『ファイナルファンタジーXIV』(以下、『FFXIV』)の最新拡張パッケージとなる『暁月のフィナーレ(パッチ6.0)』が2021年12月にリリースされ、『新生エオルゼア』(2013年8月サービス開始)から連綿と描かれてきたハイデリン・ゾディアーク編の物語が完結した。なお、2022年4月には『新たなる冒険(パッチ6.1)』が配信され、次の物語が始動している。本記事では、フィナーレを彩ったバックグラウンド(以下、BG)である、オールド・シャーレアンの制作過程を解き明かす。

※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol.287(2022年7月号)掲載の特集『スクウェア・エニックスの創造力』から一部抜粋、再編集したものです。

記事の目次

    Information

    ※『ファイナルファンタジーXIV』をまだプレイしていない方には、レベル60まで無料でいつまでも遊べるフリートライアルがオススメです。一部機能に利用制限はあるものの、『新生エオルゼア』から『蒼天のイシュガルド』までのRPGゲーム2本分を体験できます。

    『ファイナルファンタジーXIV』
    ジャンル:MMORPG
    対応環境:PlayStation®5、PlayStation®4、Windows、Mac、Steam
    プロモーションサイト:jp.finalfantasyxiv.com
    最新拡張パッケージ『暁月のフィナーレ』プロモーションサイト:
    jp.finalfantasyxiv.com/endwalker
    フリートライアルはこちら:
    sqex.to/ff14ft
    ※『ファイナルファンタジーXIV』をまだプレイしていない方には、レベル60まで無料でいつまでも遊べるフリートライアルがオススメです。一部機能に利用制限はあるものの、『新生エオルゼア』から『蒼天のイシュガルド』までのRPGゲーム2本分を体験できます。
    FINAL FANTASY XIV: ENDWALKER Full Trailer

    Interviewee

    左から、高梨佳樹氏/リードバックグラウンドアーティスト、志田雅人氏/バックグラウンドアーティスト
    ※高梨氏と志田氏が語る、ほかのタウンやフィールド(ラヴィリンソス、ラザハン、サベネア島)のメイキングは、月刊『CGWORLD + digital video』vol.287(2022年7月号)にてご覧いただけます。
    イメージ・スタジオ部
    左から、西中 寛氏/リードバックグラウンドアーティスト、杉山夕起氏/ライティングアーティスト、赤間祐樹氏/スーパーバイザー

    汎用模様の活用で、オリジナリティと統一性を実現

    オールド・シャーレアン(以下、シャーレアン)はパッチ6.0の大タウンで、知神サリャクを守護神とする純白の学術都市だ。BG班がゲーム用シャーレアンをつくるのと併行して、イメージ・スタジオ部がトレーラー(2021年5月公開)用シャーレアンをつくった。ここでは両方の制作過程を紐解く。ゲーム用を監修した高梨佳樹氏(リードバックグラウンドアーティスト)は、建築CGパースの制作会社を経てスクウェア・エニックスに入社。『FFXIV』には『新生エオルゼア』から参加し、現在はBG全体の監修や、タウンの制作管理などを担当している。なお、BG班には数十名のアーティストが所属し、タウン、フィールド、ダンジョンなどのチームに分かれている。

    シャーレアンの制作にあたり、シナリオ班が提示したコンセプトは“アイスランドの豊かな自然+古代ギリシャの街並み”で、これと設定、アイデアアートなどを基に、モックアップがつくられた。タウンのモックアップ制作は通常1〜2人で担当しており、吉田直樹氏(プロデューサー兼ディレクター、以下P/D)やシナリオ班のチェックを受けた後、アート班に設定画(シャーレアン魔法大学からサンドイッチまで大小様々)が発注された。その後は内製アセットの本制作と、協力会社へのアセット発注を併走させつつ、様々な調整が加えられている。「クエストの実装が始まると、それに合わせてアセットの配置を変えるなどの調整も発生します。ひと通りのBGが完成したら処理負荷が計測され、基準をオーバーしている場合はポリゴンやライトの数を削ります。アセット単体のポリゴン数を抑えても、たくさん配置すれば負荷は高くなるので、最後の最後まで調整を要することが多いです。ライトに関してもできれば潤沢に置いて照らしたいのですが、快適に遊べることが最優先なので、バランスを見極めながら増減させています」(高梨氏)。

    BG制作で特筆したいのが、文化圏を反映した汎用模様の活用だ。新規のBGをつくる際には、設定画と共に汎用模様もアート班に発注される。「バリエーションをつくったり、細かいディテールを足したりする場合は、汎用模様を活用します。そうすることで、オリジナリティと統一性が共存したアセットを量産しています」(高梨氏)。

    全景アートの制作過程

    シナリオ班が提示したコンセプトや設定を基に、アート班が複数枚のアイデアアートを描く。その中からイメージに近い要素を吉田P/Dとシナリオ班がピックアップし、方向性を決めた後、正式な全景アートが発注される
    全景アート。シャーレアンのイメージカラーは白(銀)と緑で、シャーレアン人がつくったとされるパッチ3.0の低地ドラヴァニアなどの建築様式も取り入れている

    ゲーム用シャーレアンの制作過程

    方向性が決まると、アートや、施設のおおまかな配置を示す2Dの地図と併行して、モックアップの制作もスタートする。まずは既存アセットの組み合わせでおおまかなスケール感や距離感を可視化しつつ、新規制作するアセットをリスト化する。このとき[シャーレアン魔法大学(外観/内観)][ルヴェユール邸(外観/エントランス)]のような大きなものから、[禁忌本][食べ物(サンドイッチ)]のような小さなものまで列記し、内製するものと協力会社に発注するものを仕分けする。この作業を通して、コストやボリューム感も洗い出していく。ここではエーテライト(テレポート魔法などに使うゲーム内設備)周辺のモックアップを紹介している
    本制作の途中。エーテライトは巻き貝(シャーレアンの国旗)をモチーフにしたものに変更された。この段階では、周辺のデザインを試行錯誤している
    完成BG
    ヌーメノン大書院の処理負荷調整前
    調整後。天井と廊下のライトが照らす範囲を絞り込んでいる。「光源の重なりや影の計算が1番処理負荷に影響するので、数や位置を調整したり、一部のアセットの影計算をOFFにしたりといった対応を行います」(高梨氏)

    汎用模様による文化圏の表現

    シャーレアンの汎用模様。シャーレアンの街並みのコンセプトは古代ギリシャだが、それに留まらないオリジナルの模様がアート班によって創造されている
    ルヴェユール邸のエントランスの設定画。床や壁に汎用模様が使われている
    設定画を基に制作されたアセット。ルヴェユール邸をつくるにあたり、生活感をどの程度出して良いのかを把握するため、「アルフィノとアリゼーの母親の性格が知りたいです」という質問がBG班からシナリオ班に出された。「シャーレアン魔法大学は魔法学の最高学府なので、“魔法とは、どういう原理で発生しているんですか?”という質問も出しましたね。そういう背景まで理解した上でBGをつくる文化が浸透しているので、シナリオ班は丁寧に回答してくれます」(高梨氏)
    汎用模様を活用し、BG班の判断で壁や柵にディテールを追加している

    学術都市らしさをベンチで表現

    シャーレアンではいたるところにベンチが置かれており、そのデザインも文化圏に合わせたものになっている。「魔法学やエーテル学について議論したり、考えごとをしたりといったことが気軽にできる学術都市をイメージして、見晴らしの良い場所にベンチを置きました。座って本を読むスクリーンショットを撮影するプレイヤーもいて、反応は良かったです。一方で、酒場などの看板や国旗は極力置かないようにしました」(高梨氏)

    映像ではゲーム以上に多くの情報量が求められる

    『FFXIV』の歴代トレーラーはハイエンドなフルCG映像制作を専門とするイメージ・スタジオ部(以下、IMS)が担っている。赤間祐樹氏(スーパーバイザー)と西中 寛氏(リードバックグラウンドアーティスト)は、旧『FFXIV』(パッチ1.0)時代から『FFXIV』のトレーラーに関わってきた。「2〜3年くらいのサイクルで新作のトレーラーを手がけています。パッチ6.0では、全体のクオリティ管理を担当しました」(赤間氏)。西中氏はBGのリードとしてシャーレアンの制作管理をしつつ、実制作も担当している。杉山夕起氏(ライティングアーティスト)は国内外のCG映像スタジオを経て4年前に入社。パッチ6.0ではシャーレアンのシーンのライティングとコンポジットを担当した。

    シャーレアンの制作にあたっては、先行していたゲームチームからアートやモックアップデータが提供され、何度かのすり合わせを挟みつつディテールが追加された。なお、新しいタウンやフィールドを手がけるときには、IMSが先行してモックアップなどをつくり、ゲームチームとすり合わせる場合もあるという。「全部の建物のアートが用意されているわけではないので、IMS側でもリファレンスを集め、ディテールを補完していきました。映像ではゲーム以上に多くの情報量が求められるので、必要とするリファレンスの内容も変わってきます。ギリシャを中心に、地中海地方の遺跡、街並み、植生、港、山並みなどの画像を集め、チーム内で共有しました」(西中氏)。

    シャーレアンのシーンは、サリャク像の顔のクロースアップから始まり、カメラがドリーアウトして都市の全景を映す。その後、ダイナミックにドリーインへと切りかわり、中心部のエーテライトを経由して、西端(画面左)のヌーメノン大書院の内部へと入っていく。「当初は全景ショットから始まる予定でしたが、吉田P/Dから“引き込むようなインパクトがほしい”というフィードバックがあり、カメラワークが変わりました」(赤間氏)。さらにゲームチームからの“ランドマークとなる設備をしっかり見せたい”という要望を受けてドリーイン時の動きの緩急の具合も変更され、それに合わせたBGアセットのディテールの追加や、ライティングの調整が行われた。

    トレーラー用シャーレアンの制作過程

    ゲームのBG班から提供されたMayaのモックアップデータに、トレーラー用の全景ショットのカメラ(当初予定のもの)を設定した状態。この段階では、サリャク像の代わりにイシュガルドのハルオーネ像が置かれている
    IMSによって全体のバランスが調整された状態
    大体のレイアウトが決まった後、約40のアセット制作が協力会社に発注された。「約20が内製で、植生などの細かいものも加えると、BGアセットの総数は150ほどになりました。各アセットの色味や質感は全てIMS内で調整し、統一感をもたせています」(西中氏)
    Arnoldのスタンドイン機能を使い、哲学者議会以外のアセットをバウンディングボックスで表示している。レンダリング時にのみAssファイルが読み込まれるしくみなので、シーンデータの操作が軽く、レンダリング時のメモリ容量も抑えられる
    ゲームのアート班から提供されたサリャク像のデザイン画
    ZBrushの作業画面。サリャク像の制作も協力会社に依頼していたが、クロースアップショットの追加にともない、IMSにて追加のディテールがスカルプトされた。「クロースアップで映すとなると、それに耐えられる情報量の追加が必要になりました。質感はSubstance 3D Painterのジェネレータで表現していたので、追加の作業は発生していません。海に面して設置された像であれば、本来はもっと風化していると思うのですが、知の都のイメージを優先して綺麗な状態を維持しました」(西中氏)
    完成映像

    “風光明媚な地中海”をイメージしたライティング

    BGアセットがひと通り揃った段階で、杉山氏のライティング作業も開始された。

    IMSにて制作したカラースクリプト。“風光明媚な地中海”をイメージした、高彩度の絵になっている。ゲームチームの確認を経た後、これを指針にライティングが進められた。その際、夏の地中海の、湿度が低くかすみの少ない空気感や、強い日差しを再現するため、関連するYouTube上のウォークスルーのVideo blogなども参考にしたという。写真は色味などを補正している場合が多いため、素の状態で記録されている動画を参考にすることが多いという。「屋外シーンなので、基本的にはHDRIのアンビエントライトと、太陽光を模したディレクショナルライトを使ってライティングしています。ただし、それだけだとサリャク像の知恵の水瓶の内側や、建物と海に挟まれた奥まった部分などが暗くなるので、追加ライトで照らしています。サリャク像の顔やエーテライト周辺にも演出優先でライトを足しました」(杉山氏)
    アンビエントライト
    ディレクショナルライト
    追加ライト
    海面のリフレクション
    遠方の山と空はマットペイントで表現されているため、山を模したポリゴンをMayaのシーンデータ内に配置し、マットペイントの山をテクスチャとして貼ることで海面の反射を表現している
    ビューティパス。なお、水瓶からの水、海面の白波などはHoudiniで表現している。「基本的にディレクショナルライトの高さは気候や季節などの設定を基に決めます。夏なら高め、冬なら低めという感じです。ただし、太陽光が高すぎると見映えの良い画になりにくいので、なるべく45度以上の角度は付けないというのが自分の中のセオリーです。オールド・シャーレアンのシーンでは、北向きの全景ショットと、ヌーメノン大書院にドリーインする西向きのショットを同じライティングで綺麗に見せる必要があったので、両方のバランスを見極めながら太陽の位置を決めました」(杉山氏)

    約430体、1体約10万ポリゴンのモブ表現

    モブを管理しているNukeのノード。シャーレアンのシーンデータ内のモブの数は約430体、1体約10万ポリゴンで、IMSのレイアウト担当者によって手動で配置された。ちなみにゲームのPC1体のポリゴン数は最大13,490ポリゴン(種族や装備によって変動する)なので、トレーラーのモブは約7.5倍のポリゴン数となる。「オールド・シャーレアンでは、モブのレンダリングコストに一番手を焼きました。mobAnim(カメラ近くの目立つモブ)、mobSit(座りモブ)A~B、mobStop(静止モブ)A~B、mobWalk(歩きモブ)A~Dからなる9個のノードに分け、地面への落ち影だけのノードも9個に分け、別々にレンダリングしています」(杉山氏)
    シャーレアンとヌーメノン大書院のシーンのノード全体。前述のモブを管理しているNukeのノードは右上に位置している。引き継ぎを円滑にするため、IMSではノードの組み方に気を配るよう意識が共有されており、杉山氏のノードは特に整理されている。シャーレアンと大書院の内観はMayaでは別のシーンデータとなっているが、ワンカット映像として編集されており、Nukeでは大書院内の排気口にカメラが入る直前までをひとつながりのノードで管理している
    カメラが大書院にドリーインする直前のフレーム

    トレーラーと表紙グラフィックの比較

    トレーラー内の全景ショット
    エーテライトのショット。BGアセットの制作にかかった期間は約5ヶ月で、IMSの作業期間は約3ヶ月。大きめのBGアセットは、ひとつあたり500万ポリゴン程度
    トレーラーのシーンデータをさらにブラッシュアップして制作されたグラフィック。船のアセットの情報量を増やし、モブの数も追加。色味も調整している。月刊『CGWORLD + digital video』vol.287(2022年7月号)の表紙は、これの一部をトリミングしたものだ。「情報量を追加するときには、実際に生活するなら、どんな機能が必要かをイメージします。そうすると、ここに道が必要で、ここは汚れるといったことが見えてきます。ただしオールド・シャーレアンの場合は雑然としすぎると知の都のイメージから離れてしまうので、バランスをとるのに苦労しました。本来であれば、港はもっとゴチャゴチャしていると思いますが、あえて整然とした状態に留めています」(西中氏)

    CGWORLDアドバイザリーボード・榊原 寛氏の視点

    装飾のオリジナリティ、動線の設計などに注目

    私は大学院で装飾を研究していたので、古代ギリシャやアール・デコのようなデザインと、見たことのないデザインが組み合わさった、シャーレアンの汎用模様が特に気になりました。ゴシック教会、バロック宮殿などのデザインをほぼそのまま使うケースが多い中で、一線を画したスタイルだと思います。そこに、BG班とシナリオ班との間で詳細な質問をやりとりできる文化が加わることで、『FFXIV』の創造力が生み出されているのだと感じました。それから、ゲームや映像の中の街であっても、人は本能的に歩ける動線を探します。トレーラーのシャーレアンの街は一瞬しか映りませんが、ちゃんと各建物が道や橋でつながっている。そのこだわりに感銘を受けました。知の都の説得力と密度感を高める小物の配置や、絶妙な汚し具合も要注目です。

    CGWORLD レギュラー番組「CGWORLD Friday」(6月17日配信)では、榊原 寛氏(CGWORLD アドバイザリーボード)をお招きし、実際に『ファイナルファンタジーXIV: 暁月のフィナーレ』をプレイしながら、オールド・シャーレアン、ラザハン取材で聞いたエピソードと、そこから見えてきたアーティストの創造力を語り尽くしました。本記事と合わせて、お楽しみください

    ※高梨氏と志田氏が語る、ほかのタウンやフィールド(ラヴィリンソス、ラザハン、サベネア島)のメイキングは、月刊『CGWORLD + digital video』vol.287(2022年7月号)にてご覧いただけます。

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    Information

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.287(2022年7月号)

    特集:スクウェア・エニックスの創造力
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2022年6月10日

    詳細・ご購入はこちらから

    INTERVIEWER_榊原 寛/Hiroshi Sakakibara
    TEXT&EDIT_尾形美幸(CGWORLD)/Miyuki Ogata、文字起こし_大上 陽一郎/Yoichiro Oue、EDIT_山田桃子/Momoko Yamada
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota