日本を代表するドライビング&カーライフシミュレーター『グランツーリスモ』シリーズ。同シリーズは全世界の自動車メーカーと協力し、実在の自動車を操作できることを特徴に1997年に第一作がリリースされた。以来、現実のメーカーと連動してドライビングのリアリティを向上させつづけ、今年2022年に25周年を迎えた。25年間にシリーズ全体での全世界累計実売本数は驚異の9,000万本を突破している。

シリーズ25周年を記念して、今回、メディア向けに開発元であるポリフォニー・デジタルのスタジオツアーが開催された。同社東京スタジオの開発現場を見学できたほか、シリーズ生みの親・山内一典氏の講演を聴くことができたので、その模様を紹介する。

記事の目次

    Information

    Gran Turismo - 25th Anniversary Trailer | PS5 & PS4 Games

    『グランツーリスモ7』
    発売:ソニー・インタラクティブエンタテインメント
    開発:ポリフォニー・デジタル
    価格:8,690円(PS5)、7,590円(PS4)ほか
    プラットフォーム:PS5、PS4
    ジャンル:ドライビング/レース
    www.gran-turismo.com/jp/products/gt7/

    PCへのロマンティシズムをもち、社会へ開かれた企業に

    ポリフォニー・デジタルへ足を踏み入れると、シックかつ随所に煌びやかなインテリアで彩られた会場が目に入った。落ち着いた空間づくりのなかに、ふと垣間見える華やかさは同社の開発スタイルも窺えるものだ。

    会場では最新作『グランツーリスモ7』がドライビングコントローラと共に展示。同社の最先端の技術に触れられるようになっていた。その近くには「デビューズダイナー」と呼ばれるバーが設置されている。ドイツのニュルブルクリンクサーキット脇にあるカフェと同じ名前にしているのだそうだ。

    講演が始まると、同社の代表取締役プレジデントを務める山内一典氏がステージに登壇。25年に及ぶ『グランツーリスモ』シリーズの挑戦をふり返っていった。主にシリーズの進歩を語っていくと共に、そもそものポリフォニー・デジタルがいかに誕生したのかにまで話題が及んだ。

    もともとポリフォニー・デジタルはソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE ※当時/現 ソニー・インタラクティブエンタテインメント)の家庭用ゲーム機であるプレイステーションと共に生まれた企業だという。

    1997年に初代『グランツーリスモ』をリリースしてから、翌1998年にSCEのサテライトカンパニー(※SCE系の企業によるセカンドパーティの名称)として独立したのが始まりだった。

    同社を設立した創業メンバーの背景は「1980年代のPCカルチャーがルーツ」だという。『グランツーリスモ』シリーズは基本的に家庭用ゲーム機でプレイするソフトだが、山内氏は家庭用ゲーム機ではなくPCゲームに自分たちの原点があるのだと説明した。

    80年代にPCや家庭用ゲーム機という新しい文化が世に登場し、数十年で飛躍的に進歩を遂げたのは周知の事実だろう。山内氏ら創業メンバーは、そんな新しい文化が勃興した「コンピューターテクノロジーへのロマンティシズム」の精神をもってポリフォニー・デジタルを設立したとのことだ。「初代『グランツーリスモ』を作ったメンバーが、いまも第一線で活躍しています」。

    同社はその精神の通り、技術的な理念として「世界の森羅万象を量子化して計算可能にする」ことを挙げている。当時のPCは急速に進歩していたため、年を追うごとにリッチな計算を可能としていた。「いずれ、世界全体をシミュレーションできるのではないか? と想像しました」と山内氏は振り返っていった。

    『グランツーリスモ』は“実験的なゲーム”として始まった

    そんなPCの進歩の最中に『グランツーリスモ』シリーズがあったのも間違いないだろう。講演では、初代『グランツーリスモ』と最新作『グランツーリスモ7』を比較しながら、25年間の技術進歩についても語られた。

    今でこそカーシミュレータの代表的なタイトルである『グランツーリスモ』だが、シリーズの最初は「実験的なタイトルとして始まりました」と山内氏は言う。タイトルの由来は「教養を学ぶための大旅行に使われた馬車」だが、ポリフォニー・デジタル自身にも、開発のために世界を巡ることは馬車のようなものという考えもあるとのことだ。

    90年代初頭はまだビデオゲームらしい記号的なレースゲームが多い中、実在する自動車とコースが出てくるタイトルはなかった。『グランツーリスモ』の企画は当時のビデオゲームシーンからすればリアリスティックゆえに「マーケットは小さいかもしれない」と山内氏は考えていたそうだ。

    開発の始動にあたっては、大きな壁が立ちはだかった。実際の自動車メーカーの許諾である。当時はメーカーへの説明に多くの労力がかかったそうだ。企画当時はプレイステーションもリリースされる前で、SCEも設立されていない。なのでメーカーには『グランツーリスモ』の企画書のほか、プレイステーションとSCEの企画書の計3つの書類を用意しなくてはならなかったという。

    それでもメーカー各社は首を縦に振らない。そんななか、初めて許諾を出したのは最大手のトヨタ自動車だった。大手がOKを出したことを皮切りに、他のメーカーも許諾を出すようになる。こうした経験から「トヨタ自動車には感謝しております」と山内氏はふり返った。

    初めての『グランツーリスモ』はわずか320×240の画面解像度であり、クルマのポリゴンも約250頂点の荒々しいものだった。現在の『グランツーリスモ7』は4Kの3,840 x 2,160という高解像度に広がり、クルマのポリゴンはなんと100万ポリゴンもの精細なものへ磨き上げられた。

    ▲『グランツーリスモ』(PS、1997)
    ▲『グランツーリスモ7』(PS5/PS4、2022)

    『グランツーリスモ』の花形は自動車だ。ではゲームに登場する自動車はどのように選ばれているかというと、自動車の歴史やレースの歴史に影響を与えたクルマを重視しているという。

    ゲーム中の自動車の制作も25年で大きく変わった。初代『グランツーリスモ』の頃は数日程度で1台のモデルを制作できたが、『グランツーリスモ7』では1台のモデルつくるのになんと270日もかけている。外装だけなく内装も緻密に再現するため、ここまでの時間がかかるのだ。

    また山内氏は、画面解像度がゲームプレイにおいていかに重要かを指摘。「レースゲームは遠くを見るゲームです。なので、遠方の消失点をしっかり見せるため、解像度がすごく重要なのです」と語った。

    『グランツーリスモ』シリーズはリアルなカーシミュレータの側面も強いが、 “ゲームプレイしてみて楽しいか”を大事にしている。それはゲーム中に登場する、実在のレース場を選定するときもそうだ。世界各地のコースでは「走っていて楽しいか? レースをして楽しいか? そして景観が美しいか?」を重視してきた。選定したコースは様々な技術を利用し、徹底してリアリスティックに制作される。

    10万枚近くに及ぶ膨大な写真撮影の他、空間位置を取得するレーザースキャナ、そして写真からCGデータを作成するフォトグラメトリーといった技術を導入し、現実と見分けがつかないほどリアルなコースを制作している。ポリフォニー・デジタルの理念である「世界全体をシミュレーション」する試みは、カーシミュレータの世界で実現し続けているわけだ。

    社会に開かれた企業としての取り組み

    ポリフォニー・デジタルのもうひとつの企業理念として、山内氏は「社会に対して開かれた存在であること」が挙げた。これは「ビデオゲームが進化する上で、社会に繋がるものでありたい」という思いがあるという

    そこでまず重視したのが同社の企業文化である。山内氏は具体的に、学校としての空間や多様性、知識、そしてフラットな組織の構築を挙げた。「企業文化は、すなわち会社の頭脳そのものなんです」と山内氏は指摘する。

    企業とは生命体のようなものであり、どんな価値基準があって、それを基にどんな行動をするかが決まっていく。『グランツーリスモ』シリーズが高いテクノロジーによるゲーム開発のほか、現実の自動車業界やモータースポーツ業界と連携してゆくスタンスなのも、こうした企業文化によるものと見ていいだろう。

    そうした業界との試みとして「GTアカデミー」が挙げられる。これは「ビデオゲーマーはレーシングドライバーになれるのか?」をテーマに、『グランツーリスモ』のトッププレイヤーが現実のレーサーになるというプログラムだ。本プログラムからは実際に何人もレーサーを輩出している。

    クリエイティブな試みには「VISION GT(ビジョン グランツーリスモ)」がある。これは『グランツーリスモ』のユーザーが自動車メーカーと共にコンセプトカーのデザインを行う企画だ。単にユーザー参加型の企画ではなく「歴史に残るスポーツカーが生まれるきっかけは、偶然ということに気づいたんです。ならばきっかけさえつくれば、興味深いスポーツカーが生まれるのではないでしょうか」という山内氏の考えから生まれた。世界のメーカーが協力し、実際にゲーム内に登場する多くの車種が生まれることになった。

    VISION GTで生み出された車種の一覧

    さらに2021年には「オリンピック・バーチャルシリーズ モータースポーツイベント」の競技に選出されたことに加え、「グランツーリスモ・ソフィー」などAI開発も行なっている。こうした現実の業界との連携について、山内氏は「『グランツーリスモ』とはエネルギーのながれの渦のような存在になること」だとその意図を語る。

    「これまで、外部の様々なポテンシャルある方と仕事してきたことが大きいです。渦は静止しているものではなく、外部の流れの中で一定の形を保つものです、それが『グランツーリスモ』です」と山内氏はまとめた。

    『グランツーリスモ』のクリエイティブを支える開発スタジオ

    続いて開発スタジオの内部を見学。開発スタジオ内部は黒に統一されたパーテーションで仕切られており、エンジニアやアーティストがワンフロアで開発を行なっている。

    フロアの脇に位置するかたちで、様々な休憩スペースが見受けられた。古いレースゲームのアーケード筐体も置かれており、最先端の『グランツーリスモ』との歴史的なつながりも感じさせる。

    ▲中には和室風のスペースもあった。「ここで和服を着てお茶を出したりしているんですよ」と山内氏。ふすまの向こうにはホワイトボードも置かれているらしく、簡単なミーティングも行えるようだ

    サウンドルームではスタッフが音のチェックをしている姿が観られた。『グランツーリスモ』シリーズでは日本はもちろん、北米やヨーロッパにて実際の自動車によるエンジン音を録音している。録音した台数は総計で1,800台にも及ぶという。

    サウンド面でも高い技術をみせる。車内や車外ともにインパルスレスポンスやリバーブを使用して音をつくるほか、物理シミュレーションによるエンジン音のシンセサイザーを作成したり、AI技術によって疑似的にエンジン回転数を拡張させた音など様々なものがある。また、開発では外注をせず、基本的に社内で完結しているそうだ。

    開発スタジオとサウンドルームに繋がるかたちで喫煙スペースも設置されていた。スペースには楽器もいくつか置かれている。タバコを吸いに休憩するだけではなく、ときどきスタッフ同士でバンドみたいにセッションをして過ごすこともあるという。

    このスペースで興味深かったのは、なんとポリフォニー・デジタルの福岡アトリエと常時オンラインで繋がっていることである。休憩中に東京スタジオと福岡アトリエのスタッフ同士がオンラインで会話することもあれば、楽器で音楽セッションをすることも。

    ゆっくり休んだりする場所だけではなく、時には身体を動かして健康を維持する場所も作られている。ジムのスペースがあり、ランニングマシンやダンベルなどが用意されている。

    特に興味深いのは実際のレースにおいてマシンを運転するためのトレーニング機器だ。山内氏がニュルブルクリンク24時間レースに出場するときにはこの機器で鍛えているという。

    開発における知識や資産をまとめている資料室も、印象深いものがいくつも観られた。膨大な自動車のプラモデルが積み重なるほか、棚にはPS1やPS2のソフトがずらりと並ぶ。

    ▲なぜか石膏像もおいてあり、エンジニアとアーティストがデッサンしたりすることも

    様々なオンライン出演などを行うビデオルームも紹介。グリーンバックが置かれており、SIEの情報番組「State of Play」の収録などに使われるそうだ。また『グランツーリスモ』ワールドシリーズに日本語実況を追加する作業などをこちらで行うとのこと。

    シリーズが大切にしてきたものは「美しさ」

    山内氏は『グランツーリスモ』シリーズでが大事にしてきたものを「美しさ」だと語る。「25年をふり返ると、結果的に美しさを追求してきました」。これは自動車やコースの景観、音楽やグラフィックデザインなどを含めた総合的なものだ。

    ビデオゲームではPCの高度な計算による、現実を再現するかのような作品は数多く存在した。だがその中でも『グランツーリスモ』シリーズは、カーレースをビデオゲームとして再現するだけではなく、ビデオゲームから現実の文化に還元していく試みを見せ続けているという点で異色なタイトルであるといえる。ポリフォニー・デジタルは業界で比肩するものがない、独自の企業文化、哲学をもつ企業であることが、改めて感じられるスタジオツアーとなった。

    TEXT_葛西 祝 / Hajime Kasai
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
    PHOTO_島田健次 / Kenji Shimada