6月13日(月)、世界的コンセプトアーティストの富安健一郎氏率いるINEIとCGWORLDが、 バーチャルオフィス空間「Gather」上にオンラインアトリエ「INEI ART ACADEMY Atelier」を オープンした。コンセプトは“絵を描くあなたの居場所”。富安氏がアトリエに込めた想いや 理想とする世界観、その活用法を紐解いていこう。
「INEI ART ACADEMY Atelier」
開校時間:24時間365日 (いつでも好きな時間に入室可能)
※毎月1日(1日が土日祝日の場合は翌営業日)はメンテナンス
システム:Gather
月会員費:3,300円(税込)※自動継続
※入会初月は無料となります
https://cgworld.jp/special/inei-aa/atelier/
「暖かい午後の陽射しが差すアトリエ」 をイメージ
——INEI ART ACADEMY Atelierとはどんな場所ですか。
富安健一郎氏(以下、富安):Gatherを利用した、「いつでも行ける」「ずっといていい」「美術の世界にどっぷり浸かれる」、絵を描く人のためのオンラインアトリエです。365日24時間開放しているので、いつでも好きな時間に行って、仲間との会話やスケッチ、絵の勉強ができます。暖かい午後の陽射しが差すアトリエに来るような気持ちで来てほしいですね。
——そもそもGatherとは、どんなシステムなのでしょうか。
富安:Gatherは、2Dゲームのような世界の中で仲間とつながれるバーチャルオフィス空間です。近年、オンライン交流はビデオ会議ツールが使われることが多いと思いますが、リアルに会っている感覚になれる一方で、距離感が測りにくいというデメリットがありました。例えば10人以上で居酒屋へ行ったら、全員で話すのは最初だけで、次第に2~4人のグルー プに分かれて話し込みますよね? ビデオ会議ツールだと、それが自然にできなかったんです。
Gatherは、メンバー同士の距離が近づいて初めてビデオとマイクが起ち上がるシステムなので、話したい人とだけ交流できるし、皆で集まりたければ集合することもできる。INEIでもGatherを重宝していて、打ち合わせで使うこともよくあります。
——アトリエは、富安さんがデザインされたのですか?
富安:原案を描いたのは僕です。というのも、2021年8月に行なったアート合宿「INEI ART ACADEMY BOOT CAMP SUMMER 2021」でもGatherを使用したのですが、その際にCGWORLDさんと「もっとこんな風にしたいね」と案を出し合って、すでに構成はできていました。
一方、僕はあくまでもラフスケッチを描いただけ。実は、2022年の初旬に、まだマップが完成していない状態でアトリエのテスト運用をしたとき、メンバーの方々がラフを基につくってくれたんです。
テスト運用開始時、僕としては「さあ、これから本腰入れて(マップを)つくるぞ」という意気込みでいました。それが、翌朝起きると全部完成していて(笑)。このアトリエはメンバーの皆さんがつくり上げた、と言っても過言ではないです。
——すごい!富安さんのラフスケッチを、メンバーの皆さんが自主的に形にされたのですね。
富安:そうなんです。この、「運営側からの一方通行ではなく皆がやりたいようにやる」というのは、僕自身もすごく重要だと思っています。もちろん僕もイベントを企画したり課題を出したりしますが、同時に「スケッチ会やろうぜ」とか、「今日一緒にランチ食べようよ」という感じで、メンバー同士で居心地の良い空間をつくっていってもらえたらなと思います。
課題に取り組み仲間とシェア 富安氏と野外スケッチも
——アトリエでは仲間との交流のほかに、どんなことができるのでしょうか。
富安:テスト運用の際に、ただそこにいるだけじゃない、学べるコンテンツや課題が好評だったこともあって、アトリエでも僕からの課題を常時用意しています。
富安:例えばホールでは、週替わりで「INEI ART ACADEMY Online」の有料コンテンツを配信しています。今週のテーマは、木のスケッチトレーニング。作品をホワイトボードに貼ってくれているメンバーもいますね。
富安:隣はジェスチャードローイングのコーナーです。ここでも1週間おきに課題を出そうと思っています。課題部屋はほかに2つ用意していますよ。
——普段は有料のコンテンツを視聴できるのは嬉しいですね。オフラインでも様々なイベントをご用意されているとか?
富安:はい。現時点では、オフラインでは「野外スケッチ会」やスタジオ見学、大忘年会、美術館めぐり。オンラインでは座談会なんかを予定しています。
野外スケッチ会は主に都内で実施予定で、皆で何時間か一緒にスケッチしたあと、ご飯を食べて帰ってもいいかなと。先日第1回を明治神宮で開催しました。目的はあくまでも僕が指導することじゃなくて、仲間と一緒にスケッチすることです。道具は基本何でもOKですが、僕が推奨するのは画用紙と鉛筆、「ガッシュ」という不透明水彩絵の具の3点。「鉛筆を削る」という行為は精神統一の意味合いもあるし、絵の具が垂れてくる感じや絵の具の匂い、水をバシャバシャやる感じ……そういう要素も美術の世界には必要なので、大事にしたくて。
先週末に『INEI ART ACADEMY Atelier』初めてのオフラインイベント、野外スケッチ会を開催しました。#INEI_AA
— INEI Inc(陰翳) (@INEIInc) June 29, 2022
スケッチ自体が初めての人からアウトドアペイントのツール装備が完璧で慣れた手つきで筆を進める人まで様々でした。
参加者の皆さま、お疲れさまでした。https://t.co/tElqowSTWt
富安:スタジオ見学は、僕の知人の会社やINEIのアトリエはもちろん、いずれ海外のスタジオにも修学旅行感覚で行ってみたいですね。年末の大忘年会は、あえてきちんとした店を予約して正装して集まってもいいし、ギャラリーに作品を展示してコンテストをするのも楽しい。美術館めぐりでは僕がアートを解説しながら回ったり、月1回の座談会には、海外のアーティストも呼べたらと思っています。
7月の座談会では、INEIのコンセプトアート制作の裏側をお話しする予定です。
——この内容で月額3,000円台は、お得に感じます。
富安:やっぱりそうですよね?(笑)。皆さんそれぞれが日々忙しい中で、自身のスキルアップのためだけに継続的に学ぶ……って、すごく難しいと思うんですよね。それが月額数万円もすると、さらに難しくなる。
なので、第一に優先したいのは、絵を描きたい人、絵が上手になりたい人たちが気軽に集まって学び合えるコミュニティであること。その上で、もしかしたら偶然、アトリエ内でビジネスが生まれるかもしれませんしね。これまでの「INEI ART ACADEMY Online」や「INEI ART ACADEMY BOOTCAMP SUMMER 2021」のような講義スタイルではないぶん、負担を少なくして、間口を広く取りたいと考えました。
メタバースとNFTの思想を採り入れた、新時代のアトリエ
——そもそも富安さんは、なぜこのアトリエを起ち上げたのですか?
富安:2020年に「INEI ART ACADEMY」という大きな構想を起ち上げてから、「INEI ART ACADEMY Online」では“基礎中の基礎”を、「INEI ART ACADEMY BOOT CAMPSUMMER 2021」では、3日間の短期集中型で「アートにのめり込む、夢中になる」体験を皆さんとシェアしてきました。そこで改めて、スキルアップの一番の近道は、やはり「仲間と共に切磋琢磨する環境をつくること」だと気づいたのがきっかけです。
——「アトリエ」という発想は何から浮かんだのでしょう?
富安:僕自身、美術予備校時代に通っていたアトリエへの思いがすごくあって。アトリエでは1日10時間以上絵を描いていたんですけど、ときどき休憩がてら廊下で友人とデッサンの話をしたり、授業がつまらないと抜け出して海で釣りをして、そのままどこかに泊まって帰らなかったり……というのが日常茶飯事だったんですね。
でも、その環境こそが美術の世界にどっぷり浸かるのに役立っていたと思います。1人で集中して絵を描く時間ももちろん必要だけれど、同じくらい、仲間とコミュニケーションをとることは大事だなぁと、今になって改めて思うんです。それで、「アトリエ」というかたちを思いつきました。
——アトリエというと「工房」のイメージが強いですが、なぜオンラインのGatherを選んだのですか?
富安:僕はもともとテクノロジーと仲良くしていきたい方で、「アート×テクノロジー」はINEIでも重要視しているんです。というのも、いわゆるハイテク産業の企業のコンセプトアートを描いたり、エンジニアの友人の話を聞いていたりすると、「テクノロジーには全てを変える可能性がある」と本当に思うんですよね。アートも当然そこに絡んでいくべきで、だからこそアトリエにもメタバースやNFTを使った構想もあり、将来的に入れていきたいと思っています。
「いつ来てもいいし、いつ帰ってもいい。用事がないけど来る、ただ何となくいるだけ」。それを世界中の人と一緒にできるのが、この空間のいいところです。ぜひ一度体験してみてほしいですね。
——ラフスケッチを拝見して、「実家風 面談部屋」と書いてあるのが気になりました。
富安:ここは、「皆がお菓子を食べながら実家のようにくつろげる場所にしたい」と思って描いたところ、メンバーの方々が座布団や屏風(びょうぶ)を置いていい感じに仕上げてくれました(笑)。僕の実家に似せたわけではありませんよ。
ちなみに、左端に制御室のような小部屋がありますよね? これ、実は「このアトリエは原子炉で動いていて、ゆったりと和やかな空間なんだけれど、じつはすごいテクノロジーが関与している——」という僕の勝手な設定が反映されているんです。
メンバーの皆さんがアトリエに集まったのには実は大きな要因があって、皆、知らず知らずのうちに別の宇宙に移動してきてしまったとしたら……? アトリエでは、そんな謎を残した雰囲気も楽しんでもらえたらと思います。
理想は200人規模のアットホームなコミュニティ
——今現在は、どんな方々が参加されていますか?
富安:十人十色で、ゲームや映像関係のお仕事をしている方もいれば、「まったく絵が描けません」という方もいます。必ずしも絵が上手である必要はなくて、むしろ異業種の方がメンバーの作品や絵を描く様子を見て、「こうやって描けばいいんだ」と学べるような環境にしたいです。
今もアトリエにメンバーがいるので、少し話を聞いてみましょうか。
——よろしいですか? では伺ってみましょう。(メンバーの女性に話しかけ)アトリエに参加したきっかけを教えてください。
メンバーの女性:映像関係の仕事をしているのですが、会社がリモートワークになり、新しい人とのつながりがなかなか生まれない状況でした。そんなときに、このオンラインアトリエの存在を知って、富安さんとお話できる機会があるかもしれないということで、思いきって参加しました。
——実際に参加してみていかがですか。
メンバーの女性:最初は緊張して誰にも話しかけられなかったのですが、ジェスチャードローイングに参加したとき、メンバーの皆さんと「これいいですね」「こうしたらもっと良くなるかも?」と意見を交換し合えたんです。すごく新鮮な体験でしたね。
富安:そういえばテスト運用の際、メンバーの皆さんが自発的に、毎晩20時から「ドローイングナイト」を開催していたんですよね。オンラインでの学びって、運営側のファシリテートがないと「仲間同士で自主的に学び合う」ってことが起こりにくいんですが、Gatherだからこそ「じゃあ一緒にやろうか」というながれが自然に起きたのかな? と。驚いたし、素晴らしいと思いました。
——ありがとうございました。最後に、富安さんが今後アトリエでつくりたい世界観や、やってみたいことがあれば教えてください。
富安:200人くらいの規模で、アトリエ内が常にワイワイ賑わっているような環境が理想です。ひとまずは現在のマップで運用していきますが、人数の増え方次第では世界を複数つくったり、世界中のGather空間とつなげられたら面白いですね。
いずれ、メンバー同士で結婚する人なんかが出てきたらいいなぁ。もちろん恋愛目的で参加してほしいわけじゃなくて、要は、そのくらいアットホームなつながりが生まれたらなと。例えば「INEI ART ACADEMY BOOTCAMP SUMMER 2021」では、合宿が終わっても居残って、焚き火の前に集まって「大変だったね~」「これからどうするの?」と言い合ったり、夜中の3時に「誰かいないかな~」とちょろっと来てみたり……そんな緩いコミュニケーションが生まれていたんです。
富安:アトリエに集まってくださるのはきっと、面白い方々にちがいありません。僕ら運営側の一方通行ではなく、メンバーの皆さんと一緒につくり上げるコミュニティにしたいと考えています。ぜひ暖かい光が差し込むアトリエに行くつもりで参加してみてください。
TEXT_原 由希奈 / Yukina Hara
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_蟹 由香 / Yuka Kani