予算や期間の限られたTVシリーズのアニメ作品では、モーション制作の効率化が不可欠。今回紹介するTVアニメ『俺だけレベルアップな件』では、ソニーからリリースされているモバイルモーションキャプチャー「mocopi」を活用してその課題に取り組んだという。アニメ制作の現場でmocopiがどのように使用されたのか、関係者に詳しく話を聞いた。
自分でモーションキャプチャするアニメーターの新しい選択肢
大人気ウェブトゥーンを原作にしたTVアニメ『俺だけレベルアップな件』は、異次元と実世界を結ぶゲートが出現した現代を舞台に、ハンターと呼ばれる覚醒者たちがモンスターを倒していくアクションファンタジー作品だ。制作は、多くの人気作を手がけてきたA-1 Pictures。
本作の新しい試みとして、小型で軽量なセンサーとスマートフォンの専用アプリだけで全身のモーションキャプチャを実現する、モバイルモーションキャプチャー「mocopi」の採用が挙げられる。
左:CGプロデューサー・工藤菜央氏右:CG監督・森岡俊宇氏(以上、A-1 Pictures)
アニメ制作においてCGアニメーションの付け方は大きく分けると、1.手付け、2.モーションデータを購入して調整、3.モーションキャプチャ、の3種類ある。モーションキャプチャはスタジオを借りる必要があり、制作コストがかかる上にCGディレクターの負担も大きい。
そのような中で、本作ではA-1 Picturesと同じソニーグループで開発されたmocopiを使って、「アニメーター自らモーションキャプチャをする」という第4の選択肢が生まれたという。「mocopiは思いついたときにすぐ使えます。それに自分がほしい演技をキャプチャして、データを見ながら若手に演技の方向性を教えることにも使えるのがいいですね」と、CG監督の森岡俊宇氏はそのメリットについて語る。
プロのアクターに頼むほどでもない日常芝居やモブのアニメーションに向いていて、今後は新しい選択肢のひとつとして業界に広がっていくのではないかということだ。また、アニメーションだけではなく、作画ガイドの制作で使うことも視野に入れているという。
mocopi プロダクトマネージャー・南 翔太氏(ソニー インキュベーションセンター XR事業開発部門 プロダクトマネジメント部 モーションプロダクト課)
CGプロデューサーの工藤菜央氏によれば、「新人がTポーズから手付けしていくとクオリティがばらついてしまいますが、mocopiを使うことでスタートラインを平均化できます」と、作業の効率化にも寄与。今後は群衆表現をはじめ、アニメ制作の様々なシーンでmocopiを積極活用していきたいと語ってくれた。
<1>モバイルモーションキャプチャー「mocopi」とは
アニメーターに1人1台、業界標準になるポテンシャル
mocopi開発の中心人物であるソニーのプロダクトマネージャー・南 翔太氏は、「mocopi」はどこでも簡単、本格的に自分の動きをデータ化できるモバイルモーションキャプチャで、モーションキャプチャを民主化したいという思いで開発しました。スタジオは必要なく、会議室や自宅で簡単にモーションが撮れます」と語る。
全身タイツや特別な機材は必要とせず、直径3.2cm、重さわずか8gの加速度センサーを頭、腰、両手首、両足首の6箇所にベルトで固定するだけで、スマホを使ってのモーションキャプチャが可能だ。バッテリーは1回の充電で10時間もつため、撮影中にバッテリーが切れることもない。まさにモーションキャプチャが誰でもできる時代になったと言える。
キャリブレーションに関しても、あらかじめスマホアプリ上で身長を入力しておき、センサーを装着・接続して、気をつけポーズから一歩前にでるだけというごくごく簡単なもの。これなら、キャプチャのたびにキャリブレーションするのも苦にならない。実際にキャプチャしているところを見ると、ラグもなくリアルタイムにスマホの中でキャラクターが動いているのが確認できた。
腕は手首しかセンサーがないのだが、ソニー独自の優れたアルゴリズムで腕全体の動きを予測してキャプチャしてくれるという。また、センサーを上半身に集めた上半身集中モードや、逆に下半身重視の下半身優先モードなどの機能もリリースされている。
もともとはVTuberの配信やVRでの利用をメインのユースケースに想定していたmocopiだが、リアルタイムではないアニメ制作にも応用できるのではないかとA-1 Picturesが試用段階から参加し、今回実際のアニメ制作で使ってみることになったという。
現在出力できるデータ形式はBVHだが、アニメ制作で使いやすいように、業界で広く使われているFBXでのエクポートに対応予定なほか、リアルタイムでDCCツールにデータを渡すための各ソフト用プラグインなどが開発されたり、アニメ制作の現場でも使いやすいように改善されており、今後もアニメ向けにブラッシュアップを重ねていく予定だという。
A-1 Picturesでは、将来的にはアニメーターが机の上に置いている手鏡のように、1人1台持つ必需品になるポテンシャルがあると考えているという。これからもアニメ制作向けの機能に注力していくとのことなので、今後ますます期待が高まるデバイスだ。
センサーの仕様
アプリとトラッキングモード
各種DCCツールとの連携
mocopiで収録されたモーションデータをDCCツールにリアルタイムで流し込むため、開発キットも公開されている。これまでUnity、Unreal Engine、MotionBuilder向けのプラグインが公開されていたが、6月のつい先日Maya向けのプラグインもリリースされ、より多くのユーザーが利用できるようになった。
<2>アニメ制作における「mocopi」の活用
特別なカスタマイズが必要ないアニメ制作に馴染むワークフロー
mocopiによるモーションキャプチャは、11話と12話に登場するモンスター「ナイト」のアニメーションで使われている。ナイトが大量に出てくる群衆シーンはキャラをひとつひとつ手付けしていると膨大な手間がかってしまうが、手軽なmocopiを使うことで効率化できたという。
実際にmocopiを導入した当初はなかなか上手くいかない部分もあったようだが、使っているうちにノウハウが貯まっていった。重要なのはキャリブレーションで、長時間続けてキャプチャしていると少しずつずれてしまうため、マメにキャリブレーションをし直すのがコツだという。特に動きが激しい演技をした後はキャリブレーションが必須となるが、mocopiなら極めて簡単にキャリブレーションできる。
さらに最近のバージョンアップでは使用中に手首のセンサーのボタンを押すことでキャリブレーションが可能になり、スマホを手に取ることなく、こまめにキャリブレーションをしやすくなった。
mocopiのキャプチャ方式は光学式ではなく慣性式のため、動きのスピードがゆっくりすぎたり速すぎたりするのは苦手で、ちょうどいいスピードを見つけるまで時間がかかったという。また、アニメ特有のタメツメ的な演技はキャプチャ時には入れずに、なるべくフラットなスピードでキャプチャして、後で調整した方が最終的なクオリティを上げやすいとのことだ。
メリットとしては、気楽に撮れるのでキャプチャを何度もくり返すのが苦にならないこと。それに広い場所で走ってキャプチャすることもでき、服装も普段着でかまわない。むしろ気楽に使えすぎてテイクが増えすぎてしまい、データを管理するのが大変なくらいだったという。
これは最近のアップデートでmocopi側からファイル名を変更できるようになり、OKテイクがわかりやすくなっている。また、mocopiからエクスポートされたモーションデータをMotionBuilderで扱うのは、CGソフト側で特別なカスタマイズが必要なく、手間もかからない。スタジオでキャプチャするとデータが届くまで1週間ほどかかることもあるが、mocopiは撮ったらすぐに使える。この点でも非常に便利なツールだと言えるだろう。
A-1 Picturesでは、今後キャプチャしたモーションをライブラリ化したり、自転車などの特殊な状況をキャプチャしてみたりと、よりいっそう活用の幅を広げていくという。これからアニメ制作のワークフローの中でmocopiがどのように活用されていくのか期待したい。
mocopiによるモーション制作フロー
3DによるキャラクターとBGアセット
mocopiが活用された11話と12話のキャラクターとBG。キャラクターのモデルとリグは、通常のアニメーションのセットアップと変わらない。3DCGで作成されたボス部屋についても同様だ。mocopiを活用する場合は、特別なカスタムが必要ないのもうれしい。
実際のカット制作
CGWORLD 2024年8月号 vol.312
特集:パルワールド
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2024年7月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_石井勇夫(ねぎデ)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada