前作『天気の子』から3年を経て公開となった新海 誠監督の最新作『すずめの戸締まり』

緻密に組み立てられた美術背景やCG・作画素材を集約し、最後の仕上げを担うのが撮影工程だ。撮影監督を務めた津田涼介氏と撮影チームのスタッフに、それぞれのカットに込められた画づくりのポイントを聞いた。

記事の目次

    ※本記事は、CGWORLD vol.294(2023年2月号)掲載の記事の一部を再構成したものです

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    Information

    映画『すずめの戸締まり』
    大ヒット上映中

    原作・脚本・監督:新海誠/キャラクターデザイン:田中将賀/作画監督:土屋堅一/美術監督:丹治 匠/制作プロデュース:STORY inc./制作:コミックス・ウェーブ・フィルム/配給:東宝

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    ©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

    極め尽くした観察眼 “新海カラー”を生み出す撮影術

    「新海監督の作品に携わる前と後では、世界の見え方が変わったんです」と語るのは、『君の名は。』(撮影)、『天気の子』 (撮影監督)に続き、本作で新海作品に3回目の参加となる撮影監督の津田涼介氏。

    一般的に撮影監督とは、監督と打ち合わせをして撮影処理の味わいを決め込み、各撮影スタッフに差配する役割を担う。だが、本作の撮影スタッフは誰もが他のスタジオでは撮影監督級の実力をもつため、それぞれの持ち味を活かし、その揺らぎを各シーンの中で上手く作品に落とし込んでいった。

    偶然にも、津田氏は『天気の子』の制作後、作中の鈴芽と同じように九州から四国、近畿、そして東北にかけてバイク旅行をしており、その際の写真や体感した空気感は本作のロケハン資料と共におおいに活用されたという。

    撮影に使用されたツールは主にAfter Effectsと Photoshop、津田氏は一部に3ds Maxを使用し、レンダリングはDeadlineが採用された。

    本作では、新海監督が撮出し工程で自ら色味やコントラスト感をほぼ決め込むという、独自の手法が採られていることが特徴だ。

    ほとんどのアニメ制作では色彩設計が美術ボードを反映したカラーモデルを作成し、それらを調整しつつ使用する。それを新海監督は、全カット自ら色を調整するという、膨大な作業をやってのけた。その途方もないプロセスこそが、 本作で“新海カラー”が全画面を通して浸透した秘訣ということになるだろう。

    事前に決め込む作画に対し、CGや撮影は事後に悩み突き詰める工程として捉えている様子だ。また、本作ではレイアウトチェックや作監チェックのたびに新海監督がカメラワークを自ら確認するという力の入れようで、カメラの手ブレやPANの緩急など、入念な調整が行われた。

    「例えば、自動車のナンバー灯が夜になると光るといった、 一般的なアニメ作品ではオミットされるような細部にまで踏み込んで調整するところが、新海作品の撮影の特徴だと思います」(津田氏)。

    素材の配置や演出などを極め尽くし生み出される独特のリアリティ。「撮出し前の最初の素材の上がりでも、普通の作品であれば十分通用するものが、新海監督が撮出しで色替えをすると、“ハマった”感が出る」。

    津田氏は冒頭の感覚を「解像度が広がっていく感じ」と表現した。「これからもそれに付き合えるようになりたいなと思います」(津田氏)。

    監督が自ら行なった色の調整

    本作のワークフローではセル、美術背景等が各セクションから上がった段階で、撮影チームに回るより先に新海監督に渡り、撮出しの際に直接セルの色や背景の調整を行なったものが本番素材として入ってくるながれになっていた。撮出しデータには、同時に撮影処理に対する指示なども入っている。

    撮出し前のタイミング撮
    撮出しデータ。新海監督からの色彩設計と指示が書かれている
    撮出し後のタイミング撮
    撮影処理を加えた完成カット

    ミミズ爆発後に降る虹色反射の雨

    扉を閉めミミズが爆発した後、虹色の雨が降るように見える描写があるが、これは雨そのものが虹なのではなく、反射で虹色に見えるという設定だ。そのため、普通の雨の一部が虹色に光るように表現した。

    雨には『天気の子』に続きCC Rainfallを使用。「それだけだと同じでつまらないので、監督がこだわっていたセル調の方針をさらに推し進め、“本物のセル”で雨をつくりました」(寺本氏)。

    色彩設計の山本智子氏に教わり、セルシートに鉄筆やカッターで傷をつけ、黒い紙を敷いてスキャンし、大きさごとに分けてParticularで降らせている。

    完成カット
    処理前
    • CC Rainfallの作業画面。音に合わせて雨が手前にくるよう、Particularも併せて計23層のタイミング・サイズちがいの雨を配置した
    • Particular(セル傷)の作業画面
    • セル傷のスキャン素材
    • 雨にフラクタルノイズなどでムラを出し、それをマスクに虹色のテクスチャを入れている
    • 雨の虹色テクスチャはフラクタルノイズやParticularなどを組み合わせて作成
    • キラキラした丸ボケを作成
    • 手前にくる雨にはShimmerを使用して色収差を足している
    • 丸ボケを配置した様子
    オーロラシート素材

    夕景の光と空気の揺らぎ

    完成カット
    処理前
    フレアを足した状態
    • フラクタルノイズをベースにOLM DirectionalBlurを使用し、光源に合わせたフレアを作成
    • その際、ガードレールに光が遮られた表現となるよう、マスク切り等で調整する
    • 入射光をOptical Flaresやフラクタルノイズを使用し作成する
    • Optical Flaresの作業画面

    • 光のエッジが鋭くなりすぎないようフラクタルノイズと併せて、Optical FlaresのMulti Irisでレンズゴーストのようなフレアを配置している
    • 同作業画面
    LenscareのOut of Focusを用いて道路や山に被写界深度のボケを足す。陽炎はフラクタルノイズでマスクを作成しCC glassやブラー(合成)などで制作した。ディフュージョンを足して完成。なお完成カット左下の道路が熱せられている箇所はタービュレントディスプレイスを使用している

    戸締まりのエフェクト

    処理前
    • 鍵エフェクトセルにDeep Glowで発光処理を乗せる。波紋のように空中に広がる紐状のエフェクトにはフラクタルノイズでムラを足し、Particular、F's sputteringAlphaで紐周辺に散る粒を足す
    • 3D鍵エフェクト素材
    • 3Dミミズ素材
    • 3D素材を合成
    • 照り返し処理前の状態
    • 鍵エフェクトの発光に合わせてドア、手に照り返し処理を足す
    • 画面前をよぎる塵をParticularで作成。これと先ほどの照り返し処理を合成して、ディフュージョンを加えて完成
    完成カット

    作画とCG素材の馴染ませ

    ミミズの触手はUNENDで作成したCG素材だが、作画のダイジンがミミズの触手に乗るこのカットでは、作画素材を触手に馴染ませるよう撮影処理を加えている。

    完成カット
    処理前
    • PSOFTのプラグインCelFXの機能P_BlurCelで作画素材をボカしたり、色の調整をしたりして3Dの触手に近づける
    • 触手の先をマスクで削り、先にいくにつれて薄くなっている様子を再現
    触手の向こう側に透けて見えるダイジンの体をチョークで削る
    • 触手のエッジに処理を加えてブラシを作成
    • 最後に3Dの触手、塵、ディフュージョンなどを加えて完成

    椅子の手描き感表現

    これらのカットを担当したのは渡辺 瞳氏。本作で大きな存在感を放つ椅子はほぼCGで描かれているが、手描き感を出すために、CG素材を撮影処理で少し歪ませて使用している。

    作画に合わせて主線にラフエッジでムラを足したり、 細く見える場合は主線を二重に重ねて太らせるなどの処理を加えているカットもある。

    処理前
    • 主線素材
    • 主線素材から線の濃さを調整したり、ラフエッジで線にムラを足してチョークで太らせ二値化とスムージ ング
    ディストーションをかけ素材全体に歪みを加味。歪みによって素材がぼけてしまうのでシャープで解消させている
    完成カット

    作画素材からCG素材への切り替え

    一部のカットでは、セルとの絡みのためカット内で作画素材の椅子とCG素材の椅子が切り替わっている。

    その際、セルとCGで椅子のルックに違和感が生じないように、例えばこのカットでは切り替え直前の作画素材に合わせてCG素材の線を途切れさせ、椅子の動きに合わせて変化を加えている。

    切り替え前
    切り替え後・処理前
    完成カット
    • 椅子側面の主線をマスクで切り取る
    • 切り取った後
    • 側面の主線のみのコンポを作成。椅子の色を拾い線の余分な部分を抜くため、プラグインF's Maxでマスク範囲を調整。線の途切れ目の変化をフラクタルノイズのオフセットと展開で調整し、完成

    続きはぜひ本誌でお楽しみください。

    CGWORLD vol.294(2023年2月号)

    特集:映画『すずめの戸締まり』
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2023年1月10日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)