10月25日(金)に全国の劇場で公開される『がんばっていきまっしょい』は、これまでにも映画やドラマとして実写化されてきた同名小説を原作とする、3DCGアニメーション作品だ。監督を務めた櫻木優平氏に、本作の制作体制や、ワークフロー、開発したツールについて語ってもらった。なお、本記事は全2回に分けてお届けする。

記事の目次

    INFORMATION

    『がんばっていきまっしょい』

    公開日:10月25日(金)全国公開
    原作:敷村良子『がんばっていきまっしょい』(幻冬舎文庫)
    監督:櫻木優平
    脚本:櫻木優平、大知慶一郎 
    キャラクターデザイン:西田亜沙子
    CGディレクター:川崎 司
    アニメーション制作:萌、レイルズ
    配給:松竹
    sh-anime.shochiku.co.jp/ganbatte-anime
    ©がんばっていきまっしょい製作委員会

    自前の素体やルックをベースに、キャラクターを制作

    CGWORLD(以下、CGW):櫻木監督はCGディレクターを経て、2015年に『新世紀いんぱくつ。』で監督デビューしました。日本のCG業界では、CGの作り手から監督になる人はまだまだ少ないように思います。監督になろうと意識し始めたきっかけを教えてください。


    櫻木優平監督(以下、櫻木監督):監督になろうと強く意識したことはないのですが、演出はやりたいと思っていました。ただ、私が気になっていた同年代の監督は30歳手前で監督デビューしていたので、出遅れたくないという気持ちはありました。後になってわかったのですが、実は私が年齢を勘違いしていて、その方は年上で同年代ではなかったんですけどね(笑)

    櫻木優平監督

    多数の映像プロダクションでのCGアニメーション制作を経て、『花とアリス殺人事件』(2015)でCGディレクターを担当し、『新世紀エヴァンゲリオン』のスピンオフ作品『新世紀いんぱくつ。』(2015)で監督デビュー。映画監督デビュー作『あした世界が終わるとしても』(2019)で、アヌシー国際映画祭長編コンペティション部門にノミネートされる。ほかの主な作品は『INGRESS THE ANIMATION』(2018/監督)、ファイナルファンタジーXIV『CHOOSE YOUR LIFE』(2019/高坂希太郎氏と共同監督)など。

    ▲劇場アニメーション『がんばっていきまっしょい』本予告【60秒】

    CGW:櫻木監督の強みは、CG制作のワークフローや手法、技術などを熟知していることだと思います。本作では、それをどのように活かしたか教えてください。


    櫻木監督:自分でもCGをつくれるので、広範囲のセクションの作業内容を理解できることは強みだと思います。精密な工数計算や、制作現場の手戻りを防ぐためのしくみの提案なども可能です。本作では前作で得た反省をふまえ、CGディレクターの川崎(司)さんや、CG制作を依頼したアニメーションスタジオ・と一緒に、細かく言い出したらキリがないくらいの効率化のしくみをつくりました。結果として、スケジュールの遅延や、制作コストの超過を防げたと思います。

    CGW:試写でエンドロールを拝見したら、脚本・レイアウト・モデリング・アニメーション・編集・音響など、各セクションに櫻木監督のお名前があって、広範囲で手を動かしていたことがわかりました。


    櫻木監督:本作は比較的少人数のスタッフでつくったので、実際に担当した人の名前を入れることにしました。例えばキャラクターモデラーと背景モデラーはそれぞれ5人くらい、リギングは2人、アニメーターは30人くらいです。萌は3DCGに加え、美術や撮影のセクションも社内に抱えているスタジオなので、外注率をかなり減らせました。だから少数精鋭のスタッフで、できるだけ制作作業に時間をかける方針にしたのです。


    CGW:アニメーション制作として、萌とレイルズの2社が併記されていますね。どういう役割分担にしたのでしょうか?


    櫻木監督:プリプロダクションとポストプロダクションはレイルズで、プロダクションは萌です。萌の代表取締役の平岡(正浩)さんとは昔一緒に仕事をしていて面識があったし、私のつくり方をまるごと受け入れてくださったので依頼しました。私は自前のキャラクターモデルの素体やルックをもっており、つくり方やツールをパッケージ化しているので、それを容認してくれるスタジオであることが大前提だったのです。

    私は長らくフリーランスをしてきたこともあって、自分の中に様々な蓄積があるので、私と川崎さんがいればワークフローを構築できます。ただ、老舗の大きなスタジオだと、自社のパイプラインやワークフローがガッチリ組まれていて、私のつくり方をもち込むのは難しいというのが実情です。その点において、平岡さんは柔軟に対応してくださったので助かりました。


    CGW:『新世紀いんぱくつ。』では川崎さんがリードアニメーター、西田(亜沙子)さんがキャラクターデザイナーを務めていたので、本作には当時の蓄積が活かされているわけですね。

    村上悦子(主人公)の設定画と、3Dモデルのターンテーブル

    ▲西田亜沙子氏による、村上悦子の設定画
    ▲同じく、村上悦子の表情集
    ▲村上悦子のターンテーブル(形状確認用)。櫻木監督の自前の素体やルックがベースになっている。悦子を含むボート部の5人のメインキャラクターは、顔も含めた全身のトポロジーが共通化されており、ワンクリックでウェイト調整も含めたセットアップが完了するツールが開発された
    ▲村上悦子のターンテーブル(ルック確認用)。日中・夕景・夜景のルックや、マテリアルID、ディフューズ成分などを確認できる

    ムービーでゴールを明示し、制作を効率化

    CGW:ご自分でCGをつくれるとなると、どこまで自分で作業をするか、線引きが難しかったのではないですか?


    櫻木監督:レイアウトまでは自分で作業することが多かったのですが、それ以降は基本的に各セクションのスタッフに任せるようにしていました。ただしクオリティが担保できないと判断した場合は、チェックの際に自分で直していました。とはいえ、どのスタッフが作業しても一定品質のカットに仕上げられるしくみの構築が大前提だと思っていたので、そのためのツール開発に力を入れています。

    CGW:櫻木監督が本作用に構築したワークフローを教えていただけますか?


    櫻木監督:脚本の仕上げ作業と同時進行で、絵コンテはつくらず、全編を通したVコンテを制作しました。このVコンテのことを、本作の現場では「サウンドムービー」と名付けました。私はCGクリエイターでもあるので、ムービーでゴールを伝えた方が、制作を効率化できると判断したのです。

    そのサウンドムービーをプロデューサーや、松竹の関係者たちに見ていただき、全編を通して観た場合のイメージを共有し、脚本・シーン構成・尺感などを調整しました。その段階で修正しておけば、制作現場が動き出した後のコストを抑えられるので、できるだけ完成に近いところまで精度を上げました。実際、本作ではその後の変更は微調整レベルに抑えられています。


    CGW:つまり、萌の制作現場が本格的に動き出す前に、ゴールまでの道筋を明示しておいたわけですね。理想的な進行管理だと思います。

    ▲本作では絵コンテをつくらず、全編を通したサウンドムービーを制作した。この段階では、監督が声を当てた仮音声・仮SE・仮BGMと、ロケハン時に撮ったシーンごとのイメージ画像を使用している。シチュエーション・ト書き・台詞なども画面内に記載することで、第三者が見てもザックリとしたイメージが伝わるようにした

    櫻木監督:今回は試行錯誤をしたり、手戻りをしたりする時間の余裕がなかったし、発注予算の中でつくる必要もあったので、サウンドムービーと、その後のレイアウトムービーの制作には力を入れました。これらの制作に半年ほどの期間を投じた結果、その後は順調に進行し、1年半ほどで作品を完成させることができました。

    ▲完成したサウンドムービーに対して、レイアウト用モデルを用いてしっかりとカット割りされた画を当てはめていった。この映像を、本作の現場では「レイアウトムービー」と名付けている
    ▲レイアウトムービー用のデータはシーンごとに3ds Maxで管理しており、カメラ シーケンスを使ってカットを割り、ブロッキング画像をつくっている。櫻木監督が前作で得た反省点をふまえ、シーンごとに光源の基準となるシーンライトを作成する機能や、レイアウト用モデルに大まかな表情を付ける機能を新規開発した。「レイアウト用モデルに付けた表情は、後工程で本番モデルに自動的にながし込まれるようにしたので、アニメーターが演技付けで迷うケースを減らせたと思います」(櫻木監督)

    櫻木監督:レイアウトムービーの完成後は、全カットを切り分け、香盤表の作成・モーションキャプチャのプランニング・各セクションの工数計算・スケジューリングなどを精密に行いました。それと同時に、台詞の尺感やニュアンスの精度を上げるために、仮声優によるプレスコを行い、その後にモーションキャプチャを実施しています。

    キャプチャデータが上がってきたら、各カットのレイアウトモデルを順次本番モデルに差し替え、キャプチャデータをながし込んでいきました。本番モデルに差し替えた際には、シーンライトに準拠して、キャラクターに仕込まれた各ライトの角度が自動的に調整され、一定品質の見映えが確保されます。その後、アニメーターが細かい演技の調整作業に入る前にカッティングを行い、モーションキャプチャ時の芝居による尺感のズレなどを修正し、ほぼ完成形に近い編集ムービーを仕上げるワークフローにしていました。


    CGW:アニメーターの作業開始前にライティングや尺調整を終わらせておけば、手戻りをかなり減らせますね。

    ▲レイアウトモデルを本番モデルに差し替えた状態。この段階のデータは、そのまま完成につながる編集ムービーになっている
    ▲カッティングで尺感のズレなどを修正した後は、ひたすら各カットのブラッシュアップを続けて完成させる

    櫻木監督:Flow Production Trackingから一括で最新カットのムービーをダウンロードして、編集データを差し変えるツールも開発したので、常に最新の編集ムービーでアニメーターの作業結果を確認できる状態になっていました。

    No.2:ツール開発編は、10月16日公開です
    ©がんばっていきまっしょい製作委員会

    TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota