和製VRアドベンチャーゲームを模索し続けるMyDearestの新たな挑戦。『東京クロノス』、『ALTDEUS: Beyond Chronos』に続いて送り出す最新作は、つくり込まれたグラフィックスで没入感の高いVR体験が得られる作品だ。

記事の目次

    ※本記事は、CGWORLD vol.291(2022年11月号)掲載の記事を再構成したものです

    Interviewee

    写真上段左から
    ディレクター:末岡 青氏
    アートディレクター:Genz氏
    演出:田村直彬氏

    写真下段左から
    グラフィックエンジニア:山本順也氏
    コンセプトアーティスト:黒木修司氏
    UIアーティスト:本山愛子氏
    BGアーティスト:小島伸一氏

    Information

    発売・開発:MyDearest株式会社/株式会社イザナギゲームズ
    リリース:発売中(Episode I&II&Ⅲ VR版)
    Platform:Meta Quest2/PlayStation VR2(VR版)、Nintendo Switch(Non-VR版)
    価格:Episode I 2,208円(Quest2)/2,970円(PSVR2)、Episode II 1,490円(Quest2)/1,760円(PSVR2)、Episode Ⅲ 1,490円(Quest2)/1,760円(PSVR2)
    ジャンル:VRノンストップ捜査アクション/シネマチック捜査アドベンチャー
    dyschroniaca.com

    ディレクターの構想を基にスタッフが作品を進化させる

    VRによる新しいアドベンチャーゲームのかたちを模索してきたMyDearest。2019年、クラウドファンディングの大成功により誕生した『東京クロノス』から『ALTDEUS: Beyond Chronos(以下、アルトデウス: BC)』を経て、最新作『DYSCHRONIA: Chronos Alternate(以下、ディスクロニア: CA)』が発売された。

    本作ではついにVR空間内でのプレイヤーの自由移動を実現。現実世界と「拡張夢」というふたつの世界を行き来しながら思うがままに動き、犯罪捜査を進めていく。

    本作は原案からメインシナリオ、ディレクターまでを末岡 青(まつおか あお)氏が手がけた、氏の作家性が際立つ作品。スタッフに「末岡さんの頭の中をVRに再現していく作業だった」と言わしめるほどである。

    氏の構想をベースにしてグラフィックエンジニアやアーティストらがイメージを大きく膨らませ、強いチーム感の下開発している。それは音楽バンドが作品づくりを行う際に、メンバー同士のケミストリーでとてつもない曲が完成してしまうことに似ている。

    グラフィックエンジニアの山本順也氏は本作の開発について「メンバーが好き勝手にやっていても、実は全員同じ方向を向いているんです」とふり返る。

    また、本作の演出を担当した田村直彬氏は「今年に入ってスタッフが増えたのですが、そこからの進化がすごい。尻上がりに面白くなりました」とゲームのクオリティに自信を覗かせる。

    リアルとファンタジーが入り交じり、SFテイストも多分に感じられる世界観、LAM氏がデザインした多彩で個性豊かな10名のキャラクターワークなど、グラフィック面でも見どころは盛りだくさんである。

    本作の開発ツールはゲームエンジンにUnity、3DCGワークにはBlenderとMayaを使用している。

    Point 01:現実と夢が入り交じる楽園都市のデザイン

    コンセプトは「都市は偽りの世界でも、人々の感情が残っている」こと。その思想はカラーから装飾デザインにまで染み渡り、血の通ったSF世界が完成した。

    世界観を彩るデザイン設定

    前々作、前作に続き、作品全体のトーンを決めるカラーやHUDのUIなどのデザインルールは雷雷公社が作成。

    テーマカラーはブルーとオレンジという補色関係を活かしたもので、本作の世界観や物語の背景を象徴している
    キャラクターデザインを担当したイラストレーターのLAM氏がつくった各キャラクターのテーマカラー。プレイヤーは色彩から各キャラクターを認識しやすい
    VRらしさを活かしたHUDのUIイメージ。ゲームプレイ時に見やすく、しかも世界観にふさわしいUIを目指して制作した
    装飾などのパターン。世界観にリアリティをもたらす重要な要素である

    Sci-Fi色の強いコンセプトアート

    各種コンセプトアート。末岡氏の頭の中のアイデアをコンセプトアーティスト黒木修司氏が丁寧に掘り下げ、アートとして具現化していった。

    開発初期のイメージボード。テーマカラーを反映して、オレンジの夕焼けの中、ブルーで彩られた建物が屹立している
    制作中の都市。真っ青に染まるほどブルーを押し出したビジュアル
    都市が危機的な状況のシーンでは、真っ赤に染まるような画づくりで表現
    ゲームプレイの中核、メモリールーム。捜査上のインタラクションも考えて設計
    メモリールームにある装置のデザイン

    Point 02:前作から改良を重ねたモデリング&リギング

    VR 空間の自由移動が可能ということは、モデルをじっくり観察できるということ。本作では破綻のないモデルときめ細やかなモーションの両方が求められた。

    LAM氏のデザインを3Dモデルで再現

    主人公ハル・サイオンのキャラクターデザインと3Dモデル。本作ではトゥーンライクなアウトラインはあえて使っていないほか、エイリアスの問題から、多機能なシェーダの利用も控えた。ライティングではディレクショナルライトをキャラクターに落とす程度の処理で収めている。

    ハルのデザイン。斜めから描いた印象や、小物などの設定、そしてキャラのテーマカラーの青色が際立つ
    ハルの3Dモデル。約14,000ポリゴン。LAM氏のデザインの再現性にこだわった
    • ハルのテクスチャとUV。2Kのアルベド1枚だ

    前作から改良した眼球のモデル

    本作ではプレイヤーが自由移動してキャラクターを見つめることができるため、目のモデリングにも気を配っている。

    前作までのモデル。造形はシンプルに留めてテクスチャで瞳を描いていたため、見る角度によって白目の影が動いてしまっていた
    本作のモデル。まぶたの奥の白目と黒目までモデリングすることで、どの角度からキャラクターを見ても違和感が出ない

    Auto-Rig Proを活用したリギング

    リギングはBlenderの有償アドオン、Auto-Rig Proを活用して効率化。

    また、VRゲームの性質上、頻繁に目にすることになる手のモデルについては、手根骨のボーンを使えるようにした上で、ハンドコントローラをリグに追加した。本作では複数のキャラクター視点に変わるシーンがあるため、手だけでも各キャラクターの個性が出るようにモーションをつくり込んだという。

    Auto-Rig Proを用いたリグ全体図
    • 前作の手のボーン構造
    • 本作の手のボーン構造。手の表情を豊かに表現するため、手根骨のボーンを実装した
    リグを改造してハンドコントローラを追加。手の表情が付けやすくなっている。また、アニメーションについては、本作はキャラクターに近付いて話しかけることができるため、キャラクターの待機モーションやふり返りモーションなどが大量に必要になったとのこと

    Point 03:リアルからファンタジーへ世界観を拡張する背景

    現実世界と「拡張夢」というふたつの世界を行き来する本作の世界観。背景制作においては、色遣いや演出にメリハリをつけて両者のちがいを視覚的に表現している。

    現実と拡張夢を背景で描き分ける

    現実世界と「拡張夢」で雰囲気を大きく変えた背景。

    VRではモデルが広角に見えてしまうため、『東京クロノス』では世界のスケールを通常の3.5倍、『アルトデウス: DC』では1.7倍にし擬似的な望遠処理で広角感を抑えていたが、物をつかんだり置いたりする操作を行う際に距離感覚がつかみづらいという問題があったため、本作では1.2倍とさらに等倍に寄せている。

    現実世界、日中の街。前作まではアニメ的で簡素な背景だったが、本作ではフィールドを自由に探索できるため、どの角度から見ても成立するリアルな背景に仕上げている
    夜の街。リアル志向で落ち着いた雰囲気に
    拡張夢の世界。一転してテーマカラーのブルーが前面に押し出され、数多くの魚が泳ぐ。この魚は末岡氏の要望で描かれることになったもので、当初は20匹ほどだったが、Unityに魚群のアルゴリズムを搭載した結果、最終的にひと目では数えきれないほどの数を泳がせることに成功した
    同じく拡張夢で、キャラクターの周りを魚たちが飛ぶ様子。末岡氏の構想によれば「魚は市民たちが見る夢」だという

    スプラットマップを使った「光る道」

    本作中に登場する「光の道」は、青と黄色が混ざり合う幻想的な表現のため、主に地形描画に利用されるスプラットマップを活用した。

    「光の道」の完成ショット
    コンセプトアート兼簡易コンテ
    本作用にカスタマイズした背景用シェーダ
    光の道で遭遇する、プレイヤーの周りを大量の光球が漂う演出。負荷軽減のため、不透明のビルボードをGPUインスタンスで大量に描画している。光球はUnity Job Systemでひとつずつプログラム制御しており、触ると逃げる挙動も実装している
    Unityでの作業画面
    • ▲スプラットマップで使用する3枚のテクスチャ。RGBに各テクスチャを割り当て、各チャンネルの濃淡でテクスチャを混ぜ合わせて描画する
    • ▲仕上げにコースティクス用テクスチャを加えて道の質感をつくる

    Point 04:リアルなライティングと没入感を高めるエフェクト

    ゲーム体験向上のため、ライティングはよりリアルに、エフェクトはより幻想的につくり込まれている。どちらも負荷が高くなる要素であるため、対策には苦慮した。

    パーティクルシェーダで低負荷にエフェクト生成

    本作では山本氏がチームに加わったことにより、それまで必要に応じて機能を追加していたため数が増え管理が難しくなっていたシェーダを取りまとめ、機能の切り替えをチェックボックスで容易に行える「MyDearestシェーダ」が開発・活用された。

    グローエフェクトの生成にはパーティクルシェーダを使用。VRゲームとしてのパフォーマンスを考え、メッシュから生成して処理負荷を低く抑えた。

    • ▲パーティクルシェーダによるグローエフェクトの様子
    実機での適用結果

    ライトマップによるリアルな陰影表現

    前作まではライトを使用せずUnlitシェーダを用いていたが、本作では探索できる空間内に説得力をもたせるため、ライトマップを用いて比較的処理負荷を抑えながらリアルな照明と陰影を表現している。

    過去作基準の室内ライティング

    以降、ライトマップによるポスト処理結果。

    テーマカラーのブルーを活かしつつ、臨場感ある空間を生み出すことに成功している
    屋敷の入口では、オレンジがかった室内に青い入口が見え、プレイヤーに対して次はどこへ移動すべきかを知らせる役割も果たす

    負荷軽減のため適宜ポリゴン化

    パーティクルシェーダによるエフェクト処理は、画面全体にかかると負荷が高くなってしまう。そこで極力ポリゴン化処理を行い、画面からアルファ素材を省いている。

    ポリゴン化したパーツと描画結果
    ポリゴン化したHUDパーツと描画結果

    ポストエフェクトによる画面効果

    本作では前作までと比較して背景がしっかりモデルで描画されているため、ポストエフェクトとしてブルームやフォグを加え、さらに画面をリッチに見せている。

    特にブルームを実装できたことが大きく、VRコンテンツはレンダーバッファを左右2枚ずつ用意する必要があるためレンダリング解像度をあまり上げられないという難しさがあるが、ブルームによって画面の質感を底上げできたとアートディレクターのGenz氏は語る。

    ポストエフェクト適用前
    ブルーム、フォグ、ハイトフォグを追加
    実機での描画結果

    Point 05:VR ならではの操作性が求められたUI デザイン

    VR ゲームのUI は操作性や視認性、階層のわかりやすさなどが求められる重要な要素。特にインゲームUI は慎重に検討が重ねられた。

    視認性と操作性を考慮したインゲームUI

    インゲームUI (ゲーム中に表示されるUI)制作のブレイクダウン。

    仕様書を基に作成したUIのたたき台。プレイヤーが直接触れるUIであるため、手が届くか、文字が読めるかなども含めて考えていく。UIを表示するエリアが限られてしまうため、どのタイミングでどの情報を表示するかについて、ゲームデザイナーとエンジニアが話し合いを重ねた
    インゲームのメニューは全て1つのPrefabにまとめてある。処理負荷軽減のため、UnityのCanvasコンポーネントは使用せず、全てメッシュまたはスプライトで作成している
    完成したインゲームメニューのUI

    リッチな質感のアウトゲームUI

    アウトゲームUI(ゲーム開始前/スタート画面)制作のブレイクダウン。

    完成したアウトゲームUI。レーザーポインタで操作する
    サブ階層の一部はそのままゲーム世界へとつながるという構成
    ▲完成したアウトゲームUIの金色枠はテクスチャとEmissionによって輝きを表現。左側がBaseColor、右側がEmissionMask
    トップ階層はエフェクト以外は全て3Dモデル。サブ階層についても、まとめられるものは同じPrefabにまとめてある
    UI表示時のアニメーションはUnityのアニメーション機能を使用。セーブデータの状態によって動的に変化する部分があるが、そこはプログラム制御で実現している

    CGWORLD 2022年11月号 vol.291

    特集:山崎 貴と白組 調布スタジオ
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2022年10月7日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_葛西 祝 / Haijme Kasai
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)