2022年に7周年を迎えた大人気スマートフォンゲーム『アイドリッシュセブン』。毎年大晦日の恒例企画「BLACK or WHITE」が、記念すべき7周年に合わせ大規模に開催され、4グループが次々と新曲を披露した。リアルタイムでファンを巻き込み魅了した映像制作の舞台裏をお届けする。
Information
ファンと共に体験する「今」という時間
『アイドリッシュセブン』のファンたちにとって、大晦日の夜の音楽番組といえば「BLACK or WHITE」(以下、「ブラホワ」)が定番だ。2022年は記念すべきサービス開始“7”周年をユーザーと共にに共有するべく、当日20時より4グループが1時間ごとに登場しステージで新曲を披露し競う新たな「ブラホワ」が企画された。
映像制作ではバンダイナムコオンラインの下岡聡吉プロデューサー、振り付けとモーションアクターコーディネートで本作に長く携わるソリッド・キューブ、そして2020年のアイドル誕生日企画の映像『RabbiTube』を制作したダンデライオンアニメーションスタジオ(以下、ダンデライオン)ら、信頼厚いスタッフが再結集。ディレクターの西田映美子氏(ダンデライオン)がそれぞれの楽曲や衣装のコンセプトに合わせて香盤を構成し、振り付け・モーション収録を行なった後に、絵コンテで演出を詰めアニメーション制作へと進んだ。
「今回はミュージックビデオではなく、あくまで“番組収録”ですので、スタジオ観覧のお客さんに目線を送ったり、手を振る仕草を入れることで臨場感を出してもらっています」(下岡氏)
振り付けも従来通りの担当者が各アイドルの個性と成長を掴んだ上で撮影し、ソリッド・キューブが初担当するŹOOĻには新たな振付師を起用するほどの力の入れ様だ。
ソリッド・キューブ・原田奈美氏は「アイドルたちが“生で立っている”ことを求められました。現場では下岡さんや西田さんが振付師さんに対してアイドル自身にディレクションするように演出してもらいました。『RabbiTube』の経験もあり、作品として確固たる軸があるため、こちらからの提案に対してもブレのないお返事をいただけたので、安心して演出ができました」と話す。
リアルタイムの価値がさらに増す、エンターテインメントの現在。ファンと共に体験する「『今』という時間を楽しんでもらうためにチーム総力を挙げて挑んだ作品」と下岡氏は総括した。
<1>キャラクターモデル&リグ 〜表現力を増すための過去アセットのアップデート
「ブラホワ」に登場するアイドル16人のキャラクターアセットは、『RabbiTube』で使用したモデルをリファインしたものを使用している。体型を「華奢」「普通」「ややがたいよし(≒マッチョ)」と大きく3パターンに分け、素体がFIXした段階で「プロポーションリグ」と呼ばれるリグでそれぞれ部分的な調整を行う。
「素体で組まれたリグを使ってプロポーションを決めることにより、バーテックスとジョイントの位置関係を極力保ちつつウェイト等の流用が可能となる、キャラクターアセットの大量生産を行うためのシステムです。またモデラー側もコントローラでプロポーション調整を行うため破綻が起きずらくなるメリットもあります」(キャラクターモデリングスーパーバイザー・伊藤雅俊氏)
プロポーションリグによるバリエーション化
シルエットを美しく見せるための手の改良
キャラクター造形で最も工数をかけたのは髪の毛の部分。ルックとして重要なパーツなだけでなく、ダンスなど激しい動きにも対応できるようにサラサラのヘアをつくり上げた。その際、デザイン画を精査して、髪の毛の構造をフロント、トップ、ボトムなどに分類し、それぞれをグルーピングすることで動きに整合性をもたせていった。またシミュレーションエラーの原因となる、毛束同士の干渉も起こさないよう配慮している。
髪の構造とリギング用ツール
本作でダンデライオンとしては初の試みとして、ワークフローの一部にUnityを採り入れてシミュレーションを行なっている。
まずはMayaでベースのアニメーションを作成。そのモデルを基にUnity用の変換アセット(UNTアセット)を出力する。これに対して必要な骨のみをベイクし、FBXで出力する(物理骨でSkinCluster変形する予定がないメッシュは全てAlembicとして出力)。その後、Unityでシミュレーションを行い、最良の結果をMayaにベイクする。
このほか、物理骨でのFKリグからSpline Pointリグへ1クリックで移行できるツールも作成した。以前はジャケットの裾等全てのセカンダリ用の骨がFKのみだったが、この機能を追加することによりリグもSpline Rig + FK等の選択肢が増え、アニメーターも自分の好みやカットによりどちらとも選択できるようになった。
<2>アニメーション 〜それぞれのキャラクター性をふまえた感情表現
本作はモーションキャプチャを使用しているため、アニメーション工程ではキャラクターの顔の整形、感情表現づくり、ボディのブラッシュアップ、モーションの修正などを行なった。各修正については細かな動きを付けた上で、そこからセルルックに適したCGにするため、キャプチャした画像に作画監督の長谷川早紀氏がペイントオーバーでレタッチを入れていった。
表情のブラッシュアップ
修正にあたっては、ダンデライオン独自のスカルプトツール「AnimShape」を使用し、頂点ごとにフレーム間でアニメーションさせている。これによりターゲットとリグだけを使うよりもさらに細かい形状の補正が可能となった。
フルリモート環境でのリテイク作業
特に注力して行なった箇所は、顔の周りや指のシェイプ。いわゆるCGらしい立体的に正確な形状に固執するよりも、作監修正の印象を再現するためにアレンジを加えることを重視したという。ただし、「2Dらしくしすぎると、フルコマで動いたときにライティングと形状が合わず、逆に違和感が出てしまうので、3Dとしても整えるようにしています」(アニメーションスーパーバイザー・松島有香氏)
ボディのブラッシュアップ
また、ボディについてはリアルな筋肉表現を求められたため、「AnimShape」や通常のリグに加え「AutoMuscle」を仕込んで補正している。これは腕や足を曲げたときにそれぞれ曲げ具合によって補正がかかり、擬似的な筋肉を自動で盛り上げるシステムだ。
擬似的な筋肉表現
感情表現については、「表情筋は脳に近い眉とから動くとか、口角が上がると下まぶたが下がるといった順番まで意識しました」(アニメーションスーパーバイザー・伊東巧右平氏)。加えて、各キャラクターが考えていることを想像して動きが付けられており、特に客席への意識の向け方、メンバー間の信頼関係や意思疎通など、生きた表情をつくることを心がけたという。
「 『RabbiTube』から関わってきたアニメーターも多かったので、あらかじめキャラクターの土台の部分を把握できていたことは大きなメリットでした」(伊東氏)
大きな演出変更への対応
Magica Clothによるシミュレーション
<3>BG/FX/ルックデヴ&コンポジット 〜ユニットや楽曲の世界観ごとに構築した画面づくり
「ブラホワ」ではショーとして魅了するため、背景やエフェクト、ルックデヴ、コンポジットにも力を注いでいる。特に背景についてはユニットや楽曲の世界観に合わせ、いくつもの香盤を組んでいくため、見映えがするセットをいかに効率的に組んでいくかが重要になった。その際、全体の工数も考慮する必要があった。
LEDアートを模した玉すだれ
ŹOOĻのステージであれば後半にある激しいダンスシーンに注力するため、前半は動きを抑える代わりにコンポジットによる空間演出でインパクトの強い画面をつくっている。「照明などの光の演出は特に力を入れてコンポジットしました。具体的にはカメラの動きに合わせ照明の強弱をつけたり、照明の光がカメラをよぎった瞬間のまばゆさを強調して入れたりしています」(リードコンポジター・林田 透氏)
コンポジットによる空間演出
Houdiniで作成した豊富なエフェクト
キャラクターのルックデヴは、リードコンポジターがデフォルトコンポを作成して指針となる画を作成した後、量産を進めていく。質感調整においてはシェーダの調整やテクスチャの追加などを行い、ライティングの調整を施す。さらに、グラデーションなどコンポジット用マスクテクスチャを作成した後、ファーやヘアなど、ポリゴンではない特殊処理の作成も行う。
コンポジットスーパーバイザーの佐々木真美氏は「煌びやかな衣装デザインが多かったので、衣装についている宝石等の装飾品の質感にこだわりました」と語る。その後、太さや色といったラインの調整、エレメントを作成した後、AEで合成を行う。
豪華な衣装を強調したキャラクタールックデヴ
本作ではキャラクター数も多く、単純作業は内製ツールを使い効率化を図った。コンポルックチームのユニットリーダーが作成した、Maya上でのレンダーシーンビルドツール「Bistro」を使用することで同設定のシーン作成を効率的に進めたり、「renderSceneEdit」でレンダーシーン編集の調整を円滑に進めていった。
「今後、他のプロジェクトでも利用すること考え、汎用的に利用できるようにフィードバックをくり返しながら使い勝手を良くしていきました」(佐々木氏)。
制作をサポートした内製ツール群
<4>演出 〜それぞれのグループと楽曲に合わせて綿密に設計
「Utopia」ŹOOĻ
ダークなイメージのŹOOĻにふさわしく、廃墟のようなステージに佇む4人のメンバー。虎於による聖なる存在への先制攻撃をきっかけに全員が動き出し、ステージへと向かう。悪しき者を排除する聖域の力が発動するも通じず、彼らが躍動する舞台へと化す。映像づくりのキーワードは「進化」。現状の檻を自ら壊して抜け出し理想郷へと向かう解放の過程を表現した。
背景の設計、廃墟から橋を渡ってステージへ
演出ポイント① 悪党イメージの演出
演出ポイント② 聖なる力の発動と破壊
演出ポイント③ ド派手なステージの色遣い
「YOUR RHAPSODY」Re:vale
トップアイドルRe:valeの優しい歌声に乗せて、王者としての風格を漂わせるパフォーマンス。冒頭からそれぞれの個性を存分に見せつつ、サビのタイミングで後ろのカーテンが開くと、蝶が舞い地球が現れ、2人のアンサンブルを見せる。キーワードは「夢の鍵」。開けた先には彼らの望む悠久の世界が開け、ありのまま2人でこれからも歩んでいくという演出を込めた。
背景の設計 スクリーン主体のステージ
演出ポイント① 前半の舞台とカーテンが担う意味
演出ポイント② ŹOOĻと対照的な悠久感
演出ポイント③ 随所に見られる2人の個性と関係性
「BE AUTHENTIC」TRIGGER
セクシー&ワイルドなイメージを持つTRIGGER。キーワードは「映画・ラブロマンス」だった。映画のように場面転換していく3階建てのセットの最上階。暗闇にセンターの九条天が立ち、ライトが灯ると八乙女楽、十龍之介が現れ次々と視聴者を魅了する。揃った3人は最下層へ。誰を選ぶのかと言わんばかりにアプローチした後、情熱的なダンスを見せステージは再び暗転する。
背景の設計 クジャクを モチーフにした映画セット
演出ポイント① 随所に盛り込まれた映画的な要素
演出ポイント② 三者三様のアプローチ
演出ポイント③ エロティックなライティング
「TOMORROW EViDENCE」IDOLiSH7
IDOLiSH7のキーワードは「空の魔法」。冒頭から7人が勢揃いし、コンビネーションやソロを展開する。広い舞台にはLEDの玉すだれが垂れ下がり、楽曲の流れに合わせて夜空から朝焼け、昼の青空、そして雨模様へと変化する。サビでは七瀬陸らを乗せた飛行船が上昇し、段差を付けたステージングの最後に7つの星が流れる。最初から最後までキラキラしたパフォーマンスだ。
背景の設計 飛行船とプラネタリウム
演出ポイント① 「空の魔法」の実現
演出ポイント② キャラクター性の表現
演出ポイント③ こだわりのエンディング演出
月刊CGWORLD + digital video vol.295(2023年3月号)
特集:アニメCGの現場 SPECIAL
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年2月10日
TEXT_日詰明嘉
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada