月刊 『CGWORLD + digital video』vol.314(2024年10月号)掲載の特集「3Dビジュアライゼーションの最前線」から、PART 01-2 スペースデータ[宇宙開発/デジタルツイン]を全2回に分けて転載する。
スペースデータは宇宙開発とデジタル技術を融合させる研究開発を行うスタートアップで、衛星データと3DCG技術を活用した、AIによる地球デジタルツインの自動生成にも取り組んでいる。代表取締役社長の佐藤航陽氏に、同社のミッションと事業内容を語ってもらった。
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宇宙開発の民主化を目指し、汎用的な宇宙開発プラットフォームを提供
CGWORLD(以下、CGW):スペースデータでは、国際宇宙ステーション(ISS)のデジタルツインの映像も公開していますね。地球と並行して、宇宙デジタルツインの技術開発も進めているのでしょうか?
佐藤航陽氏(以下、佐藤):宇宙に関しては、より広い視野に立った事業展開を考えています。国内外を問わず、民間企業の宇宙事業への新規参入は非常に困難です。その理由としては、①宇宙機の製造・打ち上げなどに膨大なコストがかかる、②企画から実証までの期間が長すぎる、③宇宙利用の膨大な制約条件、宇宙固有の環境条件がわからない、といった課題が挙げられます。この状況を打開し、宇宙開発を民主化するためには、専門家以外のユーザーが多様な事業アイデアを低コストで容易にシミュレーションできる開発環境を提供する必要があると考えています。
CGW:制約条件や環境条件というのは、例えば重力や温度ですか?
佐藤:それ以外にも通信・電力・空気・放射線・姿勢・軌道など、非常に多くの項目があって、他業界からの新規参入者には手に負えません。これらの条件を宇宙仕様としてまとめあげ、誰もが活用できる宇宙開発プラットフォームへと発展させ、世界中に公開したいと考えています。簡単に言うと、宇宙版のWindowsやAndroidのような立ち位置をねらっているのです。
宇宙開発の民主化を目指す、スペースデータの構想
人工衛星の監視に使われるRTOS(Real-time Operating System)や、core Flight System(NASAが開発した宇宙機のフライトソフトウェア用フレームワーク)といった既存の宇宙機用システムと、ROS(Robot Operating System/地上用ロボットの開発プラットフォーム)や、Unity・UEといったゲームエンジン、Meta Quest・Apple Vision ProといったXRデバイスなどを宇宙開発プラットフォーム上でつなげることで、地上機の開発者が宇宙開発に乗り出せる環境を整備する計画だ。
CGW:ものすごくスケールの大きな構想ですね。その宇宙開発プラットフォームを使えば、新規参入者でも宇宙機の製造が短期間で可能になるのでしょうか?
佐藤:そうなることを目指して、開発を進めています。宇宙開発プラットフォームでは、全ての宇宙機に共通するライブラリに加え、宇宙ロボットや人工衛星のサンプルデータと、宇宙ステーションの船内・船外、軌道上、月面でのリアルタイムシミュレーションができるデジタルツインなどの提供も計画しています。これらが実現すれば、実機開発の事前段階で、多くのことを検証できます。
CGW:逆に言うと、ISSのデジタルツインだけ提供しても、宇宙開発プラットフォームがなければ、専門家以外のユーザーは使いこなせないわけですね?
佐藤:そういうことです。JAXAやNASAの専門家はライブラリやサンプルデータがなくても問題ありませんが、新規参入者には専門知識をイチから学ぶような暇はありません。だからJAXAの方々とも連携しながら、専門家以外のユーザーでも宇宙機の開発ができるシミュレーション環境をオンライン上に構築したいと思っています。
CGW:UnityやUEなどのゲームエンジンが生まれた経緯と似ていますね。
佐藤:共通する部分は多いと思います。ただし宇宙開発の歴史は常にミッションドリブンだったので、例えば月面の土を採取する、小惑星を探査するなどのミッションのために、専門家たちが延々とチューニングをくり返し、ミッションが完了したらチームを解散してきたのです。加えて、基本的に宇宙開発と学術研究は連動しているので、専門家は論文を書くに値する新規性のあることに取り組みたがるという側面もあって、汎用的な宇宙開発プラットフォームをつくるという発想を誰ももち合わせていませんでした。
CGW:汎用的な宇宙開発プラットフォームをつくっても、研究者として評価される業績にはならないわけですね。
佐藤:だからこそ、まだチャンスが残っているのです。宇宙開発において日本が今からハードウェアでアメリカなどに勝つのは難しいですが、ソフトウェアの領域なら戦える余地があります。当社には元JAXAのメンバーが複数所属しているので、社外の関係者とも連携しながら、粛々と開発を進めています。
CGW:2024年5月には、宇宙ロボット開発のスペースエントリーとの資本業務提携や、KDDIの企業連携プログラムへの宇宙デジタルツインの提供も発表していましたね。
佐藤:スペースエントリーは、ISSでの宇宙ロボットプロジェクトを成功させた経験のある熊谷亮一さんが創業した宇宙ロボット企業です。現在進行中のプロジェクトでは、宇宙ステーション用ロボットを共同開発し、2025年にISSの「きぼう」で技術実証を行う計画です。今回開発する宇宙ロボットはステーション内の空間を浮遊して動く船内ドローン型を想定しており、当社では主にソフトウェア開発を担当します。
CGW:宇宙ドローンのアイデアスケッチが、ユニークで面白いですね。
宇宙ドローン・スペースコロニー・月面都市のアイデアスケッチ
佐藤:家電デザインなどを経験してきた工業デザイナーにも参加してもらい、宇宙仕様を満たしつつ、美しさや可愛らしさも兼ね備えたデザインのパターン出しをしている最中です。将来的には、船外用ロボットや月面ロボットの開発にも着手していく予定です。現在のインターネット接続のような感覚で、地球に居住しながら自分に都合の良いタイミングで宇宙ロボットを遠隔操作できるようになれば、低コストで生活圏を月面や火星にまで拡張し、宇宙開発に参加できます。放射能や宇宙線の問題を考える必要もなくなり、宇宙がより身近な場所になるでしょう。未来の人は、メタバースとユニバースを同じものとして扱うようになるのではと予想しています。
CGW:ものすごい先回り思考ですね。KDDIの企業連携プログラムへの参画についても教えてください。
佐藤:KDDIは、2024年5月にMUGENLABO UNIVERSEという宇宙活用の企業連携プログラムを開始しました。本プログラムでは、当社が提供するISSや月面のデジタルツイン上で、非宇宙産業を含むスタートアップと大企業がペアとなり、宇宙での持続的生活に向けた技術検証と事業化を進めます。循環技術、電力供給、自動化、建築、食料生産、エンターテインメントといった各種検討テーマを設定し、新たな技術や事業アイデアをもつスタートアップと、宇宙を活用した事業開発を目指す大企業のマッチングを促進します。
CGW:エンターテインメントまで対象にしているのが面白いですね。
佐藤:日本の強力なコンテンツ産業を支えている企業が宇宙開発と手を組めば、新たな産業を生み出せるだろうと期待しています。
無邪気に他業界に突っ込んでみると、ちがう知見や、新しい景色に出会える
CGW:宇宙開発の民主化に向けて、着々と布石を打っているのですね。
佐藤:当社では、宇宙開発プラットフォームを世界中に提供し、世界全体を巻き込んでスペースコロニーを開発していく "オープン・スペースコロニー構想" を掲げています。1社では絶対に実現できない巨大スペースコロニーの建造も、技術をオープンにして世界中が共創できる環境にすれば実現できます。
CGW:宇宙事業において、一番大事にしていることも教えてください。
佐藤:地球デジタルツインと同様にビジュアルのクオリティも大事にしていますが、それ以上に宇宙開発では精度が求められます。だからJAXAや三菱重工の宇宙事業経験者の助言と協力も得ながら、とことんまで深掘りして精緻な宇宙機固有システムやシミュレーション環境を構築していきます。
CGW:協力者を増やすコツはなんですか?
佐藤:「誰かいませんか?」と言い続けていると、「詳しい人を紹介できますよ」、「やりたいです」と言ってくださる人が現れて、トントン拍子に進んでこれました。集合知を上手く使えているような気がします。「宇宙開発に参加したい」、「宇宙開発を民主化したい」と思っている人が実は大量にいて、続々と集まってくださっている感じです。
CGW:協力者の中に、エンターテインメント業界の出身者はいますか?
佐藤:当社のエンジニアの中には、ゲーム業界や映像業界の出身者もいます。コンシューマゲーム開発経験者もいれば、映画をつくっていた人もいるので、ビジュアルにもこだわれているのです。
CGW:インタビューの最後に、CGWORLDの読者に期待することを教えてください。
佐藤:私はIT業界出身者ですが、数年前にCG業界と宇宙業界にも足を踏み入れ、アウトサイダーであるがゆえに、新しい発想やアイデアを出すことができました。CG業界、ゲーム業界といった枠組みを取り払って無邪気に他業界に突っ込んでみると、全然ちがう知見や、新しい景色に出会えると思います。IT業界だけに限定すれば、私よりITに詳しい人はいますが、IT・CG・宇宙を組み合わせた事業を展開できる人は私くらいしかいません。今後はいくつの業界を跨げるかが、人材の価値を測る指標のひとつになると思います。
INFORMATION
月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.314(2024年10月号)
特集:3Dビジュアライゼーションの最前線
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:128
発売日:2024年9月10日
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue