広島の各所を舞台に、奥田民生氏と吉川晃司氏が歌うOoochie Koochie「ショーラー」のMV制作では、ソニーが提供する「XYN™(ジン)」の空間キャプチャーソリューションの先行プロトタイプを活用し、バーチャルプロダクション(以下、VP)に使用する高品質な3DCG背景制作を短期間で実現した。

ソニーおよびソニーPCLのスタッフ4名に、XYNと本MVの背景制作プロセスについて詳しく聞いた。

記事の目次

    ※本記事は、月刊『CGWORLD + digital video』vol.330(2026年2月号)の特集「映像制作ニュースタンダード」に掲載された記事を再構成したものです。

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    ソニー、「XYN」空間キャプチャーソリューションを法人提供開始 現実空間を高品位な3DCGアセットへ変換し、バーチャルプロダクション制作を支援

    ソニー株式会社

    ソニーグループにおいてエンタテインメント・テクノロジー&サービス(ET&S)事業を担う。「テクノロジーの力で未来のエンタテインメントをクリエイターと共創する」ことをミッションとし、世界中の人に感動を届けることを目指している。子会社であるソニーPCLは、映画・ドラマ・CM・MVなどの映像制作を中心に、VPをはじめとする先端的な制作サービスを提供。
    www.sony.co.jpwww.sonypcl.jp

    Interviewee

    ▲左から、VPスーパーバイザー・石川智太郎氏、VP制作サービスや空間コンテンツ制作への自社における3DCG生成技術の活用推進責任者・伊藤隆嗣氏(以上、ソニーPCL)、XYNソフトウェア群全体の統括/企画部門責任者・太田佳之氏、XYN空間キャプチャーソリューションに関するアプリ企画担当・塩月拓馬氏(以上、ソニー

    「ショーラー」MVはいかにして“広島”を再現したか

    共に1965年に広島で生まれた奥田民生氏と吉川晃司氏によって結成された音楽ユニットOoochie Koochie。楽曲「ショーラー」のMVは、2人が青春時代を過ごした広島の街を舞台に、ギターをかき鳴らしながら歌い上げる姿を映している。

    本MVには「広島という場所性を背景に、現在の2人を描く」という明確なコンセプトがあった一方で、国民的ミュージシャンである2人を広島市街を歩きながら撮影することには大きなハードルが存在した。スケジュール調整はもちろん、周囲への影響や安全面への配慮など、クリアすべき条件が多く、物理的にも運用的にも難易度が高かったのである。

    ▲Ooochie Koochie 「ショーラー」Music Video
    ⒸSony Music Lebels.inc

    そこで採用されたのが、ソニーが展開するXYN空間キャプチャーソリューションの先行プロトタイプ(2025年3月制作当時。以下、先行プロトタイプ)を用いて、広島のロケーションをフォトリアルな3DCG背景アセットとして生成し、それをソニーPCLの「清澄白河BASE」にあるVPスタジオのLEDに送出して撮影するという手法だ。MVに登場する街並みやスタジアム、2人が通った高校の風景までもが、実写ではなく3DCGとして再構築されたVP用背景である。

    広島現地での背景素材撮影から3DCGの生成・編集、LEDへのテスト送出までに要した期間は約12日間だった。生成された背景はVP環境での検証を重ねながら調整され、アーティストを迎えた本撮影は約3時間で完了している。

    XYNは、ソニーが提供する空間コンテンツおよび3DCG制作支援のためのソリューション群だ。空間コンテンツや3DCGの活用が拡大する中、幅広いクリエイターに向けて、より直感的かつ効率的な制作環境を提供することを目的に開発された。インダストリー分野、空間コンピューティング、エンターテインメント領域など、複数の市場を想定したソフトウェア・ハードウェアがラインナップされているが、本MV制作で中核となったのが先行プロトタイプだ。

    XYN™(ジン)
    ソニーの3DCG制作向けソリューション群。XYN空間キャプチャーソリューションは、カメラで撮影した画像と独自アルゴリズムを用いて、現実の物体や空間から高品質でフォトリアルな3DCGアセットをつくり出す。映画やゲームのプロップ、メタバースやバーチャルプロダクション向けの背景アセットなど、3DCG制作ワークフローを効率化。2026年中の一般公開を目指す。4月より、空間キャプチャーソリューションを法人向けに提供開始。
    xyn.sony.net/ja

    本MV制作では、伊藤隆嗣氏率いるソニーPCLの制作チームが、空間キャプチャーソリューションのコア技術を開発するソニーの技術開発研究所と共同で、VP制作サービスにおける本技術の活用を推進。また、石川智太郎氏がVPにおける技術判断と現場統括を担当した。制作現場でのクリエイターの声を聴き、ソニーでXYNソフトウェア群全体の企画統括を担う太田佳之氏と、空間キャプチャーソリューションのアプリ企画を担当する塩月拓馬氏は、現在本ソリューションのベータ版の提供を開始し、一般提供に向け取り組んでいる(※)

    XYN空間キャプチャは、ミラーレスカメラで撮影した画像と独自のアルゴリズムを用いて、現実の物体や空間を高品質かつフォトリアルな3DCGアセットとして再構築する技術だ。ゲームや映画向けのアセット制作、実在空間を再現するデジタル展示、産業シミュレーションなどの用途が想定されているが、本MV制作ではVP用背景を前提に設計された点が特徴だ。

    ※2026年4月より法人向けに提供を開始。詳細はこちら

    XYNのVP向け背景制作ワークフロー

    ▲企画から撮影、3DCG生成、編集、LEDへの表示までを一貫して支援する構成となっており、各工程を補助するアプリやプラグインといったツール群の提供が予定されている。従来のDCCツールやVPパイプラインとの併用を前提とした設計で、既存ワークフローに組み込みやすい点も特徴だ

    現場の声を反映し、ソニーがXYN空間キャプチャのベータ版リリースで重視したのが、「VPスタジオグレード画質」と定義する表示品質である。これは単に高解像度であることを指すのではなく、超大型LEDウォールで表示した際にも破綻しない解像度設計、HDRを前提とした階調表現、カメラの被写界深度変化に追従できる自然なボケ表現を含めた総合的な画質基準を意味する。

    LED上で背景を表示し、その光が演者やセットに回り込むインカメラVFXでは、背景アセット自体の品質が映像全体のリアリティを左右するため、このスタジオグレード画質が成立条件となる。

    こうした品質要件を満たしつつ、先行プロトタイプは ①制作時間短縮によるコスト削減、②60fps以上で安定動作するリアルタイムレンダリング性能、③現場での編集・加工のしやすさと各種ツール/メディアサーバに対応した運用性 といった点を両立させている。

    VPに求められるスタジオグレード画質

    • ▲XYNはスタジオグレード画質を実現させるための独自のアルゴリズムを用いている。上は従来の3D生成例。手すりや遠景の建物が欠落・破綻し、色むらが生じている
    • ▲XYNの生成例。遠景も細部まで安定して再現できている
    • ▲XYNではカメラの被写界深度を変化させても、遠景のボケが不自然に破綻することなく、実写撮影に近い印象を維持

    企画・撮影・生成・編集・表示というVP用背景制作の一連の工程を支援するため、先行プロトタイプでは撮影を補助するナビゲーションアプリ、3DCG生成アプリ、生成データを管理・編集するアプリ、LEDへの高品質リアルタイム表示を可能にするレンダリングソフトウェアといった複数のソリューションが提供された。

    先行プロトタイプとVPを組み合わせた本ワークフローは、制作期間や人員・機材規模の最適化に寄与するだけでなく、プロデュース側にとっても撮影スケジュールの予見性を高める手法となった。今後、MVに限らず、映画、ドラマ、CMなど、様々な映像制作の現場での応用が期待されている。

    ①広島での背景素材撮影|
    VPに特化したガイドによる撮影時間の短縮

    本MV用の素材撮影は、Ooochie Koochieの2人にゆかりのある広島の各地を巡り、あらかじめ設計されたワークフローに沿って行われた。空間特性に応じた撮影上の工夫が求められる場面もあったが、約10分という短時間で素材撮影を完了した場所もあった。

    撮影時間の短縮に貢献したのが、先行プロトタイプの撮影ナビアプリだ。本アプリのガイドに従って撮影することで、必要な素材を漏れなく撮影でき、その場でLED上での映り方を確認できる。そのため、専門のカメラマンでなくとも、制作スタッフが一定品質の素材を短時間で撮影できたという。

    「ショーラー」MVでのVP背景素材の撮影ワークフロー

    ▲演者とカメラ位置を先に定め、VPでの撮影範囲を決定する点が特徴。先行プロトタイプの撮影ナビアプリを用いてVP用LEDフレームを確認しながら撮影を行い、キャリブレーションやリファレンス取得を含めた一連の工程を短時間で完結させている。木々の揺れなど時間差による変化を避けるため、撮影は極力短時間で進行された

    ノウハウがなくても過不足なく撮影できるナビアプリ

    ▲空間キャプチャのための素材撮影では、オーバーラップしながら視差を確保する撮影手法や撮影位置、カメラ設定など、様々な点で知識・経験が必要となる。それを補助するために用意されているのが、カメラと連動して使用できる撮影ナビアプリ「XYN Spatial Scan Navi Beta」だ。画面上に仮想のVP用LEDスクリーンが表示され、最終的な画角を基準に撮影範囲を設定できる

    ▲設定後は、ARで表示される六角形のガイドに従って撮影を進める構成となっており、ガイドに合わせるだけで自動的にシャッターが切られる

    • ▲撮影した画像はその場で一覧表示され、即座に確認も可能だ
    ▲「XYN Spatial Scan Navi Beta」を用いて撮影することで、写真データに加え、カメラの撮影位置情報、撮影プロジェクト情報、被写体スケール情報といった各種メタデータが同時に取得される。撮影素材をWebアプリ「XYN Spatial Scan Beta」(上)へアップロードすることで、撮影画像とメタデータを統合した3DCG生成が可能となり、高品質かつ高速な生成を実現している
    ▲撮影した写真をアップロード後、生成アルゴリズムを選択
    • ▲クラウド上で3Dモデルを生成し、その場で結果を確認
    • ▲生成された3DCGアセットの例

    素材撮影は、監督、PM、撮影担当、必要に応じて同行するVPスーパーバイザーを含む3〜4名程度の少人数体制で実施。監督自身が撮影に立ち会い、VP撮影時の見え方を意識しながらその場で判断を行う場面も多く、全体の撮影効率向上につながった。

    通常は複数名・長時間を要するロケーション撮影を、VP制作に最適化されたかたちでコンパクトに成立させた点は、本MV制作における重要な特徴のひとつだ。

    撮影時間短縮が実現した、9ロケーション11シーンの撮影

    ▲本撮影で最も時間を要したのは広島本通商店街だった。人通りの多い場所であるため、適度な人流を待つ必要があったほか、アングルや日照条件の調整に時間を要したが、実際の撮影自体は約10分で完了。先行プロトタイプの活用により人員・機材を最小限に抑えられたことで、現地での移動もフレキシブルかつコンパクトに行え、全体として効率的な撮影進行が可能になったとのこと

    撮影スポットの特性に応じた工夫

    • ▲撮影はロケーションごとの条件を踏まえ、VPでの最終的な映りを前提に進められた。広島本通商店街では、適度な人流になるタイミングを待ちながら、光の回り方や影の出方を中心に撮影条件を調整
    • ▲生成された広島本通商店街の3DCG背景。多少の人通りなどの動的要素は生成時に自動的に整理・削除される
    ▲学校のプールを撮影する際には、水面の波立ちは空間キャプチャでは表現できないので、水の反射などを活かしていかに水のある空間を撮影データから再現していくか、VP上での映り方を考慮しながら調整がなされた

    ②3DCG生成と調整|
    本撮までにくり返されたイテレーション

    撮影された9ロケーション・11シーンの素材は、先行プロトタイプで3DCGとして生成され、VPスタジオのLEDに送出してテスト撮影が行われた。その結果を踏まえ、本撮までに複数回の修正・調整が重ねられている。

    生成後の工程では、単に3DCGとして成立しているかどうかではなく、LED上に表示された際のスケール感や奥行き、演者とカメラを配置したときの画としての成立が重視された。楽器店のシーンでは、実際のロケーションが比較的狭い空間であったため、演者2人をスタジオ内でどう配置すれば空間として自然に見えるかが課題となった。

    一度生成した3DCGを前提に、改めてロケーションの見え方を検証し、必要に応じて再生成を行うことで、VP撮影に適した空間構成へと詰め直されている。

    ソニー独自のアルゴリズムによるHDR表現

    ▲一例として、完成した木定楽器店の3DCG背景。ソニー独自のアルゴリズムによるHDR処理により、ハイライトからシャドウまでの広い輝度情報を保持し、明部と暗部のディテールを両立した、肉眼に近い印象の背景表現が実現されている
    • ▲SDRでは暗くしすぎると暗部のディテールが潰れてしまう
    • ▲明るくしすぎると、ハイライトが飛びギターのディテールが失われるような問題が起こる

    インカメラVFXと相性が良い空間キャプチャ

    ▲広島電鉄千田車庫の撮影素材
    • ▲撮影素材を基に生成された3DCGをUnreal Engine上で確認している画面
    • ▲VP用に調整された最終的な3DCG背景。線路、車両、周辺構造物など、レイヤー状に三次元要素が多数存在する空間であるため、立体的なカメラワークを用いたインカメラVFXが特に効果を発揮した。生成された3DCGに対する判断と調整は、VPスーパーバイザー・石川智太郎氏の監修の下、最終的な画としての成立と本撮時の再現性を最優先に進められている。空間キャプチャとインカメラVFXの組み合わせは、VP表現の幅を広げる手法として、今後さらなる活用が期待される分野だ

    画づくりの検証結果を踏まえて元データに立ち返り、再生成や修正を行える点も、本手法の大きな利点だ。こうした生成後の調整は、実際のロケーションでは難しい「撮影前検証」を、LED上でのテスト送出を通して行える点において、VPならではの制作プロセスと言える。

    ③バーチャルプロダクション|
    約3時間で完了したスタジオでのVP撮影

    3DCG背景の制作が完了すると、いよいよVP撮影が行われる。本MVでは、約3時間という限られた撮影時間内で完結させることが明確な目標として設定されていた。そのため、本撮に先立ち、LED表示やカメラワーク、照明との関係性について徹底したテスト撮影が行われ、セットアップと調整が入念に詰められている。

    撮影は、ソニーPCLの「清澄白河BASE」内のVP環境で実施。カーブドLEDをメインステージとして使用し、加えてフラットLEDを被写体に対するイメージベースドライティング(IBL)として活用。実際の照明チームと連携しながら、演者の立体感や肌の質感が背景と自然に馴染むよう調整が行われた。

    VP上で最適な映像となるように調整

    • ▲生成した3DCG背景をVPスタジオのLEDに送出し、実際のカメラ位置・画角を想定したテスト撮影を行いながら最終調整を進めている様子。上はエディオンピースウイング広島の3DCG背景
    • ▲テスト撮影。3DCG背景をLEDに映し出し、演者が立った際のスケール感や奥行きの見え方を確認している
    • ▲黄金山の3DCG背景
    • ▲テスト撮影。黄金山は、演者が展望台の縁に立つ構図を想定し、風景をより広く見せるため、手前の手すりを3DCGデータ上で消す処理が施されている
    ▲路上やスタジアムのように開けた空間での撮影とは異なり、楽器店のように閉ざされた空間では、VPスタジオのLEDサイズが実際のロケーションよりも大きくなる。そのため、背景のスケール感が不自然にならないよう、人物をLED前に立たせ、実寸での見え方を確認しながらサイズや位置関係の微調整がくり返された

    特に調整が難しかったのは、高校のシーンだ。校舎に向かって歩いていく演者の後ろ姿を、ドリーで追いながら撮影する演出が採られており、カメラの前進に伴って背景の見え方が三次元的に変化する。そのため、背景から受ける反射光や影の出方をどのように実写側と馴染ませるかが課題となった。

    スタジオ内の照明を細かく調整しながら、画としての自然さを追い込んだという。

    ▲Ooochie Koochie 「ショーラー」Music Video 技術メイキング映像 | ソニー公式

    ⒸSony Music Lebels.inc

    Information

    CGWORLD 2026年2月号 vol.330

    特集:映像制作ニュースタンダード
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2026年1月9日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_オムライス駆
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota
    EDIT_李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)