2022年6月9日(木)、群馬県が運営する「tsukurun(ツクルン)-GUNMA CREATIVE FACTORY-」の小中高生向けイベント「CGアニメーションの世界 ~トイストーリーやアナと雪の女王はどうやって作られるの?~」に、CGWORLD編集長でアニメーターの若杉遼氏と、CGWORLDの西原紀雅が登壇した。
tsukurunとは、3DCGやVR、ゲームプログラミングなどを用いて次世代のデジタルクリティブに特化した、全国初の“若年人材育成拠点”だ。本イベントでは、群馬県在住の20名の小中高生とその保護者が、約90分間にわたりCGアニメーション業界の舞台裏や、若杉氏によるMayaの実演に耳を傾けた。
Mayaを使用して簡単なアニメーションを実演
同施設に初めて足を運ぶ子どもが6割だった、という本イベント。Pixar Animation Studiosでキャリアを積み、現在バンクーバーのVFXスタジオSony Pictures Imageworksに所属する若杉氏がCGアニメーションの映画ができる過程を解説するという内容から、「募集開始後あっという間に満席になった」(群馬県)という。
アニメーションの実演では“女の子が振り向くポーズ”を例に説明し、改めてポーズづくりの難しさや重要なポイントを子どもたちに向けて語った。
「動かすのは簡単。大事なのはどうして動くのか、キャラクターが何を考えているのかを、動きを通して見せること」
「女の子のキャラクターを魅力的に見せるのは意外と難しい。ちょっとしたカメラの角度の違いで、全然印象が変わるし、まぶたの開き具合できつい表情に見えたり……」
「最初に頭の動きをつくって、首や顔に動きを足していきます。自然な動きをつけるために考えなくてはいけないのは、人間の体のつくり。上手くいけばキャラクターが生きているように見えるし、失敗すると変な感じになる」(若杉氏)
小中学生からの質問コーナーでは、「キャラクターに表情をつけるのって、人間の表情の動きを完璧にわかっていないと難しいと思います。どうやって勉強したんですか?」という質問や、「若杉さんが個人的に一番難しいと思う動きは何ですか?」といった声が挙がった。
質問に対し若杉氏は、
「アニメーションに限らず、アートの仕事には『観察力』が大事だと思っている。スケッチブックに風景を描いたり、人を観察して描いてみたりして、自分の目を鍛えることが重要」とアドバイスを贈るとともに、
「“人間から遠い動物”は難しいですね。たとえば、Pixarの『ファインディング・ドリー』に出てくる『ハンク』というタコは僕の知人が担当したのですが、触手の動きをはじめ、そこにキャラクターを乗せて演技もさせる……と考えると、僕には絶対にできない自信があります(笑)。あと、人間の“立ちポーズ”も意外と難しいんです。『バク転』のように大きなアクションが単純に動きをつければいいのに対して、立っている人を生きているように見せるには、大袈裟すぎない自然な演技をつける必要がある」と明かした。
またCGWORLD西原からは「CG業界の未来」についてが語られ、子どもたちは画面をじっと見つめていた。
これまでは、映画やゲーム、アニメなどのエンターテインメントがCG業界の中心だった。しかしここ数年CGの技術は発展し、建築や医療、アパレル、そして、最近ではメタバースなどの仮想空間でもCGが用いられていると説明。参加者の子どもたちが大人になるころには、自宅にいながら仮想空間で買い物をしたり、仕事のミーティングをしたりするのがあたり前の世の中になるーーという内容で、「CGの可能性は無限大」と締めくくった。
イベントの最後には若杉氏が、英語がCGアニメーターとしての選択肢を広げる点に触れた。
「せっかくCGが好きでも、英語が話せないと日本の業界でしか働けない。それだと、万が一日本の会社が合わなければCG自体を諦めなきゃいけないですよね。英語は公用語だから、アメリカやイギリス、オーストラリアのほかに、中国や欧州、シンガポールでも働ける可能性がある。そのために、たとえ1〜2年でもいいから、海外生活を体験してみてほしいです。ある程度英語が話せるようになるし、視野が広がると思います」
tsukurunはクリエイティブに特化した“デジタル創作拠点”
今回のイベント後に同施設を企画・運営する、群馬県産業経済部 戦略セールス局 eスポーツ・新コンテンツ創出課 課長の齊藤義之氏に群馬県の取り組みについてインタビューを行った。齊藤氏は今回のイベントで「3Dでアニメーションがつくられる様子に子どもたちは目を輝かせていた」とイベント内容について手ごたえを感じていた。
「tsukurunは、『習うより慣れよう、学ぶより遊ぼう』をコンセプトに、3DCGやVR、VFXの技術を子どもたちに体験してもらう施設です。先生が一方的に教えるスタイルではなく、子どもたちが自分でアニメーションやゲームをつくり、遊んでいたらいつの間にかデジタル技術を文房具のように使いこなしていた……という場所となるよう取り組んでいます」(齊藤氏)
tsukurunは2022年3月、“子どものためのデジタル創作拠点”としてJR前橋駅前にオープン。eスポーツ・新コンテンツ創出課とtsukurunのスタッフが企画する「Unityエンジニア交流会」や「Blender体験講座」といったイベントを、無料で開催している。
「若い段階から、最先端のデジタル機材やソフトウェアで創作活動をしてほしい」という想いから、機材や設備も現場さながらだ。たとえば、PCルームには「reytrek ZQ4 11700K搭載モデル」や「THIRDWAVE Pro TP7651」をはじめとする高性能PC(ツインモニター)が10台、メインルームにはノートPC「MacBook Pro 14インチ」等が約20台。ほかに、ゲーミングマウスやゲーミングヘッドセット、液タブやVRデバイス、動画やモーションキャプチャが撮影できるグリーンバックスタジオなどがある。
会員数は、設立から3ヶ月前後で約300人になった。その内訳は「ざっくりですが、小学生5割、中学生3割、高校生2割」(齊藤氏)だという。好きなアニメやゲームをきっかけに0から始めた子もいれば、すでに3DCGを使いこなし、よりレベルアップを目指す中高生もいる。とくに後者からは、「横の繋がりがない」「誰かに自分の作ったゲームを評価してほしい」「子どもたちに遊んでもらいたい」というニーズがあり、tsukurunはその交流の場を目指している。
0から始める子たちのモチベーションとなるのは「楽しい」気持ちだと考え、「クエスト制度」も設けている。3DCG、2DCG、プログラミングの3つの課題をクリアするとポイントが貯まり、特典をゲットできる仕組みだ。なかには実際に外部から依頼を受け「チラシに挿絵を入れる」という、実践的な経験を積めるものもある。
「第一に優先しているのは、子どもたちにとって魅力的か? ということです。よくスタッフ間で話しているのは、一般的に3DCGやプログラミングの入口といわれる『xyz軸』や『Hello, world!』から入るのだけはやめよう、と。tsukurunのコンセプトはたしかにデジタル技術を習得してもらうことですが、最初に『楽しくない』と思われてしまうと、未来の名プログラマーも挫けてしまうかもしれません。あくまでも好きなものをフックに、結果として技術が身につくのが理想です」
新しい価値を生み出す「始動人」を育てる
若年層向けのクリエイティブ機関やイベントは全国的に増えているが、3DCGやVRといったクリエイティブに特化する自治体は珍しい。群馬県は、どのような目標を掲げているのだろうか。
「私どものビジョンは2つあり、1つは『クリエイティブ拠点化』です。群馬県では、新しい産業分野で価値を生み出す企業や人材が集まり、魅力的なコンテンツが次々と発信される「クリエイティブ拠点化」を目指した取り組みを行っています。eスポーツと映像クリエイティブは新コンテンツの代表的存在であり、これらを軸に、クリエイティブ分野の産業集積をはかろうと考えています。eスポーツ・新コンテンツ創出課の新設も、その取り組みの一つです。
2つ目は、2040年を見据えた『始動人(しどうじん)』の育成です。始動人とは、自分の頭で考え、他人が目指さないような領域にも果敢に進み、新しい価値を生み出す人のことです。始動人をどう育て、群馬県からいかに輩出させるかがtsukurunのスタートラインでもあります」(齊藤氏)
「始動人」に求められる資質は、デジタルスキルとクリエイティブマインド(創作思考)の2つだ。とくに、未来にはあらゆる物事が3次元化されるという見通しから、群馬県では3DCGの技術を重視している。最終的には、「これまで映画やゲームなどのエンターテイメント産業で用いられてきた3DCGを、行政も含め、さまざまな産業で活用できる人材を生むことが目標」だと齊藤氏は語る。
とはいえ、映画やゲーム、アニメを含むコンテンツ産業の多くは東京に集中しているのが現状だ。たとえ始動人の育成に成功したとしても、県内にその受け皿はあるのだろうか。
「たしかにコンテンツ産業は首都圏に集まっていますが、最近は、ネットワークによる業務が進み、クリエイターはスキルがあればどこに住んでも仕事ができる時代です。加えて、豊かな自然等に恵まれ、首都圏から近い群馬県は、受け皿として魅力的だと考えています。また、群馬県は『自動車産業を中心にものづくりに強い』という産業構造の特徴があり、工学系やデザイン系の受け皿は十分にあります。決して首都圏と同じようにはいかないと思いますが、サテライトとしての機能は果たせるのではないかと」(齊藤氏)
群馬県はGIGAスクール構想(学校のデジタル環境を整える文科省の取り組み)を全国でもいち早く始めた地域で、デジタル化への課題意識も高い。tsukurunには、学校をはじめとする教育機関からの見学依頼や、約10市町村以上から出張講座の依頼が来ているという。
一方で、実際に運営してみての気づきもあった。アニメやゲームと3DCGは必ずしも彼らのなかでリンクしないため、それをどう伝えるか、という点だ。齊藤氏は説明する。
「大人は『3DCGを極めるとアニメができる』と理解できても、子どもたちにはイメージが湧かないんですね。今回のイベント『CGアニメーションの世界・トイストーリーやアナと雪の女王はどうやって作られるの?』があっという間に定員に達したのは、やはりPixarなどのCGアニメーションがどうつくられるのかというテーマが、子どもたちにとって非常に魅力的だったからだと思います。今回の実演で、3DCGとアニメの繋がりを意識できたのではないでしょうか」
また、現時点では「好きなものをつくる」ことに焦点を当てているが、将来クリエイターとして最前線で活躍するには、「クライアントの意図を知り、それに沿った制作物をつくること」も重要になる。そのためには、技術力だけでなく質問力や対話力をつけることが必要で、「私たちが伝えすぎてしまうと、子どもたちのコミュニケーション力は磨かれない。どこまで指示するのかは課題です」と齊藤氏は明かした。
クリエイティブな人たちが溢れる地域へ
それ故に、tsukurunでは今後、発注者の意図を汲む訓練も検討している。そのほか、3D作品をメタバース空間に展示して仲間同士で評価する試みや、始動人の発掘を目指す「第10回GUNMAマンガ・アニメフェスタ」などを予定している。
「短期的な目標としては、tsukurunを前述で述べたビジョンを半年後までに実現すること。中長期的な目標は、デジタルクリエイターが活動しやすい地域づくりや、ネットワークの土壌を整備すること。つまり、クリエイティブ拠点化ですね。ゆくゆくはエンターテイメント分野で活躍するクリエイターの方々にぜひお越しいただき、群馬県から発信していただくのも目標です」(齊藤氏)
「第10回GUNMAマンガ・アニメフェスタ」は、日本全国から無料で応募できる作品コンテストだ。年齢は問わず、賞金総額は109万円。マンガ部門、4コマまんが部門、アニメーション部門、イラスト部門の4つがあり、応募期間は2022年8月16日(火)〜2022年9月28日(水)。入賞作品は、2023年2月に群馬県庁にて展示される。(募集要項はこちら)https://www1.gunmabunkazigyodan.or.jp/wp-content/uploads/2022/06/R4_manga_bosyu_youkou.pdf
tsukurunでは、フェスタに向けたイラスト講座も開催中だ。
「群馬県は、クリエイティブな人たちが溢れ、創造的な活動が当たり前のように行われる地域を目指しています。tsukurunは、そんな我々の願いを実現するための第一歩です。どうかクリエイターの皆さまには、tsukurun及び当県の取り組みに関心を持っていただき、わくわくで目を輝かせる群馬の子どもたちを応援いただければ幸いです。もしも提携・ご協力いただけるクリエイターの方がおられましたら、ご連絡をお待ちしております」(齊藤氏)
齊藤氏が課長を務めるeスポーツ・新コンテンツ創出課は県庁内でも人気が高く、異動を希望する職員も多い。すでに所属している職員のなかにはeスポーツ好きやアニメファンもおり、齊藤氏いわく「ファンの気持ちがわかるという意味で、好きな分野を任せることもある」という。今後も群馬県からは、eスポーツ・新コンテンツ創出課やtsukurunを筆頭に、2040年を見据えた新コンテンツが次々と発信されるだろう。
INTERVIEW_西原 紀雅/NORIMASA NISHIHARA
TEXT_原 由希奈/Yukina Hara(@yukina_0402)