セル調CG作品を数多く手がけるワンダリウムが、撮影から実写合成まで、全てを自社でプロデュースしたMVを制作。UE5やBlenderといった新規ツールを導入しながら、印象的な映像を作り上げた。チャレンジに富んだ制作の裏側と、初の制作ならではの試行錯誤について聞いた。
Interviewee
BLU-SWING『BLUE MOON』
チームが一丸となって挑んだ未経験の制作フロー
ワンダリウムが今回制作を手がけたのは、2023年10月にYouTubeにて公開されたジャズベースの5人組バンドBLU-SWINGの楽曲『BLUE MOON』のMV。2021年1月に公開された『クラゲ』MVの続編にあたる作品だ。
『クラゲ』はワンダリウムがBLU-SWINGと初めてコラボレーションした作品であり、以来ライブ映像やMVなどで何度かタッグを組んできた縁から、今回のMVもワンダリウムが手がけることとなった。
BLU-SWINGの過去の映像作品は実写メインのものが多かったが、『BLUE MOON』は曲調やテーマも考慮し、実写合成を選択。ワンダリウムはここ5年ほどセル調のCG映像の制作を中心に手がけていたため、スタッフの多くにとっては久々の、若手スタッフにとっては初めての実写合成案件となった。
「今回はタイミング的にも、スタッフ全員が参加できるいい機会でした。せっかくなので、これまで触れるチャンスがなかったUEやBlenderを採り入れ、グリーンバック撮影から全て自分たちでやってみようと思い、挑戦することになりました」と、プロデューサーであり、本作のディレクターも務めたワンダリウム代表の河田成人氏は語る。
河田成人/Shigehito Kawada
プロデューサー/ディレクター
普段はクライアントからの受託制作が中心で、詳細な設定や指示を受けてそれらを基に映像を作り上げていくことが多いなかで、ゼロから作品をつくりたいという気持ちが河田氏にはずっとあったという。「オペレーターではなく、CGデザイナーたろう、という気持ちがありました」(河田氏)。
そんな新しいチャレンジに向けて、スタッフは向上心をもってついてきてくれたという。グリーンバック撮影の経験者がほぼ河田氏のみという状況の中、スタッフは初めてのことばかりだったが、自ら調べて検証していくうちに、河田氏以上に詳しくなっていった。「実際にスタジオで撮影しても大きなトラブルはなく、安心してみていられました」(河田氏)。
ツールの導入についても同様で、BlenderでのマッチムーブやAEでのグリーンキャンセル、UEを使った4K解像度の背景制作など手探りで始めなければならないことばかりだったが、試行錯誤しながらもものにすることができ、当初に想定していた以上の作品に仕上がったという。
以降から、各工程における工夫や、ツールの新規導入に伴う試行錯誤について紹介していく。
<1>プリプロダクション
初のグリーンバック撮影やUEの使用が念頭にあったため、詳細なコンテは用意せず、ツールの習得度や進捗を見ながら難易度を上げていくフローに設定。河田氏が考えたストーリーのプロットをスタッフで共有して意見を出し合い、ブラッシュアップを重ねていった。
制作ツールは、モデリングやアニメーションなどにMaya、背景の制作・レンダリングは主にUE5、コンポジットにAfter Effects(以下、AE)を選定。一部、DaVinci ResolveやBlender、Houdiniも使用している。ソフト間でやりとりする際に、カラースペースを揃えるためOCIOを設定した。
<2>撮影
撮影は、グリーンバック完備のスタジオに主演のYu-ri Tanaka氏(BLU-SWING)を迎え、10時間かけて行われた。ワンダリウムと以前から付き合いのある岩崎太一プロデューサーが率いるPhalanxが撮影を担当し、コンポジットのスタッフが立ち会った。
「十字のマーカーを緑色のテープで作成し、撮影前にスタッフ総出でスタジオに貼り付けました。また、緑色のウォーキングマシンを貸し出していただいて、緑になりきらないところを緑色の布で隠すなど対応しました」とプロダクションマネージャーの藤田 凌氏。
藤田 凌/Ryo Fujita
プロダクションマネージャー
本作の撮影はBLU-SWINGのMVの常連、國立遥暉氏(フリーランス)が担当し、Blackmagic RAW、6Kでの収録となった。
使用したレンズはZEISS Compact Prime CP.2の18mm、25mm、35mm、50mm。本番撮影に入る前に白黒のチェッカーボードを画面いっぱいに表示させた状態でレンズごとに撮影してもらい、ディストーションの除去に利用している。撮影したbraw素材に対してカラー変換を行なった後、レンズの歪みを除去する処理を加えている。
また、スタジオ内のカメラの高さと被写体までの距離をカットごとにレーザー測定し、数値をシートにまとめた。カメラが動かないときはトラッキングができないため、マッチムーブ時の指針として活用した。
<3>キーイング&トラッキング
撮影の際、シーンの切り替わりやライティングの変更に合わせてカラーチャートを撮影しておき、撮影後にDaVinci Resolveのカラーマッチング機能を使ってシーンの色を揃えるLUTを作成。これにより、実制作前に撮影素材の色味を統一することができた。
今回、大きく時間を割いた作業のひとつがキーイングだ。ワンダリウムでは従来マスクされた素材を提供されてからの作業が多く、自分たちでグリーンを抜くのは初めてだったという。そのためツールの選定から検討を始め、最終的にキーイングにRed GiantのVFX Primatte Keyer 6を採用。また、部分的にMocha AEも使用している。
グリーンキャンセルと並行して、マッチムーブを行なった。カメラの動きの大きいショットはBlenderで、少ないショットはMaya、さらにショットにより直接AEでもマッチムーブしている。
「撮影時にとにかくトラッキングのマーカーをたくさん貼ったので、Blenderで大体は追えましたが、どうしても精度が上げきれずにブレてしまう部分は後からMayaの作業者に修正してもらいました」(李 惟綺氏)。
BlenderとMayaのデータの受け渡しにはAlembicを使用。「MayaからカメラデータをFBXでもっていくと軸が変わってしまうことがあったのでAlembicにしました」(李氏)。
李 惟綺/Yuki Lee
エフェクト/コンポジット
また、撮影時にCGディレクター・原野豪行氏のアイデアにより、iPhoneのMetascanアプリをその場でダウンロードし、撮影スタジオ全体をフォトグラメトリして3D化。
「デジタル空間を再現するときに、このデータがアタリとしてかなり役に立ちました。一応スタジオの寸法データを基にモデルを用意していたんですが、やはり色や形が再現されているとかなり作業がしやすかったです」(原野氏)。
原野豪行/Hideyuki Harano
CGディレクター
<4>モデリング
本作は劇中で四季折々の美しい景色を見せたいというコンセプトがあり、それらを細部まで見せるべく基本的に4K解像度で制作が進められたため、Mayaでのレンダリングは時間的に難しいと判断。そこでUEを試験的に導入することとなった。本作の背景はほぼUEで制作されている。
冒頭の砂漠のシーン
「冒頭の砂漠のシーンは、MVの一番初めのカットということもあり、特に綺麗な背景となるように気をつけました」とシーン制作を担当した難波秀馬氏。一括で書き出すとコンポジットで調整しづらいため、空、海などの6種類の要素ごとに書き出している。空の作成にはUEのアドオン「Ultra Dynamic Sky」を利用した。
難波秀馬/Shuma Namba
モデリング担当
珊瑚礁の海を歩くシーン
Yu-ri氏が歩くシーンでは、当初は人物とのCG合成がどこまでできるか未知数ということもあり、黒背景にすることも検討されていたが、グリーンキャンセルが想像以上に上手くいったため、珊瑚礁の海を歩かせることになった。このカットは作中で初めて人物とCGが合成されるカットでもある。
このカットも砂漠と同様に要素ごとにレイヤー分けされているが、透明度がある水の表現があったため複雑で、近景と遠景でも素材を分けている。「海面の波の動きが珊瑚礁の見え方に影響するので、奥と手前の海の透明度をそれぞれ調整しました。さらにAEでは光の表現を足しています」と制作を担当した阿部花奈氏は語る。
阿部花奈/Kana Abe
モデリング担当
水鏡のシーン
YouTubeのサムネイルにもなっている印象的な水鏡のシーンは、ウユニ塩湖をイメージして制作された。当初は水面の揺らぎがなく、雲の動きも小さかったが、それぞれ動きをつけることでダイナミックな映像となった。UEのUltra Dynamic Skyを使って雲を、Waterline PROを使って水面を制作した。
「水面のリアルな質感を、単純なパラメータ調整で確認しながら制作できるため、容易に様々なパターンを検証することができました」(佐野 覚氏)。
佐野 覚/Satoru Sano
CGスーパーバイザー
クジラが四季折々の季節の空を泳いでいくシーン
ここからクジラが四季折々の季節の空を泳いでいくシーンとなる。海が大きく映るカットは波のタイリングが目立ってしまうため、コンポジットでの対応が必要だった。近景、中景、遠景の3種類の波や、太陽からの反射用の波など、何種類もの波の素材を出してAEで合成した。
草原の湖
草原の湖のカットでは、湖の反射の表現においてUE5のレイトレーシングとLumenで異なる結果が出てしまった。レイトレーシングでは遠くが映るが近くが映り込まず、Lumenでは逆に遠くが映らず近くが映り込む。そのため、これらを合体させるための池のマスクを作成することで、近景と遠景両方の映り込みを表現した。
熱帯雨林と川の造形
ジャングルの上空をクジラが飛ぶシーンは、木々を大量に配置してレンダリングするのはMayaでは難しく、レンダリングコストの低いUEの恩恵が大きかったシーンだ。
川はスプラインで作成しているため、形状を検討しながら試行錯誤ができたという。雨で濡れた植物の表現には、Ultra Dynamic SkyのMaterial Wetnessの設定を使用している。
秋の岩山
秋の風景として登場する巨大な岩山は、Megascansのアセットを組み合わせることでデザインしている。「Megascansがあることで、リアルな背景を短時間で制作でき、作業していて大きな助けになりました」(佐野氏)。
余談だが、この秋の風景にはミーアキャットが隠れている。「実は、春夏秋冬の風景の中にそれぞれ動物を置いています。これによって、その風景に命が宿り、リアリティを増すことができると考えています」(河田氏)。
冬の雪原
冬の雪原の背景では、Megascansのアセットをフォリッジ機能で配置している。その際、モデルをぶっ刺しで配置しているため、境界線を目立たないようにする工夫が必要だった。通常はMayaからOpacityに白黒のグラデーションマスクを適用した素材を出してAEに読み込んでぼかすが、UEでも同じようなことが可能かを試しながらカットを制作した。
また、ライティングは太陽の位置に合わせて行なっているが、そのままでは中央の目立たせたいところに影が落ちてしまう問題があった。「影が落ちないように太陽の位置を変えるとシーンの明るさが変わってしまうので、岩のオブジェクトそれぞれの[Far Shadow]の項目をOFFにすることで落ち影をなくして対処しました」(山本啓介氏)。
山本啓介/Keisuke Yamamoto
モデリング担当
<5>エフェクト&コンポジット
ボーカルのYu-ri氏が海を歩くシーンでは、CGで背景と足元に広がる波紋を作成。マッチムーブはBlenderで行い、精度を追いきれないところはMayaのカメラで修正した。
実写素材に合わせた足のダミーモデルを制作し、Blenderのダイナミックペイントでシミュレーションを行いつつ、幻想的なシーンに仕上げている。
雨
ジャングルに降る雨は、主にMayaで素材を作成しAEで合成している。
2D作画エフェクト
ジャングルのシーンで走る稲妻や、クラゲがリュウグウノツカイに変身する前の光るエフェクトはCLIP STUDIO PAINTで描かれた2D素材を連番で使用している。「ファンタジー作品なので、表情のあるエフェクトを心がけました」と2D素材の制作を手がけた佐久間 篤氏は語る。
佐久間 篤/Atsushi Sakuma
2Dアニメーター
クジラへの積雪
積雪したクジラは、クジラ自体はMaya、雪はBlenderのアドオン「Real Snow」で作成している。Real Snowは質感が良く、量の微調整も容易。レンダリングもBlenderで行い、最終的にAEで合成した。
「Real snowは効率的に雪を積もらせることができ、希望するルックを表現できると判断し採用しました。Mayaで作業したクジラのモデルとアニメーションをFBX形式で読み込み、雪の積もり具合など、監督と話し合いながら詰めていきました」(佐野氏)。
クジラの変身アニメーション
終盤、クジラが“宇宙クジラ”に変身するカットはAEのパスアニメーションで作成した。この変身は前作『クラゲ』からの匂わせでもある。
変身のエフェクトは、輪切り感をなくして波打つようなものにするため、Mayaから書き出した素材を参考にAE上で手作業でアニメーションを付けた。短いシークエンスだが曲調に合わせてアニメーションのスピードを変化させており、手描き感の気持ちよさを追求したという。
夜光虫の漂う波
夜光虫の漂う波はHoudiniで制作された。担当したのはプロダクションマネージャーの勝又友海氏だ。制作進行的な立場ながら、学生時代に勉強したことを活かしてこのカットを制作した。
「パーティクルで波を作成して、キャッシュを取って白波や夜光虫のパーティクルにしています。細かいシミュレーションはHoudiniが強いですね」(勝又氏)。
勝又友海/Tomomi Katsumata
プロダクションマネージャー
天の川
美しい天の川が見える夜空は、AEとBlenderから出力した素材で作成している。「星空はAE上で、Sapphireをベースに作成。天の川はBlenderから星雲のような素材を6Kサイズで複数のバリエーション出力し、AEでコラージュするようなかたちでまとめ、星空と合わせています」(享保賢太氏)。
享保賢太/Kenta Kyoho
コンポジット/エフェクト
オーロラ
クライマックスで印象的に広がるオーロラは、リュウグウノツカイの動きに追従するオーロラとEmitterの元となるモデルをリガーと共に開発した。はじめはリュウグウノツカイからオーロラを発生させるだけだったが、ブラッシュアップのたびに難度が上がり、最終的にはパーティクルに変化させることとなった。
<6>YouTubeのマッハバンド対策
YouTubeにアップする際、動画の圧縮によってマッハバンドが目立ってしまう。例として海中に射す光の減衰のような緩やかなグラデーションがあると顕著だという。対策として、Premiere ProのNoise HLSで明度にノイズを入れるとマッハバンドが軽減するが、細かい設定は何度もアップロードしてトライ&エラーで探っていった。
<7>ショット管理
マニュアルや仕様周りをNotion、ショットのバージョン管理をFlow Production Tracking(旧ShotGrid)で行なった。Flow Production Trackingは場所を問わずQTでチェックをできるのが便利だ。マニュアルは以前までExcelを使用してまとめることが多かったが、編集・共有の利便さからNotionを使用して情報の整理を行なった。
TEXT_石井勇夫 / Isao Ishii(ねぎデ)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota