「天は二物を与えず」という言葉がある。だが社会に出てみると、現在メジャーリーグにて二刀流で大活躍中の某野球選手を筆頭に、天が二物、いや三物を与えたとしか思えないマルチに才能を発揮されている人たちに出会うことがある。

ただし、忘れてはいけないのが、そのような方々は元からの資質以上に、強い信念の下、たゆまぬ努力を続けているから体現できているということ。

現在、フジテレビの報道番組『Live News イット!』のお天気キャスターとして活躍する矢澤 剛さんもそんなひとり。「伝える天気予報」ではなく「伝わる天気予報」をモットーに、なんと自らUnreal Engineを使って『バーチャル天気』という、翌日の天候予報をビジュアライズしたCG映像も作っているのだ。気象キャスターとUEクリエイターの二刀流を実践する矢澤さんに、その仕事ぶりを聞いた。

記事の目次

    空が好きなことから気象予報士を目指し、大学生で気象予報士の資格を取得

    ——今日はよろしくお願いします。矢澤さんの公式ページには、高校3年生のときに「空が好きなことから気象予報士を目指す」と書かれています。まずは、この一文に込められた背景から教えてください。

    気象予報士・防災士 矢澤 剛(以下、矢澤):
    子どもの頃から活発なタイプで外で遊ぶのが好きでした。部活も運動部で、夏休みの部活動で休憩時間とかにグラウンドに寝転がって入道雲を見上げながら「ラピュタに出てくる雲みたいでキレイだなあ」と思ったりしていました。そうした感情を小学生の頃から持っていて、純粋に空を見るのが好きだったんです。

    その後、高3になって進路を決める時期になりますが、なかなか決めることができませんでした。そのとき『13歳のハローワーク』(※2010年に改訂版『新 13歳のハローワーク』が幻冬舎から刊行)を読んで、気象予報士という職業があることを知りました。「俺って、空が好きだな」と再認識して、そこから気象予報士を目指しました。

    矢澤 剛/Tsuyoshi Yazawa
    気象予報士・防災士。
    高校3年生のとき、進路に迷っていたが、空が好きなことから気象予報士を目指す。大学3年生で気象予報士、4年生で防災士の資格を取得。卒論テーマは、2016年6月に発生した熊本豪雨の事例解析。線状降水帯のメカニズム等を研究。大学卒業後はウェザーニューズに入社。放送気象部に所属し、天気原稿やトピックスの執筆・送稿、ラジオの気象キャスター、システム管理などの業務を行う。その後は、NHK京都放送局やNHK仙台放送局、フジテレビの気象キャスターを経て、講演会の講師も務めるなどマルチに活動中。「伝える天気予報」ではなく「伝わる天気予報」がモットー。天気予報を3D仮想空間に可視化した「バーチャル天気予報」を自ら開発。異常な気象現象が頻発する現代において、天気で損する人を少しでも減らすことを目標に掲げている。現在は、フジテレビ『Live Newsイット!』のお天気キャスターとして、「やざ☀ピン天気」を担当中。
    「矢澤 剛 Official Web Site」

    ——上に略歴を掲載させていただきましたが、大学3年生で難関国家資格のひとつとして知られる気象予報士を取得されて、大学卒業後は本当に気象予報士として働きはじめたわけですよね。決められてからの実行力がすごい!

    矢澤:
    ごく普通の家庭で育ちましたよ(笑)。ただ、兄も学生の頃から教師を目指して本当になりました。その意味では、ふたりとも子どもの頃から将来の夢みたいなものを抱いていたのかもしれません。

    ——素人質問で恐縮ですが、気象予報士と聞くと、一般人としてはニュース番組のお天気コーナーで明日の予報を解説するお仕事というイメージです。実際には、矢澤さんのように気象キャスターとして番組に出演される方もいれば、裏方で気象予報に徹する方など、働き方は様々ですか?

    矢澤:
    そうですね。私のような気象キャスターとして表に出る仕事もあれば、気象庁や民間の気象会社で予報業務に取り組まれている方々も多くいらっしゃいます。

    ——矢澤さんは、最初から気象キャスターを目指されていたのでしょうか?

    矢澤:
    はい。高3で進路を決めたときから、気象キャスターを目指していました。元々、前に出たい気質があるので(笑)

    そこで大学時代に気象予報士の資格を取りましたが、まずは気象予報の世界をしっかりと学ぼうと思いウェザーニューズという会社で放送気象の基礎を働きながら学びました。そちらで2年ほど働いた後、独立して気象キャスターとしての活動を始めました

    ——気象キャスターの方々は、矢澤さんのようにフリーランスで活動される方が多いのでしょうか?

    矢澤:
    正確な割合はわかりませんが、多いかもしれません。ですが、私がマネジメントをお願いしているウェザーマップには、社員として活躍されている方もいらっしゃいますよ。

    ——現在、『Live News イット!』(以下、イット!)お天気コーナーをレギュラーでご担当されていますが、1日の仕事のながれを教えてください。

    矢澤:
    『イット!』は、平日(月〜金)の放送では15時45分から19時まで放送されています。私が担当しているお天気コーナーは、16時台、17時台、18時台と合計3回放送されます。午前10時半ぐらいから番組スタッフの方々とその日のコーナーで取り上げるネタを決めるなど、打ち合わせを行います。

    そして午後は話す内容を台本にまとめたり、本番で使う資料を作成しています。15時過ぎには全ての準備を済ませて、本番へ臨むようにしています。けっこう長い時間を準備に費やして、毎日の放送に取り組んでいると思います。

    ——19時まで放送されているから、1日があっと言う間に過ぎる感じですか?

    矢澤:
    ほんと、あっと言う間ですね。私事ですが、昨年の夏に子どもが生まれて、本当に可愛いくて。だから、その日の放送が終わるとなるべく残業はせずに帰宅するようにしています。

    ——QOLも両立されているわけですね。

    ——今回、ぜひインタビューしたいと思った本題に入りますが、矢澤さんはお天気コーナーの中で「バーチャル天気」という、翌日24時間分の天候をシミュレーションしたCG映像も披露されていますよね? あのアイデアはいつ、どのように思いつかれたのですか?

    矢澤:
    3〜4年前に「メタバース」を知ったことがきっかけです。

    コロナ禍が収まっていない時期ということもあって、色々とリサーチをするなかで、Epic Gamesが『Fortnite』をゲームとしてだけでなく、バーチャルイベントやユーザー同士が交流するバーチャルコミュニティとしても展開させていることを知りました。

    ビデオゲームを作るために生まれたテクノロジーが、ゲームだけでなく、建築やモビリティなど、現実の産業がバーチャル空間でも展開されていこうとしていることを知り、「あれ、これって天気予報にも利用できるのでは?」と思いつきました。

    ——なるほど。

    矢澤:
    天気予報は、観測衛星から取得したデータや天気図を使って説明していますが、2次元の情報ですよね。メタバースに用いられている3DCGを使えば、未来の天気を体感するような予報もできるんじゃないかと思い、手を付け始めました。

    ——Unreal Engineは、どのように学ばれましたか?

    矢澤:
    完全に独学です。2023年3月にUEFN(Unreal Editor for Fortnite)がリリースされたのを機に勉強を始めました。UEの解説本を見ながら、基本操作を覚えて、UEFNで簡単なゲームを作りながら知識を蓄えていきました。

    ——YouTubeで公開されている解説動画なども利用しましたか?

    矢澤:
    いくつか見ましたが、九里江めいくさんのYouTubeチャンネルなどは、わかりやすくて参考になりました。

    ——2024年末に投稿されたブログによると、昨年の春からの一時期はメタバースクリエイターとして活動されていたのですか?

    矢澤:
    そうなんですよ。色々なタイミングの重なりもあって、ご縁があったUEFNを使ったメタバース事業に取り組まれているゲーム系スタートアップさんで、UEFNクリエイターとして働かせていただきました。このときに集中してUEを学べたことが、「バーチャル天気」の制作でも役立っています。

    矢澤さんのマネージャー氏:
    昨年、『イット!』さんから、お天気コーナーを担当する気象キャスター候補の問い合わせをいただきました。詳しいお話をうかがったところ、新たにバーチャルスタジオを導入されることを知り、矢澤を提案させていただきました。

    矢澤:
    面接では、UEでコンテンツを作れますとアピールしました。プロデューサーの方がUEをご存知だったので、すぐに意気投合しました。まさに運命だと思います。

    ——「バーチャル天気」ですが、毎回の放送で新作(翌日の予報)を作られているわけですよね。先ほどうかがったスケジュール感だと、2時間ぐらいで完成されているわけですか?

    矢澤:
    そうですね。お昼休みの後(13時頃)から作り始めて、15時までに必ず完成させるようにしています。

    『イット!』の面接を受けた頃から、UE作業に使えるのは1〜2時間だろうと想定していました。UE作業以外にも色々と準備をする必要があるので(苦笑)

    ——差し支えのない範囲で、UE上での作業手順を教えてください。

    矢澤:
    午前中の打ち合わせで決まったことをふまえて、まずは気象データを基に明日の天気予報をしっかりと解析します。その内容をふまえて、UEを使ってバーチャル天気のCG映像を作ります。

    地点を決めたら、24時間分の天気の推移を24秒で描くというタイムラプス的なCGアニメーションを作ります。「1時間分=1秒間」というルールで、Fabで購入したアセットや天候シミュレーターを使って、「このタイミングで雨を降らせよう、ここで風を強めよう」といった感じで完成させます。

    その日の「バーチャル天気」をUEで作成する様子。可搬性を重視して、MSIのゲーミングノートPCを使っている。GPUはGeForce RTX 4060、メモリは32GB、第13世代インテルCPU搭載モデルとのこと

    ——地点は、これまでに何種類ぐらい作られましたか?

    矢澤:
    東京、千葉、埼玉、横浜、水戸、宇都宮、前橋の7地点ですね。

    Googleマップで現地の様子を確認しながら、東京(芝公園)であれば東京タワーや増上寺といったランドマークをメインにしつつ、その日に解説したい天候に合わせてアセットやエフェクトを調整しています。

    矢澤さんのマネージャー氏:
    ぜひ補足をさせてください。気象キャスターは気象予報士として正確な分析を行うと同時に、キャスターでもあります。そして気象キャスターは、自分で台本(構成)を作らなければいけないので、ある意味ではディレクターさんの役割を自身で担う必要があります。

    矢澤がすごいのは、そこへさらに自らUEを使って天候シミュレーション映像を作っていることです。私自身が元気象キャスターなので、ものすごいことをやってのけていると思いますよ。

    ——つまり二刀流ではなく、三刀流ということですね! 何か秘訣はありますか?

    矢澤:
    秘訣は……とにかく集中することですかね(苦笑)。

    「ここをもっと作り込みたいなあ……」と思うこともありますが、「絶対に15でに完成させる!」という思の下、ブワーッとやっている感じです。れはもう毎日か、まっすぐにています

    ——まさに実行力ですね。最後に、今後の目標をお聞かせください。

    矢澤:
    気象予報として正確であることを大前提にしつつ、僕のモットー「"伝わる"天気予報」をバーチャル天気の映像にもっと込めていきたいです。

    これからますます暑くなりますが、暑さの表現は雨や強風よりも難しいんですよ。視覚的な情報が目立たせにくいというか……。

    暑さの表現として、例えば陽炎のゆらぎや扇子をあおぐアニメーションを入れるといったことにもチャレンジしていければと思っています。

    ——ありがとうございました! バーチャル天気がどのように進化していくのか注目しています。

    INTERVIEW & TEXT_NUMAKURA Arihito