10月25日(金)に全国の劇場で公開される『がんばっていきまっしょい』は、これまでにも映画やドラマとして実写化されてきた同名小説を原作とする、3DCGアニメーション作品だ。監督を務めた櫻木優平氏に、本作の制作体制や、ワークフロー、開発したツールについて語ってもらった。なお、本記事は全2回に分けてお届けする。

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    劇場アニメ『がんばっていきまっしょい』櫻木優平監督インタビュー No.1:ワークフロー編

    INFORMATION

    『がんばっていきまっしょい』

    公開日:10月25日(金)全国公開
    原作:敷村良子『がんばっていきまっしょい』(幻冬舎文庫)
    監督:櫻木優平
    脚本:櫻木優平、大知慶一郎 
    キャラクターデザイン:西田亜沙子
    CGディレクター:川崎 司
    アニメーション制作:萌、レイルズ
    配給:松竹
    sh-anime.shochiku.co.jp/ganbatte-anime
    ©がんばっていきまっしょい製作委員会

    ブレンド率が自動制御される、表情のコントローラ

    CGWORLD(以下、CGW):先ほど、どのスタッフが作業しても一定品質のカットに仕上げられるしくみを構築するため、本作ではツール開発に力を入れたと語っていましたね。具体的にはどんなツールを開発したのか、お聞かせください。


    櫻木優平監督(以下、櫻木監督):本作のフェイシャルは、基本的に3ds Maxのモーファーをベースにしています。70個ほどのモーフターゲットを設定しており、個別にコントロールすると手数が多くなりすぎるし、上手くブレンドできず意図しない表情になることも多いので、「GIS_fase_ctl」と名付けた専用のコントロールツールのみでの操作を徹底しました。

    ▲GIS_fase_ctlのUIと、それを用いた表情の制御。眉・目・口などの各パーツにおける、[Smile][Anger][Sad]などの値が直感的にわかるようになっており、それぞれのブレンド率が制御され、100%を超えないようになっている。例えば、[Smile:100][Anger:0][Sad:0]の状態から[Anger]を50に変更すると、自動的に[Smile:50][Anger:50][Sad:0]になり、意図しない過剰なブレンドを防いでくれる。複数のパラメータを同時に操作しているとキーの管理が大変なので、パーツごとにキーを一括管理できる機能も備わっている。また、マップのコントローラによる瞼の落ち影などのアニメーションも、同期して行えるようになっている

    櫻木監督:GIS_fase_ctlには、メインとなる表情のコントローラに加え、以下の機能も備わっています。

    ・各パーツに対するシワの追加
    ・目のハイライトのブレアニメーションのコントロール
    ・目のハイライトの向きのコントロール
    ・目のリフレクション(屈折による奥行き表現)のON/OFFの切り替え
    ・口の咀嚼用モーフのコントロール
    ・頬ブラシ(頬の赤らみ表現)パターンの切り替え
    ・カメラアングルによる、輪郭の形状変形モーフの自動/手動の切り替え

    また、補助としてスキンによるフェイシャルコントローラも付けています。基本的にはモーファーを使い、足りないときだけフェイシャルコントローラを使うようにしてもらいました。

    ▲同じくGIS_fase_ctlのUIと、それを用いた表情の制御。カメラアングルに合わせて、自動的に輪郭の形状変形モーフが作動している

    CGW:カメラアングルに合わせて顔の形状が自動的に変わる機能は、様々な作品で実装されるようになりましたね。


    櫻木監督:本作では、カメラアングルとキャラクターに仕込まれた各ライトも紐付けてあるので、カメラを動かすと、ライトも良い感じの位置に移動します。そうすることで、一定品質の見映えが確保されるようにしました。

    サブボーンが自動的にディレイする、髪のコントローラ

    CGW:すごい。そこまで自動化されているのですね。ややマニアックな話になりますが、試写を拝見したときに、悦子の襟足の髪の毛の揺れ具合に並々ならぬこだわりを感じました。髪のコントロールツールについても教えてください。


    櫻木監督:私は昔から揺れものにこだわりがあって、研究を重ねてきました。止め画で揺れものだけが動いているカットとか、大好きなんです(笑)。本作でも髪のコントローラには様々な機能を盛り込んであって、例えばメインボーンを動かすと、サブボーンが自動的に遅れて追従します。この機能のおかげで、CGならではの硬さを軽減できたと思います。かなり攻めたセットアップにしたので、扱いに苦戦したアニメーターも多かったのですけれどね。


    CGW:柔らかくて、美しい表現ができていたと思います。

    ▲リグによる、サブボーンディレイの挙動。前髪の中央のメインボーンを動かすと、左右のサブボーンが自動的に遅れて追従するしくみになっている。専用ツールを用いると、ディレイするフレーム数もコントロールできる

    櫻木監督:カット単位で必要に応じて新しい機能をセットアップできるツールもあって、最初からモデルにセットアップしてある機能とは別に、悦子専用の髪揺れ機能を追加したりもしました。こちらは本作の仕様というわけではなく、私自身がアニメーションを付ける際によく使っている手法をツール化したものになります。ボーンに依存するのではなく、ノイズモディファイヤを使って、ランダム性のある崩れ方をするようにセットアップしました。

    ▲悦子専用の髪揺れツールによる挙動。ヘルパーのアトリビュート ホルダーに仕込まれたパラメータによって揺れの大きさなどを調整でき、ヘルパーを動かすことで髪を自然に揺らすことができる。パラメータには、ノイズモディファイヤが紐付けられている
    ▲悦子専用の髪揺れツールのモディファイヤ構成。デフォルトで入れるには複雑すぎる構成になっている

    CGW:海から風がふいてくるシーンの髪などは、このツールを使って表現していたのですね。


    櫻木監督:悦子専用の髪揺れツールは私しか使っていなかったのですが、そういうシーンなどで多用しました。従来であれば、アニメーターがカット単位のパワープレイでやっていた表現を、本作ではツール化してみました。

    CGW:揺れものの挙動は2コマ打ちですか?


    櫻木監督:揺れものも含め、アニメーションのベースは2コマ打ちです。海外の視聴者は3コマ打ちだとカクついて見えるようですが、2コマ打ちなら容認してくれます。フルコマよりは制作負荷も低いですし、本作ではモーションキャプチャによる繊細な芝居を活かしたかったので、2コマ打ちが最適だと判断しました。

    本作のメインキャラクターのアニメーションをポリッシュするためのツール群の解説や、作業手順をまとめた仕様書も私が作成しており、そこに書いてある手順をアニメーターの皆さんに実行していただきました。

    ▲櫻木監督が作成した仕様書の一部。ここでは各ライトや髪のコントローラの詳細を解説している。これら以外にも、ポリッシュのスタート時の作業から、ライティングの調整、髪の調整、衣装の調整、モデル形状の調整までの手順が段階的に解説されている

    髪型や服装をカスタマイズできる、モブ作成ツール

    CGW:本作ではモブの数も多かったですね。この点も課題だったのではないでしょうか?


    櫻木監督:大きな課題だったので、CGディレクターの川崎(司)さんのリソースの大半は、モブ回りのツール開発に充てていただきました。例えば「GIS_mobRandomizer」と名付けたモブ作成ツールは、アバターをつくるような感覚で、モブの髪型や服装をカスタマイズできます。ほかにも、アニメーションデータを読み込んだモブをランダムに配置するツールなど、様々なものを開発していただきました。

    ▲モブ作成ツールのGIS_mobRandomizeのUI。画面右側では、リグなども含めた全てのアセットをインポートした状態のモブを表示している
    ▲GIS_mobRandomizeによるモブの作例。体格・人相・髪型・アクセサリー・各パーツの色などをカスタマイズできる

    櫻木監督:群衆として使用するモブとは別に、台詞があったり、何度も登場したりする、個別アセット名をもつ優先度の高いサブキャラクターは、GIS_mobRandomizerを使って私がデザインと量産を行いました。

    ▲GIS_mobRandomizerを使い、櫻木監督がデザイン・量産したサブキャラクター。他校のボート部の部員や、悦子のクラスメートなどが並んでいる。なお、モブのアニメーションにおいてもモーションキャプチャを活用しており、シーン内への配置や動きのポリッシュは、モブ専門のチームが担当した

    ちゃんと日常芝居を付けて、人物を描ききる

    CGW:本作ではメインキャラクターが5人もいましたが、全員がひとつの画の中に収まって、各々の個性に根ざした芝居をしているカットが数多くありました。劇場アニメーションらしい、贅沢な画づくりをしている点も印象的でした。


    櫻木監督:本作の画面サイズはシネマスコープだったので、それを活かしてキャラクターをいっぱい入れました。名作と呼ばれる数多くの邦画をリファレンスにして、その演出も参考にしましたね。メインの出来事が起きている傍らで、別のことをやっている人がいる、というような細かい演出が日常芝居のシーンでは効いてくると思ったので、モーションキャプチャの段階から計画的に動きを収録しています。

    CGW:緩急の付いたカメラワークが印象的なボートレースのシーンと、穏やかな日常芝居のシーンのコントラストも素晴らしかったです。


    櫻木監督:CGアニメーターの多くは、ボートレースのようなアクションシーンは得意なので、カメラワークも含めてお任せしていました。逆に日常芝居は苦手な人が多いので、圧倒的に手こずりました。日本のアニメCG制作の現場では、日常芝居を付ける仕事が少ないこともあって、勉強をする機会が不足しています。そこは大きな課題だからこそ、ちゃんと日常芝居を付けて、人物を描ききることを本作の主軸のひとつに据えていました。


    CGW:ディズニーのアニメーションの12原則などの体系化されたノウハウもありますが、そのまま日本のアニメ表現に適用できるわけではないですからね。


    櫻木監督:日本人のCGキャラクターに、日本人の芝居をさせるためのノウハウはまだ体系化されておらず、作画を真似ている限りは作画を超えられません。日本のアニメCGは、今も壁にぶつかったままだと私は思っています。だからこそ、本作をつくるにあたっては、「ここらで日本のアニメCGの正解を打ち出したい」という気持ちで挑みました。


    CGW:その気持ちは、スクリーンを通して伝わってきました。インタビューの最後に、本記事の読者へのメッセージをお願いします。


    櫻木監督:CGの面でも攻めたつくり方をしている作品なので、「これはどうやってつくったんだろう?」と思うカットがわりとあると思います。CGをつくっている方は、そういう点にも注目していただくと楽しめると思います。反省点は山ほどありますが、今の自分にできることは全力でやったので、ぜひご覧ください。

    ©がんばっていきまっしょい製作委員会

    TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota