近年、製造業や都市開発で注目を集めるデジタルツイン。その活用は、地域振興の起爆剤としても注目され始めている。
長崎大学と長崎県・対馬に拠点を置くコミュニティメディアが推進する海洋デジタルツインは、その先駆的な事例のひとつだ。長崎大学が開発した水中ドローンで海底の地形データを集積し、Unreal Engineを活用して、対馬の海をデジタルツイン化し、海洋研究はもとより、地域企業のサービスや製品の開発につなげている。さらに、デジタルツイン化する過程そのものを講座化し、地域に根ざした技術活用、その技術を扱える人材の育成を目指す。
デジタル技術と地域資源の融合によって生まれる新たな価値とは何か。この講座を主導するコミュニティメディア代表取締役・米田利己氏に話を聞いた。
米田利己氏
コミュニティメディア代表取締役
長崎県出身。前職で防衛庁関連の業務に従事。護衛艦のネットワークシステムの構築を担当する。生まれ故郷の長崎の情報化に貢献したいという思いから、2005年にコミュニティメディアを設立。現在は、対馬でケーブルテレビ事業や地域情報化事業を手掛け、18年目を迎える。
水中ドローンで対馬の海のデータを集積、Unreal Engineでデジタルツインを構築
――海洋デジタルツインプロジェクトについて教えてください。
米田利己氏(以下、米田):長崎大学と共同で推進しているプロジェクトです。長崎大学が開発した水中ドローン(ROV)を使い、実際の海からデータを取得し、波高や海流、海中の地形までをデジタルツインとしてリアルに再現しています。
――具体的にデジタルツインはどのように活用されているのでしょうか?
米田:洋上風力発電用の風車を建設する前の海洋環境調査や、そのプロジェクト関係者向けのプレゼンテーションの視覚化などで活用されています。洋上風力発電の風車、さらにその建設過程、建設のための調査といっても、イメージが湧きにくい方も多いのですが、3DCGのビジュアルを使用して説明すると、納得して盛り上がっていただけることが多いですね(笑)。
――なぜ長崎大学と共同で海洋デジタルツインを制作することになったのでしょうか?
米田:弊社はこれまで、エンターテインメント分野における3DCG映像制作に注力してまいりました。その経験を活かし、エンターテインメント以外の領域、特に監視制御などの産業分野においても3DCG技術を応用できないかと可能性を模索していました。そんな中で目を向けたのが、私たちが拠点を置く長崎県対馬の海洋問題です。
対馬は、海洋環境の保全、漁業資源の管理、さらには海洋エネルギーの開発といった、さまざまな課題を抱えています。これらの課題に対し、デジタルツインを活用し、実際の海域で調査や実験を行う前にシミュレーションができれるようになれば、多角的な検討が可能になり、その結果、より効率的に効果的な対策を打てるようになるのではないかと考えたのです。
――なぜ講座を開設したのでしょうか?
米田:3DCG技術を活用したバーチャル空間の作成やデジタルツインによる可視化・制御を行える人材の必要性はますます高まっていますが、国内では、デジタル技術を活用できる人材が不足しており、産業でのデジタル技術の活用が十分に進んでいません。
そこで、対馬の海洋デジタルツインの構築フローを基に講座を開設し、3DCGを扱える人材を増やそうと考えました。この講座によって3DCGを扱える人材が増えれば、各研究分野の研究促進や研究成果のレベルアップ、地域企業におけるデジタル技術を活用したサービス・製品開発による競争力強化に貢献できるのではないかと考えています。
PowerPointやWordを使うようにUnreal Engineを使ってほしい
――講座は具体的にどのような内容になっているのでしょうか?
米田:講座は、基礎講座、応用講座の2部各5回という構成になっています。
米田:基礎講座では、海洋デジタルツイン構築に必要な技術やワークフローを学び、海洋技術やエネルギー関連の最新情報を取り入れながら、実際にデータ構築や可視化技術を学びます。この段階で基礎的なスキルを身につけてもらいます。同時に3DCG制作に関わるさまざまな職種についても紹介します。このようなアプローチを通じて、受講者がCG制作の多様な側面を理解できるようにしています。
その後の応用講座では、フォトグラメトリーや3Dスキャン技術、IoTデータとデジタルツインの連携など、より高度で実践的な技術の習得を目指します。
既存のデジタルツインの海で水中ドローンの操作トレーニングを行い、習熟後に実際の海でデータを収集、そのデータを基にさらに精度の高いデジタルツインを構築する.....といった海洋環境のデジタルツイン構築の一連の流れを理解し、できるようになるまでが理想です。
――実際に講座を受講した方々の反応はいかがですか?
米田:実際、昨年や一昨年の受講者の中には、これまでまったくCGに触れたことがない方や、技術に詳しくない「超初心者」の方もいました。しかし、そのような方々でも講座を通じて必要なスキルを習得し、今ではプレゼンの際に3DCGを活用するようになっています。プレゼンのクオリティが劇的に向上し、高く評価されていると聞いています。
私は受講者に「PowerPointやWordを使うようにUnreal Engineを使ってほしい」と伝えています。まずは、Unreal Engineを特別なツールではなく、誰でも気軽に使える道具として捉えてもらいたいと思っています。
日本全国の都市や町、自然環境をデータにしていきたい
――今後の展望や目標について教えてください。
米田:海洋デジタルツインに限らず、地形や街並みのデータ活用には非常に幅広い可能性があると考えています。たとえば、観光分野ではバーチャルツーリズムの需要が高まっていますし、防災のためのハザードマップ作成や船の運航ルート設計にも地形データ活用はできます。
そのため、対馬や長崎にとどまらず、日本全国の都市や町、さらには自然環境にまでデータ化を進めていくことを目標としています。この取り組みを通じて、地域資源の価値をデジタルで可視化し、観光や防災た、エネルギー産業など、さまざまな分野での3DCG活用の活用を推進していきたいです。
また、講座についても、より洗練された人材育成のシステムを構築し、受講生が実際のプロジェクトに関われる機会を増やしていきたいと考えています。学んだ技術を社会や産業の課題解決に結びつけられるような実践的な講座へと進化させていく予定です。
――ありがとうございました。
TEXT_稲庭淳
INTERVIEW_池田大樹(CGWORLD)
EDIT_中川裕介(CGWORLD)