全世界で約340万人、日本でも約30万人が利用するVRSNS「VRChat」。そこには個人クリエイターや企業が制作した多彩な「ワールド」が繰り広げられており、ユーザーは思い思いの楽しみ方で過ごしている。
注目すべきは、VRChatのアバターやワールドの制作を「仕事」にするクリエイターが増えてきたことだ。
本記事では、VRChat上に独自のワールド「BOOTH Cafe」を展開するピクシブと、そのワールド制作に携わる2名のクリエイターに話を聞いた。歴18年の3DCGアーティスト浦上真輝氏と、フリーランスとしてワールド制作を生業とするWaka氏だ。
その仕事内容と働き方、二人が感じるVRChatの魅力にせまる。
好奇心で始めたVRSNSが仕事につながった
CGWORLD(以下、CGW):まずはVRChatを知らない人のために、VRChatとはどのようなものなのか改めて教えていただけますか。
浦上:VRChatは、通常の一人称視点のモードに加えてHMD(ヘッドマウントディスプレイ)をつけて「ワールド」と呼ばれるオンライン空間をアバターとして動きまわり、通常のSNSと同様にいろいろな人と交流できる「VRSNS」の一種です。雑談したりゲームをしたり、空間上にあるビデオプレイヤーでYouTubeを流して、みんなで観ながらわいわいしたり……いわゆる「学校の放課後」のような雰囲気があります。
ワールドはUnityのようなゲームエンジンでつくれるほか、BOOTHで購入したモデルを組み合わせてつくることもできます。長時間VRChat上で過ごす方も多いので、日常的に過ごすワールドはバーチャル要素の強い空間よりも、家やカフェのように、リアル寄りのワールドが好まれている印象です。
CGW:ありがとうございます。お二人はVRChat上でどのようなお仕事をされているんですか? ご経歴も含めて教えてください。
浦上:自分は、BOOTH(ピクシブが運営するクリエイター向けの総合マーケット)で販売するためのアバターや小物の制作、またご依頼でVRChat向けコンテンツのディレクション・制作・コンサルタントなどをしています。CG業界に入ったのは18年前で、映像制作やゲーム制作に携わってきました。本業ではCG制作会社で背景のスーパーバイザーをしています。
Waka:私はVRChat向けの建物や住宅のワールドをBOOTHで販売し、それを収入源としながらフリーランスで活動しています。もともとはクリエイターではなく、住宅設計の仕事をしていました。
ピクシブ岩田(以下、岩田):浦上さんには、2022年10月末にVRChat内に公開したBOOTHのアイテムだけで構成されたワールド「BOOTH House」のコンセプト全般をご提案いただいたり、Wakaわかさんにはその制作チームに入っていただいて、素敵な一軒家をつくってもらったりしましたね。
CGW:浦上さんは副業、Wakaさんはフリーランスで制作活動をなさっていると。VRChatを始めたきっかけはなんだったのでしょうか。
Waka:3年ほど前、VRChat上のマーケットイベント「Vket」に興味を持ってアプリをインストールしたのがきっかけです。実際にワールドを歩きまわってみて、そこにある家や建物を見て「もしかしたら、私にもつくれるかもしれない」と思ったんですよね。
CGW:3Dツールやモデリングなどの知識はあったんですか?
Waka:いえ、まったくありませんでした。前職でCADは使っていましたが、VRChatでアバターやワールドをつくるための3Dツールとは機能も使い方も全然違います。ただ住宅設計の知識があったのと、YouTubeでUnityの使い方を勉強したり、VRChatで出会ったフレンドのみなさんに助けてもらったりして、なんとか使いこなせるようになりましたね。
CGW:浦上さんはなぜ、VRChatに興味を持たれたのでしょうか。
浦上:2017年の末ごろVtuberブームに火がついたとき、人気Vtuberの方々がYouTubeやXで、VRChatの動画をよく公開していたんです。アバターを使ってコミュニケーションを取るようすを目にして、「こうした交流方法は今後、公私ともに増えていくかもしれない」と思ったんですよね。新しいサービスへの好奇心もあって、2018年からVRChatを始めました。
R&Dも踏まえていたんですけど、実際にやってみるとワールドに入って人と会話したり、アバター制作者が集まるイベントに参加したりするのが楽しくて、どんどんハマっていきました。
実務経験なしでCG業界に転職するユーザーも
CGW:お二人とも、VRChatを始めてみて感じたメリットはありますか?
Waka:私は住宅設計の仕事を体を壊して辞めてしまったんですが、本当はずっと「家をつくりたい」という気持ちがあったんですね。なので別のかたちで夢が叶ったということ。またVRChatならではのメリットもあって、たとえばリアルで「ここの壁紙を全部変えたい」と思ったら、まずは予算から考えなくてはいけないじゃないですか。
それをUnityのボタンひとつで「ここをタイルにしよう」「塗装にしよう」と変えられますし、自分のこだわりを詰め込んだインテリアの中で誰かが生活したり、恋愛をされたりするのかと思うと、思い出の地をつくっているような感覚でやりがいがります。
CGW:なるほど。VRChatで家などをつくるのに苦労することはありますか。
Waka:もともと私、3Dツールどころかパソコンも得意じゃないんです。タスクマネージャーの開き方もわからないような人間で、そんな状態からUnityを触り始めたため、まずはツールを使いこなすことへのハードルが高かったですね。
とくに、Unity上でVRChat用のアバターやワールドを作成できる「VRChat SDK」というツールがあるんですけど、仕様がどんどんアップデートされるんですよ。つまりネット上に転がっている知識がすでに古い状態のことが多い。
ただVRChatにはワールド制作が得意な人が集まるコミュニティやイベントがあるので、そこで「すみません」と質問したり、みんなが話しているのを横で聞きながら「今の単語なんだろう?」と調べたりして、少しずつ学んできました。
CGW:「イベント」とはどのようなものなんですか。
Waka:ユーザー同士がX(旧Twitter)などで告知をして同じ趣味の仲間が集まって雑案をしたり、音楽イベントを開いたり、ロールプレイを楽しんだりしている集まりのことです。VRChatの容量上、一度に同じワールドに入れるアバター数が限られているので、参加人数は20人前後のことが多いですが、勉強会や雑談、あとは「こんな作品をつくりました」と制作実績を見せ合うこともあります。浦上さんに初めてお会いしたのもイベントでした。
CGW:クリエイター同士で士気を高め合える場があるのはいいですね。浦上さんはVRChatに入ってみて、どんな良さがありましたか。
浦上:まずひとつは、VRChatを通じてお仕事をいただけるということ。ピクシブさんはもちろん、2019年にはVRChat向けのアバター制作実績をご覧になったUnity Technologies Japanの小林信行さんからお声がけいただき、書籍『実践! ユニティちゃん トゥーンシェーダー2.0 スーパー使いこなし術(ボーンデジタル)』の執筆にもご協力させていただきました。
もうひとつは、ぼくらクリエイターって制作物を世に出しても、それに対するユーザーさんのリアクションってSNSやブログのような文字情報でしか見られないじゃないですか。それがVRChatでは、自分のつくったアバターやワールドを目の前で楽しんでいるユーザーさんの姿が見られるんです。映像やゲームの展示会などで自分が制作に携わった作品を楽しんでくれている方を見たときの嬉しさに近いですかね。それが、クリエイターとしてのモチベーションを高めるきっかけになっています。
CGW:浦上さんもアバター制作にUnityを使われているそうですが、本業でもよく使われていますか。
浦上:いえ、Unity自体は使ったことがなくて、VRChatではじめて使い始めました。ただ使っていくうちに仕事で使えるレベルのスキルを習得できたので、遊びながらUnityも学べるおもしろい場所だなと。わからないことがあったらネットで記事を探すのもいいんですけど、VRChatで直接聞くのもがおすすめです。アバター制作について知りたければ目の前に3Dモデルが存在していますし、(アバターを使って)身ぶり手ぶりで説明ができるので、VRSNSは情報交換のツールとしても優れていると思います。
CGW:そうだったんですね。ちなみに先ほど「クリエイターが集まるイベントもある」とお話しされていましたが、VRChat上にはどのようなクリエイターが多いのでしょうか。
浦上:自分の感覚では本職がクリエイターの方だけではなく、学生さんや主婦の方、様々な業種の方がいます。最初は3Dツールに触れなかった方が「アバターやワールドを制作・改変したい」とBlenderやUnityに興味を持たれたりもします。そのように、VRChat向けにアバターやワールドを制作するクリエイターが多い印象です。
ちなみに、CG業界って途中から「入りたい」と思っても「実務経験3年以上」などの条件があったりしてハードルが高いですよね。現状は新卒が有利になっていますが、VRChatでは、実務経験がなくても、VRChat用につくったアバターやワールドをポートフォリオにして企業に興味を持たれ、ゲーム関係、VR関係の会社に就職する方もいるんです。実務経験がなくても、実力のある方はたくさんいらっしゃるので。
VRSNSでのコミュニケーションって、アバターを通じて直接会話しているので、お互いの人柄がダイレクトに伝わるんですよ。この人はどういう人なのか? それって仕事相手を選ぶうえですごく重要なので、「この人なら安心して任せられる」と思ってもらいやすいのも、VRChatの醍醐味ですね。
VRChatのアバター売上がBOOTHで急上昇
CGW:ピクシブさんでは、2023年8月にVRChatワールド「BOOTH Cafe」をオープンされたそうですね。
BOOTH Cafe
https://vrchat.com/home/world/wrld_11ed7958-8c24-465a-b935-01cadb5bcf05
※BOOTH CafeにアクセスするにはVRChatのアカウントが必要となります
岩田:はい。BOOTHにはイラストや音楽作品、ゲームなどさまざまなカテゴリがあるのですが、その中で「3Dモデル」のカテゴリの取扱高が約24億円という規模に成長しており、今年もそれを上回る勢いで伸びているんです。もっとも売れているのはアバターで、それに付随してアバター向けのファッションアイテムも人気が出てきています。
関連記事:BOOTH 3Dモデルカテゴリ取引白書(https://inside.pixiv.blog/2023/01/31/120000)
VRChatには自分でアバターも服もつくれるハイエンドなユーザーさんもいる一方で、「既成のアバターを購入して、それを着せ替えてお気に入りスタイルをつくりたい」という方も多いのだと推測します。
この市場拡大を受けて、「アバター販売にフォーカスしたワールドをつくりたい」と思ったのがBOOTH Cafeの始まりです。アバターは一つひとつの容量が50MB前後と大きいので、同じワールド内に大量に展示できないという問題がありましたが、浦上さんが、ワールドの容量を増やすことなく「アバターを試着」できるシステムを提案してくださったんです。
浦上:多くのワールドでは、容量を軽くするためにアバターを変形させる「ボーン」を抜き、アバターにポーズをつけて展示しているんですね。BOOTH Cafeでは、アバターに着替えるためにサムネイルだけを表示するVRChat上のシステムを使って、目の前に3Dモデルがなくても700体以上のアバターを手軽に検索・試着・購入できるようになっています。
CGW:BOOTHでアバターを含めた3Dモデルの需要が伸びているというのは、Wakaさんの「VRChat用の家が売れる」というお話にもつながるのでしょうか。
Waka:私の場合、BOOTHでのワールドの売上規模が、それ以前にフリーランスとしてやっていた仕事よりも大きくなったので、今はこちら一本で生活しています。
VRChatはユーザー数が多いうえに、「そこに生活のすべてがある」方がかなりいらっしゃるんですよね。そういう方たちはVRChat上で寝泊まりするのですが、3Dモデリングと住宅のデザインの知識をどちらも持ち合わせている方は少ないので、ベッドがあり、ビデオプレイヤーがあり、家として完成されている私の「家」が売れるんです。そこにお気に入りの写真などを飾って、オリジナルのインテリアを楽しんでいる方が多いですね。
CGW:「BOOTHで家を売ろう」と思われたのには、何かきっかけがあったんですか?
Waka:最初は趣味でつくっていたのですが、あるとき「BOOTHというマーケットで出品できるんだ」と知って、出品してみたんです。そうしたら無名なのに、想像以上に多くの方に購入いただいて。
一軒家や海の上に浮かぶ家、展示会にも使えるギャラリー風の家……私のつくったワールドでアバター制作者の方がアバター展示会をされたり、VTフォトグラファーの方が写真展を開いたりされることもあります。
CGW:ありがとうございます。最後に、お二人が今後やってみたい活動や、目標があれば教えてください。
Waka:私は引きつづきVRChat上に家や建物をつくって、「VRの住宅といえばWakaさん」と思っていただけるようになりたいですね。
浦上:自分はもともと、若手クリエイターや、これからCGをやってみたい人を支援したい気持ちがあったので、岩田さんの「クリエイターを支援したい」という想いに協力することができて夢が叶った気持ちです。
今後も、VRSNSを誰もが気軽に参加して、やりたいことを見つけられる場にする支援をしていきたいですし、ぼく自身も本業に加えてVRChatでの仕事の幅を広げていきたいです。自分の持っているスキルがほかの人の役に立つのなら、惜しみなく提供していきたいですね。
CGW:CGWORLDもクリエイターを支援したいという想いは同じなので今後もなにか一緒にできるといいですね。本日はありがとうございました。
TEXT_原由希奈/Yukina Hara
EDIT_西原紀雅/Norimasa Nishihara(CGWORLD)