトンボのような羽をもった乗り物は、撮影はヘリコプターや1/1の模型で行い、そのヘリコプターが巻き起こした砂埃にさらにCG/VFXで砂埃を合成するといった処理がなされている。こういった事例から、一般的にはあまり配慮されない部分であるセットの床や、ロケ地での地面の撮影の際にも「砂」の扱いがとても難しかったとのことだ。

    ちなみに、Ornithopterは、自然界の様々な生き物、ハチドリや、トンボ、ジブリのアニメーションに出てくる飛行船などをリファレンスにしていると紹介された。また、既存の最新ヘリコプターの構造、エンジンの配置や比重など、Ornithopterは実在しないが、物理的、機械的に納得のいく構造を考えていったと苦労話が披露された。

    また本作では必要な部分はできるだけロケ地で撮影するという方針で、背景合成を前提として実写ロケがされている。メイキングを見ると、とても広大な空間でロケをしており、クロマキー合成のためのグリーンスクリーンやブルースクリーンではなく、サンドスクリーンという砂色のスクリーンを合成用に使っていた。これは当初、ロトスコーピングと呼ばれる映像をくり抜いて合成する予定だったものが、あるとき、ブルーのネガポジ反転色は黄色(オレンジ)だということに気づいたためだとか。

    砂色のスクリーンで画像を調整した上、合成処理を試したところ、思いのほか結果が良かったため、本作では現場で「サンドスクリーン」が使われることになった。サンドスクリーンは特別に調合した砂色の絵の具を布や木や金属に塗り、さらに砂や埃を吹き付けたボードが使われた。この方法は砂漠が舞台の『DUNE』に限られる手法で、どんな映画でも有効な手法ではないが、現場での工夫が生かされた素晴らしい機転と言える。これらのサンドスクリーンに囲まれて演技する俳優も、緑色や青色のそっけない壁に向かって想像力で演技するのではなく、惑星DUNEの砂漠にいる気分で、自然に演技できたという逸話は納得のいくものだった。

    <3>配信映画『ファウンデーション』で描かれた世界観とは?

    左上:Chris MacLean氏 (Overall VFX Supervisor) 、右上:Mike Enriquez氏(VFX Supervisor)、左下:Rory Cheyne氏 (Production Designer)、右下:David Tanaka氏 (モデレーター)

    『ファウンデーション』は、SF作家アイザック・アシモフによる1950年代の小説『銀河帝国興亡史』を映像化したApple TV+配信向けの作品。壮大すぎて映像化不可能と言われつつも、古くから映像化が待ち望まれていた。多くの監督や制作会社が巨額で映像化の権利を取得しつつ挑戦しては権利が切れて頓挫するといった状況がくり返された、こちらもまた曰くつきの作品だ。

    この作品の撮影、制作も新型コロナウイルスの影響が直撃した。アイルランドで行われていた360度カメラやドローン、VRを最大限に活用した大規模な撮影も、2020年3月には中断された。突然の困難な状況、時間がない中で制作を進めたメンバーたちのコメントからは「散々苦労したけれど、私たちはやりきった!」という気概が感じられた。

    映像制作のポリシーとしては、できるだけ現実に即した映像づくりを行うということで、カナリア諸島でのロケや、ベルリンにある旧国立美術館など実在する大規模建築物を活用して撮影が行われた。またLEDが埋め込まれた宇宙船のミニチュア撮影、LEDウォールによるバーチャルプロダクション(インカメラVFX)などを上手く活用し、グリーンスクリーンやブルースクリーンによる合成は最小限に抑えられたとのこと。

    『スター・ウォーズ』のような世界ではなく、実際に存在するかのような有機的な環境を描き出すために様々な工夫が考えられた。映像化の際にVFXで「つくられた」映像だと思われないよう、NASAの宇宙映像を素材として使ったり、1970年代のSF小説の表紙を参考にしたそうだ。

    『ファウンデーション』は、一般的なテレビドラマに比べると莫大な予算が用意されていたが、ハリウッドの大型SF映画に比べると予算は小さく、実写撮影時の工夫などを含め、できるだけ少ない特殊効果で力を入れるべきところと手間を省く部分とを明確にしていったとのこと。全部で3,750ショット、フルCGのショットは142ヵ所、レンダリングに用いられたのはClarisse、Arnold、V-Ray、Mantra。宇宙船と星のために100を超えるアセットが用意された。また、新型コロナウイルスの影響で撮影できなかった群衆ものの映像制作が177ヵ所と、コロナ禍ならではの苦労もあったそうだ。シーズン2の制作も決まっているそうで「期待してほしい」というコメントのもと、セッションが締めくくられた。

    <4>論文発表と、論文解説BoF

    今年の論文発表は、会場で発表が行われる前にオンライン配信が始まっていることを利用し、論文発表はオンデマンド配信で事前に視聴してもらい、会場では概要紹介や質疑応答に時間を多く使うといった構成で進められた。また論文発表セッション直後にBoF(ボフ、Birds of Feather/類は友を呼ぶ)と呼ばれる有志主導のセッションにて、論文解説を国内第一線の研究者が解説するという贅沢な企画が設けられ、学生から企業の研究者まで様々な参加者に好評を博した。論文発表を聞いただけではわからない研究のトレンドや新規性、目のつけどころ、類似研究の紹介などが行われ、会場でしか得られない特別感のある人気セッションの1つだった。では、その論文発表から注目の論文をひとつ紹介しよう。

    Practical Pigment Mixing for Digital Painting(デジタルペインティングのための実用的な顔料の混合)

    Talk - Practical Pigment Mixing for Digital Painting

    論文:https://scrtwpns.com/mixbox.pdf
    解説動画:https://www.youtube.com/watch?v=ATzVPVNp1qA
    ソースコード:https://github.com/scrtwpns/pigment-mixing

    油絵における絵の具の混色をデジタルで表現する手法と、そのアルゴリズムをサンプル実装とともに紹介する研究。論文のベースとなっているのは顔料固有の散乱係数と吸収係数に着目したクベルカ・ムンク理論で、この理論を応用すると単にRGB値の青と黄を混ぜるとグレーになるだけの値が現実の絵の具と同様に青色と黄色を混ぜると緑色になる。

    この研究では既存の理論をいかに使いやすく実装するかといった点に着目し、顔料の物理的混色をデジタルツール上で再現できる実用的なレベルにしたもの。ここでの混色表現はEscape Motionsから2021年12月にリリースされたRebelle 5というペイントツールに組み込まれて利用できるようになった。油絵の具とアクリル絵の具の質感、筆のタッチによる色の混ざり具合の変化などにも対応している。

    <5>新しいカンファレンス形態。オンライン+会場開催のSIGGRAPHの今後

    次回、北米で開催される「第50回 SIGGRAPH 2022」は、カナダのバンクーバーにて8月8日(月)から11日(木)に予定されている。日本の冬季期間中開催される「SIGGRAPH Asia 2022」は12月6日(火)から9日(金)、韓国の大邱(テグ)で開催される予定だ。どちらの都市も新型コロナウイルスの感染者が増加している現在、どのような形態で開催されるのかは未定だ。

    CG/VFX業界も新型コロナウイルスの影響を受け大変厳しい状況ではあるが、映像制作の際の現地ロケがCG/VFX合成で置き換えられたり、壁面全面を覆うLEDウォールを使ったバーチャルプロダクション(インカメラVFX)の活用が一挙に進みはじめている。Googleストリートビューを活用してロケ地を選定し現地スタッフに素材撮影を任せたり、デジタルワークフローツールを最大限に活用してリモートワークで映像制作を進めたりと、様々な試行錯誤をしつつ、この困難な状況を乗り越えようとしている。

    まだしばらくは映像制作にとって大変な時期が続くかもしれないが、各社映像配信サービスは好調であり、世界中がエンターテインメントを求めている状況は良い兆しとも言えるだろう。

    TEXT_安藤幸央(エクサ) / Yukio Ando(EXA CORPORATION)
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada