様々なセッションが行われるSIGGRAPHの中でもハリウッド映画や配信動画作品、そして長編アニメーションなどのVFX制作プロセスが披露されるProduction Sessionsはハイライトの1つだ。今年も様々な作品のプレゼンテーションが行われた中から、本稿ではディズニーの長編アニメ映画『ミラベルと魔法だらけの家』の挿入歌「秘密のブルーノ(We Don’t Talk About Bruno)」のミュージカル・シークエンスのメイキングを解説した「We Don’t Talk About Bruno - An Encanto Musical Sequence Unveiled」の内容を、要約して紹介しよう。
リサーチを元にコロンビアの空気感を緻密に再現
テッド・ミラー氏(以下、ミラー):私はテッド・ミラーです。この作品でテクニカル・スーパーバイザーを務めました。
VFXスーパーバイザーを務めたScott Kersavage/スコット・カーサヴェイジは、今回は来場することができませんでしたが、ビデオクリップがありますので、まずはこちらをご覧ください。
スコット・カーサヴェイジ氏(ビデオ):VFXスーパーバイザーのスコット・カーサヴェイジです。ウォルト・ディズニー・アニメーションで23年勤務し、数多くの作品にVFXスーパーバイザーとして参加してきました。
今回、紹介したいのは、『ミラベルと魔法だらけの家』における映像制作のプロセスです。振付、レイアウト、アニメーション、ライティングに至るまでの複雑なワークフローを経て、最新のテクノロジーを駆使して制作が行われました。
この映画はラテンアメリカのコロンビアが舞台です。電気がない時代のお話ですから、マジカルな雰囲気を演出するオイル・ランプやキャンドル・ライトのリサーチも行いました。
最も重要だった点は、彼らのファミリー、マドリガル家と、彼らが住むお屋敷との密接な関係性です。もしもファミリーに問題が生じると、お屋敷の構造にも何かが起こるのです。
これらの物語に真実味を与えるため、コロンビア各地でのリサーチを行いました。20世紀のコロンビアの文化や地域感を表現するためには非常に重要なことです。コロンビア・カルチュラル・トラストというコンサルタント・グループの協力を得て、衣装や建築物など細部に至るまで忠実にデザインを起こしました。
ではまず、挿入歌「秘密のブルーノ」のシークエンスをご覧いただきましょう。
大家族にありながら、個性が際立つキャラクター
ミッシェル・ロビンソン氏(以下、ロビンソン):ヘッド・オブ・キャラクターのミッシェル・ロビンソンです。今日は、どのようにしてこのマジカル・ファミリーをつくり上げていったのかをお話ししたいと思います。
先ほどスコットの話でも出ましたが、この作品ではコロンビアを舞台に、登場するキャラクターのコスチュームや髪、皮膚、そしてジェスチャーに至るまでを、真実味をもって表現することがチャレンジとなりました。
マドリガル家は大家族ですが、フリエッタ(ミラベルの母)とその子どもたちはブルーやバイオレット、ペパ(ミラベルのおば)の家族はゴールドやオレンジという風に、カラーリングとコスチュームによって家系の色を使い分けています。そしてブルーノ(ミラベルのおじ)は、その中間であるグリーンのポンチョを着ています。この色分けのルールは、動きが複雑に行き交うミュージカル・シークエンスでは特に効果的でした。
ロビンソン:各キャラクターの衣装にも、ユニークなディテールによってそれぞれ個性をもたせています。
例えばミラベルの衣装には、様々な花や動物のパターンを入れることで、彼女がポジティブな性格であることを示唆しています。衣装に縫い付けられているアップリケや刺繍は、自社ツールXgenでカーブベースの3Dモデルで表現しています。プロシージャルに、様々なパターンが生成できるようになっています。
イザベラの衣装は、ハイディテールに見せるために、繊維の1本1本が全てカーブで構成されています。これはHoudiniでセットアップされ、そのデータをXgenを経て自社開発レンダラのハイペリオンに渡してレンダリングが行われました。これによって旧来の方法では難しかった、ワンレベル上のライティングを実現しているのです。
ロビンソン:もう1つ、キャラクターのシェーディングを向上させる大きなポイントとして、目の表現がありました。これまでは、プロシージャルに生成したテスクチャを貼っていましたが、この方法ですと、例えディスプレイスメントを施したとしても、どうしてもステッカーのように平面的に見えてしまいます。
そこで、角膜部分の屈折が生物学的に正しく見えるようシェーダの開発を行いました。インターフェイス上でハードウェア・シェーディングでも確認でき、アニメーターはレンダリング結果を待つことなく、キャラクターの目を確認することができます。これはキャラクターの演技を調整する上でとても役に立ちました。
さて、このシークエンスに出てくるブルーノについて簡単に説明しておきたいと思います。
映画の中でブルーノが最初に登場するのがこのシークエンスですが、ここでは目が緑でちょっと怖い感じ(=ミラベルが周囲の噂などからブルーノに対して抱いていたイメージ)で表現されています。
ブルーノの髪の毛は、『アナと雪の女王』(2013)のときに開発されたTonixを改良したものを使用し、これをXgenに渡してさらにディテールを追加しています。髪の毛の縮れ具合は、各キャラクターの個性に沿って別々に設定することができました。
続いてリギングについてお話します。キャラクターのボディのリグは、アニメーターが1つのコントローラで様々なポーズの調整ができるよう工夫されています。まぶたの動きや唇など、微妙な表情のコントロールが可能です。
また今回初めて、まつげのコントロールが可能になりました。目を閉じた瞬間にまつげの角度を変えられるなど、より表情を豊かにできます。
では次に、テクニカル・アニメーション(以下、テック・アニム)についてお話ししましょう。このミュージカル・シークエンスは、衣装のシミュレーション、風、雨、頭からカツラを取ったり、キャラクターが服を掴んで踊ったりと、テック・アニムのチームは様々なチャレンジがありました。
ほとんどのキャラクターの衣装は、複数の層の布で構成されています。これには複雑なセットアップが必要とされました。各素材が単にリアリスティックに動くだけでなく、素材によって異なる摩擦、他のレイヤーとの干渉などが同時に起こります。
カミロがブルーノに変身するシーンは楽しいチャレンジでした。変身自体は瞬時に起こりますが、体の動きや髪の変形などが正しく追従しなければなりません。
他にもテック・アニムの役割の1つとして、風や力の動きに対する衣装のシミュレーションもありました。布の動きは、ディズニーの2Dアニメーターが手描きで起こした動きをガイドにして、それに沿って動かしたりもしています。
ミュージカル作品ならでは、レイアウト&アニメーションの連携
タイラー・カプフェレ(以下、カプフェレ):レイアウト・スーパーバイザーのタイラー・カプフェレです。
マイケル・ウッドサイド(以下、ウッドサイド):アニメーション・スーパーバイザーのマイケル・ウッドサイドです。
カプフェレ:通常の作品ですと、レイアウト部門とアニメーション部門は、別々に作業を進めていきます。まずレイアウトを決め、それをアニメーション部門に渡し、最終的に監督からOKをもらいます。
ウッドサイド:しかし今回はミュージカル・シークエンスということもあって、それに対応した新しいアプローチが必要になりました。
カプフェレ:その関係で、今日は私とマイケルがコンビを組んでお届けすることになりました!
ウッドサイド:アニメーションの仕事は、監督の要求に応えながら「ストーリーに説得力をもたせる動き」をつくることにあります。コロンビアと言えば、音楽と独特のスタイルをもつダンスです。しかし、私自身はそのダンスについて詳しくありませんでした。そこで、コロンビアのダンスに長けた専門のコリオグラファー(振付師)の助けを必要としました。
カプフェレ:そして、実際にダンサーたちに1曲通して踊ってもらい、そのダンスを撮影してリファレンスにしました。
さて、デジタル・パイプラインにおける「レイアウト」について詳しくない方のために一応説明いたしますと、我々の役割は「デジタル・シネマトグラファー」という位置づけと言えるでしょう。
通常のワークフローでは、レイアウトを済ませてからアニメーション部門に渡しますが、このシークエンスではプリ・アニメーション(仮アニメーション)とレイアウトを交互に進めました。これにより、レイアウト部門は完成形に“より近い”パフォーマンスを確認しつつ、効率よくレイアウトを調整できるので、シネマトグラフィの作業に集中できるのです。
ウッドサイド:プリ・アニメーションを行うことで、この曲がもつ非常に複雑な展開や、テンポの変化を確認しながらアニメーションの作業を進めていくことができます。ダンサーの動きはアニメーションをつける上で大きな助けとなりました。
レイアウトの作業というのは、比較的早いスピードで上がってきます。しかし、アニメーションの作業は時間がかかります。通常、アニメーターは平均で80フレーム/週のペースで作業を進めますが、今回求められたのは500フレーム/週でした。
ダンサーの動きを3つの異なるアングルから撮影し、かつスカートなし&ありバージョンを撮影しました。スカートなしバージョンは足の動きの参考に、スカートありは手でスカートを掴んで踊る際のテック・アニムのリファレンスになります。
カプフェレ:こうしてできたプリ・アニメーションを見ながら、レイアウトのアイデアを詰めていきます。シネマトグラフィ面で参考にしたのは、ブロードウェイのミュージカルを収録したTV番組やDVDでした。
多くの場合、カメラマンはステージ上でパフォーマーと一緒に動きながら撮影を行うので、ある意味「カメラマンも一緒にダンスしながら」撮影しているわけです。このユニークなビジュアルスタイルは大変有益で、カメラマンの動きも含め、映像に記録されます。
レイアウトの作業では、プリ・アニメーションを読み込むことで、ステージ上の本物のカメラマンのように演出を考えながらカメラワークをつけていきます。また編集の際、どこでカットして次のショットに切り替えるかなども詰めていきました。
ブルーノと一緒にネズミが踊るショットがあります。ネズミの動きは、ダンサーの動きをベースにアニメーションをつけていますが、ネズミを地面に配置すると、サイズが小さくてパフォーマンスが良く見えないという難点がありました。そこで考えたアイデアが、「ネズミの影を後ろの壁に投影する」というものでした。
ウッドサイド:このネズミの影は、ディズニーの伝説的な2Dアニメーター、マーク・ヘンによって描かれました。マーク・ヘンは、あの『美女と野獣』のベルや『ライオン・キング』のシンバをアニメートした著名なアニメーターとして知られています。その彼が、このネズミたちの影を描いたのです(場内から拍手が起こる)。
一連のダンスのアニメーションを詰めていく段階で、ダンス・コンサルタントに参加してもらい、ディレクター・レビューの後でアニメーターと一対一で話をして、「どこをどう調整すれば、より良いパフォーマンスになるか」をダンサーの視点から述べてもらいました。その結果、より観客の目を楽しませるアニメーションに仕上がったと思います。
カプフェレ:挿入歌「秘密のブルーノ」はこの映画で登場するミュージカル・ナンバーの1つです。今回、新しいワークフローを取り込むことで、大変効率的に作業を進めることができました。
ウッドサイド:1つ、皆さんとシェアしたいエピソードがあります。この「秘密のブルーノ」のレイアウト作業が完了したとき、続いてイザベラの曲の作業に移るための打ち合わせでダンサーの皆さんが集まったので、ラフ・アニメーションとライティング、フォグなどが入った途中バージョンの映像を「これが、皆さんのダンスが映像化されたものですよ」とお見せしたのです。ダンサーの皆さんは全員、映像を観て泣いていました。とても感動的な瞬間でした。
コロンビアの空気感を正確に描きつつ、舞台演出も採り入れたライティング
ダニエル・ライス(以下、ライス):撮影監督のダニエル・ライスです。今日は残念ながら来場できなかったアレクサンドロ・ジャコミニと2人で撮影監督を務めました。我々の役割は、視覚的な立場から映像デザインを行うことです。
監督からは「印象的な出来事は感情に要約される。つまり、感情がデザインを導く。そういうロマンチックさを表現したい」という要望がありました。
今回、ライティングの中でルールとして定めたのは、
●コロンビアの文化や伝統を、正確に描く
●ハリウッド・スタイルの、伝統的なミュージカルシアターなどでの舞台照明を演出や感情表現に取り入れる
●非常にスタイライズされたライティングで、感情や状況を表現する
●重要な場面では特別な表現法を取り入れる。フラッシュ・バック、ブルーノの視点など
ということでした。そのため、我々はコロンビアにリサーチ旅行へ行く予定でしたが、コロナのパンデミックにより計画の変更を余儀なくされ、コロンビア在住の写真家やフィルム・メイカーの協力を得てリサーチを行いました。現地で撮影された写真やフィルムを見てライティングの参考にすることで、リアリズムや説得力を画面やキャラクターに与えることができるのです。
前述した、ハリウッド・スタイルの伝統的なミュージカルシアターなどでの舞台照明は、感情表現や、観客の視点を特定の部分にフォーカスさせる点で効果的です。1940年代のハリウッド映画の数々、ヒッチコックの『レベッカ』、『3階の見知らぬ男』などから印象的な画面をリファレンスとして集めました。これにコロンビアの文化や伝統をうまくブレンドさせた画づくりを目指しました。
週1回、プロダクション・デザイナーやカラー・ライティング・リードなどのチームと集まって意見を重ねながら、カラー・スクリプトと呼ばれるシークエンスごとの“色彩台本”を準備しました。曲のセクションごとにユニークなトーンを出せるよう、膨大な時間を割いてこの作業を進めました。特に、ブルーノを象徴するエメラルド・グリーンは、曲の中でも特別な意味をもち、印象的に見えるようにしました。
ライティング・チームは、これらのカラー・スクリプトをベースにブロッキング・ライティングを進めていきました。これにより、画面の世界観や第一印象を、ある程度定めることができます。これらはストーリーテリングの側面でも重要になってきます。
これがアプルーブされると、キー・ライティングの作業へと移り、ショットのライティングを詰めていきます。
(会場内に映像が流れる)今お見せしているブレイクダウン映像は、オープニング・ショットからの引用ですが、3人のアーティストによって、晴天からブルーノ色に暗転する展開で、異なるライティングを組み合わせて表現しているのがおわかりいただけると思います。
このサンプル動画は、イザベラがブランコに乗って降りてきて、上からバラ色のライトが差し込むショットです。キーライトとスカイライトを決め、オクルージョン、テッセレーション、アトモスフィア、ファウンデーション・ライティングを施し、完成となります。
ライス:この曲の中では、特別な世界観をもつシークエンスが2つ登場します。1つは前述のブルーノと地面にいるネズミの影の表現です。前述のように2Dアニメーターが起こした絵を影のように見せる必要があり、これにはカメラ・プロジェクションを使用しました。
ブルーノのタブレットの中で、立体的なホログラフィ風のミラベルが見えるショットは、テクノロジー・チームと密に連絡を取りながら新しい「テレポート・シェーダ」を開発しました。これは、ターゲットとなるオブジェクトの屈折レイを、別のオブジェクト・ボリュームの中へ物理的に正しく“テレポート”できるというもので、これにより3D屈折モデルを正確にファイナル・レンダリングできました。
ライス:このように、最先端のテクノロジーを駆使し、ロマンティシズム並びに感情表現を、ライティングの中にうまく融合させることに成功したのです。
「秘密のブルーノ」のVFX的見どころ
ミラー: 最後に、本日紹介したハイライトをまとめてみましょう。
●ミッシェルが紹介したイサベラの衣装は、ジオメトリではなく32万本のカーブで構成されている。
●ダニエルが紹介したテレポート・シェーダは、バイオ・テクノロジー・グループによってこの映画のために開発された。
●ミッシェルが紹介したミラベルの目のアイ・シェーダも、新しく開発されたもの。
●冒頭のシークエンスはレンダリングが最もヘビーで、730 Render Hours/フレーム、シークエンス全体では960,000 Render Hours(※)を費やした。
※Render Hours:コアごとのレンダリング時間の総計。730 Render Hoursは、16コアを4基搭載した4CPUの64コアのマシンを使用した場合、1フレームのレンダリング時間は約11時間42分となる
●群衆が登場するショットはUSDベースの新しいクラウド・システムが開発され、新しいUSDパイプラインで制作された。
●FX(エフェクト)は映画の中でも多くの比重を占めた。キャラクターの衣装は、その構造の複雑さも含め特筆すべきものがあった。また、アニメーションやシミュレーション・ワークがキャラクターに生命感を与えるのに大きく貢献した。
●ネズミの影は、伝説のアニメーターが描いた手描きの2Dアニメーションによるもの。
●非常にたくさんのキャラクターの変形エフェクトが含まれる。
挿入歌「秘密のブルーノ」のミュージカル・シークエンスは全46ショット、またそれに付随する様々な処理に必要な追加ショットが36ショットあり、これらがシークエンスを構成しているのです。
TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada