2023年5月20日、エピック ゲームズ ジャパンによる、バーチャルプロダクション(以下、VP)をテーマとしたイベント「Virtual Production Deep Dive 2023」が開催された。Unreal Engine(以下、UE)を活用している企業による全4セッションを行い、VPのメリットや課題などを参加者に伝えた。
本記事ではセッション「海外のバーチャルプロダクションスタジオと事例」と「プリレンダーアーティストが挑むバーチャルプロダクション制作」の模様をレポートする。
Information
Virtual Production Deep Dive 2023
日時:5月20日(土)13:30~19:00
開催方式:オフライン
会場:東京都港区港南1丁目 (品川駅より徒歩10分)
www.unrealengine.com/ja/events/virtual-production-deep-dive-2023
「海外のバーチャルプロダクション スタジオと事例」(エピック ゲームズ ジャパン)
全世界のVPスタジオを一挙公開
セッション「海外のバーチャルプロダクション スタジオと事例」には、エピック ゲームズ ジャパンの向井秀哉氏が登壇した。
向井秀哉氏/エピック ゲームズ ジャパン
www.epicgames.com
まず向井氏は「世界にどのくらいのLEDステージがあると思いますか?」とクイズを出題した。エピック ゲームズ ジャパンの調査によると、2023年4月の時点でLEDステージの数は最低でも560以上あるという。
本セッションでは全世界の中から、UEを使用してインカメラVFXを行なっているVPスタジオをピックアップ。その設備や特徴、制作事例を紹介した。
Nant Studios(アメリカ)
トップバッターはロサンゼルスのNant Studios。数多くのハリウッド映画を制作した実績があり、2021年3月にLEDスタジオをオープンした。メインのLEDは、ROE Black Pearl 2V2 2.84mmで、天井はROE Carbon 5.77mmを使用。この組み合わせは多くのスタジオで使われている。
Epic GamesがインカメラVFXの検証を目的に撮影したテスト映像『Unreal Engine 4.27 In-Camera VFX Test』は、このNant Studiosで撮影されたものだ。
Nant Studiosは2023年3月にオーストラリアのメルボルンに2つのLEDステージをオープンしたばかり。Stage1は30m×12mで可動式を含めて世界最大級のボリュームだ。
Pixomondo(カナダ)
続いては『ゲーム・オブ・スローンズ』などで知られるVFX制作会社Pixomondoが所有するカナダのトロントスタジオを紹介。Pixomondoは2022年10月にソニー・ピクチャーズ エンタテインメントによって買収されたことも記憶に新しい。
もう1つの制作事例として、カナダの都市・カレドンのサッカークラブのCMも上映。このプロジェクトではLEDステージを用いたスローモーションと群衆表現にチャレンジした。
VPは高いフレームレートで撮影するとモアレが発生する可能性があるため、様々なカメラで検証。最終的にはALEXA Miniを使って200fpsに対応できた。群衆はNiagaraを使って1万8千人を配置し、アニメーションはVertex Animation Textureを使用した。
Garden Studios(イギリス)
イギリス、ロンドンのGarden Studiosには2020年に設立した英国初の常設LEDステージがあり、2023年にはさらに大きなStage2をオープンしたばかりだ。
このGarden Studiosでは環境問題を訴える映像が制作された。VPを用いることで、ロケ地での現地撮影した場合と比べて二酸化炭素を95%削減できたという。
Studio Babelsberg(ドイツ)
ドイツのポスダムにあるStudio BabelsbergのDARK BAYには、床を回転できる特徴的なステージがある。移民船を舞台にしたNetflixドラマ『1899』が撮影されたスタジオだ。
当初は360度のLEDボリュームでの撮影を考えていたが、船の巨大なセットの運搬に手間がかかるため、DARK BAYのターンテーブルを利用した。床を回転させながら撮影することで、リバースショットも容易に撮れるようになった。
HYPERBOWL(ドイツ)
同じくドイツ・ミュンヘンのスタジオHYPERBOWLは、空軍の倉庫だった場所にLEDステージを設立した。天井のLEDはCarbonシリーズを使うことが多いが、HYPERBOWLは壁も天井もROE Diamond 2.6mmを使用している。
このスタジオではフォルクスワーゲン ID.4のワールドプレミアムでお披露目されたコンテンツが制作された。新型コロナウイルスの影響によってロケができない中、氷の洞窟、森林、砂漠、サイバーパンクの都市という4つのシチュエーションを、わずか2日間で撮影した。
向井氏は「発表前の新車など、一般に見られてはいけないものをスタジオ内の撮影だけで完結できることも、VPのメリットの1つだと思います」と利点を語る。
空の遠景にはCGI.BackgroundsのHDRIを使用した。なお、CGI.BackgroundsはEpic Gamesの資金提供プログラムであるEpic MegaGrantsを受賞し、HDRIをUEに簡単に取り込むためのプラグインも開発している。
Dreamscreen(オーストラリア)
オーストラリアのメルボルンにあるDreamscreenのスタジオは、メディアサーバにPIXERAを使用している。理由としては類似製品に比べると機能は少し劣るものの比較的安価であることや、コンテンツの再生がメインでライブ配信は行わないため性能としては十分であることを挙げた。なおDreamscreenもEpic MegaGrantsを受賞している。
同スタジオではオーストラリアの大規模森林火災の実話を基にした映画『FIRES』を撮影。火の粉はポストプロダクションではなく、それに模したものを現場で焚いており、バーチャルとリアルの融合によって制作された。
AUX Immersive Studio(シンガポール)
AUX Immersive Studioはシンガポール初のLEDステージだ。ライブなどを行うXRスタジオのため、セクションの趣旨とは少し異なるが、アジアのスタジオということで紹介された。
なお、2022年末にシンガポール政府は、国内のVPを支援するために500万シンガポールドル(約5億円)のファンドを立ち上げるなど、積極的な姿勢を見せている。
シンガポールの国土は東京23区とほぼ同じ大きさで、セットを構築するための場所も限られている。撮影スペースを有効活用でき、天候にも左右されないVPのメリットは大きいだろう。
中国・韓国のVPスタジオ
中国では2023年4月に大手CM会社であるGwantsiがソニーと共同でLEDステージをオープンした。スタジオの写真は公には出ていないが、LEDは湾曲ディスプレイで、天井とサイドに可動式も備えている。同スタジオではファッションブランドのDIORとERLのコラボ作品がすでに撮影されたという。
続いて、韓国のスタジオが4つ紹介された。「Netflixなどでドラマや映画がヒットした影響もあり、韓国ではVPがかなり盛り上がっている印象です」(向井氏)。
最後に、紹介したスタジオの使用機材の集計結果を公開。世界のVPスタジオを概観できる貴重なセッションとなった。
講演動画
講演資料
「プリレンダーアーティストが挑むバーチャルプロダクション制作」(オムニバス・ジャパン)
プリレンダーアーティストが、VP制作にチャレンジ
セッション「プリレンダーアーティストが挑むバーチャルプロダクション制作」にはオムニバス・ジャパンよりCGプロデューサーの徳重岳浩氏とCGディレクターの近藤晋也氏が登壇した。
徳重岳浩氏/オムニバス・ジャパン
www.omnibusjp.com
近藤晋也氏/オムニバス・ジャパン
www.omnibusjp.com
これまでプリレンダーCGを手がけてきたアーティストが、リアルタイムで描画が必要なバーチャルプロダクションにどう挑んだのか、CGを中心に制作事例を伝えた。
1本目はVocument #1『今、映画監督オダギリジョーが立つ場所。』(以下、『Vocument』)のメイキングを紹介。
本作は映像制作における温室効果ガス削減とプロセス効率化を目指す「メタバース プロダクション」の一環として制作されたドキュメンタリームービーである。VPの技術力を日本国内に示すことを目的に始まったプロジェクトのため、CGチームは初期の企画会議から参加している。
最初はアセット作成について、通常の撮影とVPの場合におけるワークフローのちがいについて解説した。
通常は撮影後にHDRIを作成し、それを基に現場環境と同じライティングをCG空間内にもち込み、CGと実写のルックを合わせ込んでいく。つまりアセット作成はポストプロダクションの作業となる。
一方、VPの場合は撮影本番と同時にCGの合成も終了してしまう。そのため撮影の時点で、完成したCGを用意しなければならないのだ。もし机であれば、照明が当たっている実物の机と、LEDに表示されたCGの机、どちらも同じ質感のように見せる必要がある。
ただ撮影本番まではライティングが確定しておらず、CG自体が照明となって実物の見え方にも影響を与えてしまうため、あらかじめアセットを完成させておくことはできない。
それゆえにVPでは現場の状況に合わせて、柔軟な対応ができるような事前準備が求められる。スタジオ内で調整したCGを実物と見比べて、目合わせのようなかたちで違和感がないかチェックをすることもあったという。
アセット制作のツールはMayaとSubstance 3D Painterを使用。こちらはプリレンダーと共通のため支障はなかったが、実物と同じものをCGで制作するデジタルダブルの工程が曲者だった。
デジタルダブル自体は映像制作でよくある作業だが、通常は撮影終了後に数日間かけて行う。しかしVPでは本番の撮影環境が完成してから数十分ほどで終わらせなければならない。
それを実現するために、まずは現場で使う机を計測して同じ寸法でモデルを作成。実物と合わせる上で最も重要となる質感については、テクスチャ撮りをした机の写真から、ディテールを白黒画像で抽出。そこからノーマルを作成して、2種類のテクスチャを各パスに利用することにした。
ベースカラーは白黒に色味を与えて、ベースになる単色のノードを1つつくってマルチプライで構成した。この手法であれば、カラーの画像をカラーコレクションで調整するよりも、色味を直感的に素早く合わせることができた。ディテールの強弱も調整できるため、隣に並んだ机の微妙な個体差にも対応可能になったという。
ラフネスは白黒に対してコントラストや強弱の調整ができるように、ノードをいくつか挟んでパラメータとした。このようにマテリアルに仕込みや工夫を凝らした結果、現場のスピード感に対応できるアセットを用意することができた。
近藤氏は「リアルタイムのCGとはいえ、アセット制作がリアルタイムになったわけではありません。レンダリング時間が短縮されただけで、アセット制作にかかる時間はそこまで変わらないので、いかに先回りして準備しておくのかが大事だと感じました」とアセット制作で得た教訓を語る。
プリレンダーCGで培った経験から、スタジオの現場でどのような修正や要望が出るのかをあらかじめ予想できたことも大いに役立ったという。
『Vocument』のライティングについては、VPのLEDと作業モニタの輝度のちがいに触れた。作業モニタがSDRの場合、輝度は100~300nitsほど。その環境下で綺麗になるように調整したCGをそのままLEDに映してしまうと、コントラストが低くてのっぺりと見えてしまうことが多い。
特に高輝度の部分に違和感が生じるそうだ。VPでも見映えの良いライティングをつくり上げるためには、現実の明るさに近いバランスで制作することが望ましい。
『Vocument』では1,000nitsのHDRモニタは準備できなかったため、UEのポストプロセスボリュームの露出を絞り、その都度チェックするという方法で解決。1,000nitsのレンジを効果的に使用することで、カメラで撮影した際の明るい部分の光の飛び方なども、実写と良く馴染む合成が実現できた。
UE5の新機能を活用したWebドラマ制作事例
続いてはWeb配信のショートドラマ『ひとひらの初恋』の制作事例を紹介。本作はオールVP撮影にチャレンジした作品であり、教室と花屋の背景をUE 5.1で制作したが、どちらも異なる手法を用いた。
教室はUE 4.27で制作した『Vocument』のシーンを、UE 5.1にコンバートして手直しを加えている。間接光はNVIDIAのプラグインであるRTXGIからUE5の新機能のLumenに変更したが、スタジオ撮影時にはライトリーク(光漏れ)やチラつき、間接光の表現、リフレクションのクオリティ面での問題が発生した。
これらのトラブルは出力解像度に依存するものが多く、作業モニタでは気が付かなかったり、そもそも起きなかったりすることもある。またプリレンダーでは数時間かけてレンダリングするが、UE5では非常に短い時間で計算することによる問題も起きる。
そのようなしくみをアーティストが理解しておくことで、現場での不測の事態にも適切に対応できた。
花屋はUE 5.1ネイティブで作成したが、教室のシーンで見られたエラーは少なかったという。花の数が多いため、膨大なポリゴン数を扱えるNaniteメッシュが効果的に機能するなど、UEの新機能が大いに役立った。
近藤氏はUE 5.1を使用した感想として、「プラグインなしでリアルタイムGIや綺麗な光が表現できるようになったのは大きな進化だと思います」とコメント。物理ベースの光の計算に近くなって使い勝手が良くなり、Naniteメッシュなどのハイエンドコンテンツに対応した機能を備えたことで、VP制作での表現の制約も少なくなったと太鼓判を押した。
最後に徳重氏は、VPを成功させるためのポイントについて「全ての部署にワークフローを理解してもらうことが重要だ」と説く。
『Vocument』ではCG部が事前準備をしたが、「今後は制作部の方々も先回りできるような考え方をもっていただけると、VPはいろいろとスムーズに進むと思います」と実感を述べた。今までのワークフローと異なる新しい撮影方法であることを理解してもらい、スタッフ一丸となって挑むことが大切になってくるだろう。
今後の課題としては、現状ではスタジオやコンテンツごとにワークフローがあるが、大枠だけでも一本化して利用者に共有できるようにすることが必要ではないかと提案した。
VPはまだまだ黎明期であるからこそ、各社が連携して盛り上げていくことを呼びかけ、セッションは幕を閉じた。
講演動画
講演資料
TEXT_高橋克則 / Katsunori Takahashi
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada