「ヒットは、好きからしか生まれない」。
『ロックマン』を手がけたゲームクリエイター、稲船敬二氏が札幌の学生たちにそう語りかけた。10月17(金)〜19日(日)に開催されたSapporo Game Camp 2025では、地元のゲーム会社と学生が交わる多彩なプログラムが展開。17日開催のトークセッション最終枠の基調講演にて、稲船氏とロケットスタジオ 代表取締役社長・竹部隆司氏が語ったのは、ゼロからイチを生むための「積極性」と「好きの力」だった。長年の現場経験から導かれた、創作の本質がそこにあった。
ゼロからイチを生み出すのは「積極性」。受け身ではなく、自ら攻める力をもて
竹部隆司氏(以下、竹部):今日のトークセッションの締めくくりとして、この基調講演は「ゼロからイチを生み出すチカラ」というテーマでお届けします。ものをつくる上での原動力やマインドセット、そういった部分を少しでも共有できればと思っています。
簡単に自己紹介をすると、私はロケットスタジオの代表を務めています。ゲーム業界歴はもう45年ほどになるでしょうか。私が最初にコンピュータを触ったのは高校時代。当時はパソコンという言葉すら一般的ではなく、小型機、いわゆるミニコンを扱っていました。そのとき「プログラムって面白いな」と思って以来、ずっとコードを書き続けています。
最初に買ったパソコンはApple II。後に札幌のハドソンに入り、ファミコン黎明期のタイトルをアセンブラで書いていました。1999年にハドソンを離れてロケットスタジオを設立し、もう25年以上が経ちます。気がつけば、ハドソン時代よりロケットスタジオで過ごす時間の方が長くなりましたね(笑)。今日はモデレータとして、そしてひとりのゲーム開発者として、このセッションを進行していきます。では、ゲストをご紹介しましょう。世界的にも知られるゲームクリエイター、稲船敬二さんです。
稲船敬二氏(以下、稲船):はい、みなさんこんにちは。今日の参加者は学生さんが多いと聞いています。......多分、私のことを知らない人も多いでしょう。でも『ロックマン』ってゲームは知っていますよね? そう、それをつくった人です。だから、ちょっとだけ偉いんです(笑)
私も竹部さんに比べればまだ若造ですが、38年間ゲームをつくり続けています。君たちが生まれる前から、ずっとね。今日は「どうすればゲームクリエイターになれるか」、「どうすればヒット作を生み出せるか」、そのヒントをできるだけわかりやすく伝えたいと思います。
竹部さんとは、今はロケットスタジオで一緒に仕事をしています。今日は同じ開発者として、「ゼロからイチ」、何もないところから新しいものを生み出す力について語り合いたいと思います。
竹部:それでは早速、本題に入っていきましょう。「ゼロからイチを生み出すチカラ」と聞くと、「どうすればそんな発想ができるのか?」と気になる人も多いと思います。稲船さんにとって、ゼロからイチを考える上で大切な前提とは、何でしょうか。
稲船:まず最初に言いたいのは、「ゼロからイチ」は特別な才能じゃないということ。すごく発想力があるとか、天才的なひらめきがある人だけができるものじゃない。実は誰にでもできる。そのために一番大事なのが、積極性なんです。
積極性というのは、受け身じゃなく、自分から攻めていける力。自分からやってみよう、聞いてみよう、調べてみよう、動いてみよう、そういう姿勢のことです。何かを生み出すための原点は、全部そこにあります。逆に言えば、積極性がなければ新しいものは生まれません。
ここでちょっとテストをしてみましょうか。質問がある人は、手を挙げてください。
稲船:......挙げたのは3人だけですね。みんな一瞬ためらったよね。「今、挙げていいのかな?」、「何を聞けばいいのかな?」って。でも、それこそが積極性の欠如なんです。アメリカや中国で同じことをやると、半分くらいの人が手を挙げる。日本人は特に、積極性を表に出すのが苦手なんです。
ゼロからイチを生み出す仕事って、困難の連続なんですよ。会社で新しい企画を通そうとしたら、偉い人がたくさんいて、その人たちを説得しなきゃいけない。反対されたり、怒られたりしても、そこを突破しなきゃ前に進めない。だから、さっき手も挙げられなかった人が「新しいゲームをつくりたい」と言っても、たぶん無理です。積極性がないと、絶対に突破できない。
竹部:確かに私も、若い頃から「とにかくやってみよう」という気持ちで突き進んできたタイプです。プログラムを覚え始めた頃も、何が正解かわからないまま手を動かしていました。「面白そう」と思ったら行動する。その積み重ねが、自分の原動力になっていたように思いますね。
稲船:そうなんですよ。積極性って、決して難しいことじゃない。日常の中で小さな行動を積み重ねるだけでもいい。人が困っていたら声をかける、知らないことがあったら調べてみる。そういう姿勢の延長線上に、ゼロからイチがあるんです。
ゼロからイチを生み出す"権利"を得るためには、まず積極的に動ける自分にならなきゃいけない。だから今日ここにいる皆さんには、まずは「手を挙げる」ところから始めてほしい。そうやって積極的に動ける人だけが、困難を突破して、自分の企画を通し、新しいゲームを世に出せるんです。
竹部:"積極性をもつことが、ゼロからイチに挑戦する権利になる"という言葉、いいですね。自分の中に閉じこもるのではなく、「つくったものを見てほしい」、「意見がほしい」と周囲に働きかけていく。その姿勢が新しい発見を生むのだと思います。
「好き」を隠すな。熱量こそが新しいIPを生み出す原動力
竹部:では次に、「ゼロからイチをどうかたちにしていくのか」という点についてお聞きしたいです。ゲームづくりで言えば、まさに新しいIPを生み出す段階ですよね。何かをゼロから立ち上げるために必要なものは、何でしょうか。
稲船:それはもう、「好き」という気持ちです。マーケティングとか流行の分析ももちろん大事だけど、そこからは本当に新しいものは生まれません。自分が「これが面白い」、「これが好きだ」と心から思えるものをかたちにしていくこと。それが、ゼロからイチを生み出すときに一番大事な原動力なんです。
私のキャリアの中で、嫌々つくったゲームがヒットしたことは一度もない。逆に「こんなのやりたい」、「絶対面白い」と思って突き進んだものほど、結果的に多くの人に受け入れられた。『ロックマン』もそうだし、『デッドライジング』もそうです。
例えば『デッドライジング』を企画したとき、社内では「そんなゲームは売れない」と散々言われました。でも、私はゾンビ映画が大好きだった。「ゾンビを主役にした、ゾンビ愛のあるゲームをつくりたい」って本気で思っていたから、誰が何と言おうとやりたかった。スタッフも最初はピンと来ていなかったけど、何本もゾンビ映画を見せて説得したんです。最終的にE3っていう海外のゲームショーに出してみたら、現地では大盛り上がり。日本の社内では理解されなかったゲームが、世界で評価された。つまり、「自分の好き」を信じ抜いた結果、IPが生まれたんです。
竹部:やっぱり「好き」という気持ちには、人を動かす力がありますよね。私も若い頃、プログラムを書くのが楽しくて仕方なかった。そういう純粋な熱量って、時間が経っても消えないものです。
稲船:そう、熱量なんですよ。マーケティングの数字やトレンドを追いかけるだけでは、ゲームはつくれない。数字で測れない「好きの熱」があるから、ほかの人にその魅力が伝わるんです。冷静な分析でつくられたゲームよりも、作り手が「これが好きなんだ!」って胸を張って言えるゲームの方が、絶対に強い。
だから皆さんも、自分の好きなものを隠さないでほしい。人とちがっていてもいいし、まわりに理解されなくてもいい。多様性の時代なんだから、「自分はこれが好きなんだ」って堂々と言えばいいんです。そこから、きっと新しいIPが生まれる。
竹部:まさに「好き」を起点に発想するということですね。今の話を聞いていて、ゼロからイチっていうのは突拍子もない発想のことじゃなくて、「好き」という感情をどこまで信じ切れるか、その覚悟の話なんだなと思いました。
役割適性を自覚する。「ゼロからイチ」と「イチから10」、どちらの力も欠かせない
竹部:ここまでの話で、ゼロからイチを生み出すためには「積極性」と「好きの力」が欠かせないということが見えてきました。一方で、ゲームづくりって大勢の人が関わるチーム作業でもあります。発想の段階から完成までには、いろいろな役割の人が関わると思うんですが、その関係性についてはどうお考えですか。
稲船:実際の現場には、ゼロからイチを考える人もいれば、イチから10、あるいは100に広げる人もいる。どちらもゲームを完成させる上で絶対に必要です。どっちが偉いということはまったくないんですよ。
ただ、自分がどちらのタイプなのか、これを早いうちに見極めておくことが大事。もしゼロからイチをつくるのが得意な人が、アイデアをかたちにする余地の少ない現場に入ってしまったら、不幸ですよね。逆に、イチから10を積み上げていくのが得意な人が、常に白紙から発想を求められる環境にいたら、それもつらい。
だから、学生のうちに「自分はどんなときに一番ワクワクするか」をよく考えてほしい。ゼロから何かを考えるのが好きなのか、それともチームの中で磨き上げていくのが得意なのか。どちらを選んでもいい。大切なのは、自分の適性を理解した上で、自分に合った環境を選ぶことです。
竹部:私自身は、どちらかというと「イチを10にしていく」タイプかもしれません。ずっとプログラムを書いてきた中で、何かの課題に対して「こうすればもっと良くなる」と工夫する瞬間に一番やりがいを感じるんです。ただ、コードを書いているときに、"技術的ゼロイチ"というか、今までなかった処理を思いつく瞬間もある。あの感覚は、ものづくりの醍醐味ですよね。
稲船:そうそう。イチから10をつくる人の中にも、ゼロイチ的なひらめきはたくさんあるんですよ。ディレクターが描いたレールの上であっても、「ここをこうしたらもっと面白くなる」と発想できる。プログラマーやデザイナーが、そうした小さな工夫を積み重ねていくことで、ゲームはどんどん良くなっていく。
ゼロからイチを生み出す人がレールを敷き、イチから10をつくる人がそのレールを磨いていく。ゲーム開発はその両輪が噛み合って初めて動くんです。
竹部:まさにそうですね。ゼロイチの発想と、イチからの構築力。その両方があってこそ、一本のゲームが完成する。ここにいる皆さんも、自分がどちらのタイプかを意識してみると、進むべき方向がより明確になるかもしれません。
制約は創造を研ぎ澄ます。限られた条件の中で勝負する力
竹部:ゲームづくりを続けていると、思い通りにいかないことも多いですよね。時間や予算、人員など、様々な制約の中でどうやってクオリティを高めていくか。これは若い人たちにとっても大きな課題だと思います。
稲船:よくインタビューでも聞かれるんです。「もし時間が無限にあって、お金もいくらでも使えるとしたら、どんなゲームをつくりたいですか?」って。私はいつも、「そんなゲームはつくりたくない」って答えます(笑)
制約があるからこそ、面白いゲームがつくれるんです。例えば『ロックマン』を例に挙げると、開発期間も予算も限られていた。だからこそ、どんなステージ構成にするか、どうすればプレイヤーが飽きずに最後まで遊べるか、徹底的に考え抜いた。そうした制約が、むしろ創造を研ぎ澄ませてくれたんです。
もし時間も予算も無限だったら、いつまでも完成しない。1ステージつくっては「もっと良くできる」とやり直し、どれが正解かわからなくなる。制約があるからこそ、どこで決断するか、何を捨てて何を残すかを考える。その取捨選択こそが、クリエイティブの本質なんですよ。
竹部:制約をネガティブに捉えるのではなく、むしろ"設計条件"として使いこなすわけですね。
稲船:そう。制約を上手く扱える人は、ビジネス的な感覚も強い。ゲーム開発は芸術じゃなくて、工業製品でもあるから。開発費が10億かかったら、100億売れなきゃいけない。その計算ができる人間じゃないと、会社では生き残れません。
でも勘違いしないでほしいのは、「お金のことだけ考えろ」って話じゃない。限られた時間・予算・人員の中で、最高のクオリティを出す能力。これが本当のプロの力なんです。
竹部:その感覚は、学生のうちから意識しておくといいですね。課題制作でも、締切までの制作期間をどう使うかはまさに同じ。時間が足りないと言い訳する前に、「この条件で何ができるか」を考える。そこに成長のチャンスがあると思います。
稲船:そういう力は、プロになってからいきなり身につくものじゃない。日々の課題でも、「この時間、この条件でどうすればベストを出せるか」と考える習慣を身につけてほしい。それが、将来の武器になります。
とにかく出力しろ。手を動かさなければ何も生まれない
竹部:そろそろ時間も迫ってきましたが、最後に私からひとつ伝えたいことがあります。今日ここまで「積極性」と「好きの力」について話をしてきましたが、根っこにあるのは「つくりたい」という衝動だと思うんです。ゲームづくりは楽しいけれど、同時に大変でもある。だからこそ、その「つくりたい」という気持ちを大事にしてほしい。
今の時代、情報はどんどん入ってくる。SNSや動画で学べることも多いし、世界中のゲームに触れられる。でも、入力ばかりで終わっていないでしょうか? 知るだけでは、何も身につかない。自分の中に入った情報を、どう出すかが大事なんです。
失敗してもいい。むしろ、失敗を恐れて何もしないことの方がもったいない。自分でつくったものを誰かに見せて、意見をもらう。上手くいかなかったら、またつくる。出力して、失敗して、出力して、失敗して......。その繰り返しの中で、入力した知識が本当の力に変わっていくんです。
だから私が最後に言いたいのは、たったひとつ。「とにかく出力しろ」。それを今日のキーワードとしてもち帰ってください。
稲船: まさにその通り。どれだけ考えても、手を動かさなければ何も生まれない。ゼロからイチを生み出すのは"行動"なんです。......じゃあ、最後にもう一回テストしてみようか。さっきもやったけど、「質問ある人?」。
稲船:ほら、最初の3人から比べたら、ずいぶん増えたよね(笑)。これが積極性の第一歩です。でも、ここで終わらせないでください。今日だけ手を挙げて満足するんじゃなくて、学校でも、日常でも、同じように行動してほしい。授業で発言する、誰かに声をかける、何かを提案する。それらが全部、クリエイティブの練習です。積極性は、生活の中で鍛えられる。だから続けてください。
竹部:「積極性」と「出力」。この2つは表裏一体ですね。情報を受け取るだけの「消費者」から、自分の手で世界に何かを生み出す「提供者」へ。ゲーム業界を目指す皆さんには、ぜひその意識でいてほしいと思います。
INFORMATION
Sapporo Game Camp 2025
開催日:2025年10月17日(金)~19日(日)
場所:サッポロファクトリー
札幌市と、同市を拠点とするゲーム会社による合同イベント。
sapporo-game-camp.com/2025
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue