これまでにも豪華なアーティスト✕アニメクリエイターのコラボレーションで大きな話題を振りまき、ファンの注目を集めてきたロッテのチョコレートCM。このたび、チョコレート事業60周年を記念して制作された作品がAdoの楽曲『ショコラカタブラ』だ。
そのMV制作を手がけたのは、トリガーで『リトルウィッチアカデミア』(2013)や『BNA ビー・エヌ・エー』(2020)の監督を務めたほか、アクションやエフェクト作画の名手としても知られる吉成 曜監督。CGを手がけたGAZENと撮影を担当したT2 studio を加えたメンバーに、制作のプロセスを聞いた。
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<1>吉成監督の制作スタイルに惹かれて集結した制作陣
トリガーのもとへ川村元気プロデューサー(STORY inc.)から制作依頼が届いたのは、2023年4月頃のことだった。「当時Adoさんの曲は『うっせぇわ』くらいしか知らない、本当にニワカだったんです」と笑う吉成監督だったが、彼女のライブを体感するとたちまちインスピレーションが湧き上がり、トリガー社内の若手をチームに招き入れてイメージボードを開発、絵コンテ制作に入った。
当初は全て手描きによる作画を想定していた吉成監督だったが、構想が膨らむ中で3DCGの必要性を感じたという。これを受けてアニメーションプロデューサーの堤 尚子氏(トリガー)はCG制作会社探しに奔走し、伝手をたどってGAZENの森泉仁智氏とコンタクトを取ることに成功する。
「座組を伺ったとき、即座にこの仕事に携わりたいと思いました。運良く制作ラインも空いていましたし、何より吉成監督の作品やトリガーさんの作品は以前から好きでしたので」と話す森泉氏。
吉成監督も「森泉さんは、かつてスクウェア・エニックスに在籍されていて、そこで金田伊功さんという伝説のアニメーターと懇意にされていたそうなんです。そのお話を初顔合わせで聞いたとき、即座に『この方はお任せできる相手だ!』と思いました(笑)」と話す。
また、色彩関係や撮影は、吉成監督作品でお馴染みのT2 studioが今作も担当している。撮影監督を務めた設楽 希氏も「トリガーさん・吉成監督作品とお話をいただいた時点で即答しました」と、クリエイター間の信頼感を窺わせる。
「私は『BNA』から吉成監督の作品に携わっているのですが、トリガーさんの作品は手間をかけたらかけただけ作品の質が向上するのがわかって、楽しいんです」とモチベーション高く制作に臨んだ様子を語る。
制作期間は2023年10月から約3ヶ月間。総尺約3分のショートアニメだが、プリプロダクションをゼロからスタートさせ、2024年1月22日(月)の特別オンエアの直前まで粘ってつくり上げた本作。今回特別に提供いただいた制作素材を基に見ていこう。
<2>チョコレートの原料から着想を得たコンセプト
制作にあたり、実際にロッテのチョコレート工場を見学した吉成監督は、チョコレートにおける3つの主原料であるカカオ、砂糖、ココアバターからキャラクターの着想を得たという。
「キャラクター=Adoさんというわけではありませんが、歌い手のような1人のキャラクターを考え、そこから三位一体となって構成する3人のカラーバリエーションキャラクターをつくりました。3つが調和を取ることで、完成された人格になるのですが、理性と本能が"自己”を取り合うため、人格が2つの間で行ったり来たりしている。そういった様を物語として絵にしていこうと考えました」と、ビジュアルと構造を上手く落とし込みたかったという、構造論を基に説明してくれた。
「映像作品はイラストとちがい、動きの中で画を保たせるものと思っていますので、今作でも動きと止めの要素で無駄をできる限り削っています。カットによっては背景に何も描かれていないものも存在し、色のバランスだけで表現できないかと考えました」と語る吉成監督。
一方でCGについては「まだ使い慣れていないので、森泉さんにお任せする部分が大きかったです」と話す。
基本的に、3Dカメラワークのないカットは作画でレイアウトを行なった後3D上でレイアウトを組み、作画とCG部分のキャラクターアニメーションを組み合わせ、ライティングを行い撮影出しをするながれだが、終盤のダンスのカットについては、作画側で先にキャラクターの動きをつくった後、背景とカメラワークをGAZENの方で構築するというフローが採られた。
<3>着色を全て撮影側がAE上で行うフローを考案
GAZENが担当したCGカットは、序盤でシュガーマシン(角砂糖型のロボット)が主人公を取り囲むカットと次の巨大ロボットのカット、チョコのトンネル、終盤の約17秒におよぶダンスのカットだ。
本作では制作スケジュールがタイトだったため、GAZENではCGの後工程である撮影の手間も考えた上で素材出しを行なった。具体的にはCGの段階での着色はマスキングの色のみに留め、撮影側でAfter Effects(以下、AE)を使って着色するというやり方だ。
その理由について森泉氏は「トリガーさんの『BNA』など過去作を観ると、カラーパレットの使い方が印象的でしたので、後工程で色を変えることがあるかもしれないと想定していました。その際にCGに戻って再度レンダリングすると非効率的です。
それならば、あらかじめAEの段階で着色するように工程を組んでおけば、リテイクが戻ってきたときも対応がしやすくなります」と話す。これはパーツ数が少ない今回のカットだからこそ可能になった方法と言えるだろう。
設楽氏も「光を抑えるリテイクが発生したときも、レンダリングまで戻る必要がなく、撮影側で処理するだけで完結できたのでスムーズに対応できました」と、制作で実際に起きたことからこの方法の利点を語ってくれた。
森泉氏によると、この方法にはGAZEN社内でのディスカッションや実験を経て辿り着いたという。「全て3Dで作りきろうとすると、調整が効かない部分が出てきてしまいます。そこから画像処理ベースの考え方に変えて、完成形を想像してレイヤーをつくれば、もっと柔軟にできると思いますし、他の作品でも応用が効くと考えています」(森泉氏)。
<4>作画の気持ちよさを存分に表現した長回しカット
MVの最終パートを盛り上げる約17秒の長回しのダンスカット。ダンスが始まると縦横無尽に動き回り、トラックアップのように大写しになったり画面が回転する様を1カットで表現する、まさにトリガーの作画力を存分に味わえるこのカット、カメラワークを決めているのは背景の3DCGだ。
こうしたカットの場合、先に3Dレイアウトを組んでから作画に回していくのが一般的だが、本作の場合は作画先行でつくられている。
森泉氏は「これまで自分も3Dレイアウト先行のつくり方をしていましたが、それだと僕が思うトリガー作品や吉成監督の作品のアニメーションから出てくる気持ちよさが表現できないなと思って」と、敢えて定石にこだわらない手法を採った理由を明かした。
作画に合わせて背景CGをアニメーションさせる上でのポイントはどこにあったのか。
「吉成監督の想定する完成画面を自分なりにイメージしてアウトプットする感じですね。作画のシートや原画も見せていただきそれとにらめっこして、どのタイミングで動いているのかを解析しながらカメラワークを組み立てていくのは、クリエイティブな仕事としてとても楽しかったです」(森泉氏)。
作業としてはトリガーからアタリの原画のデータをもらい、Mayaの素材として取り込み、プレイブラストで動きを調整していく。これはMayaの画面でCGを見ている場合と、作画をコンポジットをした画面でイメージが異なるため、調整をくり返す必要があった。
その際にもCGでの着色は上記のようにマスクに留め、レンダリング時間の短縮に務め(このカットはGAZENの環境で3時間半ほど)、動きがFIXした段階でAEで着色を行なった。
<5>吉成監督の指示を“そのまま”再現する撮影
撮影工程は、背景とセルをコンポジットし、そこにフィルタや演出上の効果を加えていくが、本作ではデジタルらしいエフェクトは使わず、アナログ時代のアニメらしいオーソドックスなスタイルを吉成監督が志していたという。
設楽氏は「吉成監督の指示そのままに撮ることが大事」と話す。これは当たり前のように聞こえるが、なかなか「指示そのまま」ということにはならない。実際の制作現場ではタイムシートの目盛りがズレていたり、間違えていたりしたまま撮影側にながれてくることがあり、それらを撮影スタッフ側で修正しているためだ。
「シートをチェックしていてたまに『あれ?』と思う部分もあったのですが、その指示通りに撮るときちんと監督がねらった画面になるんです」(設楽氏)と、吉成監督の頭の中には正確に動きのイマジネーションが広がっている様子を窺わせるエピソードを披露してくれた。
他にもT2 studioでは、シートに指示が書かれていなくても背景ボケ・マルチボケなどの撮影処理を自発的に載せてコンポジットすることがあるが、吉成監督は今回の作品に関わらずボケを使わないというこだわりがあるそうだ。
その理由を設楽氏は「吉成監督の作品はセルや背景がそれぞれ1枚のイラストとして生きているので、その必要性を感じないのでは。そのこだわりや色に対する感覚の鋭さも段違いです」と推察する。
そうした吉成監督のこだわりを感じさせるカットの一例を設楽氏は紹介してくれた。冒頭のCUT009で巨大シュガーマシンが丸十字の閃光を発するカットにおける、レンズゴースト表現だ。
本作では四角いオブジェクトを撮影側でつくり、それを置いてカメラの動きに合わせてスライドさせる表現を採った。こうした表現の場合、他の作品ではプラグインを使用するが、こうした短い表現の中でもアナログ感のあるやり方を貫くところにトリガーらしさを感じさせる。
設楽氏は「そうした部分でも演出さんの指示が的確で、打ち合わせの中で撮影のヒントになるようなことも勉強させてもらっています」と話す。
トリガーの特徴について尋ねると、「リテイクの指示が明確なところ。曖昧さがないのは、撮影側としてとても助かります。そして今回の作品もそうでしたが、時間が許す限り、妥協しない。本当に諦めないんです。トリガーさんが最後までこだわられているのだから、こちらもきちんと届けなければと思いを込めたくなりますね」と語った。
<6>アニメ制作におけるCGと撮影のいい関係とは
取材の終盤、本作を作り上げた感想を森泉氏と設楽氏に聞いたところ、2人からクリエイター同士の対話による交歓が展開された。
森泉:僕らCGは作画さんと撮影さんの間にいる存在なんです。制作上のその立ち位置を認識することが大事だと思います。どの工程も時間がない中、それぞれ最大限のパフォーマンスで次の工程に渡すようにしているので、レンダリングに時間がかかるから間に合わないというのは言語道断。だから今回、レンダリングに戻らずに済むAEでの彩色という方式を考えたんです。
設楽:GAZENさんのように考えてくれると、とても助かります。CG会社さんもスタンスは様々で、素材を全て統合して渡してくるところもあれば、全部バラしてくるところもあり、それによってリテイクがそもそも可能か不可能かが変わってきます。逆に撮影会社でもやり方は様々ですから、今回の方法のようにお互いにわかりやすいつくり方ができたのはとても良かったと思います。
森泉:やっぱりレンダリングを待っているのってドキドキしますよね。当社では全てコメント欄に「どういう意図で組み上げたか」を記録しているんです。そうすれば第三者が解析する手間を省けますので。今回、撮影さんで使えるかもなと思って、残してみたんですけど、良かったです。
他のCGスタジオさんの引き継ぎをしたこともあるのですが、もう調整ができないくらい影が歪んでいたんですよ。そのときの撮影さんは全部手でマスクを切らなくちゃいけないとおっしゃっていて、こういうことがあると3DCG業界全体が嫌われてしまうので、そうならないように心がけました。
設楽:最近はCGの方も撮影のことをだいぶ理解してくださっているように感じていますね。あとは相互理解ですね。撮影は工程上、最後に来るのでいかに時間がない中で効率的に組んでいくかが大事になってきます。
一方でCGの方は、少しずつ手を加えていくものづくりをされていきます。ただ3Dでないとできないことがあるので難しいですよね。今回はそのあたりもGAZENさんが考えてくれて、時間がない中でも効率的な撮影ができました。
設楽:それにしてもトリガーさんとの仕事は本当に楽しかったですね。T2 studioで同期の色彩設計の垣田(由紀子)さんが、私よりも早くトリガーさんの作品に参加していて、そのとき同じように楽しいと言っていて、そのときはピンとこなかったのですが、いざ私も参加してみるとそれがわかりました。なんと言いますか……業界に入る前に思い描いていたアニメ業界、って感じです(笑)。
森泉:本当に真っ向からものづくりに向かっていっていますよね。
設楽:「時間を忘れて良い映像をつくるんだ」というトリガーさんの姿勢は、時間がないことを言い訳にしていた自分に対し初心を思い出させてくれました。あるジャンルが流行れば業界全体で乗ろうとするのが常ですが、トリガーさんはそうしたスタンスではないどころか、むしろ吉成監督たちがつくるものが業界に影響を与えている。そうした作品を一緒につくっているのは楽しいですよね。
森泉:GAZENでは現在、とあるロボットアニメ作品に参加をしていて、そのなかで3DCGロボットのスタンダードみたいなものを掴みかけているんです。仕上がった際にはぜひ吉成監督に見ていただいたいて、またトリガーさん、T2 studioさんとお仕事をご一緒できたらと思っています!
TEXT_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota