2023年5月20日、エピック ゲームズ ジャパン主催のバーチャルプロダクション(以下、VP)向けイベント「Virtual Production Deep Dive 2023」が開催された。Unreal Engine(以下、UE)を活用している企業による4つのセッションが行われ、映像制作を通してわかったVPの利点や課題などを紹介した。

本記事ではセッション「期間限定プロジェクトの実施から考える、VPスタジオに必要なこと」「バーチャルプロダクションとインカメラVFXについて/LEDスタジオ事業をロケットスタートする方法」の模様をレポートする。

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    Information

    Virtual Production Deep Dive 2023

    日時:5月20日(土)13:30~19:00
    開催方式:オフライン
    会場:東京都港区港南1丁目 (品川駅より徒歩10分)
    www.unrealengine.com/ja/events/virtual-production-deep-dive-2023

    「期間限定プロジェクトの実施から考える、VPスタジオに必要なこと」(ソニーPCL&角川大映スタジオ)

    ソニーPCLと角川大映スタジオがVPスタジオをオープンした経緯

    セッション「期間限定プロジェクトの実施から考える、VPスタジオに必要なこと」にはソニーPCLの伊藤隆嗣氏と角川大映スタジオの小林壯右氏が登壇した。進行はソニーPCLの千葉有紗氏が務め、両社が取り組んだVPスタジオの成果と課題についてトークセッション形式で語った。

    伊藤隆嗣氏(ソニーPCL)

    www.sonypcl.jp

    小林壯右氏(角川大映スタジオ)

    www.kd-st.co.jp

    ソニーPCLと角川大映スタジオは、2023年1月にVPスタジオを期間限定オープンした。角川大映スタジオ ステージC内に開設したVPスタジオは、当初は3月末で終了する予定だったが、案件が多かったことを踏まえて6月14日まで延長するなど好評を博した。

    まずは両社がタッグを組んだ理由に触れた。ソニーPCLは2022年にクリエイティブ拠点「清澄白河BASE」を開設、同施設にはVPスタジオを構えるが、VPの普及のためには外部にアピールする必要性を感じており、制作力の向上も含めて他社と組みたいという思いがあった。

    角川大映スタジオはスタジオレンタル事業に加えて、映像コンテンツの美術制作にも強みをもつ企業だ。VPスタジオの撮影では、LEDウォールに映す映像と手前に置いたリアルセットを違和感なく馴染ませることが作品のクオリティを左右する。そのためVPとリアルセットの共存・融合を目指す上で、自社の力を発揮できると考えていた。

    また、VPスタジオをもっていないとクライアントからのVPに関する問い合わせに対応できないことや、将来的に美術セットがデジタルに置き換わって事業が縮小することへの危機感など、レンタルや美術制作を扱う同社特有の理由もあったという。こうして両社の思惑が一致したことで、期間限定プロジェクトがスタートした。

    VPスタジオを利用する場合、従来の制作フローと大きく異なるのがプリプロダクションである。準備段階からアートやVFX、Virtual Art Department(VAD)が関わり、各セクションの連携を強化しなければならない。ソニーPCLとしては、美術チームを自社で構える角川大映スタジオとタッグを組むことで、どのような制作フローを構築できるのかを探りたいというねらいもあった。

    ▲VPスタジオの企画は2022年8月にスタート。オープンは2023年1月16日で、準備期間は約5ヵ月ほど。スタッフは「清澄白河BASE」と共通するため、システムの多くは同じものを使用している

    セッションではスタジオのスペックを公開。LEDウォールは「清澄白河BASE」ではカーブさせているが、今回はフラットに設置した。VPはLEDと被写体の距離が均等であるほどライティングが容易になるためカーブしている方が便利だが、クライアントの案件が全てVP用途という訳ではない。

    VPを使わないときに有効面積を広くすることや、スクリーンプロセスではフラットな画面の方が素材の撮り方がシンプルになることを考慮し、フラットで設計する方針になった。美術ステージも「清澄白河BASE」とは異なり、撮影ごとに引き直すようにした。

    結果的に「清澄白河BASE」と異なるLEDウォールを採用したことで、ソニーPCLにとっては受注できる作品の幅が広がるというメリットが生まれた。インカメラVFX(以下、ICVFX)を駆使するなど難易度が高いものは「清澄白河BASE」、スクリーンプロセスなどを扱うものは期間限定スタジオを利用するなど、技術的な観点から案件ごとに住み分けをしていった。

    VPスタジオがもたらすクリエイティブ

    クライアントの問い合わせからスタジオ撮影までの日数について、伊藤氏はCMの場合は1ヵ月半程度と回答した。どの手法を用いるかクライアントの判断が揺れている場合もあり、VPかロケかクロマキーかなどを決めるまでの時間も要するという。

    打ち合わせに関しては、通常の撮影ではスタジオのスタッフは早くてもオールスタッフミーティングからの参加になる。しかし小林氏は「VPの場合は前段階から打ち合わせをした方が良い」とコメントした。多くのクライアントはまだVPを経験したことがないため、どのような素材を用意するべきなのか、撮影の注意点は何なのかをきちんと説明した上で本番に臨んだ方が上手くいく、と今回の経験を踏まえて語る。

    両社がタッグを組んだメリットについては、お互いの強みを学べたことが大きかったという発言があった。例えば角川大映スタジオには社内にVPプロデューサーがいなかったので、打ち合わせでは案件ごとにソニーPCLのスタッフが立ち会い、VPへの理解を深められたことが役立ったという。

    一方の伊藤氏は、角川大映スタジオのクリエイティブを絶賛した。監督からコンテが上がって打ち合わせをした翌日には、美術部からアートプランの提案が出てくるなど、スピーディな対応に驚いたそうだ。

    さらにVPがもたらす制作フローの変化もクリエイティブの向上に繋がった。小林氏はこれまでは美術セットを先につくり、ポストプロダクションで合わせるなど、各セクションが別々に作業する場合がほとんどだった、とふり返る。

    しかしVPでは背景アセットや映像などを事前に見てから、美術セットをどうつくっていくのかを考える必要があり、そういった経験は初めてというスタッフも多かった。ソニーPCLのCGチームから美術に関して事前にリクエストを受けたことも新鮮で、コミュニケーションを綿密に取ることができた。そのようなフローがより良い表現に繋がることに気付けたのは、今回のプロジェクトのおかげだと語った。

    ▲VPスタジオの今後と課題について

    最後にVPスタジオの今後について、伊藤氏は「ICVFXやスクリーンプロセスによる制作の幅は伸び続ける」と断言。現時点でもVPスタジオにポスプロのスタッフが来て背景を調整することでクオリティが上がった事例もあり、ポスト処理を意識した制作フローによって、さらなる品質向上が望めるだろうと話した。ただVPスタジオは各スタッフの連携が求められるため、VPに特化して全員をまとめられる人材が必要になるといった課題も残されている。

    小林氏は「クライアントからもクリエイターからもVPスタジオのニーズは高く、皆が興味を示していることを知った」ことも成果の1つだったと期間限定プロジェクトの意義をコメントした。そして「当社の取り組みはいったん終わるのですが、また再開できるように、皆さんに明るいニュースを届けられる日を目指してやっていきたいと思っています」とさらなる展望を述べて、セッションは幕を閉じた。

    講演動画

    講演資料

    「バーチャルプロダクションとインカメラVFXについて」(スタジオブロス)

    VPとICVFX、成功の鍵は?

    3DCGプロダクション・スタジオブロスのセッション「バーチャルプロダクションとインカメラVFXについて/LEDスタジオ事業をロケットスタートする方法」は2部構成で行われた。前半「バーチャルプロダクションとインカメラVFXについて」には嶋田裕太氏が登壇し、コンテンツまわりについて解説した。

    嶋田裕太氏(スタジオブロス)

    bros.studio

    はじめに、嶋田氏はVPとICVFXが同じものだとよく勘違いされることに言及した。VPはリアルタイム技術と撮影技術を組み合わせた映像制作手法で、ICVFXはその中で使われる手段のひとつに過ぎない。バーチャルカメラ、ロケーションスカウティング(バーチャルロケハン)、ビジュアライゼーションといった他の手法も駆使することで、スケジュールの短縮や予算の削減に貢献できる。

    ICVFXについては「見た目はすごく派手ですが、言ってしまえば動く書き割りです」と簡潔にたとえて、ワークフロー全体を見据えて運用することの重要性を説いた。

    ICVFXと従来のワークフローのちがいで最も大きいのは、デザインとプリビズの間にVirtual Art Department(VAD)という工程が挟まる点だ。VADはアセット制作からステージのオペレーション、パイプラインの整備などを担当し、プリビズやVFX、LED撮影をサポートする。

    ▲従来のワークフローは事前に用意されたものしか撮影できず、カバーできない部分はポストプロダクションで補うというスタンス。そのためポストプロダクションの予算が膨れあがり、スケジュールを圧迫する傾向にある

    VADの仕事はデザイナー、テクニカルアーティスト、エンジニアの3種類に分類できる。デザイナーはフォトグラメトリの素材などを使用して高解像度のリアルスケールのCGアセットを制作し、UEのシーンファイルに落とし込む。この時点で簡単な配置などはUE上で全て行う。

    次にテクニカルアーティストがシーンファイルをVP用に調節する。現場では柔軟な対応が求められるため、撮影に向けての事前準備が欠かせない。VPの現場で経験を積んでいるスタッフであれば「あの監督は空の表現を気にする」といったクリエイターごとの傾向もわかるため、1人ひとりに合わせて最適化し、手軽に変更できるように実装する。エンジニアは現場で遭遇したバグを調べたり、デザイナーからの要望に対応したりするのが仕事となる。

    セッションではVPコンテンツ制作における注意点も紹介された。1つ目はシーンに余計なものを足さないこと。現場では削るのは難しいが足すのは簡単な場合が多く、必要最低限のライトやオブジェクトでシンプルな構成にしておけば処理負荷にも繋がるからだ。

    2つ目はインスタンス機能を必ず使うこと。DCCツールで作成したものをUEにそのままもち込むと動かなくなるというトラブルが起きやすい。VPコンテンツ制作では特にFPSに問題が生じやすいため、事前に動作確認した方が良いだろう。

    最後はICVFXだけではなくバーチャルカメラやロケーションスカウティングなども活用する点を挙げた。LEDにどのようなコンテンツを映すのか、きちんとコンセンサスを取っておくことが成功の鍵になると解説した。

    「LEDスタジオ事業をロケットスタートする方法」(スタジオブロス)

    必要な機材や諸注意など、LEDスタジオの立ち上げ方

    スタジオブロスのセッション後半「LEDスタジオ事業をロケットスタートする方法」には、金子元隆氏が登壇した。ハードウェアや運営にフォーカスして、LEDスタジオを上手く立ち上げる秘訣を伝授した。

    金子元隆氏(スタジオブロス)

    bros.studio

    最初はUEのバージョンについて、金子氏は「必ずUE5.2を使ってほしい」と伝えた。UEは5.1から映像伝送規格であるSMPTE 2110のサポートが始まり、様々なPCモニタに対して必要な画を送る機能が搭載されている。

    LEDスクリーンは、実際にカメラに映るインナーフラスタムと、外側のアウターフラスタムを描画するが、UE5.2からはインナーだけをどのビデオカードで描くかも細かく指定できるようになった。これによって画質や機器への負担も変わることがUE5.2を勧める理由だ。

    ICVFXを支えるリソースについては、バージョン管理ツールのPerforceにも触れた。Perforceは大人数でプロジェクトをつくる際に役立ち、全員が一度にファイルを触ってもコンフリクトが起きないよう、ファイルにバージョンを自動的に付けてくれる。金子氏は「一度使うともう手放すことができないとても便利なツールです」と太鼓判を押した。

    LEDボリューム構成は、質問を受ける機会が多い分野だという。LEDの性能上、被写体の距離が均等であれば同じ明るさで照らされるので、LEDはカーブしている方がライティングが容易になる。

    しかしカーブの場合、円筒形に設置すると声が響くため同時録音で問題が生じることも多い。それを解消するためU字や楕円形のボリュームでつくることが多く、U字の場合は360度をカバーするためにプラグ壁を別途用意するパターンもある。

    ステージについては典型的なサイズ別に3種類を紹介。LargeはドラマやCMが制作可能なサイズで、プラグ壁を塞ぐことでイメージベースライティング(IBL)を組むことができる。

    Mediumは「U」字で、天井を塞ぐパターン。こちらもIBLがわりと綺麗に入るためライティングが楽になる。スペースをあまり取れない場合に有効だ。SmallはフラットなLEDを組み合わせたもの。何を撮影するのか、どのようなメディアなのかに合わせて、準備するステージのサイズやLEDの種類は変わってくる。

    LEDの性能に関しては「ピクセルピッチが小さいLEDが良いLEDだ」と考える人が多いが、金子氏は必ずしもそうではないと否定する。もしピッチが大きくても、広くてもLEDとカメラの間に十分な距離があれば綺麗に映るためだ。

    ピッチが大きい場合はNitsが上げられるため、ピッチが小さいものに比べると明るくなるという利点もある。LEDを見せるために使うのか、照らすために使うのかという用途によっても選択肢は異なるため注意したい。

    ▲VPスタジオに必要な機材も紹介された

    セッションの最後には、LED事業を始めるときの注意点を一挙に公開した。

    「LEDサイネージ業者へのボリューム発注は避ける」のは、日本にはサイネージ業者は多いが、再撮影の経験がある業者はほとんどいないことが理由だ。撮影後に色がどうなるのか、ノイズが出るか出ないかなどは考えていない場合が多いという。

    「UE経験限定のスタッフ募集は危険」と言うのは2022年秋からUE経験者の募集が増えており、つねに人材不足であるため、気をつけなければいけない点なのだとか。自称経験者を雇うよりは、撮影とCGの経験があったり、興味をもっている人材を採用し、UEを半年間学んでもらえれば実践レベルに達すると語った。

    「DMXを使わない/使えない照明部は避ける」に関して、金子氏は「ICVFXで一番重要なのはライティングと最適化で、この2つが上手くいけばほぼ成功したと思っていただいて結構です」と言い切る。そのためDMXで中と外の照明を合わせるのは非常に重要であり、DMXが使える照明部と組んだ方が失敗は少なくなる。

    「ICVFX未経験のフォトグラメトリ業者は避ける」はフォトグラメトリ業者は撮影を意識しないのでメッシュが一体化している場合が多いことを指摘。撮影では物を動かすという作業が当たり前のように発生するため、トラブルが起きてしまうのだ。

    以上のように、同セッションではLEDボリュームの構成やスタジオを設置する場所、必要となる機材、事業スタート時の諸注意などを網羅し、充実のセッションとなった。

    講演動画

    講演資料

    TEXT_高橋克則 / Katsunori Takahashi
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada