こんにちは。CGWORLD編集長で、カナダ在住レイアウトアーティストの若杉 遼です! 今年の12月は、3年ぶりにSIGGRAPH Asiaが東京で開催されます。Computer Animation Festival(以下、CAF)のChairを務める伊藤より子さんに、アーティストのためのSIGGRAPH Asia 2024の楽しみ方を伺いました。
INFORMATION
SIGGRAPH Asia 2024
大会:2024年12月3日(火)~6日(金)
展示会:2024年12月4日(水)~6日(金)
会場:東京国際フォーラム(有楽町/オンサイトのみ)
コンピュータグラフィックスとインタラクティブ技術に関する国際会議と展示会。以下の公式サイトより、参加登録受付中。
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asia.siggraph.org/2024/ja
Electronic Theaterには、世界各国から優れた作品が集まる
若杉 遼(以下、若杉):伊藤さんと対面でお会いしたのは、僕がベイエリアからバンクーバーに引っ越す前でした。今も伊藤さんの拠点はベイエリアですか?
若杉 遼
CGWORLD編集長/レイアウトアーティスト/CGアニメーター
伊藤より子さん(以下、伊藤):そうです。アートディレクターとして『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』に参加していた時期はパリに住んでいましたが、今はベイエリアに戻っています。今年はblue gradationという会社を日本で起ち上げたので、日本でのコンサルタントや、学校などでの教育活動にも力を入れていく計画です。日本のプロジェクトへの参加も、機会があれば挑戦したいと思っています。
伊藤より子さん
ビジュアルデザイナー。アメリカの映像制作の現場で30年以上の経験をもち、教育者として後進の育成にも力を入れている。最近の代表作は『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』。
若杉:今日は伊藤さんにSIGGRAPH Asia 2024の楽しみ方を語っていただきたいのですが、実のところ、僕自身はSIGGRAPHにほとんど参加したことがありません。ベイエリアでAcademy of Art University(以下、Academy)に通っていた時代に、就職活動の一環でリクルーティングのブースを回った程度です。SIGGRAPHはエンジニアのための学会で、僕とは少し距離があるような気がしていたのです。ただ、CAFで受賞したショートフィルムは素晴らしいものが多いので、毎年チェックするようにしています。
伊藤:私もDreamWorksで勤務していた頃は、若杉さんと同じ印象をもっていました。ただ、CAFで受賞したディレクターやアニメーターが続々と入社してきたこともあって、CAFには注目してきましたね。CAFはElectronic Theater、Animation Theater、Production Sessionsの3種類で構成されており、SIGGRAPH本体のElectronic Theaterで上映された作品は、アカデミー賞 短編アニメーション部門 ノミネート作品の選考対象になるので、世界各国から優れた作品が集まります。SIGGRAPH 2024のElectronic Theaterはチェックしましたか?
若杉:はい。今年はドキュメンタリー作品の『The Art of Weightlessness』がBest in Showに選ばれていて、意外でした。
伊藤:カスタムメイドの松葉杖を駆使してパフォーマンスをするBill Shannonさんの半生を、CGを使ってすごくポップに描いている点が素晴らしかったと思います。モーションキャプチャ技術を上手く活用している点や、ダイバーシティの重要性を示唆している点も審査員に評価されたのだと思います。
若杉:『LUKI & the Lights』がAudience Choiceに選ばれたのも印象的でした。ALSと診断された父親が、自身の経験していることを幼い子どもたちにわかりやすく伝えるために周囲の協力を得てつくった作品で、シリアスな内容なのに、鮮やかな色と光に満たされていました。
伊藤:ただ美しいだけではない作品、社会的な課題とパーソナルな経験や思いが融合している作品は、多くの人の共感を集めるのだと思います。『LUKI & the Lights』はサンフランシスコのBig Grin Productionsが制作していますが、フランスの学生作品もそういうものが多くて、意外性のある、ありきたりではないコンセプトの立て方が秀逸です。確かな表現力と技術力で、そのコンセプトを映像化している点も含めて、悔しいくらい上手いですね(笑)。加えて若い人はトレンドにも敏感なので、学生作品を見ると、「今のトレンドはこうなっているんだな」ということがわかります。
若杉:Electronic Theaterで上映された21作品の中に、フランスのEcole MoPAの学生作品が4本も入っていて、本当に強いなと思いました。しかも、その中のひとつである『After Grandpa』がBest Student Projectを受賞していました。そんな中で、デジタルハリウッド大学の金森 慧さんの『ORIGAMI / 折紙』が上映されたのは、素晴らしい快挙でしたね。
伊藤:折り紙という、日本人ならではの文化を選んだことが強みになっていました。コンセプトがシンプルで、映像が素晴らしかった点が評価されたのだと思います。
若杉:例えばSIGGRAPHのTechnical Papers(技術論文)だと、技術的な新規性が重視されると思います。CAFのElectronic TheaterやAnimation Theaterの選考の場合、技術的な部分はどのくらい重視されるのでしょうか? ほかのフィルムフェスティバル以上に、技術的な部分が評価されるような気がしています。
伊藤:アートとテクニカルの両方が重視されると思います。実際、私が審査員として参加したSIGGRAPH Asia 2018の選考では、テクニカルの面で素晴らしく、アートの面でも美しい作品がBest in Showに選ばれました。私自身はアート寄りの人間ですが、審査員の中にはテクニカルに強い人もいたので、全員で討議しながら選考しました。私にはわからなくても、別の審査員が「この作品は、テクニカルの面でここが素晴らしい」といった講評をノートに書いてくれたので、それを考慮しながら判断していました。
若杉:SIGGRAPH Asia 2018のCAF Chairはポリゴン・ピクチュアズの塩田周三さんで、審査員の人選では、多様な人種・国籍・性別・専門分野の人たちで構成することを意識したと伺っています。その一環で、伊藤さんが指名されたのですよね?
伊藤:そうです。ダイバーシティであることを意識なさっていました。塩田さんのその考えはとても素晴らしくて、私がSIGGRAPH Asia 2024のCAFの審査員を選ぶ際にも見習わせていただきました。
SIGGRAPH 2024 Electronic Theater
SIGGRAPH Asia 2023に突撃したら、すごく楽しかった
若杉:そもそも、どういう経緯で伊藤さんがSIGGRAPH Asia 2024のCAF Chairに選ばれたのですか?
伊藤:2023年の夏ごろに、塩田さんから「唐突ですがすいません。2024年に再び東京でSIGGRAPH Asiaが開催されるんですが、CAF Chairをやってみる気はないですか?」というメッセージが送られてきたのです。
若杉:断りにくい!!(笑)
伊藤:そうなんですよ。「ちょっと考えさせてください」といったんはお返事したのですが、最終的にはお引き受けしました。SIGGRAPH Asia 2018で審査員を1回やった経験しかなかったので、私にChairが務まるのかと、不安しかなかったですけれどね。その後、12月にオーストラリアのシドニーで開催されたSIGGRAPH Asia 2023に招待していただきました。「とにかく、いろいろな人と話してきてください」というアドバイスももらっていたので、会場内を歩き回って、いろいろなミーティングや、展示、レセプションなどに突撃して話しをしたら、すごく楽しかったんです。SIGGRAPH Asia 2023のCAFでは、Griffith UniversityのHerman Van Eyken教授と、Industrial Light & Magicのオーストラリア支社でクリエイティブディレクターを担っているRob Colemanさんのお2人が共同でChairを務めていて、会場でお会いすることができました。
若杉:そういうネットワーキングができるのは、楽しそうですね。
伊藤:CAFはもちろん、Art GalleryやVRなどの体験型の展示も面白かったですね。アートとテクニカルが高いレベルで融合している作品が数多く展示されていて、その作者から直接話しを聞ける機会もあったので理解が深まりました。SIGGRAPH Asia 2024では、東京大学でヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI)やARなどの研究をしながら、メディアアートの制作も手がけている筧 康明教授がArt Gallery Chairを務めるので、世界トップレベルのメディアアートを体験できると思います。
若杉:Electronic Theaterの上映作品で、印象に残ったものも教えてください。
伊藤:Best in Showを受賞した、『Moirai - Thread of Life』は素晴らしかったです。遠い未来の宇宙飛行士の物語と、量子物理学の象徴的な表現が融合した作品で、とても神秘的でした。Honorable Mention(特別賞)を受賞した、『Loup y es-tu ?』も素敵でしたね。こちらはフランスのSupinfocom Rubikaの学生作品で、女性だけの6人のチームでつくっていたんです。その中のひとりにSIGGRAPH Asia 2024のCAFの審査員を依頼したかったのですが、フランスと日本とでは時差がありすぎて調整が難しかったので断念しました。
SIGGRAPH Asia 2023
フェスティバルで受賞すれば、多くのリクルーターが見てくれる
若杉:伊藤さんがそこまで評価するくらいですから、フランスの学生は本当にレベルが高いのですね。
伊藤:Gobelins, l'école de l'image、Ecole MoPA、Supinfocom Rubika、PÔLE 3Dなどの強豪校が複数あるので、SIGGRAPHでも、SIGGRAPH Asiaでも、フランスの学生作品が上位を占める傾向が続いています。アメリカの私立大学と比べれば学費が1/4くらいに抑えられること、5年制の学校が多いことなどが要因になっているのだと思います。4年次までにアートとCGの基礎を学び、最終学年でショートフィルムをつくるので、アートの面でも、テクニカルの面でも質の高い作品に仕上がります。加えて、先程も言ったようにコンセプトの立て方が上手いのです。教員の指導のやり方や、周囲の学生からの影響など、環境によるところも大きいんじゃないでしょうか。
若杉:Academyでも最終学年ではショートフィルムの制作が義務づけられていましたが、僕が通ったのは2年制の大学院だったので、質の高いものに仕上げるのは難しかったです。学生時代の僕はアニメーションだけをやりたかったし、ほかの学生のアートやモデリングによって自分のアニメーションの質が変わってしまうことに抵抗がありました。加えて、チーム制作だとアニメーション以外のことまでやらなければいけないのも嫌だったんです。だからショートフィルムはつくらず、就職用のデモリール制作だけに集中して強引に修了しました。
伊藤:私が教えているビジュアルデベロップメントのためのライティングデザインのワークショップでは、名作と呼ばれるフィルムのライティングに込められた、作り手の意図を解説するんです。専門書を読めば書いてあることですが、受け身の姿勢だと読まないし、頭にも入ってこないようで、「知らなかった!」という反応をする受講生が多いです。フィルムメイキングの基礎を学べば、フィルムの見え方が変わって、つくってみたいと思うようになるかもしれません。
若杉:2年制だと基礎を学べるクラスは少なかったし、制作に使える時間も限られていました。箸にも棒にもかからない中途半端なショートフィルムをつくって、CAFなどでの受賞もできず、就職にも失敗する危険をおかすよりも、安全策をとってデモリールをつくりたいと考える学生の方が、僕の周囲では多かったです。多額の学生ローンを抱えている人もいましたからね。
伊藤:そういう事情もあるんですね。ただ、ライバルがごまんといる中で、実績のない学生が自分のデモリールを見てもらうことはすごく難しいのです。でも、どこかのフェスティバルで受賞して認められれば、多くのリクルーターが見てくれます。
若杉:どちらが正解というものでもない、難しい選択ですよね。僕は日本の学生にアニメーションやレイアウトを教える仕事もやっているのですが、最近は「作品をつくりたい」というマインドをもった学生が減っていて、「自分の専門分野の中で、ベストを尽くしたい」という職人的なマインドの人が増えているなと感じます。ただ、例えばアニメーターとしてキャリアを重ねていく場合であっても、ディレクター的な考え方や、作品をつくりたいという気持ちはすごく重要なんです。学生時代のショートフィルム制作は、そういうマインドを培うためのベストな環境だったんだなと、今になって思います。
伊藤:SIGGRAPH Asia 2024のCAFには日本からも素晴らしい学生作品の応募があったので、ディレクターを志す人も着実に育っていると思いますよ。
SIGGRAPH Asia 2023 Electronic Theater
SIGGRAPHは自分の創造性や興味を広げる場所
若杉:CAFの応募状況を、話せる範囲でお聞かせいただけますか?
伊藤:421作品の応募があり、その中の71%が学生作品でした。それを27人のPre-Selection(事前選考)の審査員の協力を得ながら選考し、45作品まで絞り込んでいます。後日、9人の審査員と一緒に最終選考をして、上映作品を決定します。
若杉:日本からの応募はどのくらい残っていますか?
伊藤:6作品です。アジア全体だと13作品、フランスは12作品、アメリカは10作品なので、アジアも健闘しています。なるべくアジアの作品を集めたくて、事前に各所にお声がけしたのが功を奏しました。
若杉:フランスはやっぱり強いですね! 審査員はどのような方々ですか?
伊藤:審査員の居住地は様々で、日本、アメリカ、シンガポール、ニュージーランド、オーストラリア、韓国、香港となっています。日本在住者は3人で、フランス人もいます。専門分野も様々で、アーティストはもちろん、CGの開発者や大学教員もいます。『Moirai - Thread of Life』のディレクターのIna Conradiさんにも参加していただきました。
若杉:それだけ多様な審査員を集めるのは大変そうですね。
伊藤:私ひとりでは難しいので、SIGGRAPHのローカルコミッティにも助けてもらいながら集めました。SIGGRAPH本体とSIGGRAPH AsiaのCAFの前任者で構成されているチームにも、すごく助けていただきました。
若杉:最終選考の会議はオンラインで行うのでしょうか?
伊藤:そうです。SIGGRAPH Asia 2018の最終選考は審査員全員が日本に集まって行いましたが、コロナ禍以降は経費の問題もあってオンラインに切り替えました。
若杉:CAF Chairや審査員の経験は、伊藤さんにどんな影響を与えましたか?
伊藤:いろいろなものを見て、様々な角度から考えなくちゃいけないと思うようになりました。加えて、作品だけではなく、どんな人が、どういう視点でつくったのかも、これまで以上に気にするようになりました。作品を多角的に見る目が養われたと思います。
若杉:最後に、SIGGRAPH Asia 2024への参加を検討している人に向けて、メッセージをお願いします!
伊藤:CAFコミッティではProduction Sessionsの準備も進めており、国内外の素晴らしいスタジオをお招きして、作品制作の舞台裏を語っていただきます。MAPPAをはじめ、日本の2Dアニメのスタジオによるセッションも企画しています。SIGGRAPHは、様々な人と出会い、様々な話を聞き、様々な作品を見ることで、自分の創造性や興味を広げる場所です。自分の専門性を磨き上げることもできるし、新しい表現領域や、新しい技術に出会うこともできます。しかも国際会議なので、英語力を磨く場にもなります。CGを学んでいる、あるいは仕事にしている人で、まだSIGGRAPHを体験したことがない人は、ぜひこの機会に突撃して、いろいろな人と話してみてください。
INTERVIEWER_若杉 遼/Ryo Wakasugi(CGWORLD)
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue