昨春、西武園ゆうえんちのリニューアルオープンに合わせて稼働したライドアトラクション『ゴジラ・ザ・ライド 大怪獣頂上決戦(以下、ゴジラ・ザ・ライド)』。高解像度のドーム型スクリーンに60fpsで投影される大迫力の映像制作は、白組 調布スタジオとしてもチャレンジとなった。

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記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 291(2022年11月号)からの転載となります。

    西武園ゆうえんち『ゴジラ・ザ・ライド 大怪獣頂上決戦』
    商店街から見える小高い丘に建ち、街の人々から愛される映画館には、多くの人々の笑顔で溢れていた。いつもと変わらない平穏な日常の中、東京に突如現れたのは、謎の巨大生物・キングギドラ。キングギドラは、町の建物をなぎ倒しながら埼玉方面へと移動を進める。館内の緊急放送では、キングギドラ以外にも、さらなる謎の巨大生物が接近していることを知らされる。ゲストは、特殊災害対策部隊『特災対』の特殊装甲車に乗りこみ、ゴジラやキングギドラたちの激闘の真っ只中に放りこまれ、無事逃げ切ることができるのか? 

    所在地:埼玉県所沢市山口2964
    TEL:04-2929-5354
    営業時間:10時~17時(日によって異なる)
    定休日: 不定休
    料金:1日レヂャー切符 大人(中学生以上)4,400円、子ども(3歳~小学生)3,300円 ほか
    www.seibu-leisure.co.jp/amusementpark/attraction/godzilla.html
    TM & © TOHO CO., LTD

    ゴジラを全身で“体験”するライドアトラクション

    2021年春、埼玉県所沢市にある西武園ゆうえんちがリニューアルオープンした。リニューアルの目玉であり今回新設された『ゴジラ・ザ・ライド』は、体験者がゴジラやキングギドラの激しい闘いに巻き込まれてしまう、ライドタイプのアトラクションだ。

    本作は西武園ゆうえんちのプロジェクト開発チームがアトラクションの開発からライド建屋の設計にいたるまで体験づくりを統括していく中、アトラクション内の映像制作パートについては国内VFXの第一人者である山崎氏に白羽の矢が立ち、テーマパーク体験設計のトップクリエイターである株式会社刀の津野庄一郎氏がタッグを組むことで、これまでのライドの常識を覆すクオリティとスケールでゴジラの“体験”を提供する。ライドに乗り込むと球面状のスクリーンが視界を覆うだけでなく、座席がアクションに合わせて激しく動くことで、絶叫マシンに乗りながら大怪獣に襲われているような、没入感と爽快感を同時に味わうことができる。

    取材参加スタッフ(※特に記載がない場合は白組所属)

    山崎 貴監督(演出・ストーリー・デザイン)
    渋谷 紀世子氏(VFXプロデューサー)
    早﨑達矢氏(シニア3DCGアーティスト)
    山口拓洋氏(シニア3DCGアーティスト)
    山口拓史氏(シニア3DCGアーティスト)
    田口工亮氏(モデリングアーティスト)
    安藤隼也氏(エフェクトアーティスト)
    大久保 榮真氏(コンポジター)
    江場 左知子氏(Fude マットペインター)

    山崎氏は、企画当初についてこうふり返った。「若い頃ライド型アトラクションを手がけていたことがあったのですが、今回の筐体(乗り物のシステム)はこれまで出会った中でも特に素晴らしいものでした。この性能をフルで活かせるように、激しい動きをしながら進んでいくようなこれまでにないライドにしたいなと考えました」。

    津野氏はライド映像を含むアトラクション体験全体をプロデュースしており、ライド映像も津野氏の演出ノウハウを織り交ぜて制作されたという。「津野さんはどこでどう演出するとお客さんが怖がるか、どこでタメてどこで押すといいかなど、アトラクションの演出を熟知されている方です。ラフなアイデアを絵コンテにした段階から、津野さんの『体験の満足度を上げる策』を組み込んでいきました」(VFXプロデューサー・渋谷紀世子氏)。

    映画などの映像作品とのちがいやアトラクション体験ならではの演出ポイントを、西武園ゆうえんち、刀、白組がそれぞれの専門性を活かし膝を突き合わせて議論し続けた結果が、最高のライドクオリティを生み出した。

    山崎監督のゴジラと言えば、2007年の監督作品『ALWAYS 続・三丁目の夕日』の冒頭2分7秒間のシーンが思い出される。公開当時、小学生だった筆者は迫力ある破壊シーンとカーアクション、そして巨大で魅力あふれるゴジラの描写に度肝を抜かれ、以来特撮とVFXの虜になってしまった。『ゴジラ・ザ・ライド』は、『ALWAYS 続・三丁目の夕日』で描かれた山崎監督のゴジラの世界を踏襲しつつ、よりハイクオリティ、そして自分が鈴木オート(『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズに登場するキャラクター)になったかのような気分でゴジラを肌で体験できる、最高のアトラクションとなっている。本稿では、その制作秘話とVFXメイキングに迫っていく。

    <1>特殊スクリーンとライドシステム

    ライドシステムの動きに合わせたワンカットフルCGの映像制作

    本作は体験者の視界を覆い没入感をもたせるため、映像を半球スクリーンに投影している。しかし、映像制作と並行してアトラクション建屋の建設が行われていたため、ライド実機でのチェックは制作の最終段階になるまでできなかったという。

    制作時、特に課題となったのは本映像が計22,000フレームを超えるワンカットフルCGである点だ。映画の場合は24fpsでつくられるが、本作は没入感重視のライドアトラクションであるため60fpsで制作され、カットの切れ目がなくレンダリングや修正が通常より重い作業になった。ほかにも球状スクリーン特有の相互反射による白浮きの懸念や酔いとの戦いもあったという。

    「結果として白浮きは実機ではさほど気にならなかったのですが、当初ライドの動きを一番激しい設定にして見た際には酔いがものすごかったです。迫力をもたせつつ、なるべく酔わないように動きを調整していきました」(渋谷氏)。

    ライドの動きは映像完成後、後付けで行われている。「最終的にはライドシステムベンダーと西武園ゆうえんちの現場とをリモートでつないで、その場で技術スタッフに調整していただきました。修正を伝えてから10分~20分程度で反映されるのですが、あまりに激しいと体験者が酔ってしまうこともあり、何度も細かな調整をリアルタイムで行なっていきました。ただ、とにかく座席の動きが加わることで、映像単体による体験とは比較にならないと確信しました」(山崎氏)。

    コンポジターの大久保 榮真氏は、制作についてこうふり返る。「ドームスクリーンに投影する映像ではありますが、コンポジット作業時は平面のディスプレイで見ているので、作業終盤は各スタッフが完成イメージを想像しながら作業していました。調布スタジオはCGもコンポもスタッフ間の距離がものすごく近くて会話もスムーズなので、頭の中のイメージを共有しやすいんです。このフレキシブルさと対応力があったからこそ、可能な画づくりだったと思います」。 

    球状スクリーンに合わせた映像

    レンダー画像と完成映像。画像のような、上部が欠けた円のような形状で制作された。

    レンダー画像
    コンポジット・カラーグレーディングされた完成映像
    • レンダー画像
    • コンポジット・カラーグレーディングされた完成映像
    • レンダー画像
    • コンポジット・カラーグレーディングされた完成映像

    <2>怪獣と背景アセット

    監督自らスカルプトを行なった“いいとこ取り”の怪獣たち

    ゴジラをはじめとした大迫力の怪獣たちは、山崎監督自らがスケッチやZBrushによるスカルプトでデザインしている。「今作のゴジラはヒーロー的な立ち位置なので、平成ゴジラやハリウッド版GODZILLAなど、“格好良いゴジラ”の集大成を目指しました。特に今回上空から見下ろすことが多いので、上から見たときに格好良く見えるように頭を小さめに、太ももがずっしり感じられるデザインにしています。格好良くて頼りになる、伝統と最近のゴジラのいいとこ取りをねらっています」(山崎氏)。

    その後、モデリングアーティストの田口工亮氏がZBrushとMudboxを用いてハイポリモデルを作成した。「プリビズを参考に、特に見えるであろう部分に時間を割いてディテールを構築しています。テクスチャにはMARIを使用し、8KのUDIMを1体あたり10~20枚程度使いました」(田口氏)。最終的に、ゴジラのポリゴンは3億8,000万に達したという。

    体験者が乗車している設定の特殊装甲車は、ドイツのハーフトラックを参考にデザインされている。「日本でも一式半装軌装甲兵車という名前で活躍していたようで、当時の技術でありえそうなデザインにしています」(山崎氏)。

    街並みは、街を4分割し担当者を分けて制作された。「東京タワーの根元付近は当時の建物を再現していますが、ほかは架空の街並みになっています。近景の建物は基本手で配置し、中景は地図上で家がある位置にMayaのMASHを使ってランダム配置しました」(シニア3DCGアーティスト・山口拓洋氏)。

    建物アセットは、ライブラリとして作成してあったMental RayモデルをRedshiftに変換し部分的に使用している。「このモデルはミニチュア写真を基に作成していたので、マテリアルをPBR仕様に変更するなどの修正を行いました」(山口拓洋氏)。破壊用の建物モデルは筆者がモデリングを担当し、新規で民家と看板建築、ビルを計13種作成した。

    遠景の背景はマット画で描かれている。「あらかじめ東西南北4方向に分かれているベースのCG画像をいただいて、その後ろをマットで描き足していきました」(Fude マットペインター・江場左知子氏)。

    ゴジラ

    山崎監督によるゴジラのラフモデル。 プリビズにはこのモデルを使用している
    Mudboxでの作業画面
    全身のワイヤー表示
    全身のビューティ表示
    最終モデルの頭部。「田口くんが相当ブラッシュアップしてくれて、えらく格好良いモデルがきたので、ほぼ一発OKでした」(山崎氏)

    キングギドラ

    キングギドラのモデル

    山崎監督によるデザインスケッチ
    最終モデルの頭部
    全身のワイヤー表示
    全身のビューティ表示

    特災対の特殊装甲車

    体験者が乗り込み、怪獣から逃げ回る特殊災害対策部隊の特殊装甲車。体験者の視点からは自分が乗り込んでいる装甲車のモデルはほぼ見えないが、ライドに乗り込む前のプレショーエリアでの説明映像や、アトラクション冒頭で先発した別の装甲車が走っていくシーンで確認することができる。

    • 山崎監督による初期デザインスケッチ
    • 完成モデル
    完成モデルのワイヤー表示
    完成モデルの各アングル

    東京の街並み

    大通りの建物全景
    東京タワー周辺の建物モデル。 当時の建物を再現している

    マットペイント

    遠景のマット画は、基本的に写真素材を組み合わせて、Photoshopで仕上げている。最近はBlenderを使用することもあるという。東京湾は、時代を反映して当時の東京湾を再現している。「個人的につなぎ目が心配だったのですが、実際ライドに乗ってみるとそれどころじゃなくなる動きと演出でがんばっても見えなかったので、杞憂でした」(江場氏)。

    東方向
    西方向
    北方向
    南方向

    空中から見下ろすカット

    キングギドラに上空に連れ去られるシーンのセットアップ。背景アセットのほぼ全体が描画されるためレンダリングにも時間を要した。

    レンダー画像
    • Mayaでの作業画面
    • 街並みシーン全景

    <3>アニメーションとエフェクト

    Redshiftを採用してレンダリング時間を短縮

    本作は山崎監督の絵コンテを基に、山口拓洋氏がラフモデルでプリビズを作成しルートを決めた。「絵から深読みしていろいろ演出を加えてくれました。映る範囲が広いとルートが変わった際のアセットの再配置や修正も大変なので、プリビズで詰める必要がありました」(山崎氏)。

    破壊や熱線のエフェクトは、エフェクトアーティストの安藤隼也氏が担当した。「今回エフェクトの担当者が2人いたのですが、どちらも当初昭和の民家の破壊を制作した経験はありませんでした。ひとりはHoudini、もうひとりは3dx Maxを使用していたので、しっかりモデルを破壊対応にする必要がありました。新規で作成したモデルのほかにも、購入モデルを組み合わせたりすることで物量をカバーしています」(安藤氏)。

    建物以外も、倒れる電柱や切れる電線、揺れる木など細かいプロップまで破壊エフェクトが施されている。「小物はできる限り破壊の様子をじっくり見せられるように、モデリング段階からやり取りして構築していきました」(安藤氏)。

    熱線は、監督のオーダーを基にHoudiniで制作された。「監督は初代ゴジラが好きとのことだったので、炎ベース、光線ベースなどいくつかパターンを出しました。山崎監督のレスポンスが異常に早かったので、ちょっとつくってすぐ見せる、ができてとても効率的でした」(安藤氏)。

    煙など汎用性の高いエフェクトは、アセットのように配置できるようセットアップしていたという。「作業者が2人で、使えるマシンリソースも限られていたので、多少エラーが出ても引きの破壊用に使うなど、効率重視でつくっていきました」(安藤氏)。

    キャラクターのアニメーションは、Mayaでリグをセットアップし、プリビズをベースにつくられた。首の上下運動など一部モーションキャプチャをベースにしているが、株式会社CHOTOTUの河原佑樹氏らによる手付けアニメーションの割合が多かったという。

    レンダリング時間を削減するため、レンダラはRedshiftが採用された。「キャラクターがアップになるカットやボリュームが被るカット、上空のカットは特に時間がかかっています。Redshiftのキャッシュ状態でシーンを構築したことで、最終的に冒頭の街は1フレーム10~20分、上空は1フレーム1時間程度に抑えることができました。他のレンダラではこのプロジェクト自体難しいものになっていたと思います」(シニア3DCGアーティスト・山口拓史氏)。

    怪獣のリグ

    • ゴジラのジョイント
    • ゴジラのアニメ用リグ
    • キングキドラのジョイント
    • キングキドラのアニメ用リグ。 その他モーションキャプチャ用のHumanIKも用意された

    プリビズ

    本作はワンカットであり、さらに映る範囲が広いため、絵コンテの段階である程度移動ルートは決められていた。さらに、山口拓洋氏が絵コンテを基にプリビズを制作し、絵コンテにない挙動を加えつつ、より正確な移動ルートが詰められた。また、カメラワークに関しては「パンやティルト、ロールなどによって酔いやすさのちがいがあるのがライドならではのポイントなので、使い分けに注意しています」(山口拓史氏)。

    街全景のラフモデル
    キングギドラのカット

    ゴジラ咆哮エフェクト

    山崎監督による、ゴジラ咆哮時のエフェクト演出案
    波動のエフェクト
    ゴジラ咆哮シーン

    破壊エフェクト

    • 建物の破壊処理
    •  クルマの破壊モデル
    • 煙のキャッシュ表示
    • 破片のシミュレーション
    完成映像

    月刊CGWORLD + digital video vol.291(2022年11月号)

    特集:山崎 貴と白組 調布スタジオ
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2022年10月7日

    詳細・ご購入はこちら

    TEXT_三宅智之(@38912_DIGITAL
    EDIT_小村仁美(CGWORLD)/ Hitomi Komura、山田桃子 / Momoko Yamada