セル調CG作品を数多く手がけるワンダリウムが、撮影から実写合成まで、全てを自社でプロデュースしたMVを制作。UE5やBlenderといった新規ツールを導入しながら、印象的な映像を作り上げた。チャレンジに富んだ制作の裏側と、初の制作ならではの試行錯誤について聞いた。

記事の目次

    Interviewee

    前列左から
    モデリング・阿部花奈氏、プロダクションマネージャー・勝又友海氏、プロダクションマネージャー・藤田 凌
    中列左から
    CGスーパーバイザー・佐野 覚氏、モデリング・山本啓介氏、アニメーション・河西優花子氏、アニメーション・矢野陸斗氏、コンポジット/エフェクト・享保賢太氏、アニメーション・水口和基氏、アニメーション・小林弥浪氏、アニメーション・李 炯俊氏、コンポジット/エフェクト・李 惟綺
    後列左から
    モデリング・難波秀馬氏、リギング・髙橋大介氏、リギング・橋村竜稀氏、2Dアニメーター・佐久間 篤氏、プロデューサー/ディレクター・河田成人氏、CGディレクター・原野豪行氏、アシスタントデザイナー・張 婉婷

    以上、ワンダリウム wonderium.com

    BLU-SWING『BLUE MOON』

    チームが一丸となって挑んだ未経験の制作フロー

    ワンダリウムが今回制作を手がけたのは、2023年10月にYouTubeにて公開されたジャズベースの5人組バンドBLU-SWINGの楽曲『BLUE MOON』のMV。2021年1月に公開された『クラゲ』MVの続編にあたる作品だ。

    『クラゲ』はワンダリウムがBLU-SWINGと初めてコラボレーションした作品であり、以来ライブ映像やMVなどで何度かタッグを組んできた縁から、今回のMVもワンダリウムが手がけることとなった。

    BLU-SWING / クラゲ Kurage (Music Video)【4K】

    BLU-SWINGの過去の映像作品は実写メインのものが多かったが、『BLUE MOON』は曲調やテーマも考慮し、実写合成を選択。ワンダリウムはここ5年ほどセル調のCG映像の制作を中心に手がけていたため、スタッフの多くにとっては久々の、若手スタッフにとっては初めての実写合成案件となった。

    「今回はタイミング的にも、スタッフ全員が参加できるいい機会でした。せっかくなので、これまで触れるチャンスがなかったUEやBlenderを採り入れ、グリーンバック撮影から全て自分たちでやってみようと思い、挑戦することになりました」と、プロデューサーであり、本作のディレクターも務めたワンダリウム代表の河田成人氏は語る。

    河田成人/Shigehito Kawada

    プロデューサー/ディレクター

    普段はクライアントからの受託制作が中心で、詳細な設定や指示を受けてそれらを基に映像を作り上げていくことが多いなかで、ゼロから作品をつくりたいという気持ちが河田氏にはずっとあったという。「オペレーターではなく、CGデザイナーたろう、という気持ちがありました」(河田氏)。

    そんな新しいチャレンジに向けて、スタッフは向上心をもってついてきてくれたという。グリーンバック撮影の経験者がほぼ河田氏のみという状況の中、スタッフは初めてのことばかりだったが、自ら調べて検証していくうちに、河田氏以上に詳しくなっていった。「実際にスタジオで撮影しても大きなトラブルはなく、安心してみていられました」(河田氏)。

    ツールの導入についても同様で、BlenderでのマッチムーブやAEでのグリーンキャンセル、UEを使った4K解像度の背景制作など手探りで始めなければならないことばかりだったが、試行錯誤しながらもものにすることができ、当初に想定していた以上の作品に仕上がったという。

    以降から、各工程における工夫や、ツールの新規導入に伴う試行錯誤について紹介していく。

    <1>プリプロダクション

    初のグリーンバック撮影やUEの使用が念頭にあったため、詳細なコンテは用意せず、ツールの習得度や進捗を見ながら難易度を上げていくフローに設定。河田氏が考えたストーリーのプロットをスタッフで共有して意見を出し合い、ブラッシュアップを重ねていった。

    ▲河田氏の描いた絵コンテ。ラフに余白を入れて描くことでスタッフの意見を取り入れやすくしている。絵コンテと同時に多くのリファレンスを集め、イメージの共有もしたとのことだ

    制作ツールは、モデリングやアニメーションなどにMaya、背景の制作・レンダリングは主にUE5、コンポジットにAfter Effects(以下、AE)を選定。一部、DaVinci ResolveやBlender、Houdiniも使用している。ソフト間でやりとりする際に、カラースペースを揃えるためOCIOを設定した。

    ▲Mayaでの設定。[Preference → Color Management → Enable Color Management]をONにして各設定をしている
    • ▲UE5のカラースペースの設定。コンテンツブラウザ上で右クリックし、[その他→OpenColorIOコンフィギュレーション]を選択、OpenColorIO コンフィギュレーション アセットを作成する
    • ▲[Desired Color Spaces]にインデックスを2つ追加し、インデックス[0]に[Utility-Linear-sRGB]、インデックス[1]に[ACES-ACEScg]を選択
    • ▲カラー出力設定
    • ▲AEプロジェクトのカラー設定
    • ▲プロジェクト設定ではなく、調整レイヤーでカラースペースを設定することで輝度が足りない部分の明るさの調整を可能にしている
    • ▲AEからQT出力時の設定

    <2>撮影

    撮影は、グリーンバック完備のスタジオに主演のYu-ri Tanaka氏(BLU-SWING)を迎え、10時間かけて行われた。ワンダリウムと以前から付き合いのある岩崎太一プロデューサーが率いるPhalanxが撮影を担当し、コンポジットのスタッフが立ち会った。

    「十字のマーカーを緑色のテープで作成し、撮影前にスタッフ総出でスタジオに貼り付けました。また、緑色のウォーキングマシンを貸し出していただいて、緑になりきらないところを緑色の布で隠すなど対応しました」とプロダクションマネージャーの藤田 凌氏。

    藤田 凌/Ryo Fujita

    プロダクションマネージャー

    ▲撮影現場の写真。撮影立ち会いは初めてのスタッフが多かったが、事前の入念な検討で大きなトラブルもなく行われた
    ▲実際に撮影した素材 

    本作の撮影はBLU-SWINGのMVの常連、國立遥暉氏(フリーランス)が担当し、Blackmagic RAW、6Kでの収録となった。

    使用したレンズはZEISS Compact Prime CP.2の18mm、25mm、35mm、50mm。本番撮影に入る前に白黒のチェッカーボードを画面いっぱいに表示させた状態でレンズごとに撮影してもらい、ディストーションの除去に利用している。撮影したbraw素材に対してカラー変換を行なった後、レンズの歪みを除去する処理を加えている。

    • ▲レンズディストーション除去前の撮影画像。黄色の点線が歪んでいるのがわかる
    • ▲レンズディストーションを除去した後の画像。赤いガイドと格子の線がぴったりと合っている

    また、スタジオ内のカメラの高さと被写体までの距離をカットごとにレーザー測定し、数値をシートにまとめた。カメラが動かないときはトラッキングができないため、マッチムーブ時の指針として活用した。

    ▲撮影時に記録した情報をまとめたシート。カメラのソースデータと紐づけされている

    <3>キーイング&トラッキング

    撮影の際、シーンの切り替わりやライティングの変更に合わせてカラーチャートを撮影しておき、撮影後にDaVinci Resolveのカラーマッチング機能を使ってシーンの色を揃えるLUTを作成。これにより、実制作前に撮影素材の色味を統一することができた。

    ▲撮影素材
    ▲DaVinci Resolveのカラーマッチ機能を使って調整している画面
    ▲LUTを適用した状態

    今回、大きく時間を割いた作業のひとつがキーイングだ。ワンダリウムでは従来マスクされた素材を提供されてからの作業が多く、自分たちでグリーンを抜くのは初めてだったという。そのためツールの選定から検討を始め、最終的にキーイングにRed GiantのVFX Primatte Keyer 6を採用。また、部分的にMocha AEも使用している。

    • ▲余分な部分をハンドマスクで大きく切ってから、Primatte Keyer 6を適用し調整
    • ▲一度プリコンプし、細かい調整やアルファ部分は上の階層でさらに再調整する。[Key Cleaner]や[ソフトマットを調整]エフェクトを使用し、削れてしまった頭頂部の髪の毛の束や襟足の髪先を戻していく
    • ▲イヤリングの隙間等戻ってほしくない部分まで戻ってしまい、マスクワークが必要になってしまった。6K素材での作業は重く非効率だったため、ここまで処理をしたものを一度mov形式でレンダリングし出力してマスキング作業を行なった
    • ▲作成したマスクを元素材に移植し、コンポジットオプションを利用して各部位ごとに再度グリーンの抜けや髪の毛のディテール調整を行う
    • ▲金のブレスレットが映るカットは、周囲のグリーンバックが反射して背景と一緒に抜け落ちてしまう
    • ▲Mochaを用いてマスクを作成
    ▲キーイング前後の比較

    グリーンキャンセルと並行して、マッチムーブを行なった。カメラの動きの大きいショットはBlenderで、少ないショットはMaya、さらにショットにより直接AEでもマッチムーブしている。

    「撮影時にとにかくトラッキングのマーカーをたくさん貼ったので、Blenderで大体は追えましたが、どうしても精度が上げきれずにブレてしまう部分は後からMayaの作業者に修正してもらいました」(李 惟綺氏)。

    BlenderとMayaのデータの受け渡しにはAlembicを使用。「MayaからカメラデータをFBXでもっていくと軸が変わってしまうことがあったのでAlembicにしました」(李氏)。

    李 惟綺/Yuki Lee

    エフェクト/コンポジット

    ▲Blenderによるトラッキング作業

    また、撮影時にCGディレクター・原野豪行氏のアイデアにより、iPhoneのMetascanアプリをその場でダウンロードし、撮影スタジオ全体をフォトグラメトリして3D化。

    「デジタル空間を再現するときに、このデータがアタリとしてかなり役に立ちました。一応スタジオの寸法データを基にモデルを用意していたんですが、やはり色や形が再現されているとかなり作業がしやすかったです」(原野氏)。

    原野豪行/Hideyuki Harano

    CGディレクター

    • ▲Mayaにインポートされたスタジオのフォトグラメトリデータ。布のタレ具合などまで再現されている
    • ▲撮影時に測定したデータに合わせてカメラを配置した状態

    <4>モデリング

    本作は劇中で四季折々の美しい景色を見せたいというコンセプトがあり、それらを細部まで見せるべく基本的に4K解像度で制作が進められたため、Mayaでのレンダリングは時間的に難しいと判断。そこでUEを試験的に導入することとなった。本作の背景はほぼUEで制作されている。

    冒頭の砂漠のシーン

    「冒頭の砂漠のシーンは、MVの一番初めのカットということもあり、特に綺麗な背景となるように気をつけました」とシーン制作を担当した難波秀馬氏。一括で書き出すとコンポジットで調整しづらいため、空、海などの6種類の要素ごとに書き出している。空の作成にはUEのアドオン「Ultra Dynamic Sky」を利用した。

    難波秀馬/Shuma Namba

    モデリング担当

    • ▲空の素材
    • ▲海の素材
    • ▲砂漠の素材。砂漠はエッジが綺麗に出なかったので、8Kで書き出した後、4Kに解像度を落としてコンポジットしている
    • ▲月の素材
    • ▲星のマスク素材
    • ▲雲のマスク素材。空はUEのアドオン「Ultra Dynamic Sky」で作成されているが、雲のマスクを出せないので、工夫が必要だった
    ▲砂漠シーンの完成画像
    • ▲星のマスク素材作成時にUE上で行なった処理。星の瞬きはAEで表現したため、星のマスクが必要だった
    • ▲UE内で各素材のレイヤー分けをした画像

    珊瑚礁の海を歩くシーン

    Yu-ri氏が歩くシーンでは、当初は人物とのCG合成がどこまでできるか未知数ということもあり、黒背景にすることも検討されていたが、グリーンキャンセルが想像以上に上手くいったため、珊瑚礁の海を歩かせることになった。このカットは作中で初めて人物とCGが合成されるカットでもある。

    このカットも砂漠と同様に要素ごとにレイヤー分けされているが、透明度がある水の表現があったため複雑で、近景と遠景でも素材を分けている。「海面の波の動きが珊瑚礁の見え方に影響するので、奥と手前の海の透明度をそれぞれ調整しました。さらにAEでは光の表現を足しています」と制作を担当した阿部花奈氏は語る。

    阿部花奈/Kana Abe

    モデリング担当

    • ▲海のマスク素材
    • ▲水平線からの光の漏れを表現するマスク素材
    • ▲近景の珊瑚礁の素材。珊瑚礁は『クラゲ』MV制作時のアセットを流用
    • ▲近景の海の素材
    • ▲遠景の珊瑚礁の素材
    • ▲遠景の海の素材
    • ▲空のにじみ素材
    • ▲空の素材
    ▲完成カット
    ▲UEでの珊瑚礁の作業画面。海面の影響による珊瑚の色の減衰が各色で異なるため、自然に見えるようにマテリアルを調整している

    水鏡のシーン

    YouTubeのサムネイルにもなっている印象的な水鏡のシーンは、ウユニ塩湖をイメージして制作された。当初は水面の揺らぎがなく、雲の動きも小さかったが、それぞれ動きをつけることでダイナミックな映像となった。UEのUltra Dynamic Skyを使って雲を、Waterline PROを使って水面を制作した。

    「水面のリアルな質感を、単純なパラメータ調整で確認しながら制作できるため、容易に様々なパターンを検証することができました」(佐野 覚氏)。

    佐野 覚/Satoru Sano

    CGスーパーバイザー

    ▲シンプルな夕景にし、水面は波が立っていない状態
    ▲水面に波を追加。雲の移動距離を大きくし、タイムラプス感を表現
    ▲雲の形状を変更し奥行き感を際立たせ、星を目立たせるなど全体的な色調整を施した完成映像
    ▲Ultra Dynamic Skyの[Basic Controls → Sky Mode]から[2D Dynamic Clouds]を[Volumetric Clouds]にすることで雲の形状を変更

    クジラが四季折々の季節の空を泳いでいくシーン

    ここからクジラが四季折々の季節の空を泳いでいくシーンとなる。海が大きく映るカットは波のタイリングが目立ってしまうため、コンポジットでの対応が必要だった。近景、中景、遠景の3種類の波や、太陽からの反射用の波など、何種類もの波の素材を出してAEで合成した。

    • ▲クジラが旅立つ海のシーンのUE作業画面
    • ▲Waterline PROの海用マテリアルのパラメータを調整
    • ▲海が広大なので、海面のタイリングが目立ってしまう
    • ▲海面のタイリング解消のため、中景・遠景・太陽の照り返し部分を個別に用意
    ▲各素材をコンポジットした完成カット

    草原の湖

    草原の湖のカットでは、湖の反射の表現においてUE5のレイトレーシングとLumenで異なる結果が出てしまった。レイトレーシングでは遠くが映るが近くが映り込まず、Lumenでは逆に遠くが映らず近くが映り込む。そのため、これらを合体させるための池のマスクを作成することで、近景と遠景両方の映り込みを表現した。

    ▲ベースのレンダリング画像
    • ▲Lumenを用いてレンダリングした画像
    • ▲Standard Ray Tracedを用いてレンダリングした画像
    ▲LumenとStandard Ray Tracedの素材を合成する際に用いたマスク素材
    ▲草のみレイヤー分けした画像
    ▲UE5のフォリッジ機能で草を配置
    ▲完成カット

    熱帯雨林と川の造形

    ジャングルの上空をクジラが飛ぶシーンは、木々を大量に配置してレンダリングするのはMayaでは難しく、レンダリングコストの低いUEの恩恵が大きかったシーンだ。

    川はスプラインで作成しているため、形状を検討しながら試行錯誤ができたという。雨で濡れた植物の表現には、Ultra Dynamic SkyのMaterial Wetnessの設定を使用している。

    • ▲初期のジャングル
    • ▲制作後期のジャングル
    • ▲Material Wetness適用前
    • ▲Material Wetness適用後
    ▲完成カット
    • ▲Material Wetness設定を加えたマテリアルエディタ
    • ▲Material Wetness設定

    秋の岩山

    秋の風景として登場する巨大な岩山は、Megascansのアセットを組み合わせることでデザインしている。「Megascansがあることで、リアルな背景を短時間で制作でき、作業していて大きな助けになりました」(佐野氏)。

    余談だが、この秋の風景にはミーアキャットが隠れている。「実は、春夏秋冬の風景の中にそれぞれ動物を置いています。これによって、その風景に命が宿り、リアリティを増すことができると考えています」(河田氏)。

    ▲岩山のシーン制作画面
    ▲UE内のMegascansのアセットリスト
    ▲UE上でMegascansのアセットを配置している様子

    冬の雪原

    冬の雪原の背景では、Megascansのアセットをフォリッジ機能で配置している。その際、モデルをぶっ刺しで配置しているため、境界線を目立たないようにする工夫が必要だった。通常はMayaからOpacityに白黒のグラデーションマスクを適用した素材を出してAEに読み込んでぼかすが、UEでも同じようなことが可能かを試しながらカットを制作した。

    ▲[オパシティマスク]に白黒のグラデーションテクスチャを適用し、氷から雪にシームレスに切り替わるようにした状態
    • ▲オブジェクトの境界線が悪目立ちしている状態
    • ▲オパシティマスクを使って境界線をぼかした素材A
    • ▲下のレイヤーに氷の穴を含めた雪の素材B
    • ▲素材AとBを合わせた状態
    ▲コンポジットした完成カット

    また、ライティングは太陽の位置に合わせて行なっているが、そのままでは中央の目立たせたいところに影が落ちてしまう問題があった。「影が落ちないように太陽の位置を変えるとシーンの明るさが変わってしまうので、岩のオブジェクトそれぞれの[Far Shadow]の項目をOFFにすることで落ち影をなくして対処しました」(山本啓介氏)。

    山本啓介/Keisuke Yamamoto

    モデリング担当

    • ▲目立たせたい画面の中央に影が落ちてしまっている
    • ▲[Far Shadow]をOFFにし、岩の影を減らすことができた

    <5>エフェクト&コンポジット

    ボーカルのYu-ri氏が海を歩くシーンでは、CGで背景と足元に広がる波紋を作成。マッチムーブはBlenderで行い、精度を追いきれないところはMayaのカメラで修正した。

    実写素材に合わせた足のダミーモデルを制作し、Blenderのダイナミックペイントでシミュレーションを行いつつ、幻想的なシーンに仕上げている。

    ▲Blenderにて、撮影動画をリファレンスにして足の接地アニメーションを作成。その上でダイナミックペイントにより波紋のシミュレーションを実施。波紋の設定は現実的な数値ではなく、穏やかな広がりを意識してテストをくり返した

    ジャングルに降る雨は、主にMayaで素材を作成しAEで合成している。

    ▲雨は、Mayaで作成したベースとなる雨に加え、AEで作成した雨、キャラクターに跳ねる雨、画面手前の雨の4レイヤーで構成されている

    2D作画エフェクト

    ジャングルのシーンで走る稲妻や、クラゲがリュウグウノツカイに変身する前の光るエフェクトはCLIP STUDIO PAINTで描かれた2D素材を連番で使用している。「ファンタジー作品なので、表情のあるエフェクトを心がけました」と2D素材の制作を手がけた佐久間 篤氏は語る。

    佐久間 篤/Atsushi Sakuma

    2Dアニメーター

    手描きのエフェクトの例

    クジラへの積雪

    積雪したクジラは、クジラ自体はMaya、雪はBlenderのアドオン「Real Snow」で作成している。Real Snowは質感が良く、量の微調整も容易。レンダリングもBlenderで行い、最終的にAEで合成した。

    「Real snowは効率的に雪を積もらせることができ、希望するルックを表現できると判断し採用しました。Mayaで作業したクジラのモデルとアニメーションをFBX形式で読み込み、雪の積もり具合など、監督と話し合いながら詰めていきました」(佐野氏)。

    ▲Blenderに読み込んだクジラのモデルに、Real Snowアドオンで積雪を表現
    ▲Blenderでの出力前の色調整画面
    ▲完成カット

    クジラの変身アニメーション

    終盤、クジラが“宇宙クジラ”に変身するカットはAEのパスアニメーションで作成した。この変身は前作『クラゲ』からの匂わせでもある。

    変身のエフェクトは、輪切り感をなくして波打つようなものにするため、Mayaから書き出した素材を参考にAE上で手作業でアニメーションを付けた。短いシークエンスだが曲調に合わせてアニメーションのスピードを変化させており、手描き感の気持ちよさを追求したという。

    ▲クジラの体をたどるエフェクトは、レイアウト段階で大まかなラインエフェクトの流れ方をアニメーターが用意し、クジラのワイヤーフレームモデルをアタリに用いて作成された。波打つような線にし、緩急に気を払いつつ、2Dっぽくならないよう制作。細かい線やフレーム間の動きの幅を後から自由に微調整することができるのが利点だ
    ▲パスをEmitterとしたパーティクルの発生にも活用した
    ▲完成素材

    夜光虫の漂う波

    夜光虫の漂う波はHoudiniで制作された。担当したのはプロダクションマネージャーの勝又友海氏だ。制作進行的な立場ながら、学生時代に勉強したことを活かしてこのカットを制作した。

    「パーティクルで波を作成して、キャッシュを取って白波や夜光虫のパーティクルにしています。細かいシミュレーションはHoudiniが強いですね」(勝又氏)。

    勝又友海/Tomomi Katsumata

    プロダクションマネージャー

    ▲HoudiniのFluid画面
    ▲夜光虫のパーティクル画面。浅瀬と沖でパーティクルのサイズを変えて制作し、コンポジットで夜光虫にしている
    ▲最終的なノード

    天の川

    美しい天の川が見える夜空は、AEとBlenderから出力した素材で作成している。「星空はAE上で、Sapphireをベースに作成。天の川はBlenderから星雲のような素材を6Kサイズで複数のバリエーション出力し、AEでコラージュするようなかたちでまとめ、星空と合わせています」(享保賢太氏)。

    享保賢太/Kenta Kyoho

    コンポジット/エフェクト

    ▲Blenderで作成した様々な星雲の素材
    ▲AEでコラージュして天の川を作成
    ▲さらに星を乗せて夜空の完成

    オーロラ

    クライマックスで印象的に広がるオーロラは、リュウグウノツカイの動きに追従するオーロラとEmitterの元となるモデルをリガーと共に開発した。はじめはリュウグウノツカイからオーロラを発生させるだけだったが、ブラッシュアップのたびに難度が上がり、最終的にはパーティクルに変化させることとなった。

    • ▲オーロラの見え方を調整できるように、フレームごとに変形するポリゴンの曲線のアセットを用意し、実写のカメラやCGカットのカメラに合わせてレイアウト
    • ▲ひも状にレンダリングされた素材に対してAEのSapphire等で処理を加え、オーロラのルックに仕上げる。この状態でコンポジットに組み込んでいく
    • ▲オーロラのベース素材に、ひも状のマスク形状をさらに歪ませるなどして各層組み合わせてルックを調整していった
    • ▲オーロラ発生時の流れるアニメーションはマスクで制御した
    ▲ラストのパーティクルは、Trapcode Particularで同じオーロラの素材をEmitterとして作成
    ▲オーロラのみ
    ▲パーティクルのみ

    <6>YouTubeのマッハバンド対策

    YouTubeにアップする際、動画の圧縮によってマッハバンドが目立ってしまう。例として海中に射す光の減衰のような緩やかなグラデーションがあると顕著だという。対策として、Premiere ProのNoise HLSで明度にノイズを入れるとマッハバンドが軽減するが、細かい設定は何度もアップロードしてトライ&エラーで探っていった。

    ▲元の画像
    ▲ノイズを加えたもの
    • ▲Noise HLSの設定詳細。明度に少し入れている
    • ▲Premiere Proの作業画面

    <7>ショット管理

    マニュアルや仕様周りをNotion、ショットのバージョン管理をFlow Production Tracking(旧ShotGrid)で行なった。Flow Production Trackingは場所を問わずQTでチェックをできるのが便利だ。マニュアルは以前までExcelを使用してまとめることが多かったが、編集・共有の利便さからNotionを使用して情報の整理を行なった。

    • ▲Flow Production Trackingのサムネイル画面。各カットのバージョン管理チェックに使用。ショットごとにバージョンを確認でき、その際のコメント等も残して担当者に共有している
    • ▲Flow Production Trackingのプレビュー画面。どこでも確認できるのが利点だ
    ▲Notionで全体の仕様やモデル、アニメーション、レンダリングのマニュアルを作成して共有。ExcelやPDFとは異なり、変更時の編集・追加が容易であり、バージョンの管理等もないのでわかりやすく重宝している

    TEXT_石井勇夫 / Isao Ishii(ねぎデ)
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota