6/17 渋谷で開催されるMotion Plus Design Tokyoにて、トビアス・グレムラーTOBIAS GREMMLER)による講演が決定した。アイスランドの歌姫ビョーク Björk)のコラボレーターとして知られる世界的メディアアーティストだ。ドイツ生まれで、現在香港に活動拠点をおくこの人物こそ、モーションデザインの鬼才と呼ぶにふさわしいだろう。

記事の目次

    仮想と現実の境界を曖昧にするための表現様式

    トビアス・グレムラーの作品として、ある人はビョークのライブ・ショー『cornucopia(コーニュコピア)』における幻想的なデジタルビジュアルデザインを想起するかもしれない。また、ある人は、2023年1月にSNSで話題を呼んだ、”エレガント”な器官を有したクリーチャーについて想起するかもしれない。

    ▲ アルバム『ユートピア』(2017)をコンセプトに、ビョーク独自の世界観でプロデュースされたライブ・ショー。演劇と音楽の融合、そして合唱とデジタルの精密な世界観の融合が目指された。2019年春、NYのThe Shedで行われたワールドプレミア公演で幕を開け、日本では2023年3月に公演。
    ▲2022年11月にtwitter上で同氏が投稿したツイート。後述のインタビューでも言及しているが、この奇妙な動物に生えているワイヤー状のものは、同氏自身の「感覚過敏」を象徴したものとのこと。

    トビアス・グレムラーは⾳楽、演劇、ダンスなどあらゆるジャンルにおいて「仮想と現実の境界を曖昧にする」意欲的な作品を多数手がけてきた。

    例えば、映像監督を務めたビョークのMV『Tabula Rasa』では、歌いあげるビョークの姿を、花開く植物や隆起する山脈の形に絶えずモーフィングして重ね合わせることで、まるで人間と動植物の感覚器が同期したような幻惑的な映像を提供している。

    常人ではきづかない、人間と動植物の持つ共通の形質やふるまいのメカニズムを見つけ出し、これらをシームレスに繋げ合わせ可視化することでこうした体験を生み出している。同曲が収められた『ユートピア』のコンセプトである、共感に基づいた人間と動植物の調和が見事に体現されていると言えるだろう。

    他にも、モーションキャプチャやシミュレーションを駆使した、データビジュアライゼーションの領域にも果敢に挑戦をしている。2017年に行われたロンドン交響楽団とのコラボレーションにおいては、音楽監督サイモン・ラトル氏とタクトの動きをViconを用いてキャプチャし、楽曲のリズムや楽器のテクスチャに合わせた美しいアニメーションをCinema 4Dによって制作した。
    音楽のエキスパートだけではなく、"共感覚”を持たない常人にとっても、指揮者の動きが演奏者や楽曲の演奏にとってどのような影響をもたらすのか、ビジュアライズして見せたのだ。

    ▲London Symphony Orchestra - Visualizing Motion and Music
    指揮者の動きは12台のViconによって120fpsで収録。本作は、指揮者の腕を取り囲んだ、直線的な空間に腕の動きが音波のように伝播していくところから始まる。タクトの動きによって直線性が曲げられ、その結果、より複雑な視覚的配置が生まれる。テクスチャー、色、素材、光は、クラシック楽器(木、金管、管、弦)やクラシックコンサートホールの全体の雰囲気や建築からインスピレーションが得られている。

    Motion Plus Designでは、これまで彼が手がけてきた作品について、知見や制作プロセスが共有される見込みだ。CGWORLDでは本講演に先立って同氏にメールインタビューを実施した。これまでのキャリアや過去作についてコメントをいただいている。

    本講演前に、謎の多きトビアス・グレムラーのバックグラウンドの一端を感じてもらえたら幸いだ。

    「動物の動きは、とてもオーセンティックです。その純粋さが、私にはとてもエレガントに見える」

    -デザイナー、ミュージシャン、メディアアーティスト、大学教授など、様々な経歴をお持ちですが、ご自身はどのような教育的バックグラウンドをお持ちなのでしょうか?

    そうですね、実は私はかなり早い時期に学校教育からドロップアウトしていて、私のやっていることはすべて独学で身につけたものです。

    13歳のとき、路上でブレイクダンスを踊り、最初の収入を得たのがキャリアの始まりで、その後、バンドをやったり、ダンスシアターの音楽を作曲してきました。それ故に私の作品の多くは音楽やダンスからインスピレーションを受けたものが多いです。1990年代前半から表現手法としてデジタルメディアを扱うようになりました。これまで参加したすべてのプロジェクトについて、情熱と好奇心を持って臨んできました。

    -『カンフー・モーション・ビジュアライゼーション』では、いずれのバージョンにおいてもカンフーの動きの本質がしっかり浮かび上がっていることに驚きました。この作品のコンセプトや挑戦したことについてお聞かせください

    カンフーは、師匠から次の世代に受け継がれるものです。それは、世代から世代へと非物質的な力のように伝わり、それぞれの肉体的な持ち主によって変化し、洗練されていきます。

    私は、カンフーは特定の誰かの肉体に属するものではなく、肉体の間で共有されるものだと感じました。そこで、宿主を持たないカンフーそのものの純粋な動きを視覚化したのです。

    ▲『Kung Fu Motion Visualization』。香港のカンフーマスター、Lee Shek Lin、Wong Yiu Kauのモーションをキャプチャしたこのプロジェクトでは、モーションデータを、演舞の軌跡、動きの加速度、ネガティブスペースへの動きのベクトルの放射など、いくつかの要素だけを切り出し、それらを特定の要素に置き換えビジュアライズしている。これらによって常人には読み取ることのできない「カンフーの本質的な動き」を”美的に”表現することに成功している。



    ー今年は、森林を闊歩する不思議な生き物のVFX作品が注目を集めましたね。
    これまでの作品では、人間の動きをテーマにしたものが多かったと思いますが、今回はなぜ動物に着目されたのでしょうか。また、人間にはない美しさとはどのようなものでしょうか?

    動物の動きは、とてもオーセンティックです。その純粋さが、私にはとてもエレガントに見えるのです。
    また、異なる種が環境をどのように認識し、互いにコミュニケーションをとっているのかも表現しています。犬が匂いを嗅いでいるのを見ると、その犬がどのように世界を嗅ぎ分けているのかが伝わってきます。
    想像するしかないのですが、とても刺激的です。他の種に共感し、それぞれに特有のスキルや美しさがあることを理解することが重要だと思います。

    -現実の強度を高める手段として、なぜ実写合成を選んだのでしょうか?

    私は自然が大好きなんです。
    ハイキングのとき、このバーチャルな生き物が一緒にいてくれたらいいなと思ったんです。そこで、スマホで動画を撮影し、バーチャルな動物たちと一緒に合成しました。子供の頃、母とよくハイキングに行きました。彼女は写真家であり、素晴らしいイマジネーションを持っています。
    自然の中で過ごすときはいつも、根っこや岩、雲が不思議な生き物に変身しているのを想像するゲームをしていました。世界は私たちの想像力のキャンバスになったのです。写真家でありながら、写真に収まらないものを捉えることを教えてくれました。

    -動物から出ている針金のようなものは、生き物の神経系のようなものだと考えているのでしょうか?

    そうですね、感覚の延長線上にあるものです。意識の視覚的な表れみたいなものですね。私は、生物学的に「感覚過敏」と呼ばれる特性を持っています。感性が鋭くなるのです。あの神経のような繊維は、それを表現しているのです。

    ーこれまで見えなかったものをテクノロジーで可視化することは驚きを生むと思いますが、それを実際の展示や舞台でどう見せるかを考えると、また違った視点が必要になりますね。見えないものを見えるようにする、美的に見せるという方法論について、どのようにお考えですか?

    バーチャルと現実との境を曖昧にする工夫が重要です。
    バーチャルな要素を現実の世界に溶け込ませる、特殊なスクリーンを使った作品を作成しています。ヴェネチア・ビエンナーレでの私の展示『Fields』の例で、このアプローチを説明しています。

    ▲Venice Biennale 2022展示作品『Fields』
    同氏がインスタレーション用に制作した変幻自在のバーチャルダンサーが、平行するガーゼスクリーンに映し出される。ループするシークエンスでは、うっすらとした体がゆっくりと形成され、ソロ、デュエット、グループダンスが短い時間で披露された後、ねじれた糸や流れる髪を抽象的にイメージした動きの渦の中に溶け込んでいく。

    -今回のカンファレンスでは、様々な日本のオーディエンスと交流する機会もあります。どのような人たちに会いたいですか?

    どんな種族でも歓迎します。

    TEXT_池田大樹(CGWORLD)