エピック ゲームズ ジャパンが主催するUnreal Engine(以下、UE)の公式イベント「UNREAL FEST 2023 TOKYO」が、6月2日(金)・3日(土)の2日間にわたってベルサール秋葉原(東京・秋葉原)で開催された。

本稿では、6月2日(金)に実施された株式会社SUBARUおよびシリコンスタジオ株式会社によるセッション「走行デザインレビューシステムの紹介」についてレポートする。

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    イベント概要

    UNREAL FEST 2023 TOKYO

    日時:6月2日(金)~3日(土)
    場所:ベルサール秋葉原
    unrealengine.jp/unrealfest/2023

    走行デザインレビューシステムの開発にいたる経緯

    本セッションで登壇したのは、株式会社SUBARU テクニカル3Dアーティストの宇木孝太郎氏とデジタルモデラー/CGデザイナーの天野幹久氏、シリコンスタジオ株式会社 新規事業開発部担当部長の向井亨光氏の3名だ。

    従来の自動車デザイン評価は、粘土を使ったクレイモデルをクレイモデラーが実物大で制作し、それに塗装やフィルムを施して開発していた。この状態のままでは当然ながら基本的にはずっと止まっている状態だ。

    クルマ本来の姿である走っているシーンを表現できないという課題を解決するために、SUBARUをはじめとした自動車メーカー各社では、CGやVR(バーチャルリアリティ)を活用したビジュアライズを導入している。

    ▲従来の自動車デザイン評価。クレイモデラーが実物大のクレイモデルを作っているところ
    ▲黄色いマーカーを貼り付けてトラッキングし(左)、マッチング技術を応用して走っている様子を再現して検討しているシーン(右)
    ▲Insta360の登場以前から、SUBARUではオリジナルのパノラマカメラを設計・制作している。クルマに搭載して撮影を行い(左)、走行状態での環境パノラマファイルを作成する(右)
    ▲フルCGによる走行再現シーン。SUBARUのクルマはメインマーケットが北米なので、北米の市街地や高速道路をフル3DCGの背景でデータで制作し、デザイン検討を行なっている

    ただ、ビジュアライズを進める上で、大きな新たな課題が出てきた。SUBARUのスタッフはアニメーションが超苦手ということが判明してしまったのだ。社内でCGに関わっているスタッフの多くは元々CADモデラーやCADエンジニアで、クラスAサーフェスと呼ばれる精密な自動車モデルの制作を得意としており、アニメーションの制作は初めてという人がほとんどだった。

    さらに、走行アニメーション制作にはその他に2つの課題があった。1つ目は走行中の車両の動きを再現するには、加速や減速、ステアリングを切った際などの動きを考える必要がある。車両を走行させる路面などの走行環境にも左右されるので、複雑な条件になればなるほど、動きにリアリティをもたせるのは困難であった。

    2つ目はSUBARU社内で、自動車を走行させるような広大なCG環境をもち合わせていなかったこと。特に起伏や高低差の激しい環境の制作は困難だった。長いレンダリング時間も考慮すると、サイクルの早い開発現場では、走行アニメーションによる車両のデザイン評価を多用しにくい背景があった。そこで注目したのが、Unreal Engine(以下、UE)だ。

    UEには、車両が走行できる広大で高品質なグラフィック環境が豊富にあり、ゲームエンジンならではの物理演算による自動車の走行時の挙動再現が可能で、その他充実した機能やテンプレート、プログラマーでなくても操作しやすいブループリントなど、デザイン開発を行う上で魅力的ツールが揃っていた。

    しかし、UEをもってしてもSUBARU社内のスタッフだけでは、納得いくリアルな走行状態の再現はできなかった。そこで、UEを得意とするシリコンスタジオに協力を依頼することになった。

    シリコンスタジオは、米シリコングラフィックス社の日本法人である日本SGI株式会社から、エンタメ部門がスピンアウトしてできた会社だ。現状は東証グロース市場に上場している。メンバー90名程度がエンジニアとテクニカルアーティストで構成されており、デザインからプログラムまで一気通貫での制作ができる会社である。

    フェーズ1で実現できたこと、見えてきた課題

    走行デザインレビューシステムのプロジェクトは、今までにフェーズ1、フェーズ2と進められてきた。順を追って見ていこう。まず、フェーズ1でSUBARUからシリコンスタジオに対して出された要望は大きく3つあった。

    (1)動的な動きを見ながらデザインレビューしたい
    (2)2台並走させながら比較検討したい
    (3)既存のデザインデータを上手く活用したい

    (1)については、動的な動きを再現できるワインディングロードを背景として制作し、スタティックメッシュの車両データに対する挙動の対応をした。

    ▲作成したワインディングロード。地形はランドスケープで作成し、そこに対して道路を引いた

    (2)についてはスプラインを1本引いて、その1本のスプラインで2台並走させるようなしくみを構築。地形はランドスケープを使って自動的にスプラインの高さ方向を沿わせるようなしくみを構築して作業効率化を図りつつ、2台並走用のカメラを設定した。

    ▲道路の中央線にスプラインを引くと、両側に前後方向に入れ替わるようなパスを引くことができる。そこに沿わせて2台が並走するので、様々なカメラ設定をしても2台並んだ状態で見られる仕様だ。複数カメラの切り替えボタンがあり、CMカット的なカメラ設定でクルマに追従しながらカメラもアニメーションする

    (3)については、UEに付属しているCADデータのインポートツールDatasmithを改造することによって、マテリアルの再現度を向上した。

    ▲UEに付属しているDatasmithを活用することで、形状とマテリアルをほぼ自動的に再現できた。ただ、左上の白くなっている部分など、マテリアルが読み込みに対応していないものが一部あったため、UE側のマスターマテリアルを改造している

    フェーズ1の段階で、車両データを取り込むだけでCGに不慣れな人でも走行アニメーションを確認できるようになったが、課題も見えてきた。利便性や作業効率を追求してテンプレート化した結果、走行環境やアニメーションなどが固定されてしまい、汎用性が低くなってしまったのだ。

    また、アニメーションも手付けだったためリアリティの追求は難しかった。そしてSUBARU側で提供した車両データの最適化が甘かったため、容量の重さにより、全体的なルックの質感やパフォーマンスを上げにくかった。

    そこでフェーズ2に向けて、プログラムの汎用性の向上とリアリティの高い挙動を簡単に設定できるようにすることを目標に掲げた。そしてSUBARU、シリコンスタジオ両社の作業分担の強化を行なった。フェーズ1ではイメージ共有に手間がかかったため走行環境をSUBARU側で作成し、シリコンスタジオはシステムやプログラムの部分に注力できるようにしたというわけだ。

    ▲フェーズ2では、SUBARUの商品性とマッチし、起伏や高低差を表現しやすいグランドキャニオンのような荒野をイメージして制作することになった

    フェーズ2で取り組んだ4つのポイント

    フェーズ2で取り組んだのは以下の4点だ。

    (1)クルマの挙動のクオリティ向上
    (2)空気感の演出
    (3)データ取り込みの効率化
    (4)UE5への移行

    (1)について。フェーズ1で実現したスプライン上にクルマを走らせるという機能はそのままに、Chaos Vehicleの挙動再現に必要なパラメータを外部から制御できるよう、ブループリントを修正した。スプライン情報を渡したり、アクセルやブレーキ、テールランプなどを外部から制御することでスプライン上で挙動を制御できるしくみにした。

    走行までの手順もフェーズ1を踏襲してできるだけシンプルにした。まず走行シーン(レベル)を開き、そこに対してスプライン(走行パス)を引いて、走らせたい車両モデルをスプラインに紐付け、シーケンサーでアクセルやブレーキ等を指定するワークフローになった。

    また、Chaos Vehicleを用いたリアルな挙動再現として、挙動ベイクモードを準備した。リアルタイムに挙動再現させながら、その挙動をアニメーションとしてベイクする機能になる。あらかじめ走行パス(挙動)をリアルタイムで検討し、最良のパスが見つかったらベイクし、それをきれいにレンダリングするというフローが可能になった。

    ▲Chaos Vehicleを使ったことで、走行パスのトライ&エラーが楽にできるようになった

    (2)について。フェーズ1ではワインディングロードだったが、砂地を走行時に発生するような粉塵、タイヤの轍、風に舞うような砂煙の演出を行なった。

    粉塵の再現に関しては、UEのNiagaraを使用し、複数のエフェクトを組み合わせてリアリティ感を向上している。また、色や濃さ、発生範囲をパラメータ化したことで背景が雪道ならば白い雪煙も再現できる。

    轍の再現には、ディスプレイスメントを使った。タイヤの接地具合によって発生度を制御し、地面が柔らかければ深く、地面が固ければ浅くというかたちでデフォルトの深さを調整できる。

    ▲Niagaraによる砂煙の演出。風に舞う砂煙もNiagaraを使うことで様々な色や濃さを再現できる
    ▲ディスプレイスメントによる轍の再現

    (3)について。データ取り込みの効率化として、スタティックメッシュで出力されたFBX形式の車両データを、挙動再現可能なスケルタルメッシュに変換する外部プログラムを開発した。ノードの名前など決められたルールに則っていれば、いかなるデータでもスケルタルメッシュ化できる。開発にはFBX SDKを使用した。

    (4)については、フェーズ1ではUE 4.27を使用していたが、新しい機能を積極的に使うという方針でバージョンを5.0.3に切り替えた。

    ▲フェーズ2の最終成果動画の1シーン

    取り組みの成果と今後について

    フェーズ2を終えて、SUBARUとしてはまだ課題はあると前置きした上で、最初の目標であった「自動車本来の姿でのデザイン評価」の実現に、かなり近づけたことを成果として挙げた。ポイントは3つ。

    1つ目はエクステリア。エクステリアデザインにおいて重要になるクルマのハイライト・リフレクションについて、外部環境・車両姿勢の変化に応じた見え方の確認が簡単になった。

    2つ目はインテリア。エクステリアと同様に外部環境の変化による影響を造形のみならず、視認性や操作性を含めた新たな視点での検討が可能になった。特にドライバー視点でのインテリアデザインを検討できるようになったことは大きい。

    3つ目はコストメリット。最初に目指していたアニメーション制作のコスト削減が実現できたことはもちろんメリットだが、それによってリソースをかなり最適化することができたので、SUBARUが元々強みとしていたデジタルデータの作り手たちの造形力向上に繋がったことが、今回の大きな成果として挙げられた。

    最後に宇木氏から、「UEという同じ土俵の上に様々なジャンルのアーティストやエンジニアが参加して、そのアイデアを発揮し合えることが一番のポテンシャルだと思っています。UEを使うことで、様々な場面でソリューションやバリューをもたらすことができています。とても大きな魅力があるUEをハブにして、各業界の方と交流を深め、SUBARUとしてはより良いクルマづくりに繋げていきたいと思っています」との挨拶があり、セッションは締めくくられた。

    講演動画

    TEXT&EDIT_園田省吾 / Shogo Sonoda(AIRE Design)
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)