『未ル わたしのみらい』は、2025年4月から全5話で放送されたテレビアニメ作品だ。各話ごとに異なるスタジオが担当するオムニバス形式のオリジナルアニメとなっており、制作には新進気鋭のスタジオが並ぶ。しかし、なにより特筆すべきはこのアニメを製作・プロデュースしているのがあのヤンマーホールディングスであるという点である。
かつては「ヤン坊マー坊天気予報」でおなじみであり、今日においても農業機械や建設機械など幅広い事業を手掛ける同社であるが、当然ながらアニメをプロデュースするのは初の試みである。
まったくの異業種であるはずのヤンマーはなぜアニメ製作を始めたのか。そして、ヤンマー製品が登場するなどのプロダクトリプレイスメントも一切ないアニメ『未ル わたしのみらい』の狙いとは。ヤンマーのブランドコンテンツを取り扱うヤンマーブランドアセットデザイン株式会社の代表取締役社長にして、本作のエグゼクティブプロデューサーでもある長屋明浩氏に話を聞いた。
作品情報
『未ル わたしのみらい』
製作・プロデュース:ヤンマーホールディングス株式会社
総合プロデュース:植田 益朗
制作協力:株式会社スカイフォール
企画協力:btrax Japan合同会社
放送時期等:2025年4月2日(水)より TV放送(オムニバス形式のストーリー、全5話)。一部ストリー
認知度やブランド力の低下を危惧してアニメ製作へ
――あのヤンマーがアニメを製作されたということで驚きました。今日はその経緯など伺っていければと思うのですが、その前に軽い自己紹介と今作で担当された役割などを伺えますか?

長屋:
ヤンマーブランドアセットデザイン株式会社代表取締役社長の長屋と申します。代表をやっていますが、ヤンマーに来てからはまだ3年目くらいでして、それ以前は車のデザイナーやブランドマネージャーを30年ほどやっていました。トヨタ自動車で「レクサス」のグローバルブランディングを担当し、その後、ヤマハ発動機でもオートバイで同じことをやったり、船やボートをやったり……。
陸海空のうち陸・海でエンジンが載っているもの全般のデザインとブランディングをやってきて、同様のニーズから2022年にヤンマーに転籍した、というのが僕のキャリアです。ブランド戦略の軸として企画したのが、今回のアニメですね。
――デザインやブランディングというと、商品の持つ価値や多機能性、それがもたらす体験の変化などを印象付けるものというイメージなのですが、そこでなぜアニメが出てきたのでしょうか?
長屋:
ヤンマーにはもともと、ブランディングに対する課題意識があり、2012年には「ヤンマープレミアムブランドプロジェクト」をスタートさせ、ブランドイメージの統一を進めてきました。例えば、佐藤可士和さんなど外部の力を借りて、「第一次産業はカッコいい仕事」というイメージにつながるプロダクトやサービスを打ち出したりしました。
ただ、プロジェクトから10年以上が経過し、アプローチを変える必要が出てきたんですよね。『ヤン坊マー坊天気予報』の放送終了からもしばらく経って、若者の中でのブランド認知度も下がってきて、新卒採用での応募も減ってきた。
若者が知らないということは、将来、取引先として想起されなくなっていくということですから、これは本当にまずい。その上、日本は少子化です。人口が減る中で第一次産業の需要が大きくなるのはかなり難しいでしょうから、会社の成長のためには海外の需要を取り込んでいくグローバル企業にならないといけません。若者へのブランド認知と、グローバル化、そうした2つの必要性を踏まえて打ち出す手がアニメだったんです。
――なるほど。テレビCMなどの広告投下ではなく、あえてアニメを選ばれた理由は何なのでしょうか?
長屋:
テレビCMなどではさっき挙げたような層にはリーチできなくなってきているんですよね。若者はテレビを見なくなってきたし、当然、日本で放送するCMは海外に届かない。それに、広告やCMというモノ自体が、やった先から消えていく水物のような性質がありますよね。動画や記事を見ているときに強制的に何度も目に入るから一瞬記憶に残るけれどもどんどん忘れていく、みたいなことも多いじゃないですか。
だから、グローバルかつ持続性・拡張性がある方法で届けないといけないと思ったんです。それらの前提で媒体を考えると、やっぱりいまはアニメなんですよ。
日本にいると体感しづらいですが、いま海外では大・日本ブームが起きています。
その日本ブームの中心がアニメで、しかも、まだまだ右肩上がりなんですよね。何年も前から、アニメブームはバブルだからもうすぐ頭打ちになると言われ続けているんですが、全然そんな兆しもなくどんどん伸びている。メディアとして唯一無二の推進力があるんです。その上、視聴者層も幅広い。国籍、人種、性別、年齢を問わずアニメを見ている。文字通りのEVERYBODY IN THE WORLDにアクセスできるのがアニメなんです。

その上、メディアとしての耐久年数も高い。
10年前のCMを見る人はいないですが、10年前のアニメを観る人はいる。人と違ってアニメキャラクターはスキャンダルを起こさないので、あとから作品がお蔵入りすることもありません。CMに出演するタレントは他の企業のCMにも出ますが、自社でつくったキャラクターは、ある種の独占的なタレントとして扱える。なによりCMが「見せられる」ものであるのと違って、アニメは視聴者が「観る」ものじゃないですか。手元に残る資産になり、あらゆる層の人々と一方的でない関係性を構築できる。そうなると、否定する理由がなかったんです。
ヤンマーはトラクターの会社 ”ではない”
――そうして始まった『未ル わたしのみらい』ですが、なんと作中にヤンマー製品が登場するようなプロダクトリプレイスメントがありません。てっきりヤンマーのトラクターのおかげで主人公が窮地を脱したりするのかと思っていたのですが……。

長屋:
そんなアニメならやる意味がないんですよ。
まず、企画のスタート地点で僕らは若い人たちにリーチしたいと思ったわけですが、そうした若い人たちは商品の宣伝やメーカー色の強いものを観ないんです。途中からメーカー色を出したとしてもきっとスキップされる。だから、商品そのものを出すのはやめようというのは最初から決めていました。あと、『ヤン坊マー坊天気予報』をやっていた頃からそうなんですが、ヤンマーのブランドは正しく認識されていないんですよ。
――ヤンマーという会社は勘違いされていると?
長屋:
勘違いされています。ヤンマーを知っているという人に「ヤンマーについて説明してください」とお願いしても、まるで正解は出てこないです。トラクターの会社、重機の会社、農業と土木の機械の会社……といったことを言われるんですが、違うんですよ。
――違うんですか!?
長屋:
ヤンマーは食料生産とエネルギー変換の会社なんです。天気予報の最後にも言っていましたよね、「小さなものから大きなものまで動かす力だヤンマーディーゼル」だって。決して「トラクターのヤンマー」とは言っていない。
――意識したことはありませんでしたが、たしかに……。
長屋:
ヤンマーの祖業はディーゼルエンジンで、いろんな燃料を動かす力に変えて、いろんなものにデリバリーをするという会社なんですよ。だから、水素燃料の研究をしたり、船の原動機をつくったりもしているわけです。でも、あの曲を歌える人ですらそこを意識していないんですよね。僕らの本質はエネルギーを変換することであって、個別的な機械を挙げたところできりがない。まずそれがあって、そのあとに続くものとして食料生産の部分、重労働を伴う第一次産業の人たちのお手伝いをして、人間を助けたいという意識がある。それを合わせて、ヤンマーは「食料生産とエネルギー変換の会社」なんです。ヤンマーは機械の会社じゃなくて、人の会社なんですね。
――だから、アニメにトラクターやコンバインをいくら登場させても仕方がないと。
長屋:
そう。ヤンマーのブランディングをするなら、会社の一番核の部分である「人が人を助ける会社である」という部分をちゃんと伝えなくちゃいけないんです。なので、まずはそこが伝われば十分、その表象としてMIRUというロボットが登場すればそれで十分だと思ったんですよ。全5話を観終わったあとに、ヤンマーの核となるものが視聴者の心になんとなく残ればいい。そういう直接言いにくいメッセージが伝えられるのがアニメや物語のいいところでもあるなと思います。
――とはいえ、後ろ髪を引かれたりすることはなかったですか? 自動車会社がスポンサーを務めるドラマにその会社の車が登場して颯爽と走るようなことは多くありますよね。
長屋:
もうそんな時代じゃないと思うんですよ。会社の商品が出てくるという意味での商業性もそうですし、商品が登場しないにしてもグッズやタイアップの展開まで見越して、商品化されたアニメというのは数多くあるじゃないですか。売れた原作と実績ある作家を据えて製作委員会を組んで、確実な資金回収を題目にアニメを製作する、というビジネスモデルがあるのを理解はするんですけど、それぞれの作家性を持ったアーティストやスタジオに光が当たらないのは夢も希望もないよな、と思ってしまう。だから、ヤンマーとしてはスタジオや作家に光を当ててみたかったんです。アニメプロデュースについては新参だからこそ、新しいアニメの在り方を提示すること、それこそが「人が人を助ける会社である」ことたり得るんじゃないかと。
「モノ消費・コト消費の次のエンターテインメントをつくる」
――そんな本作は時代や舞台もバラバラ、2Dアニメも3Dアニメも混在するオリジナルアニメとなっていますが、唯一の共通点は先ほどヤンマーの精神の象徴と話されたロボット・MIRUが登場することのみとなっています。ヤンマーはこのようなロボットを製造していませんが、なぜこれがアニメにおけるアイコンとなったのでしょう?
長屋:
いくら物語でヤンマーの精神を語っても、さすがにアイコンとなるものは必要だろうということになったんですが、やっぱり、ロボットだろう、と考えたんですよね。僕らは「人が人を助ける会社である」ことを機械をつくることでやっているわけですが、人のための機械はどれもが最終的には人型ロボットになっていくと思うんですよ。人が使うもので、人と情報をやりとりする以上は、すべて人に近いインターフェースが求められていく。そして、僕らは人が死に絶えたポストアポカリプス的な世界ではなく、人あってこその未来を考えているわけですから、これからのヤンマーの象徴を背負ってもらうには人型ロボットだな、と。
――そのロボット・MIRUのデザインはアニメーターではなく、ヤンマー社内のデザイン部によるものとなっています。これはどういった経緯なのでしょう?
長屋:
まず、あのロボット自体がヤンマーのメッセージを背負うものである以上は、自分たちの手でデザインをしなければならないから、というのがひとつ。そして、あのロボットのテイストがこれからのヤンマー製品の指針になっているから、というのがひとつですね。言い換えれば、MIRUは未来のヤンマー製品の位置にあるんですよ。だから、アニメそのものはスタジオやアニメ作家さんにお任せするにしても、ロボットはヤンマーが責任を持ってつくらなければならないんです。アニメで映えるだけのハリボテではなく、いつかヤンマーがつくる製品としてデザインしたのがあの形になっています。
――そして、全5話を製作・放映されたわけですが、手応えはいかがでしょう? AIに立場を奪われることを恐れる熟練技術者の物語など、極めて今日的なエピソードもありましたが。

長屋:
シナリオについては総合プロデューサーの植田さん(植田益朗氏)にお任せしたので、AIや技術の話が出てくるのも含めて、ヤンマー側からストーリ-の要素を指示したわけではないです(笑) そして手応えですが、非常にいいです。いいアニメーションをつくってもらえたと思いますし、SNSで好意的な感想を頂いているのも嬉しい。
――社長自らSNSのアニメ感想をご覧になっているんですか!?
長屋:
見ますよ。やっぱりそういうのは見ないとわからないので。すでに自分が思っていた以上にポジティブな感想をいただいており、いま検討している海外に向けての配信も楽しみです。今後、MIRUのプラモデルの販売など様々な展開を考えていますので、ぜひ期待してください。
――ありがとうございました。
INTERVIEW&TEXT_稲庭 淳
PHOTO_弘田 充
EDIT_遠藤佳乃(CGWORLD)