天野喜孝氏ならではの独創的で趣のあるキャラクターデザインと、そのデザインを落とし込んだ特徴的なルックが目を引く『エクセプション』。制作全般を担当したのは『FREEDOM』出身の本多 真氏が率いるファイブだ。天野デザインを3DCGとしてどう成立させていったのか、制作の裏側に迫る。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 292(2022年12月号)からの転載となります。

記事の目次
    『エクセプション』
    原作:安達寛貴(乙一)
    キャラクターデザイン:天野喜孝
    音楽:坂本龍一
    監督:サトウユーゾー
    アニメーション制作:タツノコプロダクション、BAKKEN RECORD、ファイブ
    www.netflix.com/exception

    日本と台湾のタッグで生まれたネトフリアニメの最初の企画

    10月13日(木)から好評配信中のNetflixオリジナルアニメ『エクセプション』。公開時期こそ最近だが、もともとはNetflixによる初めてのオリジナルアニメとして企画された作品で、キャラクターデザインに天野喜孝氏、音楽には坂本龍一氏、脚本に乙一氏を起用するという非常に野心的な作品となっている。物語は生体3Dプリンタが実用化された世界で、惑星移住のためのテラフォーミングの任務を受けた乗組員たちを中心に展開する。

    CGスーパーバイザー/監督補佐・本多 真氏(ファイブ)

    3DCGアニメーション制作は、台湾を制作拠点とし大阪に本社を置くファイブが担当している。今回は本作のCGスーパーバイザー兼監督補佐の本多 真氏とプロダクションマネージャーの松山千鶴氏に話を聞いた。本多氏はサンライズYAMATOWORKSで多くの作品に携わっており、2017年に独立してファイブを設立している。本作をファイブが制作することになった経緯は、2017年に本多氏がCG監督をしていた『ガッチャマン クラウズ』から付き合いのあったタツノコプロの紹介によるもの。当初の企画では本作は作画と3DCGのハイブリッドでファイブはCGパートの一部だけを担当する予定だったが、Netflixへプレゼンやデザイン提案をしていく中でファイブが制作する範囲がどんどん広がっていったという。「作品としてはセルルック的なポジションですが、少し目新しいルックになっています。このような表現は、台湾と日本のセンスが上手いこと合致したからこそ実現できたことだと思います」(松山氏)。

    プロダクションマネージャー・松山千鶴氏(ファイブ)

    ファイブはプリプロをはじめとしたアニメーション制作に必要な機能をトータルで保有しており、内製体制が整っているのも本作の成功の要因となった。「フル3DCGパートが8割という作品にしては、企画から制作終了まで制作期間が約2年弱とかなり短いですが、ほぼ社内スタッフで完結できました」(本多氏)。

    それでは、独特なルックにチャレンジした本作のメイキングを紹介する。

    <1>天野氏によるキャラクターデザインの落とし込み

    想像の余地あるデザインを段階的に具体化

    本作で特徴的なのが、キャラクターデザインに『ファイナルファンタジー』シリーズのキャラクターデザインなどを手がける天野喜孝氏を起用しているというところだろう。この天野氏のデザインをどのように3DCGのキャラクターに落とし込んでいくかがポイントとなったという。キャラクターデザインを3DCGに落とし込む際に、まず天野氏のデザインをどの部分を取捨選択していけば3DCGキャラクターとして成立するのかという、リアリティラインの確認から検討が始められた。天野氏のデザインをアニメキャラクターのようなスタイル化された状態へリライトしたり、リアル系のCGキャラクターによくあるようなシェーディングされた限りなくリアルに近いデザインまで、それぞれのキャラクターを描き分けながら、作品の世界観を体現できるルックが模索されている。目指すルックが見えてきたところで、次にデザインゾーンと呼ばれるキャラクターデザイン自体の検討に入る。天野氏のデザインのもつ曖昧な要素について、決定したルックで具体的に表現する際の目鼻のバランスや骨格など、最適なデザインが模索されていく。デザインの方向性が決まったところで、各キャラクターのカラーリングや最終的なデザインイメージが落とし込まれていった。

    このキャラクター開発の手法は、Netflix側に非常に評価され、Netflixのパートナープロダクションに対して、キャラクター開発の考え方としてセミナーでも講義された。「天野氏のデザインをどのようにビジュアル化していくかというのが今回大きなポイントとなりました。タツノコプロの方からキャラクターデザインのビジュアル化を頼まれたときに、正直当初はどうしようかなと悩んだのですが、こちら側からフォトリアルからデフォルメされたアニメ調のルックまで、様々なパターンをタツノコプロやNetflix側に提示しながら、徐々にイメージを擦り合わせつつ、一歩一歩承認をとりながらキャラクターの開発を行なっていきました」と本多氏は話す。

    天野氏の描いたイラストの3Dビジュアル化ということで、非常に丁寧な手順で制作が進められているが、2ヶ月かからない程度の日数で最終的なキャラクターのデザインが確定したという。プロデューサーや監督には毎週集まってデザインの良し悪しを判断してもらいながら、社内のデザイナーが逐一修正してリターンをすることで効率良く進められたと松山氏は語る。このようなデザイン作業に並行して各キャラクターのモデリングも進められていたため、実際にデザインが3Dキャラクターになったときのルックなどを確認することができたのもキャラクターのルック開発に役立ったという。

    天野喜孝氏によるデザイン画

    天野氏によるキャラクターのデザイン画。天野氏の画風に特有の繊細なラインとふんわりとした雰囲気を、いかに3DCGキャラクターのデザインに落とし込むのかが制作のポイントとなった。ちなみにこれらは一例で、キャラクターごとに線画や画角違いのイラストなどが豊富に存在する

    • ルイスのデザイン画
    • 同・パティ
    • 同・マック
    • 同・ニーナ
     同・オスカー

    天野デザインの分解

    天野氏のデザインを3DCGのキャラクターに落とし込む際に行なった、デザイン分析の資料。ルイスを例に紹介する

    デザイン画からラインの要素だけを取り出して整理したデザイン
    • 斜めを向いたデザイン画を、より活かしたかたちで整理したデザイン
    • コンセプトデザインとしてまとめたもの

    ルックイメージの模索

    デザイン画から3DCGのキャラクターをデザインするために行なった、ルックイメージの開発過程の資料

    • リアリティラインを確認するための資料で、上がスタイル化されたデザイン、下がリアル寄りのデザインになっており、本作ではその中間のデザインが採用された
    • デザインゾーンの絞り込み資料。目鼻の大きさや配置バランスが検討された
    最終的なデザインに落とし込むためのバリエーション検討資料

    洋服の設定

    キャラクターの衣装デザインも天野氏のデザイン画からコンセプトを抽出し、脚本の設定を基にキャラクターのバックグラウンドや性格などが反映されたデザインになっている

    天野氏によるデザイン画
    • キャラクター全員のカラー対比図案
    • オスカーのキャラクター設定資料。動機、バックグラウンド、物語における存在、アイテムが分析され、デザインの指標となっている

    キャラクター決定稿

    細かい打合せを重ねながら作成されたキャラクターの決定稿

    • 決定したデザインを線画として清書したもの
    • マックのデザイン設定(三面図)
    パティのデザイン設定(三面図)

    キャラクタールックデヴ

    最終的に決定されたデザインを基にモデリングされ、テクスチャなどのルックが検討される。影などはテクスチャに描かれており、筆のタッチが残っているような独特なルックになっている

    全キャラクターのルックをまとめたもの。髪の毛の色から衣装の色までキャラクターごとに統一感のあるカラーリングになっている
    各キャラクターの頭部を前面から見た状態
    斜めから見た状態
    実際の作中でのニーナとパティ。絵画のようなルックが再現されている

    <2>その他の世界観表現とOPムービー

    コンセプトを解釈して新たなアイデアも追加

    ミスプリントで生成されてしまったモンスター型のキャラクターは、天野氏の方から大枠のデザインイメージが提案されているが、ファイブがビジュアルを詰めていく中でファイブ側から提案したデザイン要素がかなり付け加えられている。「このキャラクターのコンセプトとして、悪魔と天使、人間が同居しているというデザインコンセプトなので、片側には悪魔のような大きな腕があり、その脇の下に子供のような小さな腕があったり、左手は人間の腕になっているなど、デザインからキャラクターのコンセプトがわかるようにデザインを構築しています」と本多氏。モンスター型のキャラクターは特徴的な毛で覆われたデザインになっているが、特殊なプラグインなどは使わずメッシュで表現されている。光沢などもテクスチャやAfter Effectsによる撮影段階で加工されており、レンダリングコストなどの効率も考えながらモデルが作成されているという。

    プロダクションデザインの中で特に際立ったデザインになっているのが、物語の舞台とも言える宇宙船のデザインだ。宇宙船の外観はシーラカンスを基にしたデザインとなっており、尾びれの部分が太陽光発電のパネルになっているという設定だ。船内のデザインもSF作品によくあるようなハードエッジが目立つデザインではなく、生物を連想させるような有機的な曲線が印象的なデザインになっている。天野氏からも宇宙船の外観と有機的な内装のデザインが提示されており、そのデザインを基に船内のデザインを社内のデザイナーがイメージボードを描きながらモデルを制作したという。「宇宙船の外観は、プロデューサーからシーラカンスというコンセプトをいただいていたので、天野氏のデザインを基に社内でデザインを起こしています。骨が露出して中が見えるような感じになっていたり、お腹の部分が実はテラフォーミング装置になっていたり、それが卵のように落ちる構造になっていたりとプロデューサー側から説明を受けた設定を踏襲しつつ、最終的なデザインに落とし込んでいます」と本多氏。松山氏も「外観はあまり本編では登場しないのですが、鱗の設定などいろいろな設定が詰まっているデザインなので、よく見てみると面白いと思います」と付け加える。

    また、パーティクルが様々な形状に変化しながら進行していくオープニングの映像は、本多氏のディレクションの下、イメージやコンテは社内のデザイナーが作成し、映像制作はKhakiが担当している。

    モンスターの制作過程

    モンスターは天野氏のデザイン画をベースに、社内デザイナーによってコンセプトに合わせた要素を加味しながらキャラクターデザインが施されている

    天野氏による荒々しいモンスターのデザイン画
    • コンセプトに合わせてデザインを整理したモンスターのデザインの決定稿
    • 彩色されたモンスターのデザイン画。ルイスがミスプリントされた状態なので、カラーリングもルイスのカラーリングが踏襲されている
    モンスターのルックデヴ

    宇宙船の特徴的な外観・内観

    登場する宇宙船は非常にスタイリッシュなデザインになっており、作品の世界観が上手く投影されたデザインになっている

    天野氏による宇宙船のデザイン画
    社内でデザインされた宇宙船のラフデザイン
    作中に登場する宇宙船のショット。太陽光パネルになっているヒレが非常に繊細で美しくデザインされている
    船内の背景デザイン。船内は生物の体内のような有機的なフォルムでデザインされている

    モノトーンで印象的に仕上げたOPムービー

    オープニングムービーは本多氏がディレクションし、Khakiが映像制作を担当している。モノトーンのパーティクルが様々な形状に変化していく、とても印象的な映像表現になっている

    • コンセプトイメージ
    ファイブで作成したオープニングの絵コンテ
    完成映像

    月刊CGWORLD + digital video vol.292(2022年12月号)

    特集:モデリングの今が示す、デザインの未来
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2022年11月10日

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    TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)
    EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada