『ポケットモンスター スカーレット』、『ポケットモンスター バイオレット』(以下、『ポケモン S・V』)は『ポケットモンスター』シリーズの完全新作で、シリーズ初のオープンワールドを採用しています。『ポケモン S・V』の舞台であるパルデア地方に生息するたくさんのポケモンに生命を吹き込んだクリーチャーズのアニメーターの仕事を全3回にわたって若杉編集長が深掘りします。
※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol.296(2023年4月号)掲載の「とことん深掘り!ゲームのアニメーション PART02 ポケットモンスター スカーレット・バイオレット」を再編集したものです。
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『ポケットモンスター スカーレット』
『ポケットモンスター バイオレット』
発売日:2022年11月18日
希望小売価格:パッケージ版 各6,578円(税込)、ダウンロード版 各6,500円(税込)
発売:株式会社ポケモン
販売:任天堂株式会社
開発:株式会社ゲームフリーク
対応機種:Nintendo Switch
ジャンル:RPG
www.pokemon.co.jp/ex/sv/ja
interviewee
テクスチャで表現していた表情を、ジョイントで再現する
若杉:テクスチャとジョイントとではフェイシャルのつくり方がけっこうちがいますよね。難しかったことはありますか?
小野寺:ポケモンが400種類以上もいるので、担当アニメーターによるテイストのバラツキが出ないようにするため、表情設定を参考にしながらモデラーが表情のプリセットをつくり、それを使ってもらいました。
深谷:各アニメーターが直接ジョイントを操作すると、自由度が高すぎてテイストの統一が難しくなると判断したわけです。
若杉:ポケモンはすごくシンプルなデザインだから、ちょっと変えるだけで作画崩壊的な事態が起こりそうですね。
深谷:はい。少し口角が上がるだけで、だいぶ印象が変わってしまいます(笑)
小野寺:加えて、テクスチャで表現していた表情をどこまでジョイントで再現するのか精査する必要もありました。例えばヌメラというポケモンは身体が縦に伸びたり縮んだりする動きが特徴的で、テクスチャであれば表情が崩れることは少なかったのですが、メッシュ化すると再現が難しい表情があり、調整を重ねました。
深谷:マンガやアニメ的な「く」の字型の目もジョイントだけだと再現が難しく、別の手段を考える必要がありました。
米谷:『ポケットモンスター』シリーズでは各ポケモンの個性をすごく大事にしているので、お馴染みの表情はなるべく残したくて、(株)ポケモンさんやゲームフリークさんと一緒に話し合いを重ねました。それからテクスチャで描いた「ニッコリ目」がなくなると、同じモーションでも印象がちがって見えることが多々あって、モーションをつくり直したりもしました。
ヌメラとプリンのフェイシャル
小野寺:『ポケモン S・V』ではポケモンのルックも一新しており、それに伴ってシェーダも全て新しくなっています。発光ギミックや体表の模様が流動するギミックのしくみもガラッと変わっているので、そのモーションも付け直してもらいました。これまでのタイトル以上にモーション班の負荷が高いプロジェクトだったと思います。
若杉:『ポケモン S・V』の四足歩行のポケモンはこれまで以上に動きがリアルで、骨格の動きが見えるような走り方をしている点が印象的でした。これまでのタイトルに登場したポケモンの走りモーションも調整したのでしょうか?
深谷:そう感じてもらえたなら嬉しいです。本作ではオープンワールドを採用しており、シンボルエンカウントでポケモンと遭遇します。フィールド上のポケモンを遠目から確認できるので、生息している感じや、自然な動きを意識しながら仕様に合わせて調整しました。これまでのタイトルのモーションの中には30fps時代のデータもあったので、60fpsでつくり直したりもしています。
ナゲツケサルのモーション変更
攻撃後のモーションは、体重移動まで丁寧につくり込む
若杉:ポケモンがバトルで相手を攻撃した後に、元の位置に戻ってから体重移動をする動きもすごく好きです。例えば足を1歩踏み出してパンチした後で、足を1歩引いて元の位置に戻り、反対側の足も動かして体重移動をしてから落ち着くといった動きが入っていますよね。ポケモンはデザインがシンプルなのでスタイライズされた動きにしても違和感は少ないと思うのですが、なぜ体重移動まで表現したのでしょうか?
米谷:気をつけている点は2つあります。1点目は尺とのバランスです。攻撃モーションは開始からヒットまでの尺がけっこう短いので、やれることが限られています。だからヒット前は動きのカッコ良さを重視して、比較的尺の長いヒット後の動きを丁寧につくり込むようにしています。2点目は待機モーションとのつなぎ方です。攻撃モーションと待機モーションの切れ目が際立たないように、アニメーションカーブや動きのながれなどをかなり調整しています。
若杉:プレイヤーが攻撃ボタンを押してからのテンポ感が重要だから、開始からヒットまでの尺は短いということでしょうか?
米谷:そうです。プロジェクトごとに仕様は異なるので一概にそうとは言えませんが、『ポケモン S・V』の場合は短かったです。
深谷:CG映像の制作会社から移ってきた人は、必ず待機モーションに戻らなければいけないという仕様を知って驚かれる場合が多いですね。「どうして戻らなければいけないんですか? ちがうポーズに遷移しても良いじゃないですか」と思うみたいです。
米谷:当社に入った直後は私もそう思っていました(笑)
ニャローテの攻撃モーションから待機モーションへの遷移
若杉:バトルが始まるとプレイヤーは自分のポケモンを斜め後ろから見続けることが多いですよね。退屈な画になったり、どのポケモンなのか見分けがつかなくなったりしそうで、難しいだろうと昔から思っています。
米谷:「正面から見たら良いけど、斜め後ろから見たときのシルエットが良くないから、腕をほんのちょっと下げましょう」といったやり取りを、モーション班では日常的にしています。プレイヤーが目にする機会の多い待機モーションは特に時間をかけて調整しており、360度、どの角度から見ても画になるモーションを心がけています。
若杉:映画の仕事でキャラクターを背後から映す場合は、正面から見た場合のデザインを崩してでも、背後の見映えを整えるといったことをよくやります。ゲームの場合は、どこから見ても破綻のないようにつくる必要があるのでしょうか?
深谷:はい。ゲームでのカメラの切り替わりを意識して、どの角度から見ても整合性のとれたモーションを心がけています。ポケモンはシンプルなデザインなので、見る角度によってニュアンスが変わってしまうことが多々あって難しいですね。
米谷:CG映像の制作会社から転職してきた直後はこの仕様に手こずりました。リードのチェックを受ける度に「この角度から見ると駄目ですね」と、脇の甘さを指摘されていました。
若杉:ルービックキューブみたいな感じですよね(笑)。正面を直したら、反対側が破綻しちゃったりして、すごく難しそうです。
深谷:そんな感じです(笑)。ポケモンの3Dアセットをつくる段階でゲームの仕様が固まっていて、カメラの演出も決まっていれば、そのカメラからの見映えを整えるだけでこと足ります。実際には必ずしもそうとは限らないので、360度からのチェックが必要になりますね。ただ、だいたいこの角度から映すだろうという予想はできるので、その角度からの見映えは入念にチェックします。例えば、特徴的なツノが見えるようにとか、しっかり動きが見えるようにといった調整をしています。
若杉:特に調整が難しかったのはどのポケモンですか?
米谷:揺れものがいっぱい付いているポケモンは難しいですね。例えばクワッスの最終進化形のウェーニバルは羽の装飾が付いていて、シルエットがゴチャゴチャしがちで苦労しました。
若杉:正面から見ても複雑なデザインなので、後ろから見た場合の調整はかなり難しそうですね。
米谷:何回も薄目で見て、シルエットを整理していきました。
若杉:揺れものも手付けですか?
深谷:手付けです。シミュレーション用のスクリプトもありますが、ほとんど使っていません。自動化も試みてはみましたが、最終的には手で見映えを調整する必要があって、導入は見送りました。
ウェルカモとウェーニバルの待機モーション
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月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.296(2023年4月号)
特集:とことん深掘り!ゲームのアニメーション
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年3月10日発売
INTERVIEWER_若杉 遼(CGWORLD)/Ryo Wakasugi
TEXT_尾形美幸(CGWORLD)/Miyuki Ogata
文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
EDIT_尾形美幸(CGWORLD)/Miyuki Ogata、中川裕介(CGWORLD)/Yusuke Nakagawa
PHOTO _弘田 充/Mitsuru Hirota