シリーズ第4作目となる『想星のアクエリオン Myth of Emotions』。糸曽賢志氏が監督を務めた本作は、本編は2D、過去神話編は3Dで描き分けられ、新たなアニメ表現を模索した挑戦的な作品となっている。ここでは3Dで制作された過去神話編のルック開発を中心に話を聞いた。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 319(2025年3月号)からの転載となります。

    異なるスタイルの表現により現在と過去を描く

    2025年1月より放送開始された『想星のアクエリオン Myth of Emotions』。監督を務めるのは『炎炎ノ消防隊 弐ノ章』のゲームエンジンを活用したEDや『進撃の巨人』のプロジェクトマッピングを活用したOPなど、技術と表現の両面で様々な挑戦をしてきたことでも知られる糸曽賢志氏で、本作においてもこれまでにないアニメ制作に取り組んでいる。

    TVアニメ『想星のアクエリオン Myth of Emotions』
    原作:河森正治・サテライト、監督:糸曽賢志/シリーズ構成:村井さだゆき/キャラクターデザイン:工藤昌史/過去神話編制作:カンナジャパン/アニメーション制作:サテライト
    aq-moe.com
    ©2023 SHOJI KAWAMORI,SATELIGHT/Project AQUARION MOE

    【放送情報】
    2025年1月より好評放送中!
    ・TOKYO MX:毎週木曜24:30~
    ・テレビ愛知:毎週木曜26:05~
    ・tvk:毎週金曜24:00~
    ・BS朝日:毎週金曜23:30~
    ・AT-X:毎週金曜20:30~
    ※リピート放送:毎週火曜8:30~/毎週木曜14:30~
    ※放送日時は変更となる場合あり

    【配信情報】
    U-NEXT、ABEMA、アニメ放題にて地上波放送同時先行配信!
    毎週木曜24時30分~
    ※配信日時は予告なく変更となる可能性あり

    「アイデアを形にすることで世の中の人がどう反応するのか、その賛否両論含めて実験するというか、それを基に何か次のことを考えるというのが好きなので、本作でも新たな試みに挑戦しました」(糸曽氏)。原作者の河森正治氏からも「過去シリーズに囚われず、自由につくってよい」というお墨付きを得て、ストーリー・デザイン・手法など、新しいアニメ表現を目指すこととなったという。

    左から、糸曽賢志監督、過去神話編プロデューサー・渡邉雅儀氏(カンナジャパン)、過去神話篇CGスーパーバイザー・荒井健之氏(カンナジャパン)

    「ストーリーに関して、アクエリオンは1万2,000年の愛を紡ぐ物語だと僕は解釈しているので、 愛をテーマにした作品『ロミオとジュリエット』をなぞりつつ1万2,000年後にまた結ばれるという、壮大な愛のテーマをわかりやすく伝えたいと思い、村井さだゆきさんに脚本を依頼したんです。一方で、表現としては現在と過去をあえて異なるスタイルで描くことにしました」(糸曽氏)。

    過去神話編ディレクター・内田英武氏(カンナジャパン)

    本作は、本編となる現代編のキャラクターは2Dで頭身の低いデフォルメされたもの、一方の過去神話編は3Dでキャラクターは頭身の高いリアルテイスト、という棲み分けで描かれている。「話数が進むにつれ過去神話編が登場する機会も多くなりますが、異なるスタイルが1つの作品の中でミックスされ、そこで生み出されるシナジーを楽しんでいただきたいですね」(糸曽氏)。

    なお、過去神話編の3Dパートの制作はカンナジャパンが担当している。シェーダ開発を含めたルックの開拓を得意とする同社により、ほかでは見ることのない新たなCGによるアニメルックが生み出された。ここでは主にルックに焦点を当て、過去神話編制作の裏側を紹介していく。

    <1>神話の世界を描くCG

    未知の文明にふさわしいファンタジー要素の表現

    本作はムー大陸が約1万2,000年前まで太平洋上に存在し、天変地異により水没したという説をベースに、物語や世界観がつくり上げられている。現代を描いた本編が進む中、過去神話のエピソードが徐々に明らかになり、過去と現在をつなぐ物語が展開されていく。

    本編のキャラクターは2D作画となっているが、過去神話編はCGで描かれるという類を見ない構成となり、過去神話編の演出、キャラクターや舞台などのデザインワークからCG制作全般にいたるまでをカンナジャパンが担当している。

    「ムー大陸は実在が証明されていないからこそファンタジーやSF要素を取り入れやすく、本作においてはデザイナーの想像力を存分に活かすことができました」(過去神話編ディレクター・内田英武氏)。ポリネシアやミクロネシアなど、現在の太平洋島嶼部には独特の神話や伝承があり、それらの要素(海を渡る航海術、島々に伝わる信仰や伝説など)をデザインに反映させているとのことだ。

    また、本作のタイトル「想星」という言葉にあるように、「想い」の力が物語のキーとなる。その設定もデザインには大きく作用している。「この文明は想星石という思念の結晶という性質の物体でできています。物語のキーアイテムとしてとても重要なものですが、現在の人間界の常識ではあまり見ないような固形にも気体にも変化する柔軟な特性の物体なので、デザインを起こすときも“現在には存在しない物質”を意識してつくってもらうという難度の高い作業になりました」(糸曽氏)。

    「カンナジャパンでは過去神話編の演出からデザイン、CG作業全般を担当させてもらいましたが、監督を含め多くのスタッフと議論を組み交わしながら作業となりました。監督である糸曽さんは挑戦的な方で、CGによる表現もこれまでと異なるものを求められました。中でも絵画が動くようなグラフィカルルックの開拓は過去神話編の大きな見どころだと思います」(過去神話編プロデューサー・渡邉雅儀氏)。

    2Dと3Dで描き分けられた現在と過去

    • ▲2Dで描かれた現代
    • ▲2Dで描かれた現代
    • ▲現代となる本編を2D、過去神話編を3Dで描くことでこれまでにない表現をねらった本作。キャラクターの頭身も、本編のデフォルメキャラと過去神話編のリアルキャラで大きく異なる……
    • ▲なお、過去神話編のキャラクターデザインは、ポリゴン・ピクチュアズ時代に『シドニアの騎士』など一連の作品のキャラクターデザインを手がけた森山佑樹氏(フリーランス)が担当している。過去のアクエリオンのような西洋風のイメージからはじまり、各種設定と合わせて脚本家チームとディスカッションしながらデザインを詰めていったという

    設定とコンセプトアート

    舞台全体は、太平洋の透明な海や珊瑚、島々に生える植物など、実在の自然物との対比・融合を工夫し、リアリティとファンタジーがほどよく共存するデザインが採られている。そうした文明の中でキーとなる「想星石」に関わるデザインは非常に難しいものだったという。作品に登場する世界樹も、一般的な神話で登場するユグドラシルのような「巨大な木」のイメージではなく、人々の想いが気体状に漂い、一部が結晶化したものが樹木に見えるというユニークな造形となっている。

    ▲想星石のラフデザイン
    ▲世界樹の初期スケッチ
    • ▲舞台となる卵世界のイメージ
    • ▲世界観設定

    <2>ルックと芝居にこだわったCG制作

    絵画調でグラフィカルというこれまでにないルックの実装

    CGで描かれた過去神話編で最も特徴的なのが、グラフィカルなアート調のルックだ。制作にあたっては、半リアルでグラフィカルな見た目になるように決め打ちで進められたというが、最終的にカットを作成した際にどのような見映えになるかを監督に確認するため、ライティング込みのイメージカットを作成して齟齬のないよう入念な確認をしながらの作業であったようだ。

    一方で、ワークフローは作業コストを念頭に取捨選択を行いながら構築していったという。「ルックのコンセプトとしては、筆で描いた絵画調なアニメルックを目指しました。当初からゴールは明確だったので、あとは工数的にどうするかを考え、テクスチャに頼ると描くコストが高くなることもありシェーダで補う方向性で進めていきました」(内田氏)。

    なお、CGアニメのルックにおいて争点となるラインの表現に関しては、なるべく細く入れるように留意された。そもそものところでラインを入れるか入れないかという議論もあったそうだが、最終的にアニメらしくラインを入れる方向に落ち着いた。

    また、本作では実制作に先立って、本編・過去神話編ともに役者を用いた芝居の動画が撮影されている。「江の島で実写撮影を行い、その動画をリファレンスにCGを起こしていくというのが作業のベースになっています」(糸曽氏)。そうした実写撮影を経て、過去神話編CGではプリビズ制作からレイアウトと作業が進んでいくが、中でも会話劇が特に重視されている。

    「最初に監督が実写動画でカットのながれを作成してくださっていたので、それを踏まえて舞台設計をより明確にCGで起こしながらプリビズを作成しました。さらにそのプリビズを役者の方と見ながらモーションキャプチャをしていったので、アニメーションの現場としても演技や動きの内容をスムーズに把握しながら段階的に作業を進めることができました」(過去神話篇ショットアーティスト・荒井健之氏)。

    CG作業はMayaで行われ、見たことのない世界を構築しながらつくるため、背景やプロップのサイズ感や最終的な画面で何をどう見せるべきかがここで決め込まれていった。

    新しいルックの開拓

    過去神話編のCGは、『アーケイン』のようなグラフィカルで新しいルックが目指されている。本作の特徴である想星石や結晶化した世界樹が光を放ったり反射したりすることで独特なファンタジー感が出るように設計し、ライティングのどの要素を強めるかなどが細かく検討されていった。

    • ▲初期アート
    • ▲最終アート
    • ▲ルック検討の詳細を示したもの最終的には、Maya ArnoldのaiToonを使用し、シェーダのbaseのToneMapにRampを適用し、1影2影などを段階的に設定することで陰影感を表現。テクスチャに手描きを多用すると工数が肥大するため、簡潔に実現できるように工夫されている……
    • ▲なお、ライティングについては特殊な構造はなく、キャラクターがより美しく見えるようにカットごとにライトの方向を調整する手法が採られた

    会話劇を追求したカット制作

    過去神話編では多くの謎が描かれていく。その上で登場する人物たちの心境を含めた会話劇が重要視された。カット制作にあたっては、先行して役者に芝居を演じてもらい、参考にプリビズ、レイアウト作成へと作業が進められた。キャラクターの立ち位置、そのときの心象表現をサポートする意味で明暗をつくり、そこにキャラクターを配置させるなどの工夫が施された。

    ▲芝居動画
    • ▲キャラクターリグ……
    • ▲モデルデータをリファレンスにしてリグを構成することで、モデルの修正に比較的容易に対応できるよう工夫されている
    ▲Mayaでのアニメーション作業の様子

    シーンごとに起こしたカラースクリプト

    ライトの方向性を決めるため、シーンごとにカラースクリプトが作成された。また、エフェクトのルックの指針としてもカラースクリプトが役立てられ、エフェクト作業の工数削減につながったという。なお、工数管理の点では、コンポジット時のマスクをCryptomatteで作成し、レンダリング素材を少なく抑えることで素材管理を容易にしている。

    物語の象徴となる翅の表現

    キャラクターに生えている翅は当初虫の翅のイメージでデザインされていたが、アートを作成する段階で「マナ」という感情エネルギーの表現を追加したことで現在のかたちに変更されたという。翅はマナでできているエネルギー体のようなイメージのため、影が落ちない、髪の毛などを通り抜ける(掴むことはできる)等の設定があり、見た目としてはマナが通うイメージで光が流れ、飛ぶ際には光の粒子が舞う等の表現が付け足されている。

    CGWORLD 2025年3月号 vol.319

    特集:CGクリエイター新潮流
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2025年2月10日
    価格:1,540 円(税込)

    詳細・ご購入はこちら

    TEXT_渡邊英樹
    EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada