壮大なストーリーとスタイリッシュなビジュアルで多くのファンから愛される『ペルソナ』シリーズ。WW累計売上本数は1,700万本以上で、海外でも人気を誇っている。そんな『ペルソナ』シリーズの金字塔タイトル『ペルソナ3』が18年の時を経てフルリメイク。最新グラフィックを携えて蘇った本作について、アトラスの開発陣に話を聞いた。
開発環境と体制を刷新しスピード感のある開発を実現
主人公は「ペルソナ」という心の力に目覚めたことで、仲間と共に「影時間」に現れる謎の怪物「シャドウ」を討伐するための戦いに身を投じていく……。2006年に発売された『ペルソナ3(以下、P3)』は、現在の『ペルソナ』シリーズの特徴として語られる、スタイリッシュなビジュアル路線を確立したタイトルである。
アトラスP-Studioは2016年に『ペルソナ5(以下、P5)』、2019年に決定版となる『ペルソナ5 ザ・ロイヤル(以下、P5R)』を発売。直後、ユーザーからのリメイクを待ち望む声が後押しとなり、「『つくるなら今であろう』という判断の下、2019年末に企画がスタートしました」とディレクター山口拓也氏は当時をふり返る。
アートディレクターを務める熊谷友寛氏は「『P5R』を経験して表現のラインが底上げされていましたので、『P3』オリジナル版を踏襲した上で、新しいグラフィック表現に挑めると思いました」と語る。オリジナル版の良さを残しつつ、現代風の新しい表現へ挑戦し、「懐かしくも新鮮なゲーム」を目指した。
『P5R』までは自社製エンジンと3ds Maxをメインツールとしていたが、本作からUnreal Engine(以下、UE)とMayaに本格的に移行。そしてリガーやTA、プログラマーによるデータのやりとり等を主に担うインフラ班を新設し、デザイナーがよりクリエイティブに注力できるようになった。
なお、開発チームにはオリジナル版開発の参加経験をもつベテランスタッフや、学生時代に『ペルソナ』シリーズに触れて入社した若手が揃っており、個々の作品愛が高く、ポジティブな開発になったという。それではその詳細をみていこう。
イラストの特徴を再現するキャラクター制作
頭身の上がったキャラクターをいかに表現するか
熊谷氏はキャラクターを刷新するにあたって、まずオリジナル版から最新作までに描かれてきた主人公イラストを一挙に並べたという。
「オリジナル版のキャラクターはデフォルメされたプロポーションでした。キャラクターの頭身が上がることで表現の幅が広がるため、本作の主人公の頭身をどれくらいにするか、ディテールはどうするかをまず考えました」(熊谷氏)。
キャラクターのディテールや頭身が決まると、各デザインチームにイメージを共有し、さらにオリジナル版の資料も見てもらったという。スタッフはもともと頭の中に『P3』像が出来上がっており、山口氏いわく「説明は最小限で済んだ」とのこと。
キャラクターモデルの制作フローは大きくふたつ、ラフモデル制作とブラッシュアップ制作の2工程に分かれている。ラフモデル制作は実機に組み込みプレイできるような状態にすることを目的としており、シルエットや頭身、身長、ジョイント位置などをここで確定させる。
その後、バストアップイラストを参考にしてメッシュやテクスチャのブラッシュアップを行なっていく。フェイシャルのジョイントもブラッシュアップ工程にて調整する。
リードモデリングデザイナーの佐藤央隆氏がモデル制作において注力した点を次のように語る。
「昔のゲーム画面を完全に再現するよりも、ユーザーの中にある『P3』のイメージを再現することを念頭に置き、昔に描かれたイラストを優先して参考にしました」。ただ、例えばバイクなど時代感に合わないデザインのものはアート班に新規でデザインを描き下ろしてもらっている。
NPCおよび群衆に関しては、基本的に『P5R』からモーション、モデル、骨格を全てコンバートして使用している。「前作では作業者によってつくり方がまちまちだったので、本作ではルールづけと運用方法を事前に取り決めました」(佐藤氏)。
モデルは髪、顔、体で必ず分け、組み合わせる。顔のメッシュは全キャラクターで統一、頂点の追加はしない、頂点の移動だけで造形する、など基本的なルールを統一し、しっかりとフローに組み込んだ。
キャラクター制作のプロセス
「メインキャラクターやサブキャラクターのモデルは、アート班が新規に描き起こしたバストアップイラストを基に制作を進めました」(チーフデザイナー・高田 裕一郎氏)。
モデル制作のプロセスは、まず過去のイラストを参考にモデル班がラフモデルを作成、次いでアート班がバストアップイラストを作成。イラストとモデルの印象が近くなるように、モデル班がブラッシュアップする。
「イラストとモデルの表情はかなり近くて、どちらを見ても、キャラクターの雰囲気が同じに見えると思います」(山口氏)。
テクスチャ構成
テクスチャはRGBカラー、マスクA、マスクB、そしてシャドウカラーの4種類。RGBにはそれぞれ、ハイライトとライン、リムライトカラー。アルファチャンネルに影指定マスク。マスクAはリムライト、リフレクト、ハイライト。マスクBはUIカラー、SSS、服の縫い目専用のラインマスク。そして、シャドウカラーを格納している。
目については、RGBカラー、ノーマル、シャドウカラーに加え、専用のマスクとしてRにハイライト、Gに視差、Bにシャドウを格納。メインのキャラクターは4種類のマスクをフルで使っているが、モブキャラクターはマスクの数を減らして簡略化している。マテリアルはUEでイチから組み直し、特徴的なリムライトやハイライトなどにもカラーを設定できるようになっている。
「重厚な塗りを再現できるシェーダを組んで、イラストとして成立するように意識しました」(高田氏)。
本作ならではのテイストを意識したモーション
リガーの参加により新たなカスタムリグを開発
これまで、アトラスでは3ds Maxをメインツールにしていたため、リギングにはBipedを使用していた。しかし、「本作で3ds MaxからMayaに移行するのに合わせて、リガーを積極的に採用し、改めて現場の要望を聞きながら、オリジナルのリグをイチから構築しました」(山口氏)。
「例えば胴体を動かしたときに手も一緒についてくるのか、もしくは胴体を動かしても手はその場に残るか。スイッチを切り替えると制御が変わってほしい。そんな要望を細かく出して、擦り合わせながらベースとなるリグをつくりました」(リードモーションデザイナー・田端浩和氏)。
人型のものはそうして作成したベースリグを共通で使用し、エネミーなど、人型ではないものは個別に作成している。
アニメーションの制作ポイントとしては、『P5』のテイストを意識しつつ、あえて抑え気味にしているという。
「『P5』では怪盗団という設定もあり、キャラクター本人が超人的な動きをしても許される世界観でしたが、本作はあくまでペルソナの力を借りている生身の高校生。アクロバティックにバク転したり、現実離れした高いジャンプをしたり、といった超人的なアクションは今回はあえて控えています」(田端氏)。
その分、ペルソナの力を借りて強力なスキルを放つ「テウルギア」の場合には超常的な動きを付けている。
フェイシャルに関しては、日常やフィールド上でのキャラクターの口パクについては、自動リップシンクを採用。「モデル班側で『あいうえお』の5種類の口を用意し、イベント班側で制御をしています」(田端氏)。
ベースとなる表情は、アート班が描いたバストアップイラストに合わせたものになっている。バトル中やキャンプメニューなど、カメラが固定の場合はリップシンクは使わずに手付けで作成している。
最後に揺れものの設定について、バトル中のモーションは基本手付けで対応しているが、それ以外の日常モーションなどは物理制御を入れて自動で動かしている。ペルソナの揺れものも基本的には全て手付けだが、一部プリーステスなどは手付けと物理制御を組み合わせているという。
「物理シミュレーションの処理も入れることで、モーションからモーションに遷移する間のカクッとなる動きが滑らかになります」(田端氏)。
イチから構築したボディリグ
本作のリグはMayaへの移行に合わせてイチから新たに構築された。
カメラに合わせた繊細なフェイシャル
本作ではキャラクターの見た目をイラストに限りなく近づけるため、フェイシャル用の骨を細かく入れており、テウルギアの演出や特殊な状況下で表情を付ける際には、カメラアングルに合わせて顔を変形させることで、イラストに近い表現を行なっている。
アニメーションのポイント
通常のバトルモーションでは、前述のとおり普通の高校生感を出すために派手な動きは控えめにしているが、逆にあえて派手な動きを付けているのがペルソナの力を借りる強力なスキル「テウルギア」使用時だ。
世界観の礎となる背景とライティング
日常・影時間・ダンジョン 3つの空間の描き分け
本作の舞台となる学園は人工島にあり、虚構のような夢の中のような不思議な雰囲気を醸し出している。そんな今作の背景班を率いたのは、オリジナル版『P3』の開発にも携わっていたリード3Dバックグラウンドデザイナー・深澤修児氏だ。“日常”、“影時間”、“タルタロス(ダンジョン)”の3種からなる背景を、それぞれライティングも含めて印象的につくり上げている。
「日常のコンセプトは『爽やかさ』です。キャラクターの見た目に合わせて、背景も抜けるようなすがすがしさを再現できるようなライティングを目指しました」(深澤氏)。
ただ、明るいだけではなく、どこか嘘っぽい虚構の世界の雰囲気が出るように意識したという。影時間では日常の明るさとの対比となるダークな雰囲気を表現し、現実ではあり得ない方向感覚のないライティングを施している。
「日常にどことなく虚無感を感じている主人公たちが活き活きとするのが影時間です。また、タルタロスは異空間に現れるひとつの巨大建造物であるという存在感を意識し、内装において全階層に共通性のある歯車や動きのあるしかけを配置しています」(深澤氏)。
日常背景の作成は、オリジナル版のデータを参考に、建物サイズやレイアウトなどをキャラクターの頭身に合わせ、違和感のないよう調整を重ねている。自動生成ダンジョンであるタルタロスの背景パーツは、オリジナル版のイメージを再現しつつ、新たに描かれたアートを基に作成し直した。
「タルタロスの造形自体はかなり巨大で、その迫力が出るようなスケール感を目指して、一方でキャラクターが小人に見えてしまわないように、例えば床のタイルはできるだけ細かく作成するなど工夫しています」(深澤氏)。
また、ダンジョン内ではパフォーマンスの観点からLODを注意深く細かく設定しており、3~4段階を自動で切り替えるかたちにしている。さらに自動生成ゆえにハイポリ化したものが大量に配置されてしまうため、画面のクオリティ水準を落とさないよう、ひとつひとつのパーツを軽量化していった。
キャラクターの影の落とし方については、キャラクターの動きに合わせて影も一緒に動いてほしいという要望を受け、ポイントライトやスポットライトを重ならないように点々と配置して対応している。キャラクターが日陰にいる際には、接地面から浮いて見えてしまわないようにカプセルシャドウを入れ、背景のみに黒影が出るように設定している。
背景の画づくり
自動生成ダンジョンの工夫
タルタロスと呼ばれるダンジョンは、あらかじめ複数種類のパーツをアセットとして用意しておき、ゲームの中でそれらを組み合わせることで自動生成している。パーツには直線通路、L字、十字路、起伏がある直線通路、大きな部屋などがあり、ひとつのパーツでも迷路のような構造になっていたりと様々だ。
ダンジョン内の窓から差し込んでいる光は、自動生成で通路の向きが変わっても見た目を一定にするために、窓ごとにスポットライトを配置して表現。窓の前をキャラクターが通った際に窓枠の影がほしいという要望を受け、窓のスポットライト自体に窓の形のマスクを設定し、擬似的に窓枠の影を落とす、という方法を採用した。
印象的なポストエフェクト
本作のポストエフェクトには、UE標準のブルームやレンズフレア等に加え、独自のものとしてアウトライン描画や集中線、影時間の際の画面全体が侵食されているような効果などが使用されている。
また、作中のシナリオ進行に合わせて、日常背景の彩度が徐々に下がっていく。
「これは背景側のマテリアルの機能で、テクスチャの彩度を下げる効果を使っています。主人公たちはカラフルなままなんですけど、効果をかけた背景はだんだん彩度を失っていきます」(深澤氏)。
また、UEのNiagaraから直接ポストプロセスにアクセスする機能があり、色収差などはNiagaraから直接操作できるようにしたとのこと。
リアルとアニメ調のハイブリッドを目指したエフェクト
Niagaraでリッチなエフェクトを実現
本作の主なエフェクトには、バトル内のスキル発動時エフェクト、イベントエフェクト、フィールド内で発生するエフェクト、UIに関連するエフェクト、そしてキャラクターにもともとついているエフェクトがある。
スキルは全てNiagara、イベントのエフェクトはシーケンサーを使って作成。デザイン画は用意せず、エフェクト班の各メンバーが作成したものを最後にリードバトル&エフェクトデザイナーの強瀬友也氏がチェックするというながれで進められた。
「プロジェクト初期にエフェクト班で集まって、今作はアニメ調の作品だけれどもイラストに近い画づくりだから、リアルな表現も採り入れたハイブリッドのかたちで場面にあったエフェクトを作成しようと話し合いました」(強瀬氏)。
『P5R』のバトルエフェクトは手描きの連番が多かったが、UEは連番素材を再生する機能があまり強くないため、今回はNiagaraで基本的な動きを統合したモジュールを用意し、それをベースに作成している。
「連番の再生については、ワールドオフセットを使ってモデルの連番を再生するような機構があるんですけれども、そういったマテリアルを用意して、従来通りのモデルの連番が再生できるようなものをつくりました」(強瀬氏)。
使用箇所は、主に必殺技のフィニッシュの部分や、画面に対してのモデルの専有率が高いエフェクトなど。モデルの連番は解像度があまり関係ないために、画面に大きく描画されるようなタイプのエフェクトは連番で出すようにしている。特に電撃系のエフェクトはモデルの連番が多いとのこと。
エフェクト制作のながれ
本作のエフェクト制作は、基本的な素材(テクスチャ、メッシュ、マテリアル)を準備し、それらの素材を使用してNiagaraで組み上げたのち、ブループリントなどでスケールや発生時間などを設定している。
強瀬氏が今作のエフェクト制作に参加した当時はNiagaraはβ版であり、「それまで使用していた自社製のツールからNiagaraに移行したので、当初は何度もシステム的なエラーにぶつかりました。お陰でUEの実践的な勉強ができ、先進的なリッチなエフェクト表現ができるようになりました」(強瀬氏)。
マテリアルを活用したエフェクト
エフェクトのマテリアルは、基本的にマスターマテリアルを3段階に分けて使用している。ベースのマテリアルを加算、不透明、半透明など描画方法で分けて使用。インスタンスマテリアルは自分たちの使いたい用途で分けている。VATは抽象的なエフェクトではなくオブジェクトそのものが出るタイプのエフェクトに使用している。
「テウルギアでも雪だるまのような物体が出るものがあるのですが、物体に多少動きが付くようなエフェクトはVATで作成しています」(強瀬氏)。
また、角度によって色が変わる構造色のマテリアルは本作内で多く使用している。
キャラクター固有のテウルギアエフェクト
通常のバトルエフェクトは共通だが、テウルギアのエフェクトはキャラクターごとに用意している。「テウルギアは今作のバトルの目玉と言える要素でしたので、自分としてもかなり力を入れました」と強瀬氏。
事前に演出の方向性や具体的なカット割りなどを伝えつつ、実際組み始めてからも細かく指示を出し詰めていった。結果、非常に見応えあるエフェクトになり、なおかつテンポも良く、演出として満足いくものができたという。
作品世界を拡張するカットシーン&UI
柔軟さが光るカットシーンと儚さを演出するUI
本作でのカットシーンは、Mayaでシーンを構築し、FBXでUEに読み込んで制作している。UEでの表現が難しいシーンやリアルタイムでは動かないようなシーンについては、動画として作成し再生する方法を採っている。動画で制作するシーンは、エフェクトやライトの負荷を無視できるため、リッチな画づくりにつながる。
カットシーン用に動画を作成する際には、Mayaで作業したものをUEに取り込みエフェクト等を付け、実機をカットごとにレンダリングして 、After Effectsで様々な効果を加え、ムービーとして出力する。動画のカットシーンの上に実機上でランタイム再生の選択肢表示を乗せる、といったハイブリッドになっている箇所もある。
そのほか日常から影時間に切り替わるときの、時計が0時になり世界がどんどん緑色に変わっていくカットや、海外向けにローカライズする際の多言語のイントネーションに合わせた口パクの調整もカットシーン班が担当している。
「本当にいろいろやっています。でもオリジナルの世界観を壊さずに画づくりに貢献できたので、よくやれたかなと思っています」(リードカットシーンイベントデザイナー・田中聖子氏)。
さて、『ペルソナ』といえば印象的なUIも大きな特徴のひとつだ。オリジナル版のUIデザインは、クール/スタイリッシュさを表現する重要な要素のひとつだった。
今作においてUIを担当したのは熊谷氏。UIデザインのテーマについて「オリジナル版のデザインテイストは残しつつも、今作らしい表現として、水の要素やガラスの反射のような儚さを醸し出すようなデザインにしました」とふり返る。
「今作でもUIにキャラクターモデルを使いましたが、『P5R』とは異なる表現を目指してテーマを盛り込み、アレンジしてみました」(熊谷氏)。
カットシーン制作のながれ
動画によるカットシーンの制作工程の一部。
オリジナル版のテイストを残しつつ儚さを表現したUI
CGWORLD 2024年4月号 vol.308
特集:アニメ『アイドルマスター シャイニーカラーズ』
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2024年3月8日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_武田かおり / Kaori Takeda
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada