Valkyrieはスマホ向けゲーム『あんさんぶるスターズ!!』に登場する、格式高い芸術派ユニットだ。月刊『CGWORLD + digital video』vol.320(2025年4月号)掲載の特別企画では、2024年9月、2025年1月に公開された2本のMVの舞台裏を、タムラコータロー監督や、制作を手がけたオレンジへの取材を通して深掘りした。以降では、全12ページの記事の中から、冒頭4ページの座談会を抜粋してお届けする。
『あんさんぶるスターズ!!』 マスターピースMVシリーズ

2020年3月にサービス開始した『あんさんぶるスターズ!!』は、個性あふれるアイドルたちをプロデュースできるスマホ向けゲームで、Happy Elementsが開発・運営している。今回の特別企画で紹介するマスターピースMVシリーズは、スマホ向けゲーム用に最適化したリアルタイムレンダリングのMVとは異なり、プリレンダリングの映像作品としての魅せ方に特化して制作された。「聖少年遊戯」はシリーズ8作目、「星の鳴動響きし時に」はシリーズ9作目にあたり、YouTubeの公式チャンネル(あんスタチャンネル)にて公開されている。
ゲームのリアルタイムレンダリングでは不可能な表現に挑戦する
CGWORLD(以下、CGW):かつてオレンジさんが制作した『宝石の国』(2017)では、タムラコータロー監督は4話・9話・11話の絵コンテを担当していますね。ValkyrieのMVへの参加は、いつごろ決まったのですか?

タムラコータロー監督(以下、タムラ):2021年です。私はアイドルのMVを手がけた経験がなかったので、オレンジさんから本作の監督を打診されたときには、「歌とダンスだけで魅せる映像なら、私より上手い演出家がいる」と思いました。でも芸術を探求するValkyrieなら、彼ら独自の世界観や物語も表現できると聞き、「挑戦したい」とお返事しました。

タムラコータロー氏
監督
CGW:2本のMVの世界観は、どのように構築していったのでしょうか?
タムラ:Happy Elementsさんからは、「スマホ向けゲームのリアルタイムレンダリングでは不可能な表現に挑戦してほしい」という要望をいただいていたので、「聖少年遊戯」では背景美術に凝りたいと提案しました。具体的には、1. 時計塔内部の部屋、2. ゴシック調の部屋、3. 廃教会の礼拝堂、といった大きく印象のちがう3つの舞台をつくり、楽曲のながれに合わせて小刻みに切り替えています。
CGW:3つとも、プリレンダリングだから可能な見応えのある背景ですね。
タムラ:Valkyrieのユニットロゴには薔薇と歯車があしらわれており、既存の衣装やMVはゴシックとスチームパンクが融合したような世界観をもっていたので、それらの要素を盛り込むことにもこだわりました。
Valkyrieのユニットロゴ

CGW:歯車は、「聖少年遊戯」の時計塔内部の部屋に加え、「星の鳴動響きし時に」の浮遊城にも盛り込まれていますね。どちらの歯車もちゃんと回転しており、3DCGの強みが活かされていると思いました。
タムラ:3Dでも歯車の噛み合わせまで表現するのは簡単ではなかったので、スタッフの皆さんにはお手数をおかけしました。「星の鳴動響きし時に」はMV公開と同時に披露された新曲で、作詞は松井洋平さん、作曲・編曲は田中公平さんが担っています。力強い低音の前奏を初めて聴いたときには、「宇宙戦争映画の劇伴か?!」と思いました(笑)。歌詞の内容も壮大だったので、楽曲に負けないようにMVの3分尺の中で限界までスケールの大きいことをやれないかと考え、惑星の崩壊と創造を提案しました。
CGW:衛星衝突で惑星が崩壊するアイドルのMVは初めて観ました(笑)
タムラ:よりSF的な世界観も検討はしたのですが、ゴシック要素を捨てたくなかったので、聖職者風の純白のオリジナル衣装でバランスをとりました。文明が滅んだ後の惑星で、Valkyrieの2人が人々の魂を弔いながら歩くシーンは、殺伐とした風景が続きます。ですので、ゴシック要素は衣装と浮遊城に集約させました。
CGW:荒廃した世界の中で、2人の純白の衣装が異彩を放っていました。「聖少年遊戯」のローブのオリジナル衣装も、ゴシック要素を際立たせていましたね。
タムラ:冒頭の森では小雨が降っているので、外套を着せました。ゴシックと言えば、ローブが定番ですしね。オリジナル衣装には、物語パートとダンスパートにわかりやすい変化をつけたいという意図もありました。
「聖少年遊戯」の時計塔内部の部屋と、廃教会の礼拝堂


タムラ:MVの世界観については、私が集めたリファレンスを見せながらHappy Elementsさんと話し合いました。方向性が定まった後にコンセプトアートを発注し、並行して絵コンテも書き進めました。歯車は「迷宮電子回廊」などのValkyrieの既存MVにも盛り込まれていますが、彼らの周囲を隙間なく歯車で埋め尽くすような描き方はされていません。時計塔内部の部屋ではそういう表現に挑戦することで、新しい世界観を魅せたいと提案しました。礼拝堂では、青薔薇の蔓が伸びていく表現に力を入れました。




物語パートとダンスパートの配分に一番頭を悩ませた
CGW:『TRIGUN STAMPEDE』(2023)では、田中哲郎さんと池内隆一さんは共にテクニカルディレクターを務めていましたね。お2人はいつから本作に参加したのですか?
田中哲郎氏(以下、田中):「聖少年遊戯」のコンセプトアートと絵コンテが完成したタイミングで、助監督、兼CGディレクターとして参加しました。私は作画アニメ会社で3Dスタッフとして勤務した後に独立したので、作画と3Dの両方のワークフローを理解しています。本作では、初めて3D作品を監督するタムラさんと、オレンジのスタッフの皆さんの橋渡し役をやらせていただきました。

田中哲郎氏
助監督・CGディレクター
池内隆一氏(以下、池内):私はプリプロダクションの途中から、CGディレクターとして参加しました。田中さんが担当した「聖少年遊戯」のプリビズは、もう完成していました。

池内隆一氏
CGディレクター(オレンジ)
田中:「聖少年遊戯」の場合は、「あんさんぶるスターズ!!DREAM LIVE 4th Tour」(2019)用に収録したモーションキャプチャデータを提供していただけたので、それを使ってプリビズをつくりました。
池内:アイドルの3Dモデルは全て新規に制作しましたが、ダンスのアニメーションは、提供いただいたライブ用データを当社でブラッシュアップすることで仕上げています。
タムラ:「聖少年遊戯」の絵コンテでは、物語パートとダンスパートの配分に一番頭を悩ませました。尺は約2分半しかないので、物語パートを詳細に描いても観る人の満足感は上がりません。あくまでダンスをメインにしつつ、何度も書き直してベストのバランスを探っています。その後の3D制作の段取りを考える際には、プリビズをつくりながら田中さんがレールを敷いてくださったので、とても助かりました。
田中:プリビズ制作を通して、タムラ監督が絵コンテに込めた意図を確認すると共に、各種アセットやカットの制作方法を考えました。プリビズ段階で、楽曲と画のタイミング、背景の椅子や柱などの位置、カメラワークなどはほぼ決定しています。
CGW:Happy Elementsさんからの、絵コンテやプリビズへの要望はありましたか?
タムラ:絵コンテの初校では、最後のカットで象徴性の高い宗教画を映す方針だったのですが、「どこかで旧Valkyrieの3人を寄りで映してほしい」という要望をいただいたので、最後にもってくることにしました。ほかにも数点変更していますが、ほとんどのカットは初校時点でOKが出ました。一方で、アセットとカットの制作に入ってからは、Happy Elementsのイラストレーターさんから、3人のフォルムや表情に対する丁寧なフィードバックをいただきました。
CGW:時計塔内部の部屋でカメラが斎宮 宗に寄るカットは、3Dならではの情報量の多い目元の演技が素晴らしく、印象的でした。
タムラ:かなりのテイクを重ねたカットで、フェイシャル班ががんばってくれました。
池内:情報量のコントロールは、当社内で最近話題になることが多いです。多ければ良いというものではないので、引くべきところは引く判断も不可欠です。
「星の鳴動響きし時に」の浮遊城


本作のフェイシャルでは「笑顔を禁止したい」と要望した
CGW:本作では、ボディとフェイシャルの作業者を分けているのでしょうか?
池内:映画やTVシリーズなどの長尺作品では、ひとつのカットのボディとフェイシャルを同じアニメーターが担当する場合が多い一方で、短尺のMVでそれをやると、作業者ごとの作家性が際立ってしまいます。だから本作では、ボディのプライマリ、ボディのセカンダリ、フェイシャルの作業者を全て分けました。プライマリは社外のサムライピクチャーズさんに依頼しており、セカンダリとフェイシャルは社内で行なっています。作業者の人数は、セカンダリが3人、フェイシャルは「聖少年遊戯」では5人、「星の鳴動響きし時に」では3人です。ボディとフェイシャルとでは必要とされるノウハウがちがうので、分業することで、クオリティの向上と安定につなげることができました。
タムラ:本作のフェイシャルでは、「笑顔を禁止したい」と要望しました。影片 みかがかすかに微笑んでいるカットなら各曲にひとつずつありますが、わかりやすい笑顔は一切ありません。「聖少年遊戯」ははっきりと死の香りがする歌なので、笑顔は出せないと思いましたし、「星の鳴動響きし時に」は過ぎた過去に想いを馳せつつ、試練を乗り越え新しい創造を決意する歌なので、同様に容易く笑顔は出せないと思いました。ただし「聖少年遊戯」では過去に気持ちが向いていたのとは対象的に、「星の鳴動響きし時に」では最終的には未来に気持ちが向いているので、2人の内面はまったくちがいます。最後のカットでみかが笑っているように見えなくもない表情をすることで、そのちがいを表現しました。
CGW:笑顔をふりまかないアイドルMVはかなり異例ですが、芸術を探求するValkyrieだから成立したのでしょうね。
池内:笑顔を封じられ、狭い振り幅の中で表情のコントラストを付ける必要があったので、作業者は悶絶していましたよ(笑)
タムラ:繊細な振り幅の、異なる表情をカットごとに付けてくださったので、深みのある内面を表現できたと思います。
CGW:「星の鳴動響きし時に」は、新規のモーションキャプチャを行なったのでしょうか?
タムラ:そうです。私たち3人も収録に立ち合い、宗とみかが見つめ合うところは、クローズアップで撮ることを前提にして、当初よりも長めの振付にしていただきました。
田中:「聖少年遊戯」のライブ用データはクローズアップで撮ることを想定していなかったので、カット制作時に作業者がカメラワークに合わせた動きの調整を行いました。一方で「星の鳴動響きし時に」の場合は収録に立ち合えたので、ダンスアクターさんに歌唱芝居の強調を依頼しました。
タムラ:アクターさんには「実際に歌ってほしい」と依頼したのですが、「それは難しい」と言われたので、歌いながら踊っている意識で演じていただきました。
池内:アクターさんはプロのダンサーなので、基本的には完璧なダンスを目指します。でも私たちは、楽曲の歌声とシンクロした、感情の込もったダンスを求めていました。
田中:無言で踊るのと、歌いながら踊るのとでは、首や胸の動きがちがってくるのです。宗とみかが見つめ合うシーンでは、アクターさんのちょっとした首の動きが、すごく感情の込もった要素として活かされました。ボディやフェイシャルの作業者もアクターさんの演技に触発された結果、劇中屈指のエモーショナルなシーンに仕上がったと思います。
「星の鳴動響きし時に」の絵コンテ




タムラ:この楽曲の物語パートは、荒廃した惑星でバラバラに行動していた2人が浮遊城で合流し、ダンスを始めるという展開だったので、モーションキャプチャ収録時に振付を調整していただき、アイコンタクトで互いの決意を確認する演出を入れました。
楽曲のテンションの高まりに合わせ、マントのなびき方も派手にしていく
池内:「星の鳴動響きし時に」では、衛星の接近に合わせて、聖職者風の衣装のマントのなびき方を徐々に激しくしたいとタムラ監督から相談されたので、ORクロスという内製のクロスシミュレーションツールを新たに開発しました。ORは、ORANGEの略です。
タムラ:「星の鳴動響きし時に」は、華々しい疾走感があるタイプの楽曲ではなく、荘厳な旋律の中で次第にテンションが高まっていく、非常に難しい楽曲です。だから本作の物語パートでは、Valkyrieの2人が終始落ち着いた動きをしている中で、風が次第に強くなり、マントのなびき方もどんどん派手になっていくことでテンションの高まりを表現したいと思いました。
池内:タムラ監督の絵コンテには、1. なびき小(そよ風)、2. なびき中(時折マントが大きくなびく)、3. なびき大(常時マントがなびく)のどれを適用するかがカットごとに示されていたので、各段階の最適なシミュレーションの値を私の方で検証しました。ただし実際のカット制作では、手付けによる記号的ななびきが合う場合もあれば、ディスプレイスモディファイアでなびきを補正した方が気品が増す場合もあったし、完全にシミュレーションに頼った方が迫力が出る場合もありました。カットごとの最適なアプローチは、セカンダリの作業者に探ってもらいました。
田中:マントや衣装のなびきに合わせて、髪もなびかせているのですが、なびきすぎると別人に見えます。[なびき大]のときでもギリギリ印象は保ちつつ、風の強さを表現する必要がありました。例えばみかの場合は、こめかみが見えると印象が大きく変わるので、セカンダリの作業者が細かく調整しています。
タムラ:ダンスパートの風は、最初から[なびき大]を指定しており、クライマックスでは、その上をいく、4. なびきバタバタ(空中落下並の激しいなびき)を指定しました。そんな強風の中で、髪や衣装をなびかせながら、ダンスをして、ダイナミックなカメラワークで撮るといった演出は作画だとほぼ無理で、3Dだからできることです。
CGW:計算されつくした、芸術的ななびきだったと思います。最後に、タムラ監督の今後の抱負をお聞かせください。
タムラ:またオレンジさんの作品に監督として関われる機会があれば、セル調から離れたルックに挑戦してみたいです。3Dを作画に近づけるほど、ちがう部分が際立ってしまうので、私は以前から3Dで作画を模倣することに疑問をもっていました。だから本作のルックを決める際にも、『あんさんぶるスターズ!!』のカードイラストを分析して、従来のセル調ではなく、カードイラストに近づける工夫をしてもらっています。
池内:特に衣装の影やリムライトでは、はっきりした輪郭線の使用を避け、グラデーションをつけた表現を取り入れたので、従来より情報量が増えています。これを実現するために、モデリングやシェーダ設定から、出力する素材、After Effects(以下、AE)上での調整まで、全てのやり方を刷新しています。
タムラ:本作で得た手応えを基に、セル調以外のルックをさらに模索することで、もっと高い自由度で、より多様な表現ができるのではないかと期待しています。
INFORMATION

月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.320(2025年4月号)
特集:海外進出ガイド 2025
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2025年3月10日
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota