コンテンツ企画から撮影、編集、配信まで一貫して手掛けるクリエイティブエージェンシーJ2B。CM、アニメ、映画などあらゆる領域で活躍してきたデザイナー、ディレクターを擁する同社が2023年、突如としてAI技術を取り入れたソリューション開発を開始した。
それからわずか約1年後の2024年7月4日(木)、同社はAIソリューション「舞作家 MYSACCA」、「aimaTV」をリリース。これらのツールはすでに、実際のB to Bのクリエイティブビジネスのワークフローにおいて実用化されている。この前例のない同社の動きには、どんな狙いがあるのか?CGWORLDはJ2Bオフィスを訪れ、AIソリューション開発を開始した経緯、未来のクリエイター像について話を伺った。
プロフィール
『グランサガ』のプロモーション制作がきっかけでJ2Bを設立
——本日はよろしくお願いします。まずは自己紹介をお願いできますか。
金 廷均氏(以下、JK):Japan Head Office CEOの金 廷均(Kim Junggyun)です。JKと呼んでください。J2B設立の経緯については後ほどお話しします。
古冨祐造氏(以下、古冨):執行役員の古冨です。CGディレクターやiOSエンジニア、制作会社の起ち上げの経験を経て、広告系のメガベンチャーに入社しました。新しいチャレンジを模索している時にJ2Bを知り、ジョインしました。
井上佳久氏(以下、井上):クリエイティブエンジニアの井上です。AIソリューションの「aimaTV」の責任者です。CGゼネラリストやエフェクトアーティストとしてTVアニメ・TVドラマ・映画などに参加していました。古富と同様に広告系のメガベンチャーに入社し、その会社では研究開発が中心の業務で、作品を世に出す機会が減っていたのが悩みだったのですが、ちょうどその頃にJ2Bを知って、ここならグローバルにコンテンツを発信できそうだと思いジョインしました。
金 世鐘氏(以下、金):クリエイティブエンジニアの金です。「aimaTV」とは別のAIソリューション、「舞作家 MYSACCA」の責任者をやっています。J2Bにジョインして、去年まではCG制作を中心にいろいろとやっていたんですが、今年からガラッと仕事が変わりました(笑)。
——すでに「グローバル」というキーワードが出ていますが、改めてJ2Bについて教えてください。
JK:私は韓国出身ですが、ネットバブルで湧く2000年代前半に来日してデジタルエンターテインメント企業数社を経てGAMEPLEXに入社しました。そこでリリース前のモバイルゲームの『グランサガ』に出会いました。
——2021年11月にサービスインしたMMORPGですね。
JK:この作品のプロモーションでリアルとバーチャルを組み合わせたオンラインショーケース企画を進めていたのですが、外部の協力会社がなかなかまとまらない状況を逆手に取って「それなら自分たちでチームつくっちゃおう!」ということで起ち上げたのがJ2Bという会社です。
——そして早速『グランサガ』のオンラインショーケースで成功を収めた、と。
JK :大型プロジェクトでしたが、撮影開始から配信までわずか2週間程度で完成させました。ナレーションを務めた津田健次郎さんと作品世界を融合した映像作品として、美しい世界観を視聴者の方々にお届けしました。それがきっかけでJ2Bを設立することになりました。
——なるほど。コンテンツ企画制作の上流から下流までを担う会社、ということですか?
JK :はい。リアルタイム系の構成から撮影、CG、編集まで全てです。日本の独創的なクリエイティブと韓国の技術力・制作力を掛け合わせて、世界に通用するコンテンツ制作をやっていこう、というのが設立当時のコンセプトでした。
——J2Bの収益の柱はコンテンツの受託制作、という理解でよろしいですか?
JK:はい。これまでは、CGによるTVCMなどを制作するクリエイティブエージェンシーとしての活動が中心でした。しかし、現在はそのクリエイティブエージェンシーとしての経験を生かしたAIソリューションの開発と運用を軸に活動しています。
すでにクライアントワークで活用されているAIソリューション
——2024年7月4日(木)にJ2Bからプレスリリースがありましたね。
JK:はい、当社開発のAIソリューションを2つ発表しました。去年までのクリエイティブエージェンシーとしての活動だけでなく、AIという道具を使ってCGコンテンツをつくるための基盤をつくることを今年のミッションに据えて、まずはAI技術を活用した自動化ソリューション「舞作家 MYSACCA」と「aimaTV」を発表しました。
舞作家 MYSACCA
「aimaTV」
——企画からコンテを生成するソリューションの「舞作家 MYSACCA」はすでにクライアントワークで利用されているそうですね。
JK:はい、フィンランドのゲームデベロッパー、Metacore社のモバイルパズルゲーム『マージマンション』の提案で使用しました。タレントのカットをAIで生成した絵コンテを約1時間、費用0円で完成させたものです。削減率で言うと、制作期間96%減、制作費用100%減です。
——インパクトのある数字ですね。
JK:もう1例、ゲームパブリッシャーのタイトルで、声優のナレーション、アニメーションするキャラクター、BGMが入った動画コンテの制作例もあります。こちらは制作期間は80%減、制作費用は100%減というところです。
——生成AIで声優の音声を疑似的に表現したのですね。「舞作家 MYSACCA」はYouTubeチャンネルもあるのですよね?
JK:はい、短時間で読書体験が楽しめる紙芝居やナレーションなどのコンテンツを生成して公開しています。こちらは、MYSACCAの開発中に、どこまで作れるのかを検証するために制作したサンプルをアップしています。なので、過去の開発の進捗を知るには良い指標になっているかと。現在は開発に集中するため、一時、配信を停止しています。
とはいえ、開発したサービスは、皆さんに少しでも早くお届けしたいので、公式HPを公開したり、準備を進めているところです。
——なるほど。もうひとつの「aimaTV」のほうはいかがですか?
JK:「aimaTV」はニュースの自動生成・配信ツールで、すでに全自動でニュースをつくって日々配信しています。1日4回配信し続けてますが、「全自動」の言葉通り、人の手を使わず、継続的にシステムだけで配信しています。
J2Bの新しい柱「AIソリューション」はなぜ生まれたのか?
——ソリューション開発に舵を切った経緯は?
JK:現状、CG・映像業界には大きく3つの問題が存在します。
1つ目は、ベンチャー期のライセンス、サーバー代などの先行投資費用です。ソフトやサーバーあっての制作ですので、J2Bを立ち上げる際にもこれらのコストは、必要経費としてもちろん計算に入れていました。しかしここで問題なのは、そのコストが先行投資であるという点です。価格の問題というよりも、案件が取れなかった時のビジネス的リスクが大きいことが問題だと考えています。
通常ソフトの導入は、案件が決まる前に行われます。案件が取れなかった場合、そのコストは返ってきません。先行投資が必要ということはビジネス全般に言えることだと思いますが、想定していた以上にその先行投資のリスクが高いビジネスだと感じています。
2つ目は労働集約型ビジネスです。外から見るとCG制作は、整理されたワークフローで最先端技術を利用するイメージです。でも、ふたを開けてみると地道な作業がとても多い。パイプラインや自動化を活用しても、実作業で多人数の作業が発生してしまうので、内部リソースや外注費用を削減しにくいのです。
——確かに、コツコツと手を動かす作業が多いですね。
JK:そうなんです。
そして3つ目は提案や制作に時間がかかることです。CGの場合、企画や提案の時点でサンプルを提示しにくく、完成までの時間もかかるので、クライアントと受注側がお互いにリスクを持ち合いながら走るビジネスになってしまっています。
——3つとも大きな課題ですね。
JK:はい、そこで「システム規模やライセンス数、人の作業量に依存せずCGや映像のコンテンツを制作する方法はないか」と考えていました。それが2022年半ば、ChatGPTが登場するかしないかという頃(GPT-3.5は2022年11月30日に誕生)、社内で「古冨がAIでモデルをつくっている」という噂を聞きつけて(笑)。
古冨:初期の画像生成AIをテストしていたんです。JKに見せたら「可愛い」と好反応でした(笑)。
JK:それを見てまず思ったのは、「もしかしたら生成AIがCG・映像業界の3つの問題を解決してくれるかもしれない」ということですが、さらに「アイデアを形にするツールがつくれるかもしれない」と考えるようになりました。
——アイデアを形にする、と言いますと?
JK:人間は“制作”ではなく“創作”する生き物ですよね?言うなれば「アイデアを生む存在」です。だから僕は、人間が考えたアイデアを形にする道具をつくりたいと思いました。
コンテンツ制作の大きな工程を、企画→台本(スクリプト)→撮影・音声録音→編集・字幕→配信の5段階に分けたときに、僕は企画からコンテを見える化する道具が欲しいと思いました。
古冨:僕のほうは、ニュースを自動生成して配信するツールをつくりたいと考えていました。JKの言った5工程の後半3工程、撮影・音声録音→編集・字幕→配信をカバーするものですね。
JK:それなら2つのソリューションをつくりましょう、ということで2023年頭に方針を決めて、そこから大半のCG関連スタッフにR&D期間として半年間、AI業界やコーディングについての知識を蓄えてもらいました。そして約1年間をかけて「舞作家 MYSACCA」と「aimaTV」のベータ版をつくり、リリースしたんです。
AIソリューション開発へのシフトはスタッフに何をもたらしたか
——去年まではCG制作が中心業務だったところ、約1年半、AIソリューション開発にシフトしたわけですが、現場としてどう受け止めていますか?
古冨:僕は前職でもAI事業部に在籍していて、面白そうな技術は案件の合間に調べたり、気にかけていたんですよね。AIは従来の3DCGの複雑な制作パイプラインに必ず活かせるはずだからと、勉強しながら手を動かしていましたし。J2Bとしても、自分たちで「これからはこうだ!」と言えるようなものをつくっていくべきだという思いを持っていたので、JKが「やる!」と言ったときびっくりはしましたが(笑)、すぐに「よしやるか!」という気持ちになりました。
井上:デザイナーとしてはチャレンジでした。前職は完全分業のCG制作環境で、「このツールを使ってこのエフェクトやこの映像表現をつくるにはどうしたら良いのか」を追究することをやりがいに感じていました。でも、その考え方を覆したのが古冨です。彼は「俺、Mayaつくれるよ」って言うんです(笑)。「コンテンツじゃなくてツール?!」とショックを受けましたね。
——価値観をぐらつかせるエピソードですね(笑)。
井上:はい。そうした経験もあってか、「これまで一通りのジャンルのアウトプットをしてきたし、AIという新しいジャンル、手法で映像をつくるのも面白いだろう」と考えを切り替えて取り組んでいます。
——井上さんは「aimaTV」の責任者ということで、コーディングも必要かと思いますが、そのあたりの基礎知識はあったのですか?
井上:いえいえ。HoudiniでPythonやVEXをエクスプレッションで使う程度で、イチからサービスやツールをつくるための基礎知識はありませんでした。でも、そこもすでにAIが助けてくれる時代です。 AIコーディングアシスタントを駆使してなんとかやっています。古冨からは「このコードはなってない!」なんて怒られますが(笑)、知識が浅くてもサービスやツールをつくっていける時代になったと感じますよ。
——「舞作家 MYSACCA」責任者の金さんはいかがですか?
金:僕も同じで、CGエンジニアとして入社したのでコーディングの知識はゼロでした。もうこの1年で転職したぐらい状況が変わりましたよ(笑)。でも、古冨に教わったり、ChatGPTを使ったりしながらなんとかやっています。
ハイエンドGPUに投資してアウトプット速度のリターンを得る
——CGアーティストがこれまで培ってきたキャリアはAIを使ったクリエイティブにどう活かされていますか?
JK:3つあります。1つ目は、AIが生成したものの良し悪しはCG制作で培ってきた判断力に依存するということです。モデルの構造やライティングの破綻などを見抜く力はCGアーティストならではの力で、一般の人にはありません。
——確かに。「なんとなく変」まではわかったとしても、「何が変」までわからないと手が打てないですよね。
JK:2つ目は、CGクリエイターだからこそわかる技術用語をプロンプトに入力することで、アウトプット品質が向上するということです。カメラやライト、構図や質感などで適切な指示ができるのは、その言葉を知っている人間だけです。
そして3つ目は、AIで生成した“素材”の料理方法を知っていることです。生成AIの画像を自然なコンテンツとして世に出すために、それを何とどう組み合わせるべきか、どう加工すべきかを判断し実践する。そうした力を持つのはやはりCGアーティストです。
——なるほど。それでもやはり、CGアーティストからAIソリューション開発者までは大きな開きがあるように思います。
JK:確かに急な方向転換だったので、メンバーにはスピーディなコーディングは求めず、必要十分な時間をかけてもらうようにしています。その代わりにサーバを強化して、アウトプットのスピードアップを図りました。コーディングが遅いならアウトプットを速くしてトントンに、ということです。
——理にかなっていますね。どんなサーバを導入したのですか?
JK:NVIDIA RTX 6000 Ada(48GB GPUメモリ)のサーバ8台です。そして今年から来年にかけて、NVIDIA H100(80GB GPUメモリ)のマシンを2台導入します。
——それは大きな投資ですね。生成AIではやはりRTX 6000 Adaが良いですか?
古冨:1年半前はGeForce RTX 3080が中心でしたが、GPUメモリが12GBしかなくて、その頃のAIモデルですでにメモリ不足でした。だから「とにかく今GPUメモリが一番多いものを!」ということで6000 Adaにしました。とはいえ、日々凄いスピードでデータが肥大化していますので安心はできません。最近では、画像生成AI「FLUX.1-dev」(FLUX.1のデベロッパーバージョン)でもすでにけっこうな大きさになっていて……。RTX 6000 Adaにしたおかげでまだ大丈夫ですが、肥大化のスピードは速いですね。
JK:生成AIにはRTX 6000 Adaだけではなく、Macも使っています。
古冨:MacはメインメモリをGPUメモリとして使えて、使える容量がWindowsやLinuxより多いので、Metaの「Llama 3.1」を動かすときなんかはMacのほうが速かったりしますね。ちょっと不思議な状態です(笑)。
これからのゼネラリスト像
——貴社は今回、企業単位でCGクリエイターをAIソリューション開発者に転身させているわけですが、この現象をどう捉えれば良いでしょうか?
古冨:僕らは「これからのゼネラリスト」だと考えています。僕の場合、フリーランスからキャリアを始めたおかげで、ひとりでCMを1本つくる機会に恵まれたりして、制作工程をひと通り知っています。そうすると「どうつくろうか?」をすごく考えるんですね。
——なるほど。ワークフローが固まっていないぶん、自分で考える余地があると。
古冨:そうです。いろんな会社の「プロ」に接してみて、彼らは“特定のもの”をつくるのは得意でも、新しい技術が登場したときに、それをどう使うか発想するのが苦手な人が多いなと感じます。なので、AIが“特定のもの”を上手に制作できるようになったら、全体の見る力がないCGのプロは、AIに適切な命令が出せなくて、立ちゆかなくなるでしょう。特に、これからのゼネラリストは、全体を見る力を持ったクリエイターで、必然だと思います。
JK:これからは「こういうものがつくりたい」というオーダーを受けたクリエイターや企業がAIをディレクションしながら全体をつくるようになっていくと思います。「パート」や「部分」という概念はなくなっていくかもしれませんね。
——CGクリエイターが読むとドキッとするかもしれません。
JK:井上には「このままだと5年後には仕事がなくなりますよ」と言いました。
井上:言われました(笑)。かなりショックでしたね。ただ、技術は日進月歩で進んでいるので、分業のCG制作だけで生きていくのが厳しくなる未来は予想できました。それで、JKの言葉を受け止めて、「立ちすくんでても仕方がない」と前進しはじめて今に至る、という感じです。
JK:僕は「急がず遅れず」という言葉が好きです。「焦って急いでやってもそんなに意味はないけど、今スタートしないと遅れてしまう」という意味です。この感覚を持って、まだ動いていない人は、今動くべき。そうしないと遠くない未来には仕事がなくなっているかもしれませんから。
——本日は示唆に富む貴重なお話ありがとうございました!
TEXT__kagaya(ハリんち)
PHOTO_弘田 充
INTERVIEW_池田大樹(CGWORLD)
EDIT_中川裕介(CGWORLD)