月刊『CGWORLD + digital video』vol.338(2026年10月号)の特集「アニメ『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』」より、一部を抜粋してお届けする全3回連載。第2回は、モコちゃん監督のインタビュー後編。作画を軸とする本作で、監督は3DCGにどのような表現を求めたのか。作画を支える「補助輪」で終わらせず、「3Dすげえ!」と思える画を目指した理由を聞く。さらに話題は、スタッフとの関わりや、初監督として得た学びへ。本誌では全48ページを通して、監督の言葉に加え、各セクションを担ったクリエイターの視点からも制作の舞台裏を伝えている。
関連記事
「補助輪」では終わらせない、3DCGで広げる映像表現
CGWORLD(以下、CGW):本作では、フチコマや背景、メカなど、様々な用途で3DCGが活用されています。モコちゃんとしては、3Dという表現手法をどのように位置付けていたのでしょうか。
モコちゃん:本作は、基本的に作画を軸とした作品です。一方で、私自身には以前から、3Dの可能性を探求したいという思いがありました。そこで今回は、作画を支える「補助輪」や「味付け」としてではなく、3Dにしかできない表現を生み出すために活用したいと考えました。作画アニメの世界では補助的に使われることの多い3Dにも、それでしか得られない表現上の「栄養」があると思います。だからこそ、「3Dすげえ!」と思える画づくりを目指し、作画の下敷きとなる3DLOはほとんど導入しませんでした。
CGW:第01話だと、サイトー機がテンパりながら逃げまくるカットや、高所にいるイシカワ機がサイトー機とパズ機を射ちまくるカットのフチコマは3Dで表現していますね。
モコちゃん:一連のシーンでは、フチコマだけでなく、煙などのエフェクトや背景セットも3Dで表現しています。手描きの画には、どこまでも人間の体温が宿ります。一方、3Dの空間は、まず数学的な法則に基づいて成立するものです。そこには、ある種の「無慈悲さ」があります。この場面では、体温を感じさせるデザインのフチコマが、そうした空間に置かれることで象徴的な対比が生まれ、物語の上でも効果的に機能したと思います。このように、3Dであること自体を演出意図と結びつけ、自覚的に扱うことが、本作におけるひとつのテーマでした。遠藤 誠さん(トライスラッシュ)によるクルマやティルトローターなどのメカ表現も、同じ方針の下でご依頼しています。
CGW:フチコマは、カットによって作画と3Dを使い分けているんですよね?
モコちゃん:そうです。フル3Dで表現したカットもありますし、完全に手描きで表現したカットもあります。社内の3Dチームは作画に寄せたセル調表現が本当に上手いですし、逆に作画スタッフはデッサン力が非常に高いので、完成してしまうとスタッフであっても区別がつかないことがありました。
CGW:一方で、全ての3D表現をセル調に統一しているわけでもないのが面白いです。例えば第01話のサイトー機が逃げまくるカットのエフェクトは、3Dのルックをあえて残していますよね?
モコちゃん:全部を同じルックに揃えることが正解だとは思っておらず、異なる質感のものが同じ空間に存在している面白さもあると思っています。例えば『おかしなガムボール』(2011)という作品では、2Dキャラクターと3D背景が違和感なく共存していて、個人的にその肌触りがすごく好きです。士郎先生の原作でも、特に『攻殻機動隊2』では2Dの漫画表現の中に、異質な3Dキャラクターやテクスチャが融合している面白さがある。だから本作でも、全部をセル調に寄せるのではなく、「3Dらしさ」や「デジタルらしさ」が残っている部分も肯定したいと思っていました。 モニターワークスに関しても、原作の世界観やアナログ感を意識しながら、異質さを放つ表現に仕上げてもらいました。個々の要素は、あくまで「素材」です。しかし、それらが組み合わさることで、単体ではもち得なかった何かが生まれ、ひとつの「作品」として立ち上がってくる。そこに面白さを感じています。
CGW:撮影処理についても、After Effects(以下、AE)上の3D空間を活用した表現を採り入れていますね。
モコちゃん:撮影監督の伊藤ひかりさん(グラフィニカ)に相談して、3D空間内にキャラクターのセル素材や背景美術素材を配置してもらいました。その状態でカメラを動かして、3Dウィグラーによる手ブレやTU・TBを表現したカットもあります。通常の2D処理だと、全部の素材が同じ方向へ動くだけですが、3D空間内に配置しておくと、前後関係をもった立体的な揺れや移動になります。ほんの少しの差なのですが、空間の厚みや存在感がかなり変わります。
CGW:ご自身で3Dソフトを使ってみたことはありますか?
モコちゃん:本作の制作が本格化する前に、Blenderを少し触りました。2D素材を3D空間に配置してカメラを動かすだけでも、面白い表現が生まれます。さらに光源を動かしたり、アンビエントオクルージョンを試したりすると、手描きだけでは得にくい独特の立体感や空気感が現れて興奮しました。TVシリーズのスケジュールでは試せる範囲に限りがありましたが、2Dと3Dを組み合わせ、まだ誰も見たことのない画をつくる可能性を探求したいという思いは、ずっと抱いていました。
CGW:平井 龍之介さんによる、第07話以降の人形使いの表現も、その延長線上にあったのでしょうか?
モコちゃん:円城さんが「面白い3D表現をしている人がいる」と、平井さんを推薦してくださったことがきっかけです。当時、電脳空間にいる人形使いをどう見せるかは、まだ白紙に近い状態でした。そこで、具体的な手法を細かく指定するのではなく、表現そのものの可能性を探っていただきました。3Dのフチコマやメカが、空間や立体をどう描くかという3Dならではの可能性を追求した表現だとすれば、人形使いでは、数学的なアプローチからデザインそのものを探求していった、と言えると思います。
モザイク演出から3Dウィグラーまで。第01話カット53を支えた撮影設計の舞台裏
コントロールできないものを甘受し、新たな『攻殻機動隊』をかたちにする
CGW:円城さんが50代なのに対し、キャラクターデザイン・総作画監督の半田修平さんは40代ですよね。この年齢差は、制作の中でどのように作用しましたか?
モコちゃん:年長世代との仕事は、30代の自分にとって大きな学びになりましたし、精神的にも支えになりました。特に半田さんは「兄貴」と呼びたくなるような存在で、基本的に現場にいて、毎週の打ち合わせにも、ラッシュチェックにも参加してくれたので、話す機会がたくさんありました。自分より経験のある先輩が近くで黙々と作業していると、身が引き締まります。制作が苦しい時期にも半田さんが変わらず仕事を続けている姿が見えて、それが自分のモチベーションになりました。
CGW:監督として判断を重ねる上でも、半田さんの存在は影響しましたか?
モコちゃん:影響は大きかったと思います。半田さんが判断を代わってくれるわけではなく、最終的な判断軸はあくまで自分の中にあります。ただ、近くに尊敬する先輩がいることで、自分の考えだけを押し通して、独りよがりになるのを防いでもらえた気がします。私はわりかし自分の考えに没頭しがちなタイプですが、それを相対化してくれるというか、敬虔にならせてくれるというか。
CGW:監督には大きな裁量がある一方、それを人間としての上下関係とは切り離して捉えられるようになった、ということですか?
モコちゃん:それが近いと思います。監督は作品について多くのことを決められますが、それは役割として決定権を与えられているからであって、人として偉いからでも、誰より高いスキルをもっているからでもありません。自分に与えられた権限がどこから生じているのか、また、その権限をもつ者としてどうあるべきか。そうしたことを構造的に考える上で、助けられていたのだと思います。作品の解釈についても、監督の見解だけが正解ではありません。個々のスタッフの中に、それぞれの見解がある。監督としての私の役割は、そこから生まれた意見や表現を取捨選択し、"今回の"『攻殻機動隊』としてひとつのかたちにまとめることだったのだと思います。
CGW:一方で、取捨選択した範囲を超えて、現場から自然に立ち上がってきたものもあったのではないですか? これまでのサイエンスSARU作品と同様に、本作でもSARUらしい小気味良い動きが随所に見られました。
モコちゃん:今回は意識的に「サイエンスSARUらしさ」を加えようとはしていませんでしたが、結果的には当社らしいものになっていると思います。それは演出としてねらったというより、制作した人たちの身体性が自然に出た結果だと受けとめています。湯浅政明監督の仕事ぶりを間近で見る中で、アニメーターにとっては身体で表現することが重要なのだと、私なりに感じていました。そうした受け止め方が、自分の制作にも影響しているのだと思います。つくる人の身体や、サイエンスSARUという組織の身体から、意図や設計を超えた何かが自然と立ち上がってくる。その積み重ねによって、本作独自の個性が生まれているのではないでしょうか。
CGW:『攻殻機動隊』におけるゴーストと重ねて考えることもできそうですね。
モコちゃん:今回は自分を消し、映像を演出するマシーンになろうと思っていました。実際にそうなれていると信じ、制作を最後まで走り抜けました。ただ、完成した作品を見ると、その試みが成功したのかはわかりません。そこには、自分でも意図していなかった独自の色や個性が、自然と表れているからです。それが何を意味するのかは、今の私にはまだわかりませんが......。
CGW:初監督として全10話を率いた経験から得られた、最大の学びは何でしたか?
モコちゃん:「受け入れること」を学んだように思います。それは、アニメ制作に限った話ではありません。戦争が起きることもあれば、人や生き物が生まれ、亡くなることもある。世の中には、自分の力ではどうにもできないことが数多くあります。制作現場も同じで、実際には全てをコントロールできるわけではない。それを辛く感じることもあれば、反対に、自分の想像を超えた良さが生まれることもあります。そうした予測不能さを、ただ怖がるのではなく、楽しめるようになりました。
CGW:監督自身が制作現場の隅々まで把握するのは不可能ですから、常に最善の判断をくだせるとは限りませんよね。
モコちゃん:そうなんです。わからないことがたくさんある中で、それでも選択しながら進んでいくしかない。原作の草薙は、物語の初めでは、自分は正しい判断ができると思っているキャラクターでした。でも物語が進むにつれて、だんだんと変わっていきます。私も監督を経験して、世界や制作現場について、わかっていないことがたくさんあると知りました。全てを理解し、コントロールしようとすることには限界がある。わからない世界の中で、自分に与えられたものをどう甘受して生きるかを最後まで模索していたように思います。草薙が最後に受け入れたものと、私が今回受け入れることになったものは、もちろん同じではありません。でも、「自分の外側にあるものを受け入れる」という意味では、どこか通じるものがあるのかもしれません。本作を通して教えられたのは、そういうことだったと思います。
INFORMATION
月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.338(2026年10月号)
特集:アニメ『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:128
発売日:2026年9月10日
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota