エピック ゲームズ ジャパンが主催するUnreal Engine(以下、UE)の公式イベント「UNREAL FEST 2023 TOKYO」が、6月2日(金)・3日(土)の2日間にわたってベルサール秋葉原(東京・秋葉原)で開催された。
本記事では、2日目の「Indie Focus」スペシャルトークステージ(STAGE A)で行われた、漫画家・浅野いにお氏によるセッション「Unreal Engine to 漫画」の模様をレポートする。
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イベント概要
UNREAL FEST 2023 TOKYO
日時:6月2日(金)~3日(土)
場所:ベルサール秋葉原
unrealengine.jp/unrealfest/2023
UEの採用で、デジタル漫画制作との関わり方が変わった
本講演を担当したのは、コミック誌『ビッグコミックスペリオール』(小学館)にて連載されている『MUJINA IN TO THE DEEP』の著者、浅野いにお氏(@asano_inio)だ。
1998年に『妖怪ジャンクション』でデビューし、代表作には『ソラニン』、『おやすみプンプン』などがある。2022年に完結した『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』はアニメ化が発表された。
デビュー当時は「デジタルで漫画を描くことが少しずつ始まった頃」だったという。まだ印刷所がデータ入稿に対応していなかった黎明期から、浅野氏は漫画制作にパソコンを活用し始め、今では3DCGで背景を描くにいたった。
3DCG制作にはUEを使用している。本講演では、浅野氏がどのようにしてUEを学び、漫画に活用したかについて解説された。
写真を加工して背景に使っていた時代も
浅野氏は、アナログとデジタルを併用していた2000年代前半から近年にいたるまで、
ここ数年では3DCGを用いた作画を始めており、今はUEを使って、背景だけでなくメカニックの描画もデジタルで行なっている。
前作の『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』はSF作品だったため、ロボットやメカニックなものが多く登場した。アシスタントはもちろん、自分で描く場合にも、コマによってデザインがちがってしまわないよう、3Dのアセットを用意してデザインのブレを防いだという。
3Dアセットについても、モデリングから勉強を始めた。しかし、全てのアセットを自作することは難しかったので、UEで制作したキャラクターの部屋にはマーケットプレイスで購入したアセットを多く配置している。
作品に登場する「街」をUEで創る
現在連載している『MUJINA IN TO THE DEEP』の画期的なところは、作品内に登場する世界や街全体を、全てUE5でつくっているという点だ。3DCGで制作した街の上にキャラクターを描き込み、漫画を描いている。
浅野氏はUEのスペシャリストではないため、街の制作を始める前にいくつかのルールを決めていたという。ひとつは「複雑な機能は使わない」こと。そして、「できるだけ自分ひとりで制作する」ことだ。また、連載の都合もあり、制作期間も前作の連載を終えてから今作の連載が始まるまでの半年間に制限して作業に挑んだ。
ここで、浅野氏はUE5で制作した街に、等身大の女性型アンドロイドを登場させ、街中をウォークスルーさせるデモンストレーション映像を披露した。街はオープンワールドゲームのように、高フレームレートで駆け抜けることができる。
「使用目的は静止画の漫画なので、こうして動かせる必要はないし、なんなら漫画は白黒なのでカラーである必要もありません。ですが、フォトリアルで、かつカラーであった方が何かと汎用性があると判断して、このような高クオリティの街をつくることにしました」(浅野氏)。
街のアセットの中で浅野氏が自作しているものは、パーツ単位で組み合わせているモジュラー構造の建物がメインだ。そのほかの樹木や人物、自動車などのアセットは、マーケットプレイスから購入したものや、無料で配布されているものを配置している。
こうしてつくられた架空の街のサイズは、おおよそ1km四方。しかし、制作期限を半年間に制限していたため、まずは中心となる駅周辺からつくり始め、追って街を広げていくというながれで制作した。
漫画の背景用途なら、商用でも無料で使えるUE
UEを使うようになったのは、趣味であるゲームがきっかけだったという。以前からオープンワールドのゲームを遊んでいた際に、「このグラフィックを漫画の背景にできたらいいな」と考えていた。そこでゲームエンジンをいくつか調べてみたところ、UEは初期費用が無料で、ゲームとは違い漫画やイラストの背景用であれば、商用利用で収益があってもライセンス料が発生しないと知り、UEを使い始めた。
UEにはLandscapeやFoliageといった機能があるため、大型のマップがつくりやすいというのも採用理由のひとつだった。また、UEはリアルタイムレンダリングが可能なので、欲しい場所とアングルの背景がすぐに書き出せるというスピード感も、漫画を制作する浅野氏のニーズに合致した。
加えて、3DCGの経験がなくてもパソコンのゲームが遊べるくらいの人であれば、アセットの配置などを任せられるほど操作が簡単というのも、複数人で作業する漫画制作の現場にとって魅力的だったという。
街の制作スケジュール
街のベースとなる部分の制作は、2022年7月1日から12月31日までのぴったり6ヶ月間で行なっている。
初めの1ヶ月は、建物とマテリアルの仕様を決定した。建物は窓やドア、壁といった各パーツのサイズと、建物の高さなどを最初に決めている。
8月から9月の約2ヶ月間は、建物のパーツと自作が必要なアセットの制作を集中的に行なった。マーケットプレイスにはない、道路標識や自動販売機、信号機といった日本固有のプロップやアセット類は、浅野氏がBlenderを使ってモデリングしている。
10月頃からUEのランドスケープで地面をつくり、道路を設置して区画を作成した。その後、年末にかけて建物を量産し、土地に並べていく作業を行なっている。
モデリングはBlenderで行い、テクスチャはSubstance 3D Painterで制作している。その後、制作した3DモデルをFBX形式でUE5にインポートし、UE5内で配置した。
上記の3D制作が終わったら、漫画に使用するための作業に入る。まず、UE5で街の中で必要な場所、必要なアングルで3DCGを表示し、高解像度スクリーンショットで静止画としてレンダリングする。その画像をPhotoshopに取り込み、フィルタで漫画風の絵に変換した後、必要に応じて線などを書き足して漫画の絵にしていくというワークフローだ。
建物のバリエーションを増やすため、パーツ単位で制作する
浅野氏は建物を1棟ごとにモデリングするのではなく、パーツに分けたモジュラー構造で制作している。壁や窓、屋根などのパーツを様々な組み合わせで配置することで、建物のバリエーションを増やした。
なお、建物の壁の高さは1階分の高さを2.8mに統一し、横幅や奥行きも10cm単位で制作することで、UE5上でパーツ同士をスナップしやすくしている。
そのほかの3Dモデルについては、日本固有のアセットなどはなるべく自作しつつ、「もちろん、全てを自作していたら作業が終わらないので、マーケットプレイスで活用できるものは積極的に買って使っていく」という方針で進めた。
作品内で登場するオリジナルの靴や刀も自らデザインし、モデリングしている。靴はキャラクターの動きに合わせてアニメーションさせる必要があるため、ボーンを入れてアニメーションを組み、UE5にアニメーションデータをインポートして使用した。
テクスチャはSubstance 3D Painterで作業した。マテリアルは一般的なPBRマテリアルを使用しており、アセットごとに固有のマテリアルをつくりたくなかったため、可能な限りUE5のMaterial Layerを用いている。
壁や屋根などの巨大なパーツに関しては、固有のマテリアルやテクスチャは使用せず、汎用のマテリアルを使っている。パーツの大きさとテクスチャのサイズの基準を定める必要があったため、2Kテクスチャが2mになると考えてUV展開した。
レベルを3つに分け、1km四方の土地の上に街を構築していく
浅野氏がつくったプロジェクトは、屋外と室内、アセット確認用という3つのレベルで構成された。屋外の街中は、ひとつのレベルに全ての要素が入っているが、室内の部屋はドラマや映画などのセットのように、各部屋がそれぞれ別のレベルとして制作され、並べられている。
アセット確認用のレベルは、アセットをインポートした際の作業用のレベルだ。電車の車両や工事中の鉄柵、公園のガードレールなどを置いておき、サイズ感や色味などを確認するための場所として使っている。
自分で対応できないトラブルの発生を避けるため、一部の配列用プラグインを除き、基本機能のみでつくり上げているという。
屋外レベルの地面は約1km四方で制作している。街は東京の下北沢をモデルにしており、下北沢駅周辺の道路の画像を下敷きにして、ランドスケープ スプラインを使って道路を敷いていった。
実際の下北沢駅周辺にはあまり高低差はないが、街の構造は踏襲しつつも、漫画映えするように高低差や道路幅を付けている。中には、現実世界ではあり得ないような高低差のある場所も存在するという。
数千個のパーツからなる建物を、Packed Level Actorで管理
区画の作成後には、あらかじめつくっておいた建物のパーツを組み合わせて、建物を制作した。今や建物のパーツは数百〜約千種類まで増えている。
ひとつの建物には、多いもので数千個のパーツが含まれる。以前からこのような作業はしてきたが、こうしたパーツ数の多さから、UE4時代では非常に動作が重かったという。ここで、UE5にて追加されたPacked Level Actor機能がとても効果的だった。
Packed Level Actorとは、配置したスタティックメッシュを、新規のレベルにアクタとして結合し、単体のアクタのように再利用できる機能だ。ひとつのレベルのように管理でき、それをレベルの中で管理するという入れ子構造にすることによって、非常に管理しやすくなったという。街には、この方法で制作した数百種類の建物が並んでいる。
Emissive Materialで室内のライティングを調整
屋外の街とは異なり、室内は自作したものよりも市販のアセットを多く使用している。浅野氏が制作しているのは壁や窓くらいのものだそうだ。
室内の制作で注目すべきポイントは、ライティングである。窓を透明なマテリアルとして制作して外部光源を入り込ませるのではなく、窓自体をEmissive Materialで制作して光源のひとつとして利用しているのだ。
光源が足りない場合は、適宜ポイントライトを追加している。
3Dモデルを活用したアクションシーン
漫画制作において基本的に人物は手描きしているが、動きの激しいアクションシーンなどでは、3Dモデルをベースにして作画する場合もあるという。
人物モデルはUEの基本マネキンを改造して使っている。マネキンに自作した作品オリジナルの靴を履かせたり、剣を持たせたりして、「映える」アングルを検討する。UEを使えば、デジカメを使った背景撮影ではできないようなアングルから、ダイナミックなアクションポーズを撮影することができるため、印象的なレイアウトが作りやすくなった。
このように作成した3Dモデルのレイアウトをレンダリングして、その上から手描きの作画をしている。最終的にマネキンモデルはマスクで消しているため、作画としては活用されないが、過去に描いた経験がないようなアングルやポーズであってもパースの狂いなしで描けるようになるため、作画時間の短縮につながっているという。
レンダリングから漫画の背景になるまで
漫画を描く時は、コマ割りとセリフを指定したネームを見ながら、実際にUE内で各コマに合いそうなカメラアングルを探っていく。
シーンの時間帯はおおまかに昼と夜に分けており、ちょうどいいアングルが見つかれば、高解像度スクリーンショット機能を使ってレンダリングする。浅野氏の原稿サイズはB4なので、横幅6,000pixelでレンダリングの画像サイズを指定している。実際には、横幅4,000pixelのサイズがあれば問題なく使えるという。
画像の加工・編集や原稿の作画は全てPhotoshop上で作業している。レンダリングした画像を加工する工程は、実際の写真を背景にする場合の工程とまったく同じだ。
まず、レンダリングした画像に「アンシャープマスク」フィルタをかけた後に二階調化し、アウトラインを抽出する。レンダリング時に、アウトライン表示をしておいた方が漫画調の表現になりやすいという。その上に、抽出しきれなかったアウトラインなど、適宜必要な部分を描き込んで漫画の絵にしていく。
「私も驚いたのですが、実際の写真よりも、3DCGからアウトラインを抽出する方が、漫画のような絵になるんです。おそらく3DCGの方が実際の写真よりも情報量が若干少なく、ランダム性がないからだとは思うのですが、割と絵的なものになっています」(浅野氏)。
写真を加工して漫画に使うと、大きいコマ1枚につき約3〜4時間の作業が必要だったのが、3DCGを用いて制作したところ、数十分で完成できたという。3DCGの活用により、約10倍ぐらいのスピードで時間が短縮できたのだ。
「複数の作家でひとつの街を共有できたら」
漫画を描くために、ひとつの街を創り上げた浅野氏。しかし準備に半年間かかった上、連載が始まってしまうと、新規パーツの制作などまで手が回らないというのが悩みだそう。
「複数の作家で街のデータを共有し、マルチバースのように同じ街を舞台にして展開するような作品が描ければ、みんなで作業を分担して街をどんどん広げていけるのではないでしょうか」と、浅野氏は新たな漫画制作方式の構想を提案した。
同時に課題として、漫画の場合10年以上続く作品も珍しくないため、それまで街を使い続けられるように維持できるのかという懸念点も挙げた。10年後にも今と同じ制作環境が使えているとは考えられないので、随時アップデート対応が必要になることは予想できる。今のシステムがどれくらい長く使えるのかに、疑問があるという。
しかし、圧倒的なスピードで作画時間を短縮でき、ディテールも上げられるので、漫画制作に3DCGを使用するのは「非常にあり」だと、浅野氏は語った。継続的な使用のためには、まだ改善すべき課題も残っているが、興味のある方はぜひ今回の講演を参考に、挑戦してみてはいかがだろうか。
講演動画
講演資料
TEXT_岩井浩之/Hiroyuki Iwai
EDIT_李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)、小村仁美/Hitomi Komura(CGWORLD)