エピック ゲームズ ジャパンが主催するUnreal Engine(以下、UE)の公式イベント「UNREAL FEST 2023 TOKYO」が、6月2日(金)・3日(土)の2日間にわたってベルサール秋葉原(東京・秋葉原)で開催された。

本稿では、東急建設株式会社によるセッション「東京メトロ銀座線渋谷駅移設プロジェクト~Twinmotionによる課題解決策と今後の展望~」についてレポートする。

記事の目次

    イベント概要

    UNREAL FEST 2023 TOKYO

    日時:6月2日(金)~3日(土)
    場所:ベルサール秋葉原
    unrealengine.jp/unrealfest/2023

    なぜ、銀座線渋谷駅は移設することになったのか

    本セッションで登壇したのは、東急建設株式会社 デジタルテクノロジー統合推進事務所所長の池田仲裕氏。

    100年に1度とも言われる渋谷駅周辺の大規模再開発事業と連携し、銀座線渋谷駅を10年の歳月をかけて新駅舎へと生まれ変わらせる中で、いかにして課題を顕在化させ解決へと導いたのか。

    さらに、国土交通省が提供する3D都市空間情報プラットフォーム「PLATEAU(プラトー)」と、PLATEAUのデータをUnreal Engine(以下、UE)をベースとした3DビジュアライゼーションツールTwinmotion(ツインモーション)で統合させることで、建設プロジェクトでどのような活用ができたのか。プロジェクトの中心にいた池田氏が取り組みを語った。

    池田氏は1997年に東急建設に入社して以来、25年以上首都圏の鉄道営業線の大規模な改良工事の計画施工に携わってきた。現在所属しているデジタルテクノロジー統合推進事務所は、3次元モデルを活用した計画検討業務を担当。パースのモデリングから統合モデルの作成にいたるまで、専門の外注業者や社内のICTの専門部署に頼らず、全て完全内製化している。

    セッションの冒頭では、銀座線渋谷駅、バス、クレーン、作業用の仮囲いなどの作成したモデルに、渋谷のビル群といったPLATEAUのデータをTwinmotionで統合したCGが紹介された。

    ▲池田氏がPLATEAUのデータを基にTwinmotionで統合したCG。「デジタルのプロではなく施工管理出身の土木屋」と謙遜したが、このCGは池田氏が1人で制作したものだ。池田氏の事務所はこのCGと同じ画角の位置にあり、毎日窓の外を覗くとこの情景が見えるという
    ▲池田氏が携わった東急東横線渋谷駅から代官山駅間の地下切り替え工事(2013)のパンフレットに載っていたパース図。トンネルの出入口にはもともと踏切があり、地上を走っていた東横線を終電から始発までの一晩で地下に切り替えた。池田氏はこのような鉄道営業線の線路の切り替え工事を専門として、銀座線渋谷駅の移設プロジェクトなどの直上直下切り替えの工事に長年携わってきた

    銀座線渋谷駅は、開業から80年以上が経過して駅の老朽化はもとより、街の発展とともに乗降客数が増えてホームや改札口が手狭になっていた。また、乗り換え経路のわかりにくさ、駅構内にトイレがない、そもそもバリアフリーという概念すらなかった……と、多くの問題を抱えていた。

    しかしながら、駅が百貨店ビルの中にあることと、JR山手線や埼京線の直上に位置するという立地条件により、長年大規模な改良工事を実施することができなかった。

    ▲Twinmotion 2023.1によって20年前の東急東横線渋谷駅を再現したCG。かまぼこ屋根が残っている。左下に合成されているのは20年前当時の写真
    ▲こちらも20年前の銀座線渋谷駅。旧東急百貨店のビルの3階にあった。左上に合成されているのは20年前当時の写真

    このような問題点を抱える中で、渋谷駅周辺の大規模な再開発と連携してホームを大きく移設することで、時代のニーズに合わせた改良工事を実施することになった。そして2009年の工事着手から10年の歳月をかけて駅移設の準備を行い、2020年1月、旧東急百貨店の中から明治通り上に約130m移設され、新たな駅舎での営業が開始された。

    現在も2030年以降の完成を目指し、古いビルを撤去して新たに橋梁を架け替える工事など、再開発が進行中だ。

    ▲駅が移設された2020年当時の渋谷駅。まだ計画段階で一般公開されてはいないが、2030年以降完成予定の渋谷駅の全容もCG化されているとのこと

    世界共通用語の「BIM」と国土交通省が作った「CIM」

    次に、「BIM/CIM(ビム/シム)」についての説明があった。

    建築分野ではよく耳にするBIMは、世界共通の用語でBuilding Information Modelingの略。建物の情報を活用してモデリングするという意味で、建物の基本情報を建築物のデータベースとして情報活用している。

    建物には、壁、柱、エレベーターやエスカレーターなどの設備、階段など様々なパーツがあるが、BIMでは各パーツごとに名称・品番、規格・仕様、判別情報、材料、数量、性能、価格などの属性情報を3次元モデルに紐付けている。これらの属性情報を施工管理、品質管理、完成後の維持管理に活用し、情報をマネジメントすることがBIMの目的だ。

    このような情報のマネジメント手法を建築分野以外の橋梁、橋脚、駅のホーム、軌道などの土木構造物にも適用する目的で、日本の国土交通省がBIMに倣ってCIM(Construction Information Modeling/Management)という造語を作成。そしてこのCIMという名称は、2018年に国際標準化のながれを踏まえ、3次元化全体を指すものとしてBIM/CIMという正式名称となった。

    国土交通省では本年(2023)度から小規模を除く全ての公共工事において原則BIM/CIM化することを定めた。内容としては、発注者が指定した目的に基づき受注者が3次元モデルを作成・活用すること。活用目的を達成できる程度の範囲、精度で作成すること。そして当面は2次元の図面を使用し、3次元モデルは参考資料にするというもの。まずは裾野を広げて、多くの人がBIM/CIMを活用していこうという意図だ。

    施工前のフェーズにおけるBIM/CIMの活用

    話は再び銀座線渋谷駅移設へ。施工前のフェーズにおけるBIM/CIM活用について池田氏から説明があった。

    駅の移設・切り替えを含むような大規模な鉄道営業線の改良工事では、土木・建築部署だけではなく、軌道、電気、信号、設備、運転、駅、営業といった、様々な部署が関係する。いかに迅速に全部署と合意形成するか、そして各部署間の設計図や計画の不整合をいかに解消していくのか、ということが課題の1つだった。

    例えば、渋谷の現場で桁をかけようとしたときに不整合があって問題が起きた場合の経費的な損害は、職長、とび、鍛冶、ガードマンなどの人件費。クレーン、機械、運搬車両の使用費。これらの経費が一晩で100万から数百万。この金額が1つの不具合によって全て無駄になる。

    設計や計画の不整合が生じるその原因として、部署ごとに2次元設計計画図の管理方法が異なっていたことが挙げられる。部署間で整合性のチェックが実施しにくかったのだ。

    そこで、平面断面図をもとに3次元化して状況を可視化した。全部署の設計計画図を1つの基準で1つの3次元モデルに統合することで干渉や不具合が直ちに顕在化され、事前に変更修正することができるようになった。協議内容を可視化することで、早期の合意形成へと繋がった。

    ▲従来の2Dで表現された近接協議資料。図面を見慣れている人でないと、理解しにくい
    ▲上図と同じ状況を3Dモデルで可視化した図面

    例えば、運転手からどう見えるのか、その状況をシミュレーションして確認することもできた。そして、2次元の図面のように各断面ごとに何枚も書く必要がなくなったこともメリットだった。3次元モデルを作るために多少時間がかかったとしても、施工着手までトータルで考えると、BIM/CIMを活用した方が圧倒的に早くなるのだ。

    ▲運転手目線での3Dモデル

    施工フェーズにおけるBIM/CIMの活用

    次に、施工フェーズでのBIM/CIMの活用について。

    渋谷駅の移設切り替え工事は年末年始の6日間で一部区間を運休し、一気にホームを構築した。6日間で延べ5,000人もの工事関係者が結集する大規模な切り替え工事となった。

    ここでは、複雑で膨大な工程や手順を参加者全員にいかに迅速かつ確実に把握してもらうのか、というのが課題の1つだった。2次元の施工図だけでは関係者全員が理解するのに非常に多くの時間を要したり、各自の技術レベルによって理解度やイメージに齟齬が生じることがある。

    そこで3次元モデルのステップ図を作成し、作業内容や時間工程を可視化したことで、イメージの齟齬がなくなり理解度の向上へと繋げることができた。

    ▲3Dモデルのステップ図。作業内容が可視化できる
    ▲駅移設切替完了の3Dモデルによる計画図

    さらに、この3次元モデルに時間軸を付与した4次元シミュレーションを作成。4次元シミュレーションとは、3次元モデルに時間軸を追加したもので、モデルにアニメーションをつけて再生できるしくみだ。

    現場の施工が計画通り進むと、計画時に作成したシミュレーションを、現場が再現しているようなかたちになる。分単位で時間が付加されることで、工事参加者の技術レベルに関わらず、容易に時間工程や施工手順を理解できるようになった。

    ▲共用開始前の最終点検状況を写した実写画像

    残っていた課題を解決したTwinmotion

    しかしながら、ここまでやっても、この銀座線渋谷駅移設プロジェクトでは、まだなお残る非常に大きな課題があった。

    銀座線渋谷駅では、切り替え工事開始直前の終電まで使用していた軌道の位置に新設ホームを6日間の運休期間で一気に構築するため、発注者側では新ホームでの駅員の習熟研修や、運転手の習熟運転などが事実上できなかったのだ。

    この課題に対して、池田氏はTwinmotionを活用した解決策を講じた。駅移設の半年以上前に供用開始時の新駅舎のVRを撮影し、シミュレーションを行なった。

    これにより、駅員や運転手の習熟研修やイメージ共有だけではなく、信号を遮る状態だった仮囲いの存在に気づくなど、単に3D化するだけでは気付きにくかった数々の問題点を事前に解消することができた。

    ▲Twinmotionを使っていなかったら、信号が見えず、最初の電車が止まって大変なことが起きていた可能性がある。3次元モデルやVRデータは全て池田氏1人で作成しているが、このような複雑なモデルであっても大体1時間ぐらいで作成できるとのこと

    この他、Twinmotionを実際に活用した事例として、渋谷駅の再開発工事の進捗に合わせた周辺のバス停の変更や、渋谷スクランブルスクエアにある、1辺が40m級の巨大デジタルサイネージが新たに作る構造物によって遮られることはないのかという景観協議に使われたという事例が紹介された。

    Twinmotionを活用すれば、非常に精度の高いシミュレーションが可能となるが、ビル群のデータなどはPLATEAUのデータなしには成立しない。

    PLATEAUのデータをTwinmotionへ

    PLATEAUは日本全国の3次元都市モデルをオープンデータ化してバーチャルな都市空間に属性情報を付与して拡張することで、土木建築にとどまらず、あらゆる分野の知見が集積する壮大なプラットフォームだ。官民問わず情報や知見がオープンデータ化されているので、一般の誰でも利用できる。

    PLATEAUでは、3次元都市モデルの標準データ形式としてCityGML形式を採用しており、令和3年8月の時点で全国56都市、3D都市モデルのオープンデータ化を完了している。

    PLATEAUでは3次元都市モデルごとにLODが設定されている。建物に高さをもたせたシンプルな箱物をLOD 1、LOD 1に屋根をつけて表面にテクスチャを貼り付けたものをLOD 2。さらに、窓やドアなどの外構(開口部)を追加したものをLOD 3。そしてその建物の中までモデル化したものをLOD 4と4つのレベルに分類している。

    渋谷駅周辺の地域はLOD 2が公開されているので、PLATEAUのデータをTwinmotionにインポートしたところ、LOD 2がしっかりと表現できた。 ただ、最初は池田氏も尺度を合わせる必要があることを知らなかったため、Twinmotionで人物やクルマのパスを入れてシミュレーションしたところ、渋谷の街に巨人が出現して街を踏み潰して破壊するような、とんでもない映像になってしまった。

    ▲PLATEAUのデータをTwinmotionにインポートした状態。位置関係を保持したLOD 2のデータが取り込まれている
    ▲尺度を合わせずに人物やクルマのパスを入れてシミュレーションした結果。池田氏曰く「進撃のPLATEAU」状態だった

    日本の建設業界では、国土地理院が定義している世界測地系の座標を基準に測量して構造物を構築している。全国が19の座標系に分けられており、関東の地域は第9系に属している。原点は東経139度50分0秒、北緯が36度0分0秒だ。場所は東京都心ではなく、千葉県にあるゴルフ場の池のほとり。東経、北緯ともに切りのいい数字という理由から原点として設定されている。

    渋谷駅は、原点から西側に約12km、南側に約37.8kmの位置に存在する。原点から離れていると扱いにくいので池田氏は元のモデルの原点を逆に東に12km、北に37.8km動かし、スクランブル交差点あたりを原点に置き換えてモデルを構築した。PLATEAUデータは、Twinmotion側でインポートした後に、位置と尺度を調整した。座標さえ合わせておけばTwinmotionで位置関係が保持されるため、後で自由にパーツを追加できる。

    ▲第9系原点と渋谷駅の位置関係。出典はWebGIS
    ▲Twinmotion 2023.1でPLATEAUのデータをインポートし、適切に調整した状態。渋谷駅付近を原点にしたのでPLATEAUのデータの位置はX=3,780,000cm(37.8km)、Y=1,200,000cm(12km)、縮尺はそれぞれ10,000%で設定している
    ▲パーツとしてデジタルサイネージを追加した状態。Twinmotion 2023.1の新機能としてユーザーインターフェイスの各パネルを必要に応じて非表示にできるようになった

    PLATEAUデータがない地域の場合、位置調整は手動になってしまうがTwinmotionはOpenStreetMapと連携しているため、都市を選んでダウンロードすることでマップデータがインポート可能だ。

    手動の位置調整は回転をかけて、水平方向の調整をした後、渋谷の標高(約15m)に合わせてZ方向を1500cmと入力することでピッタリと合わせることができる。詳細度についてはPLATEAUでのLOD 1に相当するが、OpenStreetMapは尺度調整の必要がないので簡単に統合ができるという特徴をもつ。

    ▲OpenStreetMapからマップデータをダウンロードして位置を調整した状態。ここからすでになくなっている建物などは、削除することができる

    デジタル技術を使う上で大切なこと

    BIM/CIMの定着に向けて国土交通省が提唱している重要なキーワードとして「受発注者双方の業務効率化・高度化を推進」「産官学一体となって再構築」の2つがある。

    施工者側がBIM/CIMを導入していても、発注者や協議対象者側が前例踏襲の手法や固定概念にとらわれずに取り組んでいかないと、最大限の効果を発揮できない。そして施工者だけではなく、受発注者双方が一体となって固定概念の壁の向こう側にブレークスルーするということがDX(デジタルトランスフォーメーション)に繋がってくる。

    ▲DXはデジタルのエッセンスを活用して、どう変革するのかというトランスフォーメーションの方が重要なので、池田氏はわざと「X」を大きく書いている

    最後に池田氏から「デジタル技術というのは、魔法の道具ではありません。デジタル技術をどう活用するかによって、その価値が決まっていきます。我々の取り組みは、BIM/CIMという既存技術の延長ではありますが、活用プロセスを変革させることで、新しい価値を作り上げることができます。我々建設業界で取り組んでいる、このような活用事例が皆さんの新たな発想へのヒントや、新しい取り組みへのきっかけになれば幸いです」との結びの言葉があり、セッションは終了した。

    講演動画

    講演資料

    TEXT&EDIT_園田省吾 / Shogo Sonoda(AIRE Design)

    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)