バンダイナムコエンターテインメントが手がける新作アニメ『アイドルマスター シャイニーカラーズ』(以下、『シャニアニ』)のアニメーション制作は、『シドニアの騎士』などのハードな作品で知られるポリゴン・ピクチュアズ(以下、PPI)が担当した。この意外な組み合わせで、どんな決断や挑戦がくり広げられたのか? CGWORLD vol.30820244月号)では、その制作現場の裏側を全30ページにわたって深掘りした。以降では、「PART 04ドラマと一体化したライブ制作」の一部を抜粋・再編集してお届けする。

記事の目次
    ※本記事は、本編のネタバレを含みます。
    ▲アニメ『アイドルマスター シャイニーカラーズ』ノンクレジットオープニング「ツバサグラビティ」

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    アニメ『アイドルマスター シャイニーカラーズ』

    テレ東ほかにて2024年4月5日(金)よりTVアニメ放送スタート!
    各種プラットフォームにて配信予定!
    企画・製作・原作:バンダイナムコエンターテインメント
    監督:まんきゅう
    シリーズ構成・脚本:加藤陽一
    アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ
    https://shinycolors-anime.idolmaster-official.jp/
    ©Bandai Namco Entertainment Inc.

    その瞬間の感情まで、ダンスや表情に盛り込む

    『シャニアニ』のライブは「ドラマと一体化したライブ」という方針の基で制作されており、その瞬間のアイドルたちの感情や息づかいを丁寧に描写することが重視された。そのためダンス制作では、各アイドルと、その成長度合いに応じた専用モーションをキャプチャしており、同じモーションの使い回しはほとんど行なっていない。「専用モーションを収録するという方針は、試作映像の段階から徹底していました。最初に聞いたときには " 大変なことだぞ" と耳を疑いましたが、本作の独自性を支える重要な決定だったと思います」(CGディレクター・菅井 進 氏)。

    菅井 進 氏

    CGディレクター/ポリゴン・ピクチュアズ

    例えばイルミネーションスターズの「ヒカリのdestination」という楽曲の場合、複数話でライブシーンがつくられており、その全てがアイドル3人分の異なるモーションデータを基にしている。「櫻木真乃担当、風野灯織担当、八宮めぐる担当の3人のモーションアクターさんをアサインして、各々の個性を盛り込んだダンスをしていただきました。加えて、デビューライブ、W.I.N.G.出場時のパフォーマンス、283プロダクションファーストライブと、ストーリーに合わせて3人のダンスは徐々に上手くなっていなければ納得感がありません。アクターさんに彼女たちの置かれた状況も伝えて、全て演じ分けていただきました」(菅井氏)。


    さらにデビューライブ以前のレッスンシーンのダンスも、別途3パターンほどキャプチャしているという。「ダンスを始めたばかりの子は、足元のバミリをチラチラ見るから目線が下がりがちなんだそうです。そういう "初心者あるある" をアクターさんに教えていただき、取り入れていきました」(菅井氏)。

    イルミネーションスターズによる「ヒカリのdestination」の3つのライブシーン

    • ▲デビューライブ。左から、灯織、真乃、めぐる。「ヒカリのdestination」の3つのライブシーンでは、同じモーションを使い回しておらず、全て個別にキャプチャしている。3人の中では、常にめぐるの動きが一番ダイナミックだ
    ▲W.I.N.G.出場時のパフォーマンス。真乃がめぐるの動きを確認しながら踊っている様子が表現されており、自信のなさが窺える
    ▲283プロダクションファーストライブ。正面の観客席に真乃がしっかり目線を向けており、着実に自信をつけている様子が見てとれる

    モーションキャプチャ後のアニメーション制作でも、ドラマと一体化したダンスをつくることが重視された。「ダンスとドラマをバシッと切り分けるのではなく、直前までの感情の起伏を考慮しています。"真乃は悩みごとがあるから、レッスンでもワンテンポ遅れる" とか、"小宮果穂はハイテンションだから、いつも以上に元気に踊る" というように、その瞬間の感情までダンスや表情に盛り込むよう心がけました」(レイアウト&アニメーションスーパーバイザー・菊池宣裕氏)。

    菊池宣裕 氏

    レイアウト&アニメーションスーパーバイザー/ポリゴン・ピクチュアズ

    なおダンスの場合も表情と手の指の動きはアニメーターが手付けしており、放課後クライマックスガールズの楽曲「夢咲きAfter school」で果穂が両サイドのアイドルと目線を送り合う場面のような、当初の振付にはないアドリブもカメラワークやフェイシャルを細かく調整しながら意欲的に演出している。

    レッスン場での鏡表現

    ▲レッスン場のショットを制作中の、Mayaの作業画面。レッスン場や控え室の鏡にアイドルが映るショットでは、鏡の反対側にもアイドルの3Dモデルを配置し、スケール値をマイナスにすることで反転させた。鏡の手前のアイドルと、反対側のアイドルをひとつのシーン内で管理した方が、演技を付けやすかったとのことだ
    • ▲カメラビューの画
    • ▲完成映像
    ▲アルストロメリアが「ツバサグラビティ」のサビの振付を練習するシーン。左から、大崎甘奈、桑山千雪、大崎甜花
    ▲同じく、放課後クライマックスガールズの練習シーン。左から、杜野凛世、園田智代子、果穂、西城樹里、有栖川夏葉
    ▲前述のドラマを念頭に、ファーストライブのサビのダンスが演出された

    2D美術と3Dセットを使い分けた背景表現

    本作の背景の大半は2Dの美術でつくられており、例えばアルストロメリアが楽曲「アルストロメリア」を披露したステージは、美術背景をNukeの3D空間内のオブジェクトに投影することで表現している。一方で、イルミネーションスターズのデビューライブや、283プロダクションファーストライブのステージは、美術背景を基に、PPIのエンバイロンメントとルックデヴのスタッフが3Dセットを制作した。


    「3Dセットの場合はかなり自由にカメラを動かせるので、見応えのあるダイナミックな演出が可能になり、非常に有効でした。ルックデベロップメントスーパーバイザーの(ダス・)サンカルジットと、ライティング&コンポジット(以下、L&C)スーパーバイザーの平林(章)が3Dセットのルックを限りなく美術背景に近づけてくれたので、両者の切り替わりをシームレスに表現できたと思います」(菅井氏)。

    平林 章 氏

    ライティング&コンポジットスーパーバイザー/ポリゴン・ピクチュアズ

    アルストロメリアによる楽曲「アルストロメリア」のステージ表現

    ▲アルストロメリアのステージは、複数枚に描き分けた美術背景をNukeの3D空間内のオブジェクトに投影することで表現した。Nuke上でのシーン構築はエンバイロンメントのセットアップチームが担当しており、L&Cのスタッフがデータを引き継いで画を完成させている
    ▲ステージを正面から撮った画
    ▲完成映像。左右のドリー撮影や、上下のクレーン撮影など、立体的なカメラワークにも対応できる。「エンバイロンメントのセットアップチームは美術背景の原図制作も担当しており、ノードネットワークを駆使して画づくりの幅を広げてくれました。各シーンのマスターコンポのノード制作は、僕とPPIのリードの2人で手分けしています。Kantana Animation Studios(タイの協力会社)のL&Cスタッフが混乱しないように、なるべくシンプルな構成を心がけました」(平林氏)

    計算されつくしたPVではなく、感情の起伏が伝わるライブをつくる

    ライブ会場の観客や、街中の群衆の表現は、群衆の専門チームが担当しており、Golaemが用いられた。導入検討時にはMental Rayのサポートが切れてしまっていたが、Golaemの開発元に問い合わせたところ迅速に対応してもらえたという。「群衆用の動きをアニメーションチームが制作し、群衆チームに実装してもらいました。ファーストライブのステージでは数千体の群衆を配置し、楽曲や曲調、演出に合わせて調整を重ねています。Golaemは比較的柔軟に様々なアプローチを試せたので、リテイクを出しやすく非常に助かりました」(菊池氏)。


    ライブシーンの演出では、「計算されつくしたPVではなく、ライブをつくる」という方針も重視された。「楽曲の前半と後半では意識して表情を変えており、途中で乱れ髪を追加したりもしました。はじめは少し緊張していて、後半になるほどテンションが上がり、ラストのサビで最高の笑顔を見せるながれにしています。まんきゅう監督からも "もっと口角を上げて! もっと笑顔で、楽しんでいる感じに!" というFBを多くいただきました」(菊池氏)。

    「ツバサグラビティ」のライブシーン

    ▲ファーストライブで「ツバサグラビティ」を歌唱する、イルミネーションスターズ。後半では乱れ髪が追加されている
    ▲同じく、アンティーカ。左から、田中摩美々、幽谷霧子、月岡恋鐘、三峰結華、白瀬咲耶
    ▲同じく、放課後クライマックスガールズ
    ▲同じく、アルストロメリア

    アンティーカによるMV「バベルシティ・グレイス」撮影時の雨表現

    ▲EXRファイルに格納されている各種バッファ。常に全て使うわけではないが、Nuke上である程度の調整ができるように、様々なバッファを出力した。髪などの相貫をペイントして直す機会も多かったという
    • ▲Beautyレイヤーも出力しているが、コンポジット時には直接使用しない。なおラインはレンダーコストが高いため、別レイヤーで出力した
    • ▲素組み状態
    • ▲背景を重ねた状態
    • ▲各種エフェクトを追加した状態
    ▲体表で跳ね返る雨粒はNuke上で追加しており、リムライトのバッファをマスクにしてNoiseで表現した
    ▲フォグやディフュージョンの効果を追加した状態
    • ▲素組み状態
    • ▲アイドルの体表や地面で跳ね返る雨粒は、NukeのNoiseで表現
    ▲エフェクトチームが制作した雨や炎の素材、地面への反射、アイドルのリムライト、フォグやディフュージョンの効果を追加した状態
    ▲各ショットの色番号はShotGridで共有されており、コンポジット担当者がNuke上で指定するフローだ。なお本作のカラーパレットは、色彩設計の野地弘納氏が自らNukeを操作してつくっている
    ▲本シーンの、マスターコンポのノードの全体像
    ©Bandai Namco Entertainment Inc.

    INFORMATION

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.308(2024年4月号)

    特集:アニメ『アイドルマスター シャイニーカラーズ』
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2024年3月8日

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    TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    文字起こし_遠藤大礎/Hiroki Endo
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota