スクウェア・エニックスが送り出すシミュレーションRPG『The DioField Chronicle』。ミニチュア感のある世界で起こる重厚なストーリーの下、刻々と変化する戦況に応じてキャラクターを操る。緻密なグラフィックスによる高い没入感と洗練されたエフェクト表現が見事な作品だ。

記事の目次

    ※本記事は、CGWORLD vol.292(2022年12月号)掲載の記事を再構成したものです

    Interviewee

    写真左から リードVFXアーティスト・押野秀樹氏、リードアニメーションアーティスト・古俣達男氏、リードエンバイロメントアーティスト・片山真一氏、テクニカルアーティスト・藤井昌典氏、プログラマー・松延裕介氏、リードキャラクターモデラー・佐藤友加氏、リードUIアーティスト・大河原正章氏(以上、ランカース)
    写真なし アートディレクター・熊谷崇宏氏(スクウェア・エニックス)

    Information

    発売:スクウェア・エニックス
    開発:ランカース
    リリース:発売中
    価格:7,678円(通常版)
    Platform:PS5、PS4、Nintendo Switch、Xbox Series X|S、Xbox One、PC(Steam)
    ジャンル:シミュレーションRPG
    URL:www.jp.square-enix.com/diofieldchronicle
    © 2022 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.

    マルチプラットフォームの開発に力を発揮したUE4

    『The DioField Chronicle』は、根強いファンの多いリアルタイムシミュレーションRPGジャンルの完全新作。アートディレクターの熊谷崇宏氏が「既存のスクウェア・エニックスのブランドを保ちながら、新しいゲームシステムとビジュアルを採用した」と語る意欲作である。

    ジオラマのようなマップでキャラクターたちが躍動し、奥深い戦略が楽しめる「リアルタイムタクティカルバトル(RTTB)」が特徴だ。グラフィックス面でもファンタジー、中世、現代という3つの世界観が融合した独特なビジュアルに注目が集まっている。開発を担当したのは、堅実で高い技術力に定評のあるランカースだ。

    まず目を引くのは、まるでボードゲームのようにジオラマの中でコマが戦うというビジュアル表現。ミニチュアのような質感のキャラクター群にリアリティをもたせながら視認性を確保するため、試行錯誤がくり返された。

    当初は画面の手前と奥にぼかしを入れることでミニチュア感を表現しようとしたが、一部のプラットフォームでは表示能力の問題でぼかしを入れられなくなった。そこでテクスチャの精度やフィールドのデザインに工夫を施すことで、ジオラマらしいビジュアル表現が実現できたという。

    本作はSwitchをベースに、PS5、PS4、Xbox、PCなどマルチプラットフォームで展開している作品だが、開発は汎用的なモデルを用いて一本化。プラットフォームによるディテール追加と削減はプログラムで制御している。そうしたプラットフォーム非依存の開発を担ったのがUnreal Engine 4(以下、UE4)である。

    それまでランカースでは独自のゲームエンジンを使っていたが、今回初めて、検証を兼ねて企画からリリースまで一貫してUE4で開発し、確実な手応えを感じているという。

    ジオラマのような緻密さを3DCGで再現する背景制作

    背景のコンセプトはジオラマティック。ボードゲームで展開しているような戦いの世界観を描くため、地形制作からLOD処理まで細かな点にこだわった。

    高所にそびえ立つ聖教総本山

    ジオラマティックな舞台にすることは企画当初から決まっていたが、どうやって広大な戦場をジオラマのスケール感に落とし込むかがポイントとなった。当初は背景とキャラクターを等倍で制作していたが、最終的に背景のアセットに対してキャラクターを8倍ほど拡大することでスケール感を演出できたという。

    聖教総本山のコンセプトアート。背景は崖で高低差をつくり、フラットな戦闘エリアと差を付けた
    左:制作した資料の一部。こういった細かいアートや資料を用意したのはこの聖教総本山など一部のみで、ほかのフィールドは制作者が設定やストーリーを参考にして各デザイナーがビジュアルを提案した
    右:World Machineで生成した地形。World Machineではノードを組んで地形をプロシージャルに構築する
    • 聖教総本山のブレイクダウン。まずは基本地形
    • MegascansやSpeedTreeなどのアセットを配置して密度を高める。植生などの仕様は資料にまとめてある
    • ライトベイク
    • ポストエフェクトを適用した完成ショット

    シンプルな地形のマテリアル

    本作はマテリアルはベーシックなものに留め、特別なことは行なっていない。UE4で表現できるようにPBRでつくり、頂点カラーでブレンド。Substance 3D Designerで作成したマテリアルを使いつつ、Substance 3D Painterで仕上げている。

    • ベースカラー
    • RGBを使ったマスクで効率的にマテリアルを組んでいる
    • ノーマルマップ
    • ラフネス、メタリック、オクルージョンマップ。3要素をRGBに割り当てて1枚にすることでテクスチャ容量を抑えている
    最終マテリアル。UE4で仕上がりをチェックする

    背景のLODは3段階用意

    本作ではマルチプラットフォームであることや、ゲームの性質上カメラの引きと寄りの差が大きいことから、背景LODは3段階用意。プラットフォームごとにテクスチャを用意するのではなく、プログラムによって距離に応じてテクスチャが切り替わるという、シンプルな方法を採用した。

    近距離ではディテールを強調して立体感を出し、引きではテクスチャのスケールを変えてパターン感が出ないように工夫をしている。

    • 引き。テクスチャがばらついてくり返しがわからないようになっている
    • 寄り。テクスチャのスケールを変えてディテールを見せているのがわかる
    さらに近距離。ディテールが入り、立体感が強まっている

    幅広い時代感を包含するキャラクターデザイン

    舞台は剣と魔法のファンタジーから中世、近代産業革命、現代までが融合した世界。キャラクターとモンスターのデザインから、その独自の世界観を感じられる。

    キャラクターデザインとモデル制作

    メインキャラクターのデザインはイラストレーター・タイキ氏が担当。キャラクターデザインとしては、鎧を着ているなら古風な考え方をしているというように、政治的立ち位置や性格が衣装と結びついている。

    なお、本作は登場キャラクターが多いため、敵兵などのサブキャラクターはクラスごとに共通のベースパーツを用意しておき、組み合わせでパターンを増やしたとのことだ。

    タイキ氏によるアンドリアズ・ロンダーソンのデザイン画。水彩ペイント風タッチで、3DCG化が難しいタイプのデザインだ。そこで、モデリングしながらデザインも仕上げていくことになった
    • ラフモデル。おおまかなプロポーションを検討しながら、ゲーム内での動きも考えてモデリング。ボーンを仕込んで動かせる状態にし、モーションで使えるようにしている
    • ハイモデル。ディテールアップしてつくり込んでいった
    テクスチャを描いて完成したモデル。これを実際のフィールドに置いてみて、さらに調整した

    フィギュアっぽさをねらった質感設定

    質感はベーシックなPBRベースで設定。フィールドがジオラマティックであることから、キャラクターもそれに合わせてフィギュアらしさをねらっている。また、顔の一部分にアウトラインが乗るようにしているが、強調しすぎないように調整した。

    なお、SwitchからPS5まで同じイメージで制作したが、カットシーンの再生においては、Switchではプリレンダリング、PS5などハイスペックなプラットフォームではリアルタイムレンダリングと再生方法を変えている。

    • ベースカラー
    • ノーマルマップ
    • オクルージョン、ラフネス、メタリックマップ
    • 衣装の質感。革や布など、質感をはっきり分けて素材感をしっかり出している
    • 肌の質感。凸凹を出さないツルッとした肌で、人間らしさよりもフィギュアらしさを重視
    • アウトラインの設定

    『ロード オブ ヴァーミリオン』のモンスターをリファイン

    モンスターは、スクウェア・エニックスのトレーディングカードアーケードゲーム『ロード オブ ヴァーミリオン』に登場する人気モンスターをリファインして制作。認知度の高い人気モンスターを活かし、新作ゲームのブランディングにつなげている。

    「イチからデザインを起こしても良かったのですが、世界観づくりという意味で、開発初期からこのモンスターを出すことが決まっていました」(熊谷氏)。

    • 『ロード オブ ヴァーミリオン』におけるバハムートのモデル
    • 本作におけるバハムートのモデル

    以降、モデルにおいても大胆なカメラの寄り引きを意識して3種類のLODを用意している。ポリゴン数が大きくちがうがシルエットは共通だ。マルチプラットフォームの難しさがよくわかる比較となっている。

    キャラクターに躍動感を与えるモーション制作

    キャラクターの表情から武器の攻撃アクションまで、こだわりのモーションが多数。モーションキャプチャと手付け、シミュレーションを組み合わせて仕上げている。

    HumanIKと内製リグを活用したリギング

    セットアップについては、カットシーン用はHumanIK、インゲーム用は内製リグと設定を分けている。内製のリグはスクリプトを使って一括設定が行えるようになっており、今回の人型や四足まではスムーズに対応できる。

    基本設定をスピーディに行なってから、アニメーターが個々のキャラクターの特徴に合わせて設定を調整していくながれだ。

    • キャラクターリグのMayaでの操作画面
    • モンスターのリグ。四本足以外はモンスターごとにカスタマイズしている
    MotionBuilderでの作業の様子

    手付けを多用したモーション

    人物キャラクターにはバトルシーン、カットシーン共にモーションキャプチャを行なったが、ゲームが進むにしたがって手付けの割合が増え、カットシーン以外はほぼ手付けとなった。モンスターは全て手付けである。

    また本作では武器の攻撃アニメーションが多数用意され、武器ひとつあたりモーションが12~13個にのぼった。「印象深いアニメーションはダガーを使ったものです。今まで経験したことのない武器だったのでこだわりました」とリードアニメーションアーティスト・古俣達男氏。

    • 馬に乗ったアニメーション
    • セットアップからアニメーションまで最も苦労したというウロボロス。特に移動モーションに注目してほしいとのことだ

    iCloneでフェイシャルを制御

    フェイシャルはブレンドシェイプを使わずにリグで設定し、高速なリアルタイム3DアニメーションツールのiCloneを使用して、表情と口もとを設定している。

    • Mayaで作成したフェイシャルリグ
    • iCloneでのフェイシャル設定。バトル中の遠景カットは簡易的なアニメーションで対応しているが、アップになるカットシーンはiCloneで細かく表情を付けている

    Kawaii Physicsを利用した揺れもの表現

    揺れもののアニメーション制作にはUE4用のプラグインKawaii Physicsが使われている。アクセサリーや髪の毛、マント、変わったところでは髭などにも適用されており、各アニメーションはパラメータで調整ができるようカスタマイズしてある。使い方としては、手付けアニメーションの上にKawaii Physicsを控えめに乗せるという使い方をしたものもある。

    • KawaiiPhysicsでの設定画面。ヒラヒラとした衣装や鎧、袖が大きい服など、重なりやすい衣装パーツはシミュレーション後に手で修正しており、その部分にも手間がかかった
    • Kawaii Physicsと手付けの併用例。毛が長いモンスターは調整に苦労した

    視認性と派手さを兼備した各種エフェクト

    シミュレーションRPGには視認性の高いUI 情報が不可欠。一方でバトルシーンの派手な演出も重要だ。両者が絶妙なバランスで表現されたエフェクト演出に注目したい。

    エフェクトの種類と制作のながれ

    本作のエフェクトは大きく分けて、通常攻撃、ヒットエフェクト、スキルエフェクト、カットシーンエフェクトの4種類。アニメーション制作後、それに合わせてエフェクトを乗せていくというフローで制作した。

    スキルのアニメーション制作は、用意された「HPを吸収する」など効果の仕様書を基に、エフェクトデザイナーが相談しながら進めていく。制作は基本的にUE4だけで行うが、素材の作成にはMaya、Photoshop、Houdini、Substance 3D Designerを使用している。

    • 通常攻撃「銃兵」
    • スキル「ラッシュフレア」
    魔煌玉「バハムート」
    これ以降、エフェクト制作のながれ。仮組みされたヒット範囲や効果の範囲が記載されている仕様書
    • UEのCascadeでエフェクトを作成
    • 完成したモーションにエフェクトを組み込む
    完成した実機ショット

    視認性を重視した遠景と近景のエフェクト描画

    フィールド上のキャラクターの立ち位置には円形ラインのエフェクトが描かれ、敵味方の円形ラインが直線で結ばれることで攻撃対象がわかるというUIがまずあり、さらに各キャラクターは盤面上を動き、攻撃エフェクトが乗ってくる。そのため、視認性に注意して調整を施した。カメラの引きと寄りによる変化だけでなく、プラットフォーム単位でパーティクル量も変えているという。

    • 遠景でのエフェクト。広範囲の混戦下で視認性が上がるように一部のエフェクトを割愛しており、俯瞰で見やすくなっている
    • 近景ではディテールを増やし、臨場感を出す工夫をしている

    各武器の特徴が閃くヒットエフェクト

    リードVFXアーティスト・押野秀樹氏がこだわったのがヒットエフェクトだ。剣には風を切るようなエフェクトを付け、斧には力強い岩のめくれを表現するなど、武器ごとにエフェクトを変えている。

    「つくっていて楽しかったエフェクトは斧ですね。試行錯誤を重ねたおかげで良い結果が出ました」(押野氏)。

    • 斧によるグレースアックスのエフェクト。押野氏のお気に入り
    • 斧によるヘヴィスマッシュのエフェクト
    • ダガーによるアサシネーションのエフェクト
    • ダガーや剣によるシャドウステップのエフェクト
    • ヒットエフェクトは当初大きめにつくっていたが、混戦時にも状況を伝えられるよう、スケールを縮小してわかりやすくしている。こちらが調整前
    • 調整後

    多言語にも対応したシンプルなUI設計

    複雑な思考を巡らせるバトル中、プレイヤーが迷うことなくコマンドを入力できるユーザーフレンドリーでシンプルなUIを実装。多言語対応にも抜かりはない。

    汎用パーツを活用したウインドウUI

    ウインドウ関連のUIはUE4の基本機能で制作している。ジオラマ的な要素を考えて当初はフラットなデザインで進めていたが、悪目立ちしてしまったため、アールデコのような装飾を入れて調整した。メニュー類の構造では、マウス&キーボードとコントローラのどちらでもストレスなく操作できるような形式を模索。

    担当したリードUIアーティスト・大河原正章氏は、「クリック数が増えてしまうタブではなく、一覧レイアウトにこだわりました。複雑になりすぎないように、どこを触ればいいかわかりやすいデザインを心がけています」と話した。

    UEで制作した汎用パーツのひとつ、リストタイトルパーツ。標準機能で滞りなく開発できたが、デザイン案は多数制作し、試行錯誤を重ねた
    • ウインドウ枠パーツ
    • デザインタイプを変更したウインドウ枠
    • データテーブル上でデザインタイプを定義
    • リスト用コマンドパーツ
    • 以降、モックアップ。コマンド
    • 説明ウインドウ
    • 確認ダイアログ
    • 以降、実機での表示。バトルでのコマンド画面
    • システムメニュー
    • 装備メニュー

    多言語対応のための汎用UI設計

    大河原氏はこれまでアジア圏や英語圏でのローカライズを経験してきたが、今回はドイツ語が含まれ、その文章の長さに驚いたという。ボックスから文字がはみ出てしまい、文字が小さくなることもあった。

    制作フロー上、日本語から英語、英語からドイツ語やフランス語というように直列的に展開していくため、工程にラグが出て確認に時間がかかったそうだ。

    多言語対応のUIでは、テキストボックスに自動改行や自動スケールを適用してあり、各国語の文字を流し込むだけでローカライズが完了する。余談だが、同じ漢字圏でも日本と中国ではフォントの使い方が異なる点は面白い。

    • ローカライズに対応した自動改行対応のテキストボックス
    • こちらは1行に収めるための自動スケール(縮小)対応テキストボックス
    多言語対応のスクリーンショット。日本語/英語/中国語(繁体字)/中国語(簡体字)
    • ドイツ語
    • フランス語

    CGWORLD vol.292(2022年12月号)

    特集:モデリングの今が示す、デザインの未来
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2022年11月10日
    価格:1,540 円(税込)

    詳細・購入はこちらから

    TEXT_石井勇夫 / Isao Ishii(ねぎデ)
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota