2022年11月7日(月)~11日(金)に、CGアーティストのためのカンファレンス「CGWORLD 2022 クリエイティブカンファレンス」が開催された。

各セッションから、今回は海洋堂による「アナログ造形からデジタル造形へスイッチ! 海洋堂デジタル造形の世界」の模様をお送りする。登壇するのは同社の造形部を統括するデピュティクリエイティブゼネラルマネージャーの宇野智浩氏。これまでアナログ造形をメインに活躍していた造形部のスタッフに対し、「全員デジタル造形へ1年以内にスイッチせよ!」というミッションに臨むことになった宇野氏が、ZBrushの講義からそのフォローアップまで、取り組みの内容を語ってくれた。

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    イベント概要

    CGWORLD 2022 クリエイティブカンファレンス

    開催日:2022年11月7日(月)〜11日(金)
    ※最終日はハイブリッド開催
    会場:ベルサール九段
    懇親会:11月11日(金) 19:30-21:30
    時間:15:30~21:00
    ※Day1のみ16:50スタート
    参加費:無料 ※事前登録制
    参加対象:
    CG制作に関わる業界に従事している方
    業界を目指している学生
    その他CG業界に興味のある方

    https://cgworld.jp/special/cgwcc2022/

    1年でデジタルに切り替えるには? 全員にZBrushを提供して講義を開始!

    宇野智浩氏

    デピュティクリエイティブゼネラルマネージャー

    登壇者は海洋堂 デピュティクリエイティブゼネラルマネージャーの宇野智浩氏。宇野氏は30年弱在籍した大阪デザイナー専門学校から、2021年に海洋堂に移籍してきた人物だ。現在は海洋堂 造形部の統括を行なっている。

    その宇野氏に社長がオーダーしたのが「造形部全員デジタル造形へ1年以内にスイッチせよ!」という挑戦だった。とはいえ、海洋堂は数年前やっとPCを支給された原型師もいる状態で全てをデジタルに切り替えにはかなりハードルが高かったという。

    手始めに宇野氏が“センム”こと取締役専務の宮脇修一氏からデジタル造形師のイメージについて聞いていたところ「デジタル造形は粘土とちがい、ボタン1つで簡単にできていいよね」と言われ、社内でのデジタル造形師のあだ名も「ボタン野郎」だったという具合で、デジタル推進は遅れがちだった。

    そのため、まず宇野氏は「デジタルに対するセンムの認識を変える」「造形部を1年でデジタルに切り替える」「最先端のデジタル環境の構築を目指す」と目標を定め、社内の現状を把握することから始めた。2021年の時点で、ZBrushで造形していた造形師は3人(5年前から山口勝久氏、3年前から松村しのぶ氏、1年前から谷 明氏)。いずれも時代のながれから必要性を感じ、自らデジタルに移行したという。

    そこで宇野氏は、希望者には塗装師や複製師も含め、全員にZBrushを提供して講義を行なうことに決める。ただ、準備期間はコロナ禍の影響もあり、思うようには進まなかったという。特に大変だったのはハードの調達。ソフトは買ったらすぐ届く一方、ハードはなかなか揃わず、必要な機材の調達には2ヶ月ほどかかった。

    そのほか、ハードが届くまでにやらなくてはいけないのが、基礎的なPCの操作とデジタル関連の教育。そして講義をしてくれる講師を探すこと。業界でトップクラスの人たちに来てもらい、50~60代のレジェンド造形師も含めてしっかりと教えてもらいたいと、方針を決めていった。

    その後、実際にどのように講義を進めていったらいいのか、カリキュラムを講師と打ち合わせ、在宅勤務の社員のためにオンライン授業の準備も進めていった。社内で使っているTeamsでライブラリを構築し、講義の内容を何回でも見られるよう2ヶ月で段取りを整えた。

    2021年6月からはいよいよ講義がスタート。特に独学で進めていた造形師は、自分のやり方が本当に正しいのか不安を感じていたため、1人の講師だけでなく三者三様の知り合いの講師を招集。それぞれの講師が得意とする分野も異なるため、基礎講座、実技講座、応用講座の3段階で進めていった。

    担当の内訳は基礎講座がBLESTARの和田真一氏、実技講座が大阪国際工科専門職大学の松本文浩氏、応用講座がGear Designの大上竹彦氏。和田氏は概要説明、ツール類の基礎講座、最新機能のレクチャー、松本氏は操作やスカルプトの基礎、機能説明や応用、大上氏はキャラクター造形の実務応用、質問内容の実演となっている。

    講義は本社工房の食堂で行なった。東京工房や在宅の社員はオンラインだが、本社でも業務しながらの場合はオンラインでも受講できるようにした。そうして5ヶ月にわたる講義が10月で終了。講義はライブラリ化して、細かい使い方は何度でも見直して覚えることができるようにした。

    脱落者を出したくない! 完全にデジタル移行するためにお互いに教え合える環境を整備

    講義終了後の11月からデジタル移行期間として実務がスタート。レジェンドの造形師は若手より習得に時間がかかるところもあり、時間をかけてでも慣れてもらうよう制作部屋のレイアウトを変えたり、2つある造形部屋を年齢別に変えたりした。「レジェンド造形師と若手の部屋」ではレジェンドが若手を直接指導して造形技術を学ぶ一方、レジェンドが若手のデジタルスキルを見て刺激を受けるといった、互いの技術を補い合う関係を構築している。

    また、「中堅造形師とデジタル複製師の部屋」では造形技術の開発研究を行うだけでなく、3Dプリンタ出力やデジタルスキャン、メタバースやNFTの研究も兼任している。次世代のエースが集う最先端の部屋である一方、デジタルに弱いスタッフも配属されたが、自分のデジタル造形のスピードを客観的に把握でき、上達を促せるなどのメリットがあった。

    1年を経た後、9割がデジタルに移行。デジタルではデータを拡大できるため50~60代のレジェンドの造形師でも老眼鏡が要らず、年齢に関係なく自分のデジタル技術を教えあうことができる。さらに、複製師と塗装師でも造形補助が可能になった結果、造形部のデジタルスキルが一気に向上した。

    一方で、1割の移行ができていないスタッフについては、年齢や在宅がネックになっているという。ただ、どちらかというと年齢よりも在宅の課題が多く、近くに寄り添って個別指導をしにくい、必要に迫られている空気感が伝わりにくい、デジタルに強い人を近くで見ないと実力差を感じにくいといった原因があった。

    そこで宇野氏は完全に移行するべく、脱落者を出さずに教え合えるよう、さらなる環境の整備を目指した。Teamsのグループチャットで技術的な悩みをフォローできるよう、お互いにテキストのほか画像や動画で即時対応できるような体制を構築。これにより、質問した本人でなくても解決法が共有でき、若手とレジェンドが共に学び頑張っていけるしくみが出来上がった。

    セッションの最後に「現在はほぼ100%デジタル造形、デジタル納品にスイッチしている」と語った宇野氏。デジタル移行にかける同氏の情熱ときめ細やかなサポートが海洋堂 造形部に大きく貢献したことが伝わってくるセッションだった。

    VRでのチェックやZBrush以外のツールの使用など、セッション最後の質疑応答

    以下はセッションの最後に行われた視聴者からの質問と、それに対する宇野氏の回答。

    ――どのくらいの頻度で講義を行なったのか?

    宇野氏:期間的には1~2週間に1回、6月から10月の間で月に4回くらいを予定していたが、コロナの影響もあり講師が来られないなどで、月に2回くらいになった。

    ――VRでのチェックはリアルと大差なくできるのか? クライアントチェックにも活用されているのか?

    宇野氏:どうしても立体物を画面で見ると平面的になってしまうが、奥行き感があれば出力された立体物と同じ状態で確認することができる。出力したものと大差ない状態で見たいのであれば、VRでチェックするしかない。今のところクライアントというよりも造形師がチェックするために取り組んでいる。

    ――Rhinocerosはどういった状況で利用しているのか?

    宇野氏:プラモデルなども制作していてCADもできないと困るため、金型に送るデータは工場とのやり取りも含めてRhinocerosで制作している。

    ――Rhinocerosなどの勉強もZBrushと平行して進めたのか?

    宇野氏:全体的な勉強会はやっていない。Blenderに関しては社内の一部で勉強している。Rhinocerosについては一部の使えるスタッフたちが利用している状態だが、今後使う人が増えてくるなら講師を招いた勉強会を実施してもいいかと思っている。

    TEXT & PHOTO_真狩祐志 / Yushi Makari
    EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada