構想から10年の時を経て完成した長編映画『クラユカバ』と、クラウドファンディングの支援者であった成田良悟との縁で執筆された小説を基にして生まれた『クラメルカガリ』。インディーズシーンを盛り上げてきた塚原重義監督の2作品がついに公開を迎えた。長期にわたり共に試行錯誤を重ねてきたメインスタッフに制作秘話を聞いた。
少数精鋭の力を引き出して初の商業映画にチャレンジ
塚原重義監督は第3回紅白FLASH合戦の大トリを飾った『ウシガエル』(2004年)で注目を集め、自主制作を舞台に活躍を続けてきたアニメーション作家である。大正レトロのどこか懐かしくも幻想的な街並み、奇想天外なアイデアが詰め込まれたSFガジェット、重厚なメカによるアクションなど、インディーズゆえの唯一無二の世界観はファンを魅了し、クラウドファンディングで多くの支援を得た。
そして4月12日(金)には自身初のオリジナル長編アニメ『クラユカバ』と、小説家・成田良悟による『クラユカバ』のスピンオフ小説を原案とする『クラメルカガリ』が同日公開を迎えた。
『クラユカバ』は2020年秋に制作開始。2021年8月に本編冒頭15分を「序章」として先行上映した。そこから全編制作にあたってチームを拡充し、フルリモートでの制作体制を構築。さらに『クラメルカガリ』の制作も決まり、2作品の映画化に挑むことになった。
制作を終えた塚原監督は「『クラユカバ』が20年9月から23年4月まで、『クラメルカガリ』が22年8月から24年1月までと、制作スケジュールが一部重なっています。『クラユカバ』はチームをつくりながらの作業だったため大変でしたが、『クラメルカガリ』はその勢いのまま一気につくり上げることができました」とふり返る。
監督・塚原重義氏
特技監督・maxcaffy氏
制作尺は2作合計で120分を超える。そんな長尺をつくりきることができた理由として塚原監督は、ジェネラリストの素養をもったスタッフが揃っていたことを挙げる。「通常のアニメは分業制で細分化されているため大勢のスタッフが必要です。でも今回は僕と同じように自主制作の経験があり、1人で何でもできるタイプの仲間が集まってくれたので、少人数での作業が可能になりました」。
吉田新之助プロデューサーも「ワークフローの最大の特徴は、1人で複数パートを兼ねるスタッフが多いこと」と同意する。少数精鋭の制作現場を支えたBlenderとAfter Effectsの活用法を紹介しよう。
CGスーパーバイザー・中村知嗣(雪見月)氏
3DCGアニメーター・チサトー氏
<1>3D背景ベースのワークフロー
没入感のある世界を創造するビデオコンテと3Dレイアウト
『クラユカバ』と『クラメルカガリ』のワークフローは、塚原監督のビデオコンテ(Vコン)から始まる。エンドロールには塚原監督が脚本としてクレジットされているが、実質的な脚本は存在せず、『クラユカバ』では自ら手がけたプロットを、『クラメルカガリ』では成田氏の小説を基に、ストーリーを考えながら同時並行で絵コンテを描いていった。コンテはAからDまでの4パートに分かれており、Aパートが終わったらスタッフが実作業に入り、塚原監督はBパートに取りかかるという作業をくり返す。コンテが遅れるとスタッフの待機時間が発生してしまうため、選択した塚原監督のプレッシャーは大きかったそうだ。
Vコンを出力する際には、フリー素材のSEやBGM、塚原監督が演技をしたセリフを入れ、音響面も含めて仕上げていく。塚原監督は「まず僕がビデオコンテでラフな自主制作アニメを作成し、それを全員でブラッシュアップするイメージですね」と解説。吉田プロデューサーは「両作品に通底しているのは、インディーズらしさを大切にしたことです」と話し、塚原監督にしか出せない個性が全編にわたって反映されるワークフローを整えた。
本作にとって最も重要な作業のひとつが、Vコンから作成する3Dレイアウト(3DLO)だ。カット数は2作品共に約1,000カットあるが、その9割近くのカットを3DLO先行で制作し、すべてを塚原監督がチェックした。3DLOは基本的にVコンの構図をそのまま採用するが、場合によってはカメラの画角やキャラクターの位置を変えるといった微調整を行う。
また3DLOの段階で仮の動きをつくったカットではアニメーションを見て時間尺を変更したり、画角を変えたときに映り込んでしまう邪魔なものは排除したりと、柔軟に対応していった。
今回の手法は『クラユカバ』から導入したものだが、『クラメルカガリ』では3DLOをシーンごとに少人数に任せたため、キャラや物の位置関係が把握しやすくなり、作業効率のアップにつながった。塚原監督は空間の使い方について、「ひとつの世界をつくって、その中にカメラを置いた作品にしたかった」とねらいを語り、観客が作品世界に没入できるような空気感を重視していたとコメント。画面づくりに3DLOが役立ったことを明かす。
3Dレイアウトの活用
3Dで丸ごと起こした街
メインとなる舞台の3Dモデルは、3D美術背景専門会社のキューン・プラントが制作。『クラユカバ』では歓楽街「水のチマタ」の3Dモデルを手がけたことから、『クラメルカガリ』では炭砿の街「箱庭」を依頼した。
ジオメトリノードによる坑道
『クラメルカガリ』の坑道のレイアウト生成には、Blender 2.9.2から実装されたジオメトリノードを活用(『クラユカバ』では2.9.2LTS、『クラメルカガリ』では3.3LTSを使用)。CGスーパーバイザーの中村知嗣氏が制作前からR&Dを進めて実装した。
ジオメトリノードによる粘着弾エフェクト
ジオメトリノードは劇中メカが放つ粘着弾のエフェクトにも利用。粘着弾本体と周囲に飛び散る飛沫、衝撃波の3つの要素の組み合わせを制作した。
<2>メカの質感表現とアニメーション
現実と虚構が合わさった摩訶不思議なメカニック
中村氏はモデリングやセットアップ、撮影スクリプトなど、あらゆる分野で活躍。『クラユカバ』への参加前から作画タッチの3Dを動かす手法について研究しており、その成果はメカの質感表現にも活かされている。本作のメカはサイズによってルックが2種類に分かれ、大きなメカは美術寄り、小さなメカはキャラ寄りにするという方針だ。
たとえば『クラメルカガリ』に登場するアブラムシは小さめなので、トゥーンシェーダでキャラと馴染ませた。ただしセルシェーダのようにアウトラインをはっきりと描画するのではなく、ソフトエッジに設定して境界をボカすなどの処理を加えた。
リグには自動的に歩行する機能を搭載。機体の移動に合わせて、脚が勝手に動くようにON/OFFで切り替えられるように仕込んだ。「アブラムシは固い動きをするメカなので、定型の動きを入れておけば便利だろうと思いました。それに着地ポイントを指定すれば、リグだけでもかなり柔軟な動きになりますから」と意図を語る。
その上でメカごとに操作方法を記した説明書も用意するなど、アニメーターへのアフターケアも万全だ。塚原監督は「モデルをつくって、リグを仕込んで、どうやったら動くのかという説明書まで付けてくれる。おもちゃ屋さんみたいですよね(笑)。至れり尽くせりでした」とその仕事ぶりを絶賛した。
3DCGアニメーターのチサトー氏は『クラユカバ』の後半からチームに参加し、『クラメルカガリ』では3Dアニメーションの実に9割を担当。もともと塚原監督の作品が好きだったこともあり、とくに指示がなくてもリアリティラインに則ったアニメーションを付けることができたという。
チサトー氏は「塚原作品のメカたちがもっているコミカルさとカッコ良さ、そして『錆びた鉄と油の匂い』がするような実在感のある動きを目指して、機械らしい重量感のある動きとほんの少し生き物っぽさを混ぜることを意識しました」と語る。塚原監督も「今回のキャラクターはデフォルメされていますが、物理法則は現実寄りなんです。そんな絶妙なバランスを上手く掴んでもらえました」と全幅の信頼を寄せていた。
シェーダによるルック構築
手描き風かつ立体感のあるモデルを表現するための工夫が随所に施されている。
自動制御を組み込んだメカリグ
アブラムシは足先に脚のIKリグを用意。四角錘の青のコントローラに歩きのサイクルを付けて、円形状の緑のコントローラで接地位置を設定することを想定した。頭部の回転、足先、エンジン部分などは演技に表情が付けられるように拡大縮小ができる。後方のAuto Walkingの文字の部分にコントローラをONの位置に移動させると、機体の移動に合わせて脚が自動で動作し、その場で足踏みも可能。『クラメルカガリ』の登場キャラクター・朽縄が使用するキャタピラ式の車椅子にも同じような自動制御が組み込まれている。
リアルとケレン味をブレンドしたアニメーション
<3>塚原作品らしい画づくりと撮影処理
空気まで感じられる映像表現を追い求めて
取材時に塚原監督がたびたび口にしたのは「空気」という言葉だ。目指すビジュアルについて質問をすると「透き通った感じではなく、全体的に靄がかかった粒子のある空気感」との回答が出た。そんな画づくりに欠かせないのが、「味噌汁エフェクト」と呼ばれるアセット群である。After Effectsを用いた撮影時には、塚原監督が自主制作時代から作り貯めてきたライブラリを重ね合わせて、まるで味噌汁が渦を巻いて対流しているかのような淀んだ空気を演出している。
撮影全体の細やかな調整は、特技監督を努めたmaxcaffy氏が担当。『クラユカバ』のパイロットフィルムから参加している初期メンバーであり、3DLOや爆発エフェクトなど、様々な工程で活躍している。今回は3D背景と2Dキャラクターの情報量を統一する処理を施した。まずAEのミディアンを使って3D背景の色域を広げながら、カートゥーンのエフェクトで黒い筆塗りのタッチを出す。
そしてグラディエントでカラー調整をして、自然な彩度に合わせることで、背景とキャラをマッチさせる。塚原監督は「3Dは情報をもちすぎているので細部を潰すんです」とコメント。この処理によって3D背景に絵画調になり、キャラクターがその場にいるような雰囲気が生まれた。
2DアニメーションのメインツールはFlashの後継ソフトであるAnimateを採用。塚原監督がもともとFlashで自主制作アニメを手がけていた関係で、友人・知人のクリエイターにはFlashに明るい人材が多く、昔の仲間に声をかけて参加してもらったという裏話も飛び出した。塚原監督は「今は新規にアニメをつくろうと思っても、アニメーターはすぐには集まらないですから。業界外のアウトサイダーをいかに取り込むかです」と笑顔で話す。
撮影後には監督自らカラーグレーディングをして全体の色味を調整。編集はPremiere Proを使用し、自宅PCでDCP化のための最終素材(ProRes4444)を書き出し、SSDに入れてラボに持っていくという、自主制作出身のクリエイターらしい一面も。最後にスクリーン試写で作品を観た感想について、塚原監督は「空気の層がきちんと出ていて、色の濃淡がこんなに綺麗に出るんだと驚きました。そこは上手くいったと思っています」と仕上がりに自信を見せた。
作家性を表す味噌汁エフェクト
3D背景と2D素材の扱い
シンプル化したキャラクター処理
両作品ともに逆光のカットが多いが、『クラメルカガリ』ではAfter EffectsのエフェクトであるCC Compositeを駆使してレイヤーの数を大幅に減らすことができた。アルファ情報を使い回して陰影を付け、3D背景と馴染ませている。
3D背景の美術風処理
今回は3D背景の素材にエフェクトをかけて2Dキャラと馴染ませる処理を多用した。美術スタッフがレタッチする程ではないが、少し手を加えたいときに便利だったという。
CGWORLD 2024年5月号 vol.309
特集:アニメ『グランブルーファンタジー リリンク』
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2024年4月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_遠藤大礎
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada