2023年12月9日(土)、10日(日)にVRChat上で開催された『プリキュア』シリーズ初となるバーチャルイベント「プリキュアバーチャルワールド」。VR空間でのキャラクターショーなどバーチャルイベントとしてもユニークな試みの数々について、主要スタッフに聞いた。

記事の目次

    「現実とアニメの世界をつなぐ」VR世界への挑戦

    本イベントは、音楽とダンスを見せる「ミュージックステージ」と、アクションを見せる「バーチャルキャラクターショー」のほか、ワールド内ではアニメ上映やキャラクターグリーティングも楽しめる。

    ワールドの無料エリアでは、イベントに登場するプリキュアたちのデジタルフィギュアや、Gugenka開発のアバター制作アプリ「MakeAvatar」で使える各作品の制服を購入することも可能だ。

    「プリキュアバーチャルワールド」
    2023年12月9日(土)、10(日)
    主催:東映アニメーション、Gugenka
    gugenka.inc/precurevirtualworld
    ©東映アニメーション ©Gugenka®

    企画のきっかけになったのは、Gugenkaとサンリオが2021年から開催しているバーチャルイベント「SANRIO Virtual Festival」

    Gugenkaの三上昌史氏の招待で参加した東映アニメーションの田中耀平氏は、「新体験のエンターテインメントだと感じました。もしこれを『プリキュア』でやれたら、すごいものができると思ったんです」と当時をふり返る。ちょうど『プリキュア』シリーズ20周年というタイミングが重なり、Gugenkaとのタッグが実現することとなった。

    ▲写真左から 3DCG・五十嵐拓也氏、ビジュアルエフェクト・伊藤こうじろう氏、プロジェクトコーディネーター・井上武士氏、企画・三上昌史氏、プロジェクトコーディネーター・齋藤香奈氏、演出・ウワン氏 以上、Gugenka

    『プリキュア』シリーズ初のバーチャルイベントの制作にあたっては、「プリキュアに会える」「目の前でパフォーマンスしてくれる臨場感」「昔のプリキュアに会える感動や懐かしさ」がコンセプトとして掲げられた。

    「放映が終了した作品はその後の展開がどうしても薄くなってしまうので、変わらず応援してくれるファンの需要に応えたい、そして今はもう卒業されてしまった方たちに、好きだったときの気持ちを思い出して、またハマってほしい」(田中氏)という企画意図を踏まえ、今回のイベントに登場するプリキュアには、『Yes !プリキュア5GoGo!』(2008~09)、『ハートキャッチプリキュア!』(2010~11)、『スマイルプリキュア!』(2012~13)の3作品が選ばれた。

    こうして2022年の年末から構想が練られ、本格的な制作は2023年の2月からスタート。そこから12月の開催まで、時間をかけて制作が行われた。その詳細をみていこう。

    企画/プロデューサー・田中耀平氏(東映アニメーション)

    <1>『プリキュア』の世界に入り込めるバーチャルワールド

    可愛いものを散りばめたプリキュアらしい空間

    本イベントでは、VRChat上にイベント専用のワールドを構築し、ストアやシアターなどが設置され参加者が自由に散策や買い物などを楽しめるようになっている。

    「“現実とアニメの世界を繋ぐ場所”を土台として、お客さんが『プリキュア』の世界に入ったと思ってもらえるような世界観を目指し、可愛いものを散りばめました」(田中氏)と語るように、積極的に『プリキュア』らしさを感じられるロケーションが制作された。また、イベントらしくテーマパーク感も意識したという。

    制作プロセスは、まずワールド全体でゾーニングをおおまかに決めることから始まった。「いきなり具体的なイメージづくりをしようとしても、思考の解像度が上がらないため、まずゾーニングから行いました」とGugenkaのプロジェクトコーディネーター・齋藤香奈氏はその理由を説明する。

    ゾーニングがまとまった後に、コンセプトアートの制作に入る。ここではワールド全体のイメージを統一するモチーフとしてハートマークを採用。その後の実制作では、エントランスをはじめ様々な場所にハートを散りばめることで、全体的に可愛さや素敵さを感じられるように仕上げた。「ビビッドな色は使わず、パステルっぽい雰囲気でまとめています」(齋藤氏)。

    当初は星や音符などもモチーフとして検討されていたが、使いすぎると『プリキュア』シリーズの特定のタイトルを想起させてしまうため、シリーズで多く使われており、かつ可愛らしさがストレートに伝わるハートを採用するにいたったという。

    こうして『プリキュア』シリーズの世界に入り込んだような体験ができるバーチャルワールドが出来上がった。さらに、プリキュア愛を感じさせるしかけとして、『ハートキャッチプリキュア!』に登場する妖精コッペ様や、『スマイルプリキュア!』35話でキュアハッピーが変身したハッピーロボなど、各シリーズで印象的なキャラクターをワールド内に登場させている。

    プリキュアらしさを表現したワールド

    • ▲プリキュアバーチャルワールドのコンセプトアート
    • ▲実際のワールドの一部。ハッピーロボの姿も見える
    • ▲ワールドのエントランス。ハートがあしらわれており、世界観を印象づける
    • ▲ファンシーセントラルにある中央駅。こちらも大きなハートとパステル調のデザインで可愛さを演出
    ▲コッペ様の全体像。原作のキャラを踏襲し、基本的には動かないが、アバターと一緒に写真を撮ることができる。また奥には同シリーズに登場する「こころの大樹」の姿も
    • ▲ハッピーロボ全体像。セル塗り風のテクスチャが原作アニメを思わせる
    • ▲ビーズオブジェ。プリキュアの蝶の色彩には、『Yes!プリキュア5』のモチーフということもあり、何度も調整が入ったという

    制作のながれ

    • ▲まず3Dでおおまかにワールド全体の構想を練りつつ、ゾーニングする作業から始まった。ドームなどの建物をどこに配置するかもここで決めている
    • ▲【左画像】を基に制作されたラフモデル
    ▲ユーザー視点でVRで実際にワールドを観たときのフィーリングもチェックする
    • ▲ドーム周辺
    • ▲中央スクエア

    <2>キャラクターモデル

    原作アニメでみた煌めきをVRで間近で観るために

    ミュージックステージやバーチャルキャラクターショーに起用された『プリキュア』シリーズのキャラクターは、実際にアニメで使用された3Dモデルが東映アニメーションからGugenkaに提供されている。ただし、そのままのモデルではVR上では負荷が高いため、VR用に再調整が行われた。

    アニメのモデルはもともと映像用であり、リアルタイムレンダリングの処理落ちを気にせず作られているが、リアルタイムでプレイするVRでは安定したfpsが求められるため、モデルのポリゴン数などの大幅な削減が必要となった。

    特にミュージックステージでは15人のキャラクターが一斉に歌い踊るシーンもあることから、15体同時に描画しても問題ないレベルを基準としてリダクションが行われた。

    東映アニメーションのモデルは7万~8万ポリゴンと、150前後のマテリアルで構成されたものだ。ここからポリゴンを半分以下の3万ポリゴンまで削減。アニメの印象を担保するため、シルエットを維持しつつポリゴンを削る工夫がなされた。

    「リボンなどのアクセサリー部分は輪郭部分の形状は変えずに、内側のポリゴンを削っています」(3DCG・五十嵐拓也氏)。

    マテリアルにいたっては、驚くことに4つまで削減している。元のモデルはマテリアルカラーで身体の各パーツの色が表現されていたため膨大な数になっていたが、VR向けにはカラーをテクスチャで表現することにし、マテリアルは主に髪、眼球、アクセサリーと胴体のみに絞る方針が採られた。

    なお、リグについてはアニメーション作業時にはHumanIKを使用し、Unityで動かす際にコンストレイントの設定を行いスカートが裏返らないようにするなどの調整を加えている

    TVアニメ用モデルを調整したキャラクターモデル

    • ▲『Yes!プリキュア5GoGo!』の主人公キュアドリームのアニメ用モデル
    • ▲VR向けにポリゴン数、マテリアル数、テクスチャ枚数を削減したもの。一見するとそうは見えないくらい原作のフィーリングを落としていない
    • ▲『ハートキャッチプリキュア!』の主人公、キュアブロッサムのアニメ用モデル
    • ▲VR向けに調整されたモデル
    • ▲『スマイルプリキュア!』の主人公キュアハッピーのアニメ用モデル
    • ▲VR向けに調整されたモデル

    シルエットを重視したリダクション

    • ▲キュアドリームのアニメ用モデルのワイヤフレーム表示。ポリゴン数の高さがひと目でわかる
    • ▲調整後
    • ▲キュアブロッサムのアニメ用モデル
    • ▲調整後
    • ▲キュアハッピーのアニメ用モデル
    • ▲調整後。いずれもリボンやフリルのアウトラインはそのままに、内側のポリゴンの割りを減らしたりすることでシルエットを担保している。なお、顔についてはアニメ用のブレンドシェイプをそのまま使用するためリダクションしていない

    リアルタイムレンダリングに堪えるマテリアル削減

    • ▲キュアドリームの顔テクスチャ
    • ▲髪テクスチャ
    • ▲キュアブロッサムの顔テクスチャ
    • ▲髪テクスチャ
    • ▲キュアハッピーの顔テクスチャ
    • ▲髪テクスチャ
    ▲キュアブロッサムのアニメ用モデルに使われているマテリアルの一覧
    ▲調整後のマテリアル一覧。髪、眼球、アクセサリー、胴体といった主要パーツに絞り、カラーをテクスチャで表現することでマテリアル数を削減した

    <3>ミュージックステージ

    パフォーマンスを全方位から楽しませる工夫

    『プリキュア』シリーズといえば、EDアニメーションで観られるメインキャラクターたちのダンスも魅力のひとつ。今回「プリキュアバーチャルワールド」のミュージックステージでは、そんなアニメで観てきた音楽とダンスを、VRで全方位から間近に観ることができるパフォーマンスステージへと昇華させた。

    今回のミュージックステージには、『プリキュア』3作品のみならず、電脳少女シロやジョー・力一などのVTuber6名もゲストとして出演。それぞれに3~4曲のパフォーマンスとMCを用意することになり、制作工数とのバランスを考慮しながら、飽きさせない演出のバリエーションを創り出すための工夫が凝らされた。

    VRのライブパフォーマンスの演出にはパーティクルが多用されがちだが、今回は動画ファイルを透過形式でステージ周囲に配置。

    「ステージの周囲を動画で囲むことで、正面や後ろ、どの方向から見ても綺麗に見える演出を目指しました」と語るのは、ミュージックステージの構成・演出を担当したプロジェクトコーディネーター・井上武士氏。

    動画を用いることで、映像の編集技術をそのまま演出に活かせるため表現の幅が広がり、また、今回はステージセット自体は全ステージで共通であったため、曲ごとにイメージを大きく変えられるという意味でも大きな効果があったという。

    さらにダンス中のステージギミックもつくり込まれた。ステージ周囲の壁がひび割れ、外に青空がみえるアニメーション演出やステージの土台が音楽に合わせて変形していくようなダイナミックな演出などが、曲ごとに採用された。これらもまた、現実ではできない、VRならではの趣向と言えるだろう。

    加えて、様々なステージギミックが楽曲に合わせてアニメーションする演出も導入された。ステージの周囲を彩る波形エフェクトやハート形のスピーカーなど音に合わせて動くオブジェクトが用意され、より音楽との一体感を高めている。

    360 度どこからでも見られるパフォーマンス

    • ▲ミュージックステージを正面から見た様子
    • ▲15人のプリキュアによる圧巻のパフォーマンス
    • ▲VR空間でのステージ中の様子。アバターたちが思い思いの場所で鑑賞しているのがわかる。アバターが持つペンライトの色が楽曲中に自動的に変化する演出も組み込まれていた
    • ▲円形ステージの背後から鑑賞することもできる
    ▲キュアブロッサムのDynamicBone設定。揺れものは基本的にシミュレーションで自動化しているが、Unity上で問題なく動くものがVRChat上では動かないケースがままあり、その場合はStiffness(剛性)の値を手動で調整するなどして対応した

    ステージギミック

    『スマイルプリキュア!』ステージの終盤では、ステージそのものが変形する演出が取り入れられた。

    ▲パフォーマンス中のステージの上から大きなステージが降りてくる。合体した広大なステージ上で、3シリーズのプリキュア15名によるフィナーレが行われる

    動画を活用した演出

    • ▲ステージの周囲を囲むようにメッシュを配置
    • ▲【左画像】のメッシュに透過した動画を貼り付けることで、文字が浮き上がって見える
    • ▲ステージの正面から見た状態
    • ▲ステージの背後から見た状態。どの位置からでも同じ演出を楽しむことができる

    窓の外の空

    ▲ステージを取り囲む窓が割れ、青空が見える演出
    ▲ステージを外から見た状態。大きな球体でステージを囲み、球の内側に空を貼り付けている

    <4>バーチャルキャラクターショー

    15分のショーをカット割りなしのVR空間で見せる工夫

    本イベントの目玉とも言える『ハートキャッチプリキュア!』のバーチャルキャラクターショーは、現実のキャラクターショーの面白さをVRにもち込むことをコンセプトに制作された。

    「カット割りのないVR空間で、近距離でプリキュアたちがダイナミックに戦っているシーンをいかに臨場感たっぷりに見せられるかが重要でした」(演出・ウワン氏)。

    15分のショーを、カット割りなしでどこから見ても成立するように見せるには、緻密な設計が不可欠だった。東映アニメーション制作の脚本をベースに齋藤氏、ウワン氏、ビジュアルエフェクト担当の伊藤こうじろう氏で演出を検討し、変身シーンとEDのダンス部分は齋藤氏が絵コンテを制作。

    東映アニメーション側の監修は『ハートキャッチプリキュア!』の当時の担当プロデューサーの協力の下、絵コンテの段階から何度もリテイクをくり返してブラッシュアップしていった。

    VR空間ならではの見せ方として、敵であるデザトリアンを倒したときにポリゴンが弾け、さらにポリゴンが集合して復活するという演出を実装。

    また、決め技についてはいかに原作アニメに近づけつつ映える演出ができるかを探りながら制作された。キャラクターショーや劇場版ではお決まりのプリキュアが観客の応援を力に変える演出は、今回は観客のペンライトから光が照らされ、地面に花が咲くというかたちで表現されている。

    特にこだわったのは、やはり変身シーンだ。変身シーンは「エフェクトを派手に盛ってほしい」というオーダーが東映アニメーションからあったという。主人公たちがプリキュアへ変わっていく演出は、バーチャルならではのオリジナル要素も交えながら構築。VR空間と配信で、それぞれ異なるアングルから楽しめるように制作された。

    今回、VRイベントとしては異例の動員数を記録したという本イベント。「機会があれば今回登場したシリーズ以外の『プリキュア』でもバーチャルイベントができたらいいですね」(田中氏)。

    「VRの音楽ライブは他のIP作品でもよくありますが、キャラクターショーはあまり類を見ません。今回、VRのキャラクターショーという新しい枠組みをつくることができたので、今後は他のアニメ作品でもやっていきたいですね」(三上氏)。

    『プリキュア』シリーズもGugenkaが手がけるVRイベントも、どちらも今後の展開が楽しみだ。

    キャラクターショー制作のながれ

    ▲東映アニメーションが制作した脚本を基に、Gugenkaが制作したVコンテの一部
    ▲モーションを収録。VR上での空間の広さと収録スタジオの広さを一致させている
    ▲デザトリアンの調整前のアニメーション
    ▲調整後のアニメーション。大きく上に飛び上がるなど、メリハリのある動きに調整。「プリキュアもデザトリアンも、奥行きと上下の動きを活かした臨場感ある動きになるよう意識しました。Gugenkaでここまでしっかりキャラクターアニメーションを付けることはあまり例がなかったですね」(ウワン氏)
    ▲Unity上でエフェクトとセカンダリアニメーションを追加したもの

    決め技エフェクト

    • ▲TVアニメ『ハートキャッチプリキュア!』より、キュアブロッサムの決め技「プリキュア・ピンクフォルテウェイブ」
    • ▲バーチャルキャラクターショーでの同決め技の発動シーン。このときのみ天球で画面全体を覆い、背景が見えないようにしている
    • ▲同じくTVアニメ版より、キュアサンシャインの決め技「プリキュア・ゴールドフォルテバースト」
    • ▲バーチャルキャラクターショーでの同決め技発動シーン。このとき舞う花はBlenderで制作し、UnityのShurikenでエフェクトとして組み立てている
    ▲キュアブロッサムとキュアマリンの合体技「プリキュア・フローラルパワー・フォルティシモ」とキュアサンシャイン、キュアムーンライトの決め技を合体させた、今回のショーオリジナルの決め技演出

    デザトリアンの消滅エフェクト

    • ▲デザトリアン消滅の様子。ポリゴンに変化してゆっくりと弾けていき、最後にはバラバラになって消えてゆく
    • ▲当初はディゾルブで表現する案もあったが、ただ溶けていくだけでは平面的な表現になってしまうため、ポリゴンを採用した。「実はポリゴン自体をいじる演出は初めてでした。逐一fpsを確認しながら制作を進めました」(伊藤氏)

    変身シーン

    配信版のアングルから見た変身シーン。VRChatでは、これらが上空で進行するため、下から見上げるかたちになる。変身中には、香水が観客に降りかかってくる演出も。

    ▲変身前の2人が光に包まれ上空に浮き上がり、さらに大きな光に覆われる
    ▲白く発光したコスチュームが、パーツごとに順番に姿を現していく。この順番は、TVアニメ版に合わせている
    • ▲ハートのビームや画面を覆い尽くすほどの花など、変身の完成に向けてエフェクトがどんどん豪華になっていく
    • ▲これらのエフェクトは軽量なものを使用し、処理負荷を抑えている

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    TEXT_葛西 祝
    EDIT_小村仁美Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子/Momoko Yamada