月刊 『CGWORLD + digital video』vol.314(2024年10月号)掲載の特集「3Dビジュアライゼーションの最前線」から、PART 01-2 スペースデータ[宇宙開発/デジタルツイン]を全2回に分けて転載する。
スペースデータは宇宙開発とデジタル技術を融合させる研究開発を行うスタートアップで、衛星データと3DCG技術を活用した、AIによる地球デジタルツインの自動生成にも取り組んでいる。代表取締役社長の佐藤航陽氏に、同社のミッションと事業内容を語ってもらった。
デジタルツインを自動生成し、メタバースなどの制作基盤を拡充
CGWORLD(以下、CGW):佐藤さんは著書『世界2.0』の中で、コンテンツ大国という今の日本の強みを活かせる唯一に近い新産業分野がメタバースであり、宇宙開発とメタバース開発は同時並行で進むと語っています。これを拝読して、お話を伺いたいと思いました。
佐藤航陽氏(以下、佐藤):宇宙開発や量子コンピュータの分野では、日本はすでに不利な立場ですからね。非常に抽象的な話になりますが、私は「宇宙の正体を解き明かしたい」という思いから当社を創業しました。「情報こそが宇宙の本質ではないか」というのが私の仮説なのです。私たちが生きている物理空間にある宇宙が、実は情報から染み出た影のようなものだったとしたら、ユニバース(宇宙空間)とメタバース(仮想空間)の根本は同じものだと言えます。さらに宇宙は無限にあって、マルチバース的に存在しており、仮想空間内に自分で宇宙を再現できる日がくるというのが私の仮説なので、スペースデータという社名にして、地球と宇宙のデジタルツインをつくる事業を始めたのです。宇宙空間と仮想空間のちょうど中間にあるのがデジタルツインですから、それを事業にすれば両方を俯瞰できて面白いだろうと思いました。
スペースデータ 代表取締役社長・佐藤航陽氏
CGW:だから地球・宇宙・デジタルの3軸で事業展開しているわけですね。
佐藤:当社のメンバーも、宇宙業界出身者と、IT業界出身者が混ざり合っています。例えば伊藤 剛(宇宙戦略担当)は、20年以上にわたってJAXAで国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」プロジェクトに従事してきました。久野憲明(組織戦略担当)はデジタルエンターテインメントとSNSのスペシャリストで、LINE在籍時にはスマートフォン領域の起ち上げを担当していました。
地球・宇宙・デジタルの3軸で展開する、スペースデータの事業
CGW:スペースデータが独自に行なってきた地球デジタルツインを自動生成するAI技術の開発と、国土交通省から依頼されたPLATEAUを使った実証実験や技術開発は、どういう関係性にあるのでしょうか?
佐藤:私たちは衛星データやインターネット上で公開されている情報などに機械学習を適用し、仮想空間内に地上の都市を再現する技術を開発してきました。最終的には映画の『マトリックス』のように地球全体が仮想空間内に再現され、人々はXRデバイスを被って暮らす未来がくるだろうと予測して、粛々と開発を続けていたのです。そうしたら国土交通省の内山裕弥さんから「バラバラに動くのはもったいないので、一緒にやれることはないでしょうか?」とお声がけいただき、衛星データとPLATEAUの3D都市モデルを組み合わせることで、フォトリアルな都市デジタルツインを自動生成するAI開発の実証実験を2023年度に実施することになりました。
CGW:衛星データに加え、PLATEAUの3D都市モデルも機械学習させることで精度を上げているのでしょうか?
佐藤:そうです。3D都市モデルから取得した対象エリア内の地物の位置情報や、2D図形情報を正解データとして学習させることで、衛星データのみでは捉えられない建築物の位置情報や高さを補完しました。現在PLATEAUが提供している3D都市モデルの多くは、テクスチャ解像度が低く、道路付帯設備や植栽などのデータも整備されていないので、そのままではゲームやXRコンテンツのコンシューマが没入できるクオリティに達していません。かといって手作業でクオリティを上げていたら、膨大なコストが発生します。そこで衛星データと3D都市モデルから都市情報をデータベース化し、プロシージャルモデリングを用いて高精細なテクスチャの付与や、建築物のディティールアップ、看板・信号機・植栽などの都市設備の追加といったことを自動的に行うシステムを開発しました。
CGW:PLATEAUのWebサイトで公開されている技術検証レポート(PDF)には、内製ツールに加え、HoudiniやUEも活用したと書かれていましたね。システムアーキテクチャが面白かったです。
PLATEAUを活用した、高精度デジタルツイン構築の技術検証
佐藤:Houdiniは地理情報データベースから出力したデータを基に高精度な都市デジタルツインを新たに生成し、UEで開けるデータへと変換する用途で使っています。加えてUE上では、生成した都市デジタルツインをコンシューマ向けコンテンツへ適用できるようにするためのローポリゴン化や、テクスチャの最適化などの処理を行なっています。実証実験中に西新宿エリアのデジタルツインをUE 5.1のプロジェクトファイルとして無償公開したところ、約3,500人のクリエイターにダウンロードしていただきました。さらにFortniteで公開した「TOKYO SHINJUKU MAP」の方は約61,000人に利用され、品質やデータの使いやすさに対する数多くのフィードバックを集約できました。
UEを用いた、高精度デジタルツインデータの活用事例
CGW:実証実験は2024年3月に終了し、現在はシステムの本格運用を目指して5年計画で取り組んでいるのですよね?
佐藤:そうです。最終的には、PLATEAUが対応している日本全国の都市のフォトリアルなデジタルツインを自動生成し、オープンデータとして公開することで、ゲームや映像、XRコンテンツ、メタバースなどの制作基盤を拡充させることを目指しています。
『マトリックス』に着想を得たプロジェクトなので、リアリティを優先
CGW:スペースデータのSaaSプラットフォームのOpenEarthでは、ニューヨークのマンハッタンのデジタルツインなども無償公開していますね。どういったビジネス展開を考えているのでしょうか?
佐藤:地球デジタルツインの自動生成や公開は、「世界中の人間が『マトリックス』のような仮想空間を使えるようになったら、何が起こるか?」という私の個人的な興味に端を発する社会実験の延長で始めたのです。それを国土交通省が面白がってくださり、国のプロジェクトと連動することになりました。ほかからも問い合わせはいただいているので、特定の企業向けに有料でカスタマイズしたり、ゲーム会社と一緒に新しいゲームを共同開発したりといった展開があり得るだろうと思っています。例えば、MMS(Mobile Mapping System)という車載計測システムなども併用することで極めて高精度な特定地域のデジタルツインを生成し、自動運転の機械学習に活用するといった展開が考えられます。
CGW:地球デジタルツインの技術開発で、一番大事にしていることはなんですか?
佐藤:ビジュアルのクオリティですね。『マトリックス』に着想を得たプロジェクトなので、人間が没入したときにどれだけリアリティを感じられるかを現段階では優先しています。人間は情報の約8割を視覚から得ると言われているので、まずは視覚ドリブンで開発した方が、多くの人に興味をもってもらえます。カバー範囲をいかに広げるか、実際の測量情報との誤差をいかに減らすかといった課題もありますが、機械学習のデータが増えていけば、いずれ解決できると思っています。
CGW:地球デジタルツインのデータは、どのくらいの頻度で更新するのですか?
佐藤:衛星データの更新頻度次第です。例えば毎日更新される地域の場合は、地球デジタルツインもそれに連動して更新できます。ただし、渋谷のような小刻みに変化する都市に関しては、衛星データだけでは不十分で、例えば車載カメラで撮影したデータや、歩行者から得た情報などもリアルタイムに学習させていかないと現実と一致するものはつくれません。だから長期間変わらないものと、随時変わるものを分けて機械学習させたりして、より高精度な地球デジタルツインを自動生成できる枠組みを構築している最中です。
INFORMATION
月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.314(2024年10月号)
特集:3Dビジュアライゼーションの最前線
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:128
発売日:2024年9月10日
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue