2022年7月8日(金)、2021年春から4度目の開催となるオンラインカンファレンスイベント「CGWORLD デザインビズカンファレンス 2022夏」が行われた。5時間30分にわたるイベントでは、建築・製造・アパレルなど各業界をリードする企業が登壇し、その活用法をはじめとするデザインビズの“今”を伝えた。

本記事では、全16セッションのうちの1セッション、ソフトバンクとともにバーチャル試着サービスを開発するデジタルクロージング株式会社による、「ファッションECの課題を解決する“バーチャル試着”」をレポートする。

記事の目次

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    イベント概要

    CGWORLDデザインビズカンファレンス2022夏

    開催日:2022年7月8日(金)
    時間:13:00~18:30
    場所:オンライン配信
    参加費:無料 ※事前登録制
    cgworld.jp/special/cgwviz2022/summer/

    ファッション業界のモノづくりをサステナブルに

    ファッション業界のモノづくりにおける衣料廃棄問題——この社会課題を解決するために、繊維商社のMNインターファッション株式会社が2019年に立ち上げたのが、「デジタルクロージング」だ。デジタルクロージングは、“3Dサンプル”の作成と販売を行う「3Dモデリスタ事業」に特化した新会社。「単なるCG制作会社ではない、洋服のモノづくりのプロである点が我々の強み」と語るのは、同社代表取締役社長・御子柴 良太氏だ。

    親会社のMNインターファッションは、日鉄物産の繊維事業と、三井物産アイ・ファッションの事業統合で誕生した会社で、衣料からインテリア製品・寝具まで、幅広いファッション製品を手がける。ブランドマーケティング部門では、pierre cardin(ピエール・カルダン)やHANAE MORI(ハナエモリ)のライセンス、その他ブランドの買いつけ、輸入代行も行なっている。

    3Dサンプルとは、2D CAD(平面データ。画像左上)から作成された、3DCGデータ(画像右上)のことだ。デジタルクロージングでは、3Dサンプルの作成に、アパレル3D着装シミュレーションシステム「CLO Enterprise(クロ エンタープライズ)」などのソフトウェアを使用する。

    一般的に、ひとつの洋服ができるまでには、サンプル(実物)を作成して試着し、着心地やデザインがイメージと異なった場合は、調整して新たなサンプルを作成する......といった工程を踏む必要がある。一方で、ここでも「不要なサンプル」が出てきてしまう。御子柴氏いわく、これをCGに代替することで、時間と手間・材料費などのコストを大幅に削減できるという。

    また、ファッション業界では春夏シーズンと秋冬シーズンの年2回、業界関係者のあいだで展示会が行われる。自社ブランドの認知や、商談の成立が主な目的だ。この展示会では、カラーバリエーションの数にかかわらず、全色の実物サンプルを作成するのが一般的だった。

    しかし3Dサンプルなら、実物サンプルは1着にとどめ、その他の色はタブレット上で展示する方法がとれる(画像右上)。または、そもそも展示会には出さずに、WebカタログをSNSで公開し「いいね!」の多くついた色を生産することも可能だ。

    ▲3Dモデルがオンライン上のランウェイを歩く「ランウェイ動画」の依頼も増えているという

    コロナ禍でEC強化するも、“試着できない”が課題に

    ファッション業界は、2020年の緊急事態宣言でリアルの店舗が営業できなくなるなど、コロナ禍で窮地に陥った。現在においても、売上の大半をECが占めており、ECの売上は各社で伸び続けている。御子柴氏は、「たとえコロナが収束してもECの強化は重要だ」と考えている。

    3Dサンプルの活用は、BtoBのみならず、一般ユーザー向けのECサイトにも急増している。CG上で最終サンプルが確定した段階でECサイトに掲載し、予約受注販売を行なった事例もあるという。この方法なら、実物サンプルをつくる必要がない上、事前にオーダー枚数がわかるため、無駄な生産を減らすことができる。

    御子柴氏いわく、EC最大の課題は「試着ができない」こと。実際に、ECで洋服を買う人は「単品買い」が基本で、リアル店舗に比べて「セット率」が低いのだそうだ。セット率とは、ユーザー一人あたりの購入点数のことだ。ECはリアル店舗のように、トップスやボトムス、小物をそのときの気分で合わせることができない。

    サイズ違いなどによる返品率も高い。これも、実際に着てみることができないのが主な原因で、EC強化のハードルとなっていた。

    3Dサンプルによるバーチャル試着とは

    「バーチャル試着」という用語は現在、幅広い意味で使われており、バーチャル試着の先駆けであった、デジタルサイネージ(平面ディスプレイ)にユーザーの姿を写して洋服を合成する技術もそのひとつだ。一方でこの技術は、眼鏡やアクセサリーにおいては一定ユーザーに受け入れられているが、洋服については「あくまでも合成」であることから、広く普及するには至っていない。

    デジタルクロージング(および、親会社のMNインターファッション)は現在、ソフトバンクと3Dアバターに3Dサンプルを着せてフィッティングやコーディネートをできる、新しいバーチャル試着サービスを開発している。

    ▲バーチャル試着のテスト運用風景

    身長と体重はもちろん、肩幅やバストサイズ・股下・ウエスト・ヒップなどの細かい体型設定もできる。バーチャル試着はすでに、複数のアパレル企業から「搭載したい」と打診を受けているという。

    「特に男性は、ご自身の体型データを把握していない人も多いと思います。将来的には、より簡単な方法で、体型をアバターに取り込めるようになります」(御子柴氏)。

    ▲360°回転のほか、ウエスト位置の変更や、“重ね着”した状態もチェックできる

    「3DCGソフトウェアをすでに扱っている皆さまにはおわかりいただけると思いますが、従来の3Dモデリングソフトでアバターを座らせる・歩かせる・重ね着をさせようと思うと、かなりの労力が必要でした。バーチャル試着はそれを一瞬でできるのが特徴です」(御子柴氏)。

    ▲ヒートマップで、きつい/ゆるいのサイズ感もわかる。きつい箇所は赤色、ゆるい箇所は青色で表示される。上記の場合、青色部分が大半を占めることから「全体的にゆるめ」とわかる

    「フィッティングとコーディネートを快適なスピード感でできることで、『このトップスとボトムスを合わせて買ってみようかな?』と思っていただきやすく、セット率の向上につながりますし、サイズ違いによる返品も防げます。複数のブランドをもつ企業様であれば、『AブランドのTシャツにBブランドのパンツを合わせる』といった、ブランドをまたいだ活用の仕方もできます」(御子柴氏)。

    3Dサンプルを活用したバーチャル試着が普及すれば、これまで「試着ができない」という理由でECを利用しなかったユーザーも、ECを利用するようになる=コンバージョン率(ECサイトを訪れた人のうち、購入した人の割合)が上がる。導入するには3Dサンプルを作成する必要があり、その制作費用やシステム利用料といったコストはかかるが、御子柴氏いわく、それを上回るメリットが得られるという。

    導入コストを上回るメリットがある

    最後の質疑応答では、参加企業からいくつかの質問が挙がった。1つ目は、「3Dサンプルの作成は御社に依頼できるのか。また、導入コストの相場が知りたい」。質問に対し御子柴氏は、「3Dサンプル化は当社のメイン業務で、現在も多くのアパレル企業様からご依頼をいただいています。導入コストに関しては、恐れ入りますが個別にお問い合わせいただければ幸いです」と回答。

    2つ目の質問は、「導入にあたってデータのローポリ化が必要だと思いますが、トータルで何万ポリゴンまで入れられますか?」。御子柴氏は、「まだ開発段階のため、正確なポリゴン数をお答えすることはできかねますが、快適なスピード感でバーチャル試着をしていただくためには、ある程度のローポリ化が必要です。例えばCLO(Enterprise)やBROWZWEAR(ブラウズウェア)で作成した高精度なデータを、そのまま入れると重いのは間違いありません」と回答した。

    御子柴氏は、「ファッション業界はDX化で遅れをとっていたが、3Dサンプルの普及は間違いなく進んでいる。一方、企業やブランドによって温度差があるのも事実」と明かした。その理由のひとつに、導入コストへの懸念がある。

    「CGの歴史を紐解くと、約10年前の建築業界から始まり、今では自動車のCMにもCGが使われています。ここ数年で、やっとファッション業界にも3DCGの活用が広まり、今はまさに道半ばです。3Dサンプルによるバーチャル試着は、EC売上の増加が見込めることはもちろん、店頭で接客を受けることをストレスに感じているユーザーのニーズも叶えられる。導入コストを上回るメリットが、企業側にもユーザー側にも受け入れられたとき、バーチャル試着サービスは劇的に広まるでしょう」(御子柴氏)。

    TEXT_原 由希奈/Yukina Hara(@yukina_0402